【相坂リンの告白⑯】

 ジェロームさん……
 今迄と、どこかが違う。

 否!
 全く違う。 
 360度!
 あれ、それだと元に戻っちゃうから、180度変わってしまった。

 ヴァレンタイン王国では、建国の英雄バートクリード・ヴァレンタインに付き従った円卓騎士の子孫。
 累々と続く武家貴族の名門カルパンティエ公爵家の御曹司、
 ジェローム・カルパンティエさん。 
 
 王都騎士隊では飛び抜けた硬派で武骨度ナンバーワンだと聞いた。
 独身シスター達の噂の中心人物。
 まさに『(おとこ)』という文字がぴったりの方。

 それが、それが、何と!
 今、私の目の前で!
 大好きなお菓子の話題で!
 シスターシュザンヌへ、柔らな笑みを受かべ、活き活きして話しかけてる。
  
 確かに最初はそうだった。
 ジェロームさんのファーストインプレッションは、
 噂通りの方、プラス大の口下手だった。
 女子への気遣いのなさも大きな減点だった。
 対面席のシスターシュザンヌが可哀そうだった。

 うん!
 気付いたかしら?
 全部過去形なのでっす。
 
 私は改めて学んだ。
 ごめん、若手のリュカさんはこの際どうでも良いから置いといて……
 クリスさんことトオルさん、アランさん、そしてこのジェロームさんを見てはっきりと分かった。
 やっぱり、噂ってあてにならないと思ったの。
 
 だって!
 目の前のジェロームさんは、もう別人!
 魔法で変身したとか?
 あはは、まさか!

 でも……
 女子に対しての『ぎこちなさと口下手』が消えちゃった!
 大好きらしいお菓子の話だけでいえば、ジェロームさんはディベートの達人だもの。
 騎士だけじゃなく、政治家にも向いてるかも。

 片や、シスターシュザンヌも機嫌が完全に直ってる。
 こわばっていた表情が、ぐっと柔らかくなり、笑顔へと変わってる。
 
 あらら、身を乗り出してジェロームさんとお菓子の話で盛り上がってるよ。
 うふふ、何だかふたりは、熱々な恋人みたいになっちゃった。
 
 ジェロームさんの話は益々熱を帯び、口調はとても滑らか。
 もしもフィリップ殿下がこの場にいらっしゃったら、
 政治家へまっしぐらかも、ホントに。
 
 でも!
 私だって美味しいお菓子の話は嫌いじゃないというか、超が付く大好き!
 だからトオルさんにアイコンタクトして、意思疎通。
 
 頃合いを見て、途中から私とトオルさんんが入り、
 都合4人で展開された『お菓子話』は異様に盛り上がった。
 
 いろいろと話してみて、更に吃驚(びっくり)
 
 ジェロームさんは、単に美味しいお菓子を食べるだけの方じゃなかった。
 様々なお菓子の作り方に精通していたの。
 それどころか、王都のありとあらゆる製菓店の情報にも詳しかった。
 トオルさんが聞けば、休みの日はこっそりと、ひとりで食べ歩きまでしているという。
 
 硬派で武骨なイメージの隊長ジェロームさんに、
 このような趣味があったとは、トオルさんも全然知らなかったらしい。

 でもジェロームさんは目立つ方。
 背恰好もそうだし、お父様にそっくりのイケメン顔を見ればひと目で分かるもの。
 
 なので、トオルさんも気になったみたい。
 「よくばれませんでしたね」って聞いてみたら、何と!
 万が一、知り合いに出くわしてもばれないよう、変装していたんだって!
 
 うわ!
 この人、もう単にお菓子好きってレベルを超越してる。
 お菓子超大好きな私だって、そこまではやらない。
 
 凄い。
 この人は私のラノベ趣味に匹敵する立派な菓子オタク、
 否!『菓子マニア』だ。
 
 でも……
 逞しい騎士が、ひと目を避けて、こっそりとひとりで食べ歩き……
 というのが、微笑ましい。
 
 これってギャップ萌え!?
 
 ああ、シスターシュザンヌったら。
 晴れ晴れとした笑顔を見せちゃって!
 対してジェロームさんからも、愛が感じられる。
 間違いない!
 
 おっと!
 ジェロームさんが手を高々と挙げた。
 何だろう?

「この俺が保証しよう。現在この王都で1番の菓子店と言えば金糸雀《カナリア》だな」
 
 え?
 金糸雀(カナリア)
 王都のナンバーワンショップ!?
 あららフルールは……残念ながらこのお店を知らないみたい。
 
 でも!

「ああ、そのお店なら……聞いた事があります」

 おお! 
 凄い!
 何と!
 シスターシュザンヌは金糸雀(カナリア)を知っていた。
 
 私は改めて確信した。
 シスターシュザンヌはメンバー中、ジェロームさんに準ずる甘党だって。
 
 であれば、ジェロームさんとは相性抜群。
 これは……素敵な予感。
 
 つらつら考える、私……
 一方、ジェロームさんとシュザンヌさんは、更に盛り上がり、
 お菓子の話を重ねて行く。

「うむ! シュザンヌさんはご存知だったか? 実はまだ知る人ぞ知るという店なのだ」

「知る人ぞ知る……ですか?」 

「うん、これも貴女はご存知かもしれないが、金糸雀(カナリア)のパティシェは、女性だけ。全員、情熱を持って仕事をしている素晴らしい女子達だ」

「素晴らしい女子達……」

「ああ、王都では味もセンスも抜群。その上、手頃な価格で飲食出来る、小さなカフェも併設しているぞ」

 あは!
 ラッキー!
 前世でも経験があるけれど、熱心なマニアの情報って凄く有益。
 ジェロームさんの話し方は、お菓子に対する愛情がいっぱいだったから。
 
 そんな菓子命の人が、力を入れて推薦するお店だもの。
 ほぼ完璧であるはずだ。
 
 わお!
 (ひらめ)いた!
 私もぜひ、トオルさんと行こう。
 お菓子デートってのも楽しみ!
 
 ああ、トオルさんが私を見た
 よっし、お返しにウインクしてあげる。
 
 ああ、伝わったみたい。
 今度、絶対に金糸雀(カナリア)へ行こうね。
 ふたりで一緒にね! 

 まあ、お菓子の話だけじゃなく、
 徐々に4人での話題は変わり、お互いの仕事に関してという真面目な雰囲気。
 
 元々、聖女と騎士は接点がある。
 実はこの異世界、昔とは違い、戦争は殆ど無い。
 
 騎士の仕事の大部分は魔物討伐である。
 その際、私達聖女も回復役として戦場に同行する。
 今回のセッティングも、シスタージョルジエットとアランさん、
 そのつながりから起こったものだから。

 ああ、またトオルさんが素敵な笑顔を見せている。
 大好きな先輩が幸せになるのを見て、嬉しいみたい。 
 うん!
 私もシスターシュザンヌには幸せになって欲しいな。

 そんなこんなで……
 まもなく、10分が経つ。
 そろそろ次の席替えになる時間だ。

 店の壁に掛かっている魔導時計を見ていたら、
 丁度秒針を指すと同時に、アランさんが勢いよく立ち上がった。
 
 気になった私はシスタージョルジェットを見た。
 
 うわ!
 この子……すっかり変わってる!
 アランさんを女性の敵と罵り、糾弾しようって怒っていたのに!
 
 ああ…… 
 夢見るような乙女になっちゃってる。
 頬を紅くし、ぽ~っと、アランさんを見つめているよ。

 これは、アランさんの恋の攻撃が命中!
 完・全・撃・破って奴?

 アランさんは、リュカさんを促して立たせると、左側に座った。
 シスターステファニーの正面である。
 
 そして私へ恋のライバル宣言をしたシスターステファニーは、
 席替えをして貰い、はっきりと安堵の表情が見える。
 多分、リュカさんは彼女のタイプではなかったのだろう。

 こうして……
 私の前にはジェロームさん、シスタージョルジェットの前にはトオルさんが、座り、食事会は再開されたのである。