外に出れば、当たり前のことだがそこには人がいた。
 バスに同乗したサラリーマンや子連れの主婦、学校帰りの学生達。
 それぞれの人生が干渉することなくそこにあり、自分の存在が薄く感じてしまうほど多くの人間が密集していた。
 僕は吊革を握りバスの振動に体制を崩さないようじっと耐えていた。
 窓を覗けば歩道を行き交う人々が映り、僕は目の行き場に困ってしまう。
 夢から覚めて、僕の心は希望を得て見違えるほど明るいものになったと思う。
 しかし根強く残った人間嫌いが易々となかったことになるわけではない。
 今後の人生で関わることのない人達を視界に入れなくてはいけない、その一面を目の当たりにしなくてはならないという状況にどうしても適応できそうになかった。
 引きこもり生活の弊害は短いスパンでも浸食が早く深い。
 克服するにはまだ相応の時間が必要になるだろう。
 バスが停車し、僕はそこで人の流れに押されながら外に出る。
 見上げるといつか見た景色と同じ、真っ白で無機質な建物が高くそびえ立っていた。
 アプローチタイルを早足で歩き、すれ違う人達に目もくれず自動ドアからロビーに入る。
 電球色のダウンライトが照らす空間は落ち着いた雰囲気を演出しようとしていたが、忙しなく行き交う人混みによってそれらは台無しになっていた。
 受付窓口までまっすぐに歩き、面会希望の旨を伝え簡単な手続きを済ませるとあっさりと通してくれた。
 上階へ向かうボタンを押し、数秒待つとエレベーターはすぐに降りてくる。
 三階の三〇一号室、場所ははっきりと覚えている。
 扉が開くとリノリウムの床が広がる廊下に出て、早足で部屋の前まで向かう。
 袖壁にかかったプレートには木村ユリナと記載されていた。
 彼女はまだここにいる、それを確認して僕はホッとする。
 よかった、夢の時と変わっていない。
 引戸をノックしてみようと手を伸ばすも、そこで動きが硬直してしまう。
 あと数メートルというところまで来て、緊張がピークに達し体が思うように反応してくれなくなった。
 息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。大丈夫、きっと彼女はこの先で僕を待ってくれている。
 意を決し戸を優しい力で三回ノックする。それから少し待つが、返事は帰って来なかった。
 戸を数センチ開き、僕は顔を中に覗かせる。
 窓に掛けられたレースから白い光が漏れ、リノリウムの床に反射し光の筋が作られているのが見えた。
 ベッドは袖壁に隠れ確認することができなかった。
「・・・入るよ?」
 部屋に入り、ベッドに向かい歩き出す。
 意識してゆっくりと移動しているつもりはなかったが、目の前の景色がスローモーションのように映った。
 ベッドの端が見え、段々と視界が開けてくる。
 心臓が高鳴り、息が詰まってしまいそうな感覚を覚える。