【大門寺トオルの告白②】
俺は自宅で……
楽しい明日を夢見て寝ていたはずなのに……
ふと、気が付いたら馬上の人だった。
何か西洋風のいかつい鎧を着て、鼻あてのついたの鉄兜を被り、結構重い幅広の鉄製剣を腰からぶら提げていた。
これ、何!?
どこぞのコスプレかぁ?
頭が混乱して、思わず馬から落ちそうになった。
我に返って、両膝で馬の腹を挟んで身体を支え、事なきを得たけれど。
大袈裟ともいえるくらいの深呼吸、息を思い切り吸い込んで吐いた。
ようやく落ち着いて、辺りを見回したら……
自分と同じように鎧を着てサーコートを羽織った男性の騎馬騎士が大勢居た。
何だ?
この男達は?
見知らぬ外人ばっかり。
どこの誰だよ?
やっぱコスプレ?
それとも祭りの仮装行列?
テーマは騎士団か、何かか?
それに俺は、こいつらとどこへ行って何をするつもりなのだろう?
そもそも今居る場所はどこで、一体いつ何時なんだろう?
疑問がたくさん。
途切れなく噴き上げる間欠泉のように湧き上がって来る。
つい苦笑した。
羽織っているものが騎士用の外套『サーコート』って……
すぐ分かる俺はやっぱり中二病。
普段愛読するラノベ……
つまり大好きなライトノベルの読み過ぎで、白昼夢でも見ているのかと思った。
ちなみに今読んでいるラノベは最強魔法使いが活躍するシリーズもの。
登場人物がたくさん出る群像劇的な学園ファンタジーで、主人公と絡むヒロインも多く、全員が超絶美少女揃い。
主人公は滅茶苦茶モテモテだから、いつも羨ましいと思いつつ読んでいたけど……
昨夜は違った。
理想の女性ともいえるリンちゃんとした、楽しいデートの余韻《よいん》があって、全然余裕を持って読書を楽しめたのだ。
ラノベの続きを読みながらより強く思った。
待ってろ!
いずれ俺もそっちへ行く。
必ず主人公のように『リア充』となるって。
リンちゃんが提案してくれるという次回のデートを想い、
幸せな気分で眠りについたから。
そんな幸せが、一気に吹っ飛んだ。
本当に『こっち』へ来てしまった。
見たところ、鎧や剣も絶対に『まがい物』じゃない。
本物の持つ重みと凄みが伝わって来る。
と、いう事は……
まるでラノベのような中世西洋風の世界へ来た。
これって異世界転生?
剣と魔法の世界?
じゃあ、とびきりの冒険が俺を待っている?
うん!
素晴らしい!
いやいや!
そんな事を期待している場合じゃない。
ヤバイぞ、これは!
本当にヤバイ!!
だって、もう帰れない?
元居た世界には二度と戻れない?
そんな非情な現実が見えて来る。
運命が「ガラリ」と変わったという確信が芽生えて来る……
となれば、リンちゃんとも絶対に会えない。
初対面、そしてデートと……
あんなにうまく行っていたのに……
やっと出会えた運命の女性だと思ったのに……
おいおい!
どうしてくれるんだ、神様!
俺の幸せを返してくれ!
何か補償を考えてくれ!
と、魂が叫んでいたその時。
「失礼して報告します。クリス副長、もうじき目的地へ着きますよ」
この場に全く似合わない、透き通った爽やかな声が、俺へ告げる。
ええっと?
現状の報告って奴かな?
は?
でも?
クリス副長って呼ばれたぞ
……誰それ?
一瞬ポカンとしたがすぐに気が付いた。
……あ、ああ、何だ、俺か!
もしかして、この俺の事なんだ、クリスって。
この名前、たとえば栗栖とか?
いや、違う。
ちらっと見やれば……
そもそも話しかけて来ているのは金髪碧眼のイケメン外人さん……じゃないのか?
口調だって全然ふざけていないし。
そう認識したら、だんだん思い出して来た。
というか、ラノベ好きな俺にははっきりと分かった。
これはよくある異世界転生じゃない、極めて稀な異世界転移なのだと。
何度も言うが……
昨夜俺は自宅のワンルームマンションで、幸せに包まれながら寝た筈なんだ。
多分、俺はまともに死んでなんかいない……
と、なれば元の世界では変死?
生きたまま意識だけ、特殊な方法で異世界へ送られた?
それも全く見ず知らず、第三者の意識に入り込んだって事か?
うわあ、何てこったい!
俺だけじゃなく、乗り移られたクリスにとっても大迷惑確定。
彼にだって、大切な家族や愛する恋人だって存在するだろうに。
おお、そんな事をつらつら考えているうちに……
クリスの記憶が甦って来る。
そして自覚した。
やっぱり俺とクリスは完全な別人だと。
彼の意識が心の片隅にぽつんとあったから。
乗り移った俺には分かる。
クリスというこの男は基本的に凄く硬派。
その上、女子には凄く奥手みたい。
反面、仲間内ではおおらかで細かい事をあまり気にしない。
この部分は神経質……
否、繊細でデリケート、気配りし過ぎる俺とは全く違う。
そして……
彼の肉親は既に亡くなっていた。
俺同様にひとりっ子で未婚なのだが、残念な事に付き合っている恋人も居なかった。
クリスの両親の話に戻ると……
お母さんはクリスを産んですぐ亡くなった。
お父さんの子爵も最近病死した。
こうしてクリスは跡を継ぎ、先日、子爵家の当主となったのだ。
まだまだ記憶は甦る。
クリスは7年前、18歳の少年時に、騎士隊へ入隊。
元々、武人としての才能があったのと、
人当たりの良さから騎士隊副長にまで登りつめた。
そうそうクリスというのはあくまでも呼びやすい愛称。
正式の名前はクリストフ、姓はレーヌ。
つまり爵位を含めたフルネームはクリストフ・レーヌ子爵。
ええっと……
我がレーヌ子爵家はヴァレンタインという王国の貴族家。
所属する騎士隊の名はヴァレンタイン王都騎士隊。
王都セントヘレナに駐屯し、普段は王国の警護任務についている。
本日は民を守る『戦う者』として、王都付近の村に害為すゴブリンの討伐へ向かっている。
そして、さっき俺に報告をしたのは騎士隊の後輩で部下のひとり。
勇猛果敢な若手、アラン・ベルクール騎士爵22歳。
彼はクリスと同じく独身。
ベルク―ル騎士爵家次期当主。
愛用の真っ赤な専用サーコートが似合う、粋な伊達男。
隊長に、俺と彼の3人で、数々の魔物討伐を行い名を馳せた。
イケメンのアランは『赤い流星』という、カッコイイふたつ名を持っている。
そうだ……また思い出した。
この王都騎士隊の隊長は、ジェローム・カルパンティエさん29歳、これまた独身。
名門カルパンティエ公爵家の御曹司で嫡男だ。
ジェロームさんは俺やアランから見れば遥かに家格が上の公爵家。
悪く言えば、上級貴族のおぼっちゃま。
でも真摯で誠実、尊大なところが全くない。
俺にとってジェロームさんは兄貴みたいな存在である。
俺は先ほど硬派だと言ったがジェロームさんは、更にその上を行く。
彼こそ勇猛果敢な騎士の典型。
ジェロームさんが父カルパンティエ公爵の跡を継げば、ゆくゆくは王国軍全体の指揮を執る将軍となる。
と記憶を手繰っていたら、再びアランが話しかけて来た。
「僕と隊長、クリスさんの3人が居れば、ゴブリンの群れなんて敵じゃない。大楽勝ですよ」
そんな軽口に対し、俺は自然と反応する。
「おいおい、アラン。油断するなよ。奴らの大群はけして侮れん」
「了解です。慎重な副長らしいですね、勝って兜の緒を締めよって事ですか?」
「まあな、多分その諺通りだ」
「ははは、たかがゴブリン。全然余裕です。それより僕、良い企画を立てましたよ」
「良い企画?」
「ええ、可愛い女子達との飲み会です。この任務をささっと片付けて、一緒に楽しみましょうよ」
成る程……
改めて言おう。
アランは……
クリスこと俺とは違い、まめな男だ。
その上、中々強い。
容姿もばっちり。
端整な顔立ちだから、女性には凄くもてる。
付き合う女性全てから、結婚をせがまれているという巷《ちまた》の噂だ。
例のふたつ名も、主に女性から呼ばれているらしい。
「可愛い女子達との飲み会?」
「はい! 副長は硬派ですから普段あまり飲み会に参加しないですけど、楽しいですよ」
「ああ、ま、まあそうだろうな……」
「僕が前回の遠征で知り合った聖女の子達とやるんです。場所もスペシャルだし、盛り上がりますよぉ」
は?
飲み会?
ええっと……
相手が聖女って、創世神様に仕える治癒士の事か。
補足するならば、
聖女って騎士隊に同行し、回復役として、魔物に襲われた住民や騎士隊員の治療にあたるありがたい存在だ。
あ~あ。
でも俺は……
こんな異世界へ来てまで、飲み会やるの?
まさか『愛の伝道師』の力が受け継がれているって事か?
とか思って、微妙な心持ちだったが、おくびにも出さず。
「分かった。無事に生きて戻って楽しめるよう、油断なく任務を遂行しよう」
「了解。良かったです、でも意外ですね。副長が参加とは珍しい、大抵は断るのに……」
「俺が飲み会に参加するのが珍しい……か」
「ははは、楽しいイベントがあれば、戦いにも一層気合が入りますねぇ」
「はは、だな」
再び放たれたアランの軽口を、さくっと受け流した俺は苦笑し、若干馬の歩みを速めたのであった。
【相坂リンの告白③】
「え?」と思った。
ここはどこ? と思ったの。
楽しいデートを終え、自宅のワンルームマンションへ帰った。
着替え、お風呂に入った。
思わず鼻歌が出るくらい幸せな気分だった。
そしてテレビを見て、暫し経ってから就寝したはずなのに……
気が付けば……起きていた。
それだけではない。
日本ではない異国に居た。
それも特別な場所に。
何と!
創世神という神様を称える教会の礼拝堂に居た。
ハッとして見やれば……
他の聖女さん達と一緒に、厳かな雰囲気で祈りをささげている。
ああ、周囲の聖女さん達も皆、日本人ではない。
いわゆる外人さん達だ。
私の目の前には傍らには祭壇、そして説教台がある。
この世界の最高神である創世神様ご自身は、絶対に偶像崇拝を認めない。
なので、お姿を表すシンボルはない。
再び見やれば……
壁にはいくつかの絵画が直接描かれている。
フレスコ画と呼ばれるものらしい。
創世神様のお姿は当然なし。
見事な筆致で描かれているのは、天の使徒と呼ばれる方々だけ……
あれ?
そもそも何で、私はこんな事を知っているんだろう?
このような礼拝堂は全く知らない場所ではない。
但し、実際には行った事がない場所である。
では何故このような場所、作法も知っているのかといえば……
流行りのライトノベルをいろいろと読んだから。
イメージとして、脳内へインプットされていた。
うん、私が最近はまっていたのが『聖女シリーズ』といわれるライトノベル。
今私が存在している場面が、そっくりのシチュエーション。
シリーズの主人公は当然ながら女性だ。
文字通り『聖女様』と呼ばれる方である。
聖女様の性格は明朗快活。
献身的で一途なキャラであり、女性から見ても好ましい。
う~ん、職業的に看護師の私とは似て非なる者かしら。
でも私が?
よりによって?
どうして聖女様になったの? などなど……
意味不明だという思いがとても強い。
何か不思議な気分である。
ライトノベルで読んだより、遥かに詳しい神の知識が頭にあるから。
敬虔ともいえる深い信仰心が心の中に満ちているから。
左右を見回した。
やはり、ここは礼拝堂である。
果たしてこれは現実かしら……
夢の続きを見ているのでは……
とも思う。
ああ、でも気が付いちゃった。
これってライトノベルでよくある設定の『異世界転生』とはだいぶ違う。
もしかして……
私・相坂リンの人格がこの聖女さんの意識に乗り移っちゃったのかな?
だったら、ええっと……
異世界転移って事?
でも聖女さんの意識は完全に消えてはいない。
私の心の片隅にちゃんとある。
すなわち、ふたりの意識は両方、ひとつの心の中にしっかりあるのだ。
でも私の意識の方が聖女さんよりずっと前面に出ていて、だいぶ強いみたい。
この身体の本来の持ち主なのに……
私が横取りしたみたいで……
聖女さん、少し気の毒かも……
だって!
この聖女さんにも大切な家族、そして愛する恋人も居るでしょうに。
でも!
私だって……
愛し愛される彼氏は居ないけれど……
かけがえのない大切な家族は居る。
え?
彼氏候補が居る?
昨日デートした大門寺トオルさんはって?
あんなにも楽しくデートして、『彼氏候補』の本命じゃないのかって?
ううん、多分無理だと思う。
トオルさんはあんなに優しくて、加えて気配り上手。
一緒に居る女子を、あんなにも楽しくさせてくれる素敵な男子だから。
私はたまたま一回デートしただけ。
彼を好きな女子は何人も居るに違いない。
それに趣味が全く合わないと思う。
初めて出会った時は勿論だけど……
デート中も彼からは、私の好きなラノベの話は一切出なかった。
そもそも私はトオルさんの事が本当に好きなのだろうか?
もしや錯覚?
全く見知らぬ異世界へ来て、人恋しくなっているだけ?
昨日のデートだって、気を遣わず甘えてばかりだったし。
でも……
トオルさんを好きか嫌いかと聞かれれば、はっきり好きだって言える。
素直な気持ちで言い切れる。
もしも!
今すぐ彼が目の前に居て、はっきり告白してくれたのなら、
ぜひ『彼女』になりたいと、返事をするだろう。
しかしそれは、もはや叶わぬ夢……
今、この世界に居るのは悲しいけれど、リアルな現実。
予感が確信へと変わって行く。
もう二度と元の世界には帰れないと。
相性の好いトオルさんにも再び会う事はないだろう。
楽しかった記憶がリフレインし、心が嵐にもまれる船のように揺れ動く。
とても寂しい……
約束をしていたのに……
トオルさんと二度目のデートをする約束を……
あ~あ。
デート……したかったなぁ。
いえ、もう一度だけでも会いたい。
ただ話すだけでも良い。
もう会えないのなら、きちんとさよならだけは言いたかった。
でも……
突然の異世界転移なんて……
自分の力ではどうにもならない。
だけど、ここで思い切った。
いつまでも、うじうじ悩んでいたって仕方がないと。
仕方がない……
……だったら割り切ろう。
この異世界で、麗しき『聖女様』になりきろう。
新しい恋を見つけよう。
つらつら、とりとめなく考えていたら……
やがて休憩時間となった。
少し休んでから、礼拝が再開されるだろう。
と、その時。
「シスターフルール、ちょっと宜しいですか?」
と小さな声で囁かれた。
え?
フルールって呼ばれた?
それは誰?
ああ、そうか!
心の片隅に沈んだ、別の意識が報せてくれる。
フルールって……私の事、なんだ。
確か、フルール・ボードレールというのが、この世界での私の本名。
出自は何と貴族。
ただ王族とかそんなに凄い事はなく、ボードレールという男爵の長女である。
しっかり返事を……
いえいえ、いかに休憩中とはいえ、ここは聖なる礼拝堂。
大きい声を出したり、私語を交わす事は基本的に禁止である。
目立たないように、ごくごく小さな声でそっと返事をしなければいけない。
そういえば、私の名を呼び、じっと見ているこの子は誰?
コケティッシュで、不思議な雰囲気を持つ女子だ。
ブルネットのロングヘア。
魅惑的な黒い瞳。
「ぷくっ」と厚いピンク色の小さな唇。
うわぁ、凄く色っぽい……
とっても男子にもてそうな子……
ああ、確か、この子の名は……思い出した。
ジョルジェット……だったっけ。
「ええっと、シスタージョルジェット、何でしょうか?」
と声を押さえて私が尋ねれば、
「礼拝が終わったら、シスターフルールへ折り入ってご相談が……少々お時間を頂けますか?」
と言われた……
相談?
一体何だろう?
「かしこまりました。私の方は構いませんから、頃合いを見て声をかけてください」
「ありがとうございます」
小さな声の会話は終わった。
短か過ぎて、シスタージョルジェットの意図は不明だ。
「相談って、……一体何だろう?」
と、再度私はぼんやり考えていた。
そんなこんなで……
礼拝が終わった。
次の『お勤め』までは、約30分ほどの休憩がある。
先輩導、同輩、後輩……
大勢のシスター達がひと息つく為、休憩室へ移動して行く。
しかし私はその場に残る。
シスタージョルジェットから相談があると依頼されていたから。
スタンバイして待っていれば、やはり彼女はやって来た。
「シスターフルール」
「はい」
「先ほどお願いした件、いかがでしょうか?」
「はい、いつでもどうぞ。但し休み時間終了までとしてください」
というわけで……
内密の話なので別室に行くようお願いされ……
私はシスタージョルジェットの『相談』に乗る事となったのである。
【大門寺トオルの告白③】
相坂リンちゃんとのデートが上手く行き、
幸せ気分で「ぐうぐう」眠っていた俺であった。
しかし、気が付けば……
中世西洋風異世界へ意識だけを飛ばしていた。
多分、異世界転移って奴だろう。
そんなわけで、今の俺はバリバリの騎士……
ヴァレンタイン王国王都騎士隊副長クリストフ・レーヌ子爵なのである。
でも日本の平凡なリーマン、大門寺トオルは何故、騎士になどなった?
と、俺は疑問を呈する。
まあ、その疑問に答えてくれる者はどこにも居ないのだけれど。
そもそも、ヴァレンタイン王国における騎士は概ね世襲制。
父親や親族から引き継いだ者が多い。
この俺も全く同じパターン。
前当主の父が亡くなり、跡目を継いだレーヌ子爵家も武家。
寄り親はカルパンティエ公爵家だ。
ちなみに寄り親とは前世の政治家でいう派閥のボスと考えれば分かり易い。
ヴァレンタイン王家に仕える騎士の俺ではあるが……
ジェローム隊長の父カルパンティエ公爵をボスとする、有力派閥に属する子爵家当主でもあるのだ。
前世では武道の経験など勿論なく、運動もさほど得意ではなかった俺であったが……
性格も肉体も大きく変わった今、騎士は案外楽しい。
俺が担う仕事は大きく分けてふたつ。
ひとつは王家を中心とした要人警護。
もうひとつは巷でいう『戦う者』として王都を含む防衛と治安の維持。
たまに人を襲う魔物の掃討も行う。
大門寺トオルの俺が、己の存在を認識したのが、その遠征の最中《さなか》だった。
ちなみに……
あの会話の後、後輩アラン・ベルクール騎士爵の軽口は当たった。
ゴブリン数百の大群は、俺を含めた王都騎士精鋭部隊の手によりあっさり討伐されたのだ。
さてさて!
俺の自宅は一応王都内にある。
子爵家の屋敷としてはそこそこの規模だが、父親の死後、管理は使用人に任せている。
片や俺クリスは15歳で入隊してから、25歳になる今迄、
10年間慣れ親しんだ騎士隊の寮暮らしなのだ。
ちなみに前世のトオルは寮生活は未経験である。
で、話を戻すと、
寮での暮らしは、日々のスケジュールは時間までも分刻みできっちり。
おおまかに言えば朝5時に起床。
特別な任務や野暮用がなければ午後10時には就寝。
もう少し詳しく言うのなら、寝ている時と3食のメシ以外の時間は、主に訓練に明け暮れる。
入隊して5年、20歳になった時、
「お前は仕官候補なのだ」と言われ、
以来5年間、先輩のジェロームさんと共に作戦立案と用兵の勉強もしている。
食う為、生きる為の糧《かて》を得る仕事で……
ファンタジー映画やラノベに出てくるような勇ましい騎士として活躍する。
重度の中二病を患う俺には、願ったり叶ったりだ。
さてさて、仕事が終われば、今夜……
アランの話していた通り、待ちに待ったスペッシャルなイベントがある。
スペッシャルなイベント……すなわち聖女様達との飲み会である。
前世でも、この異世界でも、トオルでも、クリストフでも、
スペッシャルなイベントとは合コン?
これって、何の因果の転生だろうか……
「とほほ」と落胆するのか、「素晴らしい人生だ」と喜ぶのか、全く分からない。
まあ、良いか。
再び話を戻すと、俺が憑依した? 騎士のクリスは、
この世界で、何度も合コンを行っているらしい。
前世の俺とは違い、完全な受け身タイプのクリスは、今回のように誘われて行く事が多いらしい。
しかしこの世界のビギナー、
『大道寺トオル』としては、初体験のスペシャルなイベントだ。
この世界の飲み会って、一体どんな感じだろうと、好奇心いっぱい、興味津々である。
今の俺は何故か、クリスより、トオルの記憶が前面に出ている。
なので、仕切り直しという事で体験すれば……
全く違う、新鮮さが味わえそうな気がする。
当たり前だが、この世界の合コンは、前世のそれとは、メンツも雰囲気も違うだろうし。
……その上、今夜はもっと『凄い冠』が付いている。
まさに、スペッシャルなイベントと呼ぶに相応しい。
最近……
国王陛下の弟君、宰相フィリップ殿下のお陰で、この世界の身分の壁が取り払われた。
今夜、行われるのは、その名も『ヴァレンタイン王国異業種交流会』である。
宰相主催のこの企画を聞きつけたアランがツテを使い、上手く乗っかったってわけ。
ねぇ、凄いでしょ?
その趣旨としては……
身分を超えた情報交換をして、王国の発展に寄与する会。
……なのだが、実態は王国公認の合コン。
すなわち、自由お見合いの場と化している。
この異業種交流会は、半年に1回のペースで開かれているらしい。
とても人気があるのは勿論、加えて参加経験者からの紹介制度がある為、一見さんの参加は極めて困難といえる。
楽しみだ!
ワクワクする!
今夜の俺は、使命感に萌えて!
いや!
燃えている。
昼間、訓練をしながら散々悩んだ。
当然、リンちゃんの事。
つまり未練だ。
だけど、元の世界に戻れる保障も何もない。
なので、「開き直るしかない!」と思えて来たのだ。
騎士クリスとして、この異世界を楽しむ。
過去の黒歴史の仇を、改めてこの異世界で取る。
あの運命の子リンちゃんと、結ばれなかったのは誠に残念だ。
だけど、いつまでもぐだぐだ言っても仕方がない。
彼女を上回る、『超可愛い完璧彼女』をこの異世界で作るしかない。
だってさ……
月に数回は徹夜をした前世のブラック企業に比べれば、騎士といえどこちらの仕事は全然楽しい。
加えて、騎士は巷《ちまた》の女性にとって超が付く人気職業なんだもの。
その象徴が赤い流星のモテモテ男、アラン・ベルクールだ。
給料だって、一般庶民とは桁違い。
前世とは物価がまるで違うし、貨幣価値も違うのだが……
子爵家の実入りは別として、俸給は基本月収200万円くらいっていったところ。
これに副隊長の職務手当て、危険手当て、出張手当てなども付く。
その時の任務にもよるが、最大で月収は何と400万円近くとなる。
おいおい、凄いよ!
クリスは貴族とはいえ、まだ25歳の若輩だろう?
命を懸けた仕事とはいえ、これって、素晴らしいのひと言。
ちなみに……
王都で家族4人を養うのに、月額20万円ちょいあれば楽勝という世界。
前世勤めていたブラック企業で……
無理をしながらも地道にコツコツ頑張って来たご利益があった。
「この異世界でようやく報われたぞ!」って感じか。
仕事は充実、収入もバッチリ。
あとは……
最高の『彼女』、つまり結婚相手を見つけるだけなのである。
もう、割り切る。
どんな理由で前世から飛ばされてしまったのかは不明だが……
この異世界で俺は幸せになる!
それしかない!
転生した日に、こんな超特大イベントがあるのも、何かの縁だろう。
さあ、午後5時。
非常時対策の待機部隊以外、騎士隊の業務終了の時間だ。
俺が引き揚げようとしたら、後輩で部下のリュカ・アルノーが声をかけて来た。
リュカは19歳。
王都騎士隊へ入隊して、まだ4年目の若手だ。
ようやく一人前になりつつあるといった感じ。
リュカもまだ独身。
切実な『彼女欲しい願望』があるらしい。
クリスの記憶を手繰ってみれば……
以前何回か、妙齢の女性を紹介してあげたようだ。
はぁ……
クリス自身がバリバリの独身なのにね。
それなのに他人の世話ばかり……
ふっ……バカみたいだ。
でも、前世の俺トオルは笑えない。
異世界転移しても全く同じじゃない?
……俺は真面目でおひとよしなクリスに対し、急に親近感が湧いて来た。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リュカは底抜けに明るい。
幹事のアランからは、事前に聞いている。
リュカも、今夜の特別な飲み会に参加するのだ。
「クリス副長! 今夜は宜しくお願いしまっす」
「了解! リュカ、あまり羽目を外すなよ。何せ相手が相手だ」
「わっかりましたぁ!」
果たして……
今夜のスペシャルな飲み会で、リンちゃんを超えるレベルの新たな出会いはあるのだろうか?
いや!
この異世界で絶対に、幸せになる!
俺は改めて、気合を入れ直したのであった。
【相坂リンの告白④】
シスタージョルジェットは私の手を「くいっ」と引き、
「するり」と別の部屋へ入った。
とてもしなやかな身のこなし、まるで猫だ。
でも……
一体、何の相談だろうか?
全然心当たりがない。
さてさて、私が連れて行かれたのは物置を兼ねた狭い部屋である。
しばらく掃除をしていないのか、少々、ほこりっぽい。
見やれば、小さな木製の丸椅子がふたつ置かれている。
シスタージョルジェットから、座るように勧められた。
でも、次のお勤めまであまり時間がない。
簡単な用事なら即、済まそう。
だから早速、尋ねてみる。
「それで……相談とは何でしょう。シスタージョルジェット」
「はい、シスターフルール。私、絶対に許せない事があるのです」
「え? 絶対に許せない事……とは?」
許せない事?
全然分からない。
良く良くシスタージョルジェットを見れば、眉間に深い皺を寄せている。
口にするだけで、腹立たしいといった趣きだ。
とりあえず……
もっと話を聞いてみるとしよう。
「あ、あの、シスタージョルジエット。もう少し具体的に説明してくださいます?」
「はい! シスターフルール。では、改めてご説明致します。我がヴァレンタイン王国を守護する、王都騎士隊の不埒《ふらち》な輩《やから》についてです」
「王都騎士隊の不埒な輩?」
成る程……
シスタージョルジェットは誰か騎士隊の隊員に憤慨する対象が居るんだ。
だんだん状況が見えて来た。
でも相手は騎士。
一体、何をどうするというのだろう?
と思っていたら、シスタージョルジェットより、突然の質問。
「はい! シスターフルールは最近、王都騎士隊にはびこる堕落の傾向をご存じでしょうか?」
堕落!?
ええっと、堕落って何?
まさか、悪魔?
って、ライトノベルの読み過ぎ?
「だ、堕落の傾向? い、いいえ、存じません」
と、答えたら……
シスタージョルジェットは、私をキッとにらむ。
それくらい知らないの?
常識でしょ!
という強い感情の波動が襲って来る。
うわぁ、何か、怒りの矛先が私へ来そうで……怖い。
「では、シスターフルール。我が創世神教会が説く、崇高たる騎士7つの精神ならばご存知ですよね?」
「ええっと、確か……忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、奉仕……でしょうか?」
「さすが、シスターフルール。その通りです。でも……そんな素晴らしい言葉の数々や考え方も、情けない現実の前では、もはや机上の空論です」
情けない現実?
机上の空論?
分かるような、分からないような……
これって不毛な会話というのだろうか?
こんな時は、停滞《ていたい》を打破しよう。
ズバッと直球勝負!
はっきりと相手へ自分の意思を伝えよう。
「……シスタージョルジェット。詳しくご説明して頂いてなんですが、私には話が全く見えません」
と、今度は私から尋ねた。
すると、シスタージョルジェットはハッとした。
興奮がクールダウンし、少しは落ち着いたみたい。
「コホン! 申しわけありません。つい興奮しすぎて、凄く回りくどくなってしまいましたね。実は……」
「は、はい、実は?」
「以前、騎士隊の魔物討伐遠征に同行の際、その不埒な輩から私ジョルジェットはふたりきりで会おうと誘われてしまいました」
「ええっ? ふたりきりで会おうと誘われたって……それはもしかして、デートのお誘いじゃないんですか?」
そうそう!
騎士様からデートのお誘いじゃない。
やっぱり、シスタージョルジェットは可愛いからもてるんだ。
しかし何故か、シスタージョルジェットは不快そうに顔をしかめ、首を横に振った。
「そうかもしれません、でも私はきっぱりとお断りしました」
「断った? な、何故?」
「巷《ちまた》でその輩の評判が著しく悪いからです」
「評判が悪い?」
「はい、その輩……アラン・ベルクール騎士爵は騎士隊でも女癖の悪さで有名だそうです。付き合う女性全てへ声をかけ、挙句の果てに結婚をちらつかせているとか」
「そのアラン様が? 結婚を!? そ、そうなんですか?」
「はい! 確かです。事実、その件では何人もの女性が憔悴しきった様子で、我が教会へざんげに訪れましたから」
えええっ!?
もしもそれが事実だとしたら……
酷い!
そのアランとかいう騎士さんは酷すぎる。
外道だし、性格悪すぎ!
つまり女性の敵!
シスタージョルジェットほどではないが、私もだんだん腹が立って来た。
「……アランという騎士は確かに酷い人ですね」
「でしょう? アランは人心を惑わし、騎士隊の評判を落とす。ひいては我がヴァレンタイン王国の評判も地に堕ちる。そのように不埒な輩はけして許せません」
「許せないって……シスタージョルジェット、一体どうするつもりですか?」
「はい! 一旦は断りましたが、アランからの誘いを受ける事に致しました」
「え? きっぱりとお断りしたのではないのですか?」
「はい! 私ひとりで……つまり1対1で会うのは、はっきりと断りました。だからお互いに人数を増やして会おうと、逆に私から提案致しました」
「はい~? 人数を増やして会う?」
「はい! という事で、今夜複数人数での飲み会を行います」
「え? 飲み会? それも今夜?」
「はい、今夜です! 私は勿論参加ですが、既にシスターシュザンヌ、シスターステファニーにも参加のご了解を頂いております」
「じゃ、じゃあ、全部で3人の参加なのですね。でもそれってシスタージョルジェット、……私には全く関係ない話なのでは?」
「いえ! 関係あります! シスターフルールにも大いに関係があるのです!」
「は?」
「は? ではありません。シスターフルール。貴女も既に参加メンバーへ入っているのですから」
「はい~!?」
な!?
そんな勝手な!
それも今夜!?
この人……何?
人の都合を全く聞かずに、無断で予定を決めちゃっているの?
「いいですか、シスターフルール。私達聖女4人で協力し合って、その不埒な騎士アランの悪事を白日《はくじつ》の下《もと》にさらすのです」
「白日の下に?」
「はい! その通りです。社会的な破滅に追いやりましょう。私は勿論、アランに口説かれるでしょう。ですが、アランが私以外の貴女方3人へアプローチすれば、それが動かぬ証拠! 奴は鬼畜で外道確定です」
「…………」
「そんな害虫は私から枢機卿に申し上げ、枢機卿から王国軍統括のカルパンティエ公爵へ不埒な悪事を伝えて頂きます!」
「…………」
「という事で、午後5時! 中央広場の噴水前集合! という事で、シスターフルール、本日は何卒宜しくお願い致しますっ!」
駄目だ、断れない。
私は唖然とし、反論さえ出来ずに流されて行く。
この子は押しが強い。
否、強引過ぎる!
大きくため息をついた私を見て、シスタージョルジェットは笑顔でVサインを送って来たのである。
【大門寺トオルの告白④】
後輩で部下のアラン・ベルクール騎士爵が手配したスペシャルなイベント。
それは王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』
開催場所も同じくスペシャル、王都で今一番流行の凄い店で行われる。
浮き浮き気分の今、俺は速足で歩んでいる。
誘ってくれたアラン、そして同行する後輩のリュカと待ち合わせをした場所は……
王都セントヘレナでは、最もポピュラーな、中央広場大魔導時計下だ。
今日も変わらず、大勢の待ち合わせらしき人々で、ごったがえしているだろう。
そもそもこの王都は、前世地球における中世西洋の街で良く見られた構造をしている。
中心部に大きな広場が造られ、そこから放射線状に延びた道に、各街区が区切られていた。
但し、普通の街と違うのは、中央広場自体がとてつもなく広い事。
その上通常は街の奥へ……
有事の際は城塞を兼ねる為、高台に造られるはずの王宮が、中央広場に造られている事である。
だから他の街と比べても、中央広場の地位は高く、活気が半端ない。
国賓の来訪とか、何か特別な催しがない限り、様々な市場や露店も立ってにぎやかだ。
あちこちに立っている、俺達とは別部隊の王宮専門警護の屈強な騎士達。
彼等が睨みを効かせるお陰で、悪さをする奴も滅多に居ない。
それ故、治安もバッチリで、自然と人も集まる。
裏通りに入れば、結構治安の悪い王都なのだが……
中央広場だけは、安心して女の子とデートが出来る場所なのだ。
そんなこんなで、時間はまもなく午後5時30分。
アラン、リュカとの待ち合わせ時間である。
よし、待ち合わせ場所に到着。
予想通り、大魔導時計下は凄い人混みである。
やっべ~!
後輩達の手前、さすがに遅刻はまずい!
俺が焦って、辺りを見渡すと、
「あ~っ、副長こっち~~っす!」
人混みの中で、リュカが大声で叫び、手を「ぶんぶん!」振っていた。
時間は、午後5時30分ほんの少し前。
リュカの下へ駆けつけると、魔導時計の鐘が趣きのある音を鳴り響かせた。
何とか、セーフというところだ。
まずはぎりぎりの到着を、リュカへ謝罪する。
こんな時、待たせた相手が後輩だからといって、全く気配りせず、さも当然とか……
「俺は全然悪くないのだ!」なんていう、
傲岸不遜光線をバリバリ発射みたいな、登場をする人は……
老若男女問わず絶対に嫌われる。
「悪い! リュカ、待たせたな」
「いや、僕もさっき来たっす。それにまだ、アランさんが来ていませんから」
「え? そうなの?」
「アランさん、大丈夫っすかね?」
リュカが、盛んに時間を気にする。
対して、俺はあまり心配していない。
「まあ、あいつは要領が凄く良いから、大丈夫だと思うよ」
俺とリュカは、暫し待ったが……
アランは、中々来ない。
交流会は、午後6時開始。
だから、もうあまり時間がない。
さすがに、少しだけ焦って来た。
だが、ひと安心。
俺が到着し、更に10分ほど経って……
ようやく、アランがやって来た。
それも、俺とリュカが良く知る逞しい偉丈夫を引き連れて。
あれ?
ジェローム隊長だ。
もしかして、一緒に参加する予定なのかな?
「申しわけないです。ちょっと遅刻かな? 副長、結構待ちました?」
アランも俺と同じだった。
遅れて来たら、しっかり謝る。
まあ、悪い事をしたら謝るって、
人としては当然なんだよね。
まあ、隊長が一緒なので、遅れて来た原因は想像がつく。
「いやいや、大丈夫。急げば間に合うよ。それよりジェローム隊長わざわざお疲れ様です」
と、俺も笑顔で返し、大魔導時計を指さす。
午後6時までは、あと10分少ししかない。
「すまんな、クリス。遅れたのはアランが原因だ。奴が急に誘うから支度に手間取った」
「そうなんですか?」
「ああ、無理やり連れて来られてな。何とか業務の都合がついたので今夜は付き合うぞ」
「成る程」
俺は笑顔で頷いた。
だが……
ジェローム隊長の話は怪しい。
名家カルパンティエの御曹司で騎士隊隊長。
引く手あまたで、舞い込む結婚話も多いはずなのに、ジェローム隊長はいまだに独身である。
そんな隊長の実情を、付き合いの長い俺やアランはとても良く知っている。
確かに隊長は凄く硬派で男らしい。
しかし女性にはとても奥手、且つ不器用なのだ。
多分……
アランは気を遣って、隊長に『出会いの機会』を作ろうと、無理やり誘ったのだと思う。
なのに隊長の今のコメントに対しても、余計な事は一切言わない。
男の俺だって、好ましい奴だと思う。
それどころか、アランはいつもの爽やかな笑顔まで見せている。
ビジュアルも素敵だ
……実際、彼の日焼けした顔の中で……
少しだけ開いた口に見える歯が、やたら白いのが目立つもの。
そんな事をつらつらと考えていたら……
遅刻の張本人? ジェローム隊長が俺を促す。
「クリス、皆、急ごう。フィリップ殿下の主催なら、遅刻はまずいぞ」
「はい、急ぎましょう」
「分かりました」
「走るっす」
俺、アラン、リュカの3人はいつもの訓練通り、隊長の命令に打てば響けとばかりに返事をし、一斉に走り出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の合コン……
俺が憑依したクリスが参加していた『自由お見合い』は、
お店を貸し切る事が殆どだ。
いつも店を貸し切るなんて、確かにお金はかかる。
だが、はっきりとした理由がある。
この異世界は誰彼構わず、強気なナンパが当たり前らしい。
可愛い女子が居たら、声をかけない事自体が罪、
なんて前世の某国みたいな気質が充満している。
とはいえ、店内に居る見ず知らずな他の客から、
参加メンバーの女の子へちょっかいを出されたら、まずい。
折角の雰囲気をぶち壊されてしまう。
人の幸福を、他人は羨むもの。
それが、『女性絡み』だと尚更である。
だが今日の店は、いつもとは違う。
何せ王国宰相主催のイベントだ。
全てが王国負担。
使う金は一切なし。
そして貸し切る店の規模も、桁が違う。
今回の場所だって、王家の企画立案者が流行を考慮している。
先頭にはアランが立ち、俺とジェローム隊長は、リュカを従え、
歩いて行く。
やがて……
店が、見えて来た。
実をいうと、今日の店はとても特殊である。
何と!
地下迷宮を改造した現在大人気な、スポット。
その名を『ラビュリントス』という、レジャー施設内のレストランなのだ。
何故、迷宮が王都にあるのか?
理由というか、話はこうだ。
……今から数百年ほど前、王国に歯向かう、ひとりの男性魔法使いが居た。
王宮魔法使い候補筆頭だった魔法使いは……
妬みから足を引っ張る同僚の嫌がらせと根も葉もないデマを流され、呆気なく失脚した。
デマを信じた王家を憎んだ彼は嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に迷宮を作り上げたのだ。
地下10階まである、まあまあの規模の迷宮であり……
魔法使い自身は最下層に引きこもる。
だが、迷宮のある場所は、とんでもなかった。
何と!
至近距離も至近距離、迷宮の入り口が、正門の真ん前だったのだ。
こうなると、さすがに王国も放ってはおけず、魔法使いへ何度か迷宮の封鎖と退去を命じた。
だが、件の魔法使いは完全無視。
こうなると、もう強制撤去しかない!
という事で、王国は騎士隊を派遣した。
しかし、なかなかうまくは行かなかった。
魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
彼が召喚した、怖ろしい魔物共が徘徊していたからである。
魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。
業を煮やした王国は、冒険者達に迷宮探索を開放。
憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じた。
数多の冒険者達が迷宮攻略を目指したが、結構大変だったらしい。
件の魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
魔法使いが引きこもって、約100年後、迷宮はとうとう攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。
多くの騎士や冒険者が死に……
呪われ不吉な場所だとされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
そして、長きに亘りそのままになっていた……
そんな迷宮が、注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。
元々、迷宮がある場所の、街壁が老朽化した為……
ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであったので、殆ど無傷だったらしい。
王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して迷宮の探索を命じた。
度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。
幸い迷宮内には、人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
冒険者達は、実入りの良い仕事をこなし、うはうはで莫大な金を得たという。
こうして安全になった迷宮は……
暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
だが、5年ほど前に民間へ払い下げられた。
迷宮を取得したのは某商会であり、彼らはこの迷宮を大幅に補修した。
センスの良い装飾を施し、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
更に、客足が多いのを見越し、増築工事を行った。
疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地などを備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。
そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年である。
前置きが長くなってしまったが……
今夜のパーティ会場は、そのレジャーランド内のレストラン、
その名も『探索《クエスト》』
宴会用の大型個室である。
ここで、アランが「そっ」と俺へ耳打ちした。
「クリス副長」
「ん?」
「申しわけありません。今夜、僕にはやらねばないならない事があります」
「やらねばならない事?」
「理由は……聞かないでください。僕の人生がかかっています」
「おいおい、アラン、人生って大袈裟な……」
「本当に本当です。なので今夜はジェローム隊長をしっかりとサポートして欲しいんです」
こんな時、絶対に嫌がらず、
「打てば響く!」のがクリスこと俺の真骨頂である。
理由も聞かずに、即座に快諾するのがお約束だ。
こういう迅速な対応が、次の合コンへ呼ばれる事に繋がる。
「了解! 任せろ」
俺の気合の入った返事を聞いてアランは満足そうだ。
「ありがとうございます。とても助かります。それと重ね重ねで誠に申し訳ありませんが……最初の挨拶だけは僕がやります。だから、それ以降の司会進行をお願いします」
「挨拶以降の司会を? 俺にか?」
「ええ……個室を予約してありますから」
「成る程」
ふ~ん、そうか。
何となく分かって来た。
自分で仕切っておいて、司会をやらないって事は……
アランはもう、相手のグループに、
『目当ての子』つまり本命が居るって事か。
まあ、良い……
今夜、ここへ俺達を連れて来てくれたのは……アランなのだから。
情けは、人の為ならずともいう……
最初に頼まれたジェローム隊長だけではなく、機会があればアランの方も、しっかりフォローしてあげよう。
俺は念の為、聞いておく。
「一応確認しておきたいが……ジェローム隊長のサポートは、開始以降で良いのか?」
「ええ、7時少し前まで、僕とジェローム隊長は別件があります。だから副長とリュカは、自由行動でOKです」
「了解した」
いやいや、本当にありがたい!
アランの、優しい気配りを感じる。
トオルの俺は異世界の交流会ってやつを楽しんでみたいし、個人的にも知り合いを作って、新たな人脈も広げたい。
まあアランも、俺を使って、今後合コンを頼んでくるかもしれない。
こういうふうに世の中は、持ちつ持たれつである。
まあ、アランほどではないが……
冗談抜きで、今回はビッグチャンスかもしれない……
だが過去のトオルの経験上、直近の結果だけ求めるようでは、次回へはつながらない。
出来れば『彼女』を作りたいと思うけれど、上手く行くとは限らない。
いや、『彼女』が出来ない可能性の方が、却って高い。
最初から、そんな後ろ向きじゃあ、いけないのだけれど。
世の中は、そう甘くない。
まあ、全力を尽くすのみ!
俺は気合を入れ直して、再び店を眺めたのであった。
【相坂リンの告白⑤】
午後5時……
中央広場の大魔導時計下……
誰もが使う集合場所に、創世神教会所属である4人の聖女が集結していた。
陽は西へ完全に傾いている。
シスタージョルジエットの強引ともいえるお誘いで……
私シスターフルールことフルール・ボードレールは、今日の今日。
つまり今夜の午後6時から特別な食事会に出席する事となってしまった。
前述したように、参加メンバーは私達以外にはふたりである。
「シスタージョルジエット、こんばんわ」
「シスタージョルジエット、今夜は宜しくお願いしますね」
やって来たふたり、
参加メンバーのシスターシュザンヌ、そしてシスターステファニーが丁寧にあいさつした。
そもそも聖女同士、よほど親しくなければ普段あまり話す事はない。
公私の別をしっかり分けている。
さすがに面識だけはあるが、私フルールはこのふたりとじっくり話すのは初めてである。
挨拶をされたシスタージョルジエットが改めて私を紹介する。
「シスターシュザンヌ、シスターステファニー、今日はお疲れ様です。ご存じでしょうが、こちらは今回の参加者シスターフルールです」
「シスターフルール宜しくね」
「シスターフルール宜しくお願い致します」
「シスターシュザンヌ、シスターステファニー。こちらこそ宜しくお願い致します」
改めて挨拶をし、私はふたりを見た。
フルールの知識と記憶が私にふたりの素性と経歴を教えてくれる。
……シスターシュザンヌことシュザンヌ・オリオルさんは、聖女になって10年以上経つ。
つまり経験豊富なベテランである。
彼女の年齢は……
常識的に、面と向かって聞いた事はないが、確か……30歳だったはず。
そして出自は騎士爵家の次女。
シスタージョルジエット同様潔癖な性格で、
男性にはあまり興味がなく、仕事ひとすじという噂だ。
片やシスターステファニーことステファニー・ブレヴァルさんはまだまだ若手。
聖女2年目の20歳。
本人はあまり言わないが、強い結婚願望があると聞いている。
だが……
男性に対する理想がとてつもなく高い。
なので、中々折り合わないらしい。
ちなみに彼女の出自は超が付く良血といえる家柄。
創世神教会のトップ、枢機卿アンドレ・ブレヴァル公爵の孫娘。
男性へのこだわりが半端ではないのも納得である。
と、ここでシスターシュザンヌが尋ねる
「シスタージョルジエット、それで今夜の段取りは?」
「はい! シスターシュザンヌ。開始時間、場所の変更はありません。最終的にはこちらの4人に合わせてくれたようです」
「こちらの4人に合わせる? すると?」
「ええ、あちらも同じく4人ぴったり、同じ人数の騎士様がいらっしゃいます。ターゲット以外には、王都騎士隊の隊長、副長、もっと若手の方もいらっしゃるそうです」
シスタージョルジエットが答えると、ここでシスターステファニーのチェックが入る。
「え? ちょっと待ってください、シスタージョルジエット。それって凄いメンバーじゃないですか?」
対して、シスタージョルジエットが同意し、頷く。
「確かに……特に隊長と副長のふたりには、注目です。隊長は名門カルパンティエ公爵家の跡取りであるご嫡男ジェローム様、副長はレーヌ子爵家のご当主クリストフ様、おふたりとも凄く硬派で勇猛果敢な歴戦の騎士だと聞き及んでおりますから」
「素敵ですね」
「本当に……そんなに硬派なら多分、彼女は居ませんね」
不埒な? 騎士アラン以外に、大物ふたりが来ると聞き……
結婚願望が強いシスターステファニーは勿論、意外にも男性嫌い? のシスターシュザンヌまでがうっとりしている。
来た甲斐があるという雰囲気で、本当に嬉しそうである。
ふたりの様子を見たシスタージョルジエットは、ちょっとだけイラついたみたい。
「呆けている場合ではありません! 今夜の第一目的は不埒な輩《やから》アラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事です」
「は、はい、そうですよね」
「り、理解しております」
「ではお店へ参りましょう」
シスタージョルジエットに先導され、私達聖女連合部隊は開催場所へと歩きだしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暫し歩くと……
飲み会を開催する店が、見えて来た。
実をいうと、今日行く店はとても特殊。
何と!
地下迷宮を改造した『ラビュリントス』という現在大人気のレジャー施設。
その中にあるレストランなのである。
何故、迷宮が王都内にあるのか?
理由というか、私がフルールの知識から得た話はこうだ。
……今から数百年ほど前、ひとりの男性魔法使いが居た。
どうしてひねくれたのか分からないが、曲がった性格の彼は、嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に自分の住まいとなる迷宮を作り上げた。
地下10階まである、そこそこの規模であり……
魔法使い自身は、最下層へニートみたいに引きこもった。
だが迷宮のある場所は、王都の近くとはいえ、とんでもなかった。
何と!
入り口が、正門の真ん前だった。
さすがに、王国も放ってはおけず、迷宮の封鎖と退去を魔法使いへ命じた。
だが、件《くだん》の魔法使いは完全無視を決め込む。
仕方なく王国はその後も、何度か命令の受諾を求めた。
実力行使の警告も含めて……
しかし魔法使いは従わなかった。
こうなると、もう強引に撤去&退去させるしかない!
という事で、王国は説得の為、屈強な騎士隊を派遣した。
しかし、なかなかうまくは行かなかった。
魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
彼が召喚した、様々な魔物が徘徊していたからである。
野戦では絶対的な強さを誇る騎士も、狭く暗い迷宮では勝手が全く違う……
結果、魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。
これはもう相手へ撤去&退去を命じるレベルではない。
激怒し、業を煮やした王国首脳は、冒険者達にも迷宮探索を開放。
憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じたのである。
こうなると、数多の冒険者達が迷宮攻略を目指した。
だが、迷宮に慣れているはずの冒険者達も結構難儀したらしい。
その魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
彼が引きこもってから約100年もかかって、迷宮は遂に攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。
長き討伐の間、多くの騎士や冒険者が亡くなり……
とても不吉な場所とされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
そして、ず~うっと、そのままになっていたらしい……
迷宮が、再び注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。
元々、迷宮があった場所の、街壁が老朽化した為……
ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであった。
なので、殆ど無傷だったらしい。
王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して今度は最初から冒険者のみで迷宮の探索を命じた。
度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。
幸い、迷宮内には人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
冒険者達は、実入りの良い仕事をバッチリこなし、莫大な金を得たという。
こうして……
安全となった迷宮は……
暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
だが、5年ほど前に民間へと払い下げられた。
迷宮を取得したのは王都の大手某商会であり、彼らは迷宮を大幅に補修した上、改造を施した。
センスの良い装飾を加え、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
地下商店街がオープン後、物珍しさから客足は多かった。
商会は更なる収益を見込み、更に増築工事を行った。
何と!
疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地まで備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。
そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年なのである。
また今夜行われるのは単なる飲み会ではなかった。
シスタージョルジエットいわく、
最近、王都で噂の男女が巡り会える最大のイベント、
王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』に参加した上での2次会という形を取っていた。
それってフルール、否、私・相坂リンにとってもスペシャルなイベント。
けして興味がなくはない。
いいえ!
突然異世界転移し、相性が抜群に良かったトオルさんには二度と会えなくなり……
『新たな出会い』を求める私には大いに興味がある。
シスタージョルジエットの目的はさておき……
飲み会の相手が女子に人気職業の騎士という事もあり……
シスターシュザンヌ達は気合を入れ、参加したのだとも推測される。
いきなり誘われ、強引に連れて来られ、当初は結構なストレスがあったが……
新たな出会いへ、完全に気持ちを切り替えた私。
高まる期待に胸躍らせながら、店の入り口へ向かったのである。
【大門寺トオルの告白⑤】
アランから指示を受けた後……
俺は順番待ちをしながら、リュカと話していたが……
やがて順番が来た。
さあ、入店だ。
迷宮を改造した店『ラビュリントス』の外見は、少し豪華だが、ごくごく普通の建物である。
しかし、中へ入ると……
迷宮の入り口を補修した、大仰ともいえる石の扉が目に飛び込んで来た。
そう、この店は件《くだん》の迷宮の真上に家屋を建ててある。
客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。
一画をふと見れば、『レンタル衣裳完備!』という看板がある。
何と!
貸し衣装屋が営業していた。
有料で希望者に貸し出す、冒険者の職業別貸し衣装を取り揃えているらしい。
「気分は、迷宮探索をする冒険者!」
というのが、店側のキャッチフレーズ。
『ラビュリントス』のイベントフロアでは旧迷宮の構造をそのまま活かし、
探索ごっこが出来ると聞いている。
カップルでデートを兼ねて遊ぶ者も多いようだ。
俺は仕事で本物の迷宮も入った事があるから、
金を出してまで遊びたいとは思わないが……
と、その時。
「お~い!」
叫んだのはアランだった。
先に入って手招きしている。
「副長ぉ! 交流会の会場は地下9階のレストランで~す。魔導昇降機で降りますよぉ!」
「了解だ、リュカ、行くぞ」
「ま、待って下さいっ」
リュカの奴、周囲に綺麗な女子がたくさん居るものだから、さっきからず~っと「きょろきょろ」していた。
興奮しているのか、完全に目が泳いでいた。
牝馬に興奮した牡の競走馬じゃないけど、これでは入れ込み過ぎだ。
今日は王国の完全貸し切りだから、目の前に居る彼女達も全員参加者だろう。
運が良ければ話せるし、更に幸運なら……知り合いになれるかもしれない。
でも、今日はリュカへ告げておく事がある。
硬派な騎士隊副隊長のクリスの鷹揚さなら敢えて注意などしないだろう。
だが、『愛の伝道師』大門寺トオルとしては、
可愛い?後輩が幸福を掴む為には諫めておかねばならない。
クリスの記憶で知ったが……
リュカは、最近スタンドプレーヤーぶりが目に余るらしい。
以前、珍しく俺が参加した時も、リュカは超が付くマイペースだった。
自分だけ女子と仲良くなる事しか考えていなかった。
ここ何回か、合コンに出席したメンバーから、奴が名指しで言われた事もあったという。
こいつは誰に注意されても全く変わっておらず、人の忠告を聞かないんだ。
ちなみに、スタンドプレーヤーとは……
合コンにおいて自分の幸福だけ追い求め、チームプレーに非協力な奴の事である。
知る人は知っている。
合コンとは、時にチームプレーが必要だ。
ようは、助け合いの精神って事。
好みの女子がバッティングした場合も、よほどの事情がなければ、譲り合いの精神だって持たなきゃならない。
周囲を見回していたリュカが、ようやくこっちを向いたのを頃合いと見て、俺は言う。
「リュカ、今のうちに言っておく」
「え? 何すか」
「いろいろと、お前の噂を聞いている」
「え? 僕の噂?」
「ああ、俺も以前注意しただろう? お前はマイペース過ぎるって。今回俺達は、ジェローム隊長のフォローもするんだ。自分の事ばかり考えるなよ」
「ええっ!? 僕、そんなにマイペースっすか?」
リュカ……お前、何だそれ?
その言い方だと、やっぱり自覚していない。
だから、俺は念を押す。
「はっきり言おう。俺の下へ結構な数の苦情が入っている」
「く、苦情? 僕のっすか?」
「そうだ、リュカ、お前への苦情だ。少し態度と行動を改めろ……騎士隊の評判にも影響するぞ」
「…………」
俺の言葉に不満なのだろう。
認めたくないのだろう。
リュカの奴は、顔をしかめて黙り込んだ。
一応、俺は聞いてみる。
「何だ? 不満か?」
「ええ、副長の仰る意味が、全く分からないっす」
首を横に振るリュカ。
仕方がない、分からないようなら……
容赦なく、引導を渡そう。
「じゃあ、ここでもう帰れ」
「へ?」
「たわけめ! へ? じゃない。今回のイベントだってアランが尽力してくれたお陰だ。お前が自分の事しか考えない『クレクレ君』なら、参加お断りだ」
「えええっ!」
予想もしなかった俺のきっつい物言いに、リュカは驚いたようだ。
口を「ぽかん」と開けてしまう。
やっぱりそうだよ。
こいつは俺が優しいと思って、存分に甘えていたのだ。
注意した事もすっかり忘れているし……
でもここで、俺が少しでも手綱を緩めたら、こいつの為にならない。
「さあ、すぐ帰れ。俺からアランへは伝えておく」
「ご、ごめんなさい! あ、改めますから!」
うん、さすがに、こいつは馬鹿じゃない。
俺が、本気で怒っているのを感じ取ったらしい。
「本当に反省したか?」
「しましたっ」
「だったら今日、行動で見せろ。俺は、しっかり見ているからな」
「うう、了解っす」
「お~い、どうしましたぁ?」
アランから離れて話していたから……
今の会話は、聞かれてはいない。
俺は片手を挙げて応えると、ダッシュして、アラン達へ追い付いた。
全員で、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。
俺達と他の客を乗せ、魔導昇降機は発進。
あっという間に、地下9階へ到着。
そして、扉がすうっと開けば……
目の前はすぐ、レストラン『探索《クエスト》』の入り口なのである。
レストラン入り口扉は、大きく開け放たれていた。
既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。
皆、ここぞとばかりに気合を入れており、女性は派手にお洒落をしている。
アランが壁に掛かっていた魔導時計を見た。
そして、全員へ言う。
「じゃあ、ここで一旦解散です。……午後7時少し前、店内にある宝剣の間で、待ち合わせとしましょう」
宝剣の間……それが店内にある、貸し切り個室の名前なのだろう。
そこで、アラン主催の食事会を行うのだ。
待ち合わせ指定時間は……
午後7時少し前……よっし、覚えたぞ。
「了解した」
俺は小さく頷いた。
えっと、リュカには頭を下げさせ……
って、何だ、こいつ!
アランの話など聞いちゃいない。
また綺麗な女子達に見とれていやがる。
ホント、懲りない奴だ。
仕方なく、俺は拳骨を喰らわせてやった。
ごっつん!
「あだっ!」
頭を押さえて、痛がるリュカへ、俺は冷たい声で言う。
「……お前、俺の話をもう忘れたのか? ここから……帰るか?」
「あううう……す、すみません」
「可愛い子が多いから、気持ちは分かるがな」
「で、ですねっ」
怒った俺が一転、笑顔を見せたので、リュカはホッとしたようだ。
これくらい薬を効かせておけば、こいつも少しは反省するだろう。
俺とリュカの『じゃれ合い』を見て、アランがニコッと笑う。
「会の冒頭に行われる、殿下の挨拶だけは、きっちり聞いておいてください。副長、さっきの約束……お願いします」
ああ、ジェロームさんフォローの念押しね?
当然ながら俺は、元気良く返事をする。
「了解!」
「後ほど」
「では、クリス、一旦失礼する」
アランは店内へ去って行った。
そして、ジェロームさんも一緒に。
「さあ、リュカ……俺達も行くぞ」
「は、はいっ」
俺の機嫌が、完全に直ったと感じたのだろう。
リュカも、嬉しそうに笑っている。
大きく頷いた俺は、混雑する店内へ入るべく、リュカを促したのであった。
【相坂リンの告白⑥】
迷宮の跡地というと理由から店名を名付けた、
『ラビュリントス』は王都でも指折りの超人気レジャー施設。
だから、お店の前は凄い混雑ぶり……
長い行列に並び、順番待ちをしながら、
シスタージョルジエットと話していたが……
いよいよ、私達の番。
さあ、いざ入店。
店の外見は少し豪華ではあるけれど、デザインは到って平凡。
ごくごく普通の建物にしか見えない。
しかし、中へ入ると……
真っすぐ突き当りに、迷宮の入り口をいかつく補修した重厚な石の扉が目に飛び込んで来た。
そう、この店は迷宮の真上に家屋を建てた形なのである。
来訪した客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。
ふと見やれば、「レンタル衣裳完備」とある。
何と!
希望者には有料で借用出来る、冒険者の職業別衣装も取り揃えられていた。
「気分は、迷宮探索をする冒険者!」
というのが、店側のキャッチフレーズであるらしい。
ちら見したら、フレーズ通りに派手&地味、
様々なレンタル衣裳がたくさんあった。
オーソドックスな戦士、シーフ、魔法使い、司祭などなどを始めとし、
王都騎士のユニフォームレプリカや上級職風のものもいくつかある。
種類は、鎧、法衣《ローブ》など何でもござれ。
素材も、金属、革等々、好きなものを選び放題という感じ。
いくつかはサンプルとして、
マネキンやトルソに着せられ、ディスプレイされていた。
中には、趣味が悪く、いかにも安っぽい、『なんちゃって聖女』風の法衣もあるくらい。
でもラノベが大好きな私としては、わくわくする品ぞろえ。
つい、念入りにチェックしてしまう。
食事会がなければ、ちょっと着てみたいと思ってしまった。
さてさて!
記憶と知識を手繰れば、ここは私が憑依したフルールが初めて来るお店みたい。
だから、話題のスポットだけあって、
異世界から来た私リンは、身体が自然に動き、
まるでおのぼりさんのように「きょろきょろ」していたようだ。
気が付けば、シスタージョルジエットと、シスターシュザンヌが、とうに中へ入り、激しく手招きしている。
「おう~い、シスターフルール、急いでくださぁい。魔導昇降機で降りますよ」
大きな声でいきなり呼ばれたので、少し慌てた。
でも傍《かたわ》らには、まだシスターステファニーが居る。
「了解です。じゃあシスターステファニー、行きましょう」
「ま、待って下さいっ」
結婚願望が強いというシスターステファニー。
立ち止まっていたのには理由《わけ》があった。
面食いらしく、入店待ちしていたイケメン男子を綿密にチェックしていたのだ。
そんなこんなで全員、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。
私達と他の客を乗せ、魔導昇降機はすぐに発進。
降下速度は結構速く、あっという間に、地下9階へ到着。
そして、扉が「すうっ」と開けば……
目の前はもう、レストラン『探索《クエスト》』の入り口なのである。
見やれば『探索《クエスト》』は陰惨な迷宮内とは思えない、
明るくモダンなレストラン。
洒落た入り口扉は、大きく開け放たれていた。
既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。
皆、ここぞとばかり気合を入れており、女性も男性も目一杯お洒落をしている。
私達は改めて、食事会の趣旨を再確認する。
話すのは当然、仕切り役の幹事シスタージョルジエット。
うわぁ!
真っすぐな正義感に燃えているのか、
それとも裁きのシーンを想像しているのか……
シスタージョルジエットの美しい目が吊り上がり、らんらんと光っている。
唇もぎゅっと噛み締められている。
……少し怖いよ、この子。
今夜の第一目的は……不埒な騎士(本当?)
アラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事だと改めて強調する。
でも……
単に話だけで終われば良いけれど、実行したらどんな結果になるのだろう?
教会のトップ、枢機卿までをも巻き込む、とんでもない事件になるのでは?
その片棒を、私が担ぐと思うと、とても気が重くなって来る。
だが……
同じ聖女として、協調性がないと思われてもまずい。
だから、敢えて反論せず、黙って頷いておく。
後は飲み会の作法や、聖女としてのたしなみ等をアピールされた。
そんなこんなで、ひととおり話がされた後、
シスタージョルジエットが、壁に掛かっている大型魔導時計を見た。
そして、全員へ告げる。
「ここで一旦解散です。主催者であらせられるフィリップ様のスピーチは必ず聞いておいてください……じゃあ午後7時少し前、店内にあるパーティ用個室『宝剣の間』で、待ち合わせと致しましょう」
宝剣の間……
それが店内にある、貸し切り個室の名前。
そこで、飲み会を行うのだ。
ええっと、再び確認。
待ち合わせ指定時間は……
午後7時少し前『宝剣の間』ね
うん!
……覚えた。
「では、皆様、復唱致します。午後7時少し前に宝剣の間へ集合ということで、それまでは自由行動です、折角トレンドスポットへ来たのですから、戦いの前に少しは楽しんでくださいね」
う~ん……
戦いって……もう……やだ。
私は、ますます気が重くなって来る。
片や、念を押したシスタージョルジエットはお澄まし顔で、
シスターシュザンヌと共に、人ごみへと消えて行った。
残されたのはまたまた私とシスターステファニー。
だけど……
「宜しいですか、シスターフルール。私も一旦失礼します、では後ほど」
シスターステファニーはこの自由時間を、彼氏作りの一環として、
最大限に活かすつもりらしい。
背筋をピンと伸ばし、軽快な足取りで、同じく人ごみへと消えてしまった。
こうして……
たったひとり残された私は……
全く知らぬ異世界のパーティー会場で、ぽつねんとしていたのである。
【大門寺トオルの告白⑥】
俺とリュカが入った、レストラン『探索《クエスト》』の店内は、ほぼ満員だった。
ざっくり見て……
男女トータル200名以上は、居るかもしれない。
事前に立食形式と聞いていた通り椅子は無い。
会場の数か所に大きなテーブルがあり、これまた大きな皿に盛られた、美味そうな料理がいくつも置かれていた。
様々な酒が取り揃えられた充実したバーコーナーもあり、エールとワインは飲み放題らしい。
そして、何と!
片隅に小規模な楽隊が居て、厳《おごそ》かな音楽を流している。
何となく地球のクラシックに似た音楽だ。
この異業種交流会は、やはり凄い。
観察すると様々な身分、そして職業を持つ人々が混在している。
え?
皆、普段着じゃなく、ドレスアップしているのに何故分かるのかって?
それは、雰囲気というか、バッチリおめかしはしていても、
衣服に身分と職業が何気なく反映されているから分かるのだ。
俺達のような騎士は勿論、貴族、商人、職人という堅気な人達、
冒険者らしい戦士や俺達のような魔法使いも大勢居る。
更に言えば、商人でも商家の裕福な者から、行商に近い人と千差万別。
魔法使いだって、真っ当な雰囲気の者から、インチキ錬金術や死霊術でもやっているんじゃないかという、うさんくさく怪しげな奴も大勢居た。
使用人っぽい人も結構居て、これは完全に転職希望か、就活だろう。
執事やメイドっぽい人は、見れば、はっきり分かるもの。
パトロン探しらしき者も多い。
画家や吟遊詩人などの芸術系から、愛人系らしき美女まで様々であった。
うわ!
まさに、これって混沌《カオス》!
リュカは、独特な雰囲気に圧倒され、呆然としている。
俺はリラックスしろというように、奴の肩をポンと叩く。
「じゃあ、リュカ……俺達もここで、一旦解散だな」
「え? 僕、副長を、フォローしなくて良いんですか?」
俺の物言いを聞き、リュカは更にポカンとした。
口を大きく開けて、締まりがない。
心の中で俺は苦笑する。
ほら、これから可愛い女子を口説くのなら、
そのだらけ顔、もう少し何とかしろって。
先程までは鞭《むち》でビシバシ、リュカを叩いていたから……
ここからは、少しだけ飴《あめ》をやろう。
俺は優しく諭しながら、しっかりと約束させる。
「いや、お互い別行動にしよう……折角のパーティだ。がっつりチャンスを掴め」
「がっつり? チャ、チャンスをっすか!」
「ああ、良い出会いがあるといいな。但しこの後の食事会では、俺と一緒にジェローム隊長をしっかりフォローしろよ」
俺がそう言うと、リュカの表情が一変した。
きらきらと目を輝かせている。
前向きな、健康男子の顔だ。
「は、はいっ! 了解っす! 副長、恩に着ます」
「ははは、お互いに頑張ろう……あと、時間は厳守だぞ。良いか? 7時少し前に宝剣の間だからな」
「はいっ!」
最後に時間を念押しすると、リュカは直立不動で「びしっ!」と敬礼し、人混みへ突入したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リュカと別れた俺は……
人混みの中を縫うように歩いて行く。
皮肉だが、こんな時は騎士隊における日ごろの訓練が役に立つ。
ほら、魔物の攻撃を避ける訓練とかさ。
うろうろして来たら……腹が減って来た。
でもこの後食事会があるから、満腹はNG。
とりあえず……
小腹レベルで、喉を潤そう。
取り皿に料理を適当に盛って、ひと口、ふた口食べ、ワインを「きゅっ!」と飲んだ。
アランから聞いている通りなら……
そろそろ主催者であるフィリップ殿下が、開催宣言を行う筈である。
そんな事を考えていたら、いきなり音楽が変わった。
俺が注目していると……
会場の一番奥に設けられている演壇に、
30歳くらいの王族男性――フィリップ殿下が「のしのし」歩いて登場する。
フィリップ殿下のご挨拶は、簡潔なものであった。
こんな事は絶対に表立っては言えないが……
長い挨拶が、顰蹙《ひんしゅく》を買うとご存じらしい。
挨拶の内容といえば、
「良い出会いをして、親睦を深め、ヴァレンタイン王国の発展に寄与するように」
という話であり、終了直後に、乾杯の音頭が入った。
俺もワイングラスで乾杯を行い、終わった後で、皆と一緒に拍手をした。
「王家のお陰でこのような素晴らしい会が催されるのだぞ!」
というアピール&デモンストレーションなのだろう。
アランによれば、この『イベント』が終了後、『帰る』のは自由らしい。
この後に食事会もあるし、当然俺は帰ったりせず、『活動』を本格化させる。
こんな会合の場合、コツがある。
まず、自分の友人か、知人を探すのだ。
親しければベストだが、最悪、顔見知りでもOK。
何故ならば、友人の友人は何とやら……
プロフ説明が簡略化出来る。
それに知人の紹介ならではの、メリットがある。
初対面の人にも、身元がはっきりしていると、そこそこ安心して貰えるのだ。
だが今夜の会合は王家主催の特別版だし、俺は初参加である。
簡単に、知り合いなど、会えるわけがない。
暫く歩いて周囲をきょろきょろ見たが……
当然、知らない人ばかりだ。
しかし!
ふと見た先に、見覚えのある人が目に入った。
思わず声が出る。
「ええっ? 何故ここに?」
「あ?」
声を掛けられた相手も、吃驚して俺を見ている。
同じ若い奴なら、俺もこんなに驚かない。
周囲が若者だらけの会で、浮きまくる50歳過ぎの中年男が、目を丸くしているから。
そこに居たのは……
俺が騎士隊幹部として親交の深い、冒険者ギルドの総務部長バジル・ケーリオ氏であった。