「あ! 弁当箱にタレが垂れた! タレだけに! なんつって!」
「…………」
「なんつって! なんつって! ねえねえ」

 ――うぜえ!
 なんなんだこいつ、全然画面に集中できねえ!

「わかった、わかった。話があるなら聞くから」

 スマホを置いて両手を挙げた。降参の意思表明だ。

「七かける六は?」
「四十二」
「よし、ちゃんと聞いているようですね」
「いいからさっさと要件を話せ」

 さりげなく九九の中で一番難しい七の段を出題するな。

「誠くん! 今週の日曜日一緒にお買い物に行こう!」
「悪いが断――」
「はいストップ!」

 言い終わる前に口に手を当てられた。よほど俺を喋らせたくないのか、前歯が折れるくらいの勢いで押し付けてきやがる。というか、断られるのがわかっているなら誘おうとしないでもらいたい。

「日曜日、お昼に駅の東口に集合ね! 来てくれるまで永遠に待ち続けるから!」
「いや、俺は――」
「それじゃ私教室戻るから!」

 冬木はどこからか取り出したメロンパンを俺の口に詰め込むと三段飛ばしで階段を駆け下りていった。

「あいつ、断られる前に逃げやがった……」

 いくら何でも強引すぎる。しかもタチが悪い。何だよ、来るまで待ち続けるって。自分を人質にとった脅迫はやめろ。
 あいつの場合、忠犬ハチ公よろしく本当に待ち続けそうだから余計に悪質だ。

「くそ、完全にやられた」

 それでも怒りがわいてこないのが不思議だ。むしろ笑えてくる。
 まあでも、どのみち日曜はテニス用品を買いに外出する予定だったし、ついでと思えば別にいいか。

 それに、俺には秘策がある。

「くくく、何でもお前の思い通りに行くと思うなよ……」

 屋上前でひとしきり笑った後、恥ずかしくなって真顔に戻った。