【相坂リンの告白⑧】

 衝撃の事実が発覚した。
 目の前に居る男性は、私が今夜会うべき相手だったから。

 全くの偶然とはいえ……
 バジル伯父から紹介されて吃驚した。
 よくよく聞けば、冒険者ギルドと王都騎士隊はいろいろな関係があるのだそうだ。
 
 例えば、騎士をやめた隊員の受け皿になるとか……
 規律がとても厳しく、一定の給金が決まっている騎士隊をやめ、
 いつでも、そして気楽に好きな依頼を受け、
 自由に稼ぐ『冒険者』を選ぶ人も多いという。
 冒険者ギルドの総務部長を務めるバジル伯父は、騎士隊の中でも、特に副長のクリスさんとは懇意にしていたらしい。

 まあ、クリストフさんとは30分後にどうせ会う事となる。
 ここは、堂々と元気良く挨拶しよう。

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

 するとクリストフさんも丁寧に挨拶してくれる。

「こちらこそ、初めまして。バジル部長からご紹介があったかもしれませんが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 ふうん……
 シスター達が噂していた通り。
 この人は子爵家当主なんだ。 
 でも、詳しく知らないふりをしておこうっと。

 私は改めて、クリストフさんを見る。
 結構いかつい強面だ。
 
 でも……結構、私好みかも。
 彼は顔の彫りが深く渋い雰囲気のイケメン。
 そして遠くから見ても分かる逞しい身体。
 法衣《ローブ》を着ていても、覗く二の腕は滅法太い。

 あれ?
 クリストフさんも私をじっと見てる?

 ああ、見つめ合う私とクリストフさん。
 何か、ドラマの1シーンみたい。
 今度こそ、運命の出会いって事? 
 
 そんなふたりを見守りながら、バジル伯父がいろいろ言っては来る……
 しかし私は緊張して、半分くらいしか内容が耳へ入らない。

 最近敷居が高くなっているのに、「私と会ってしょっちゅう話している」とか、
 「互いに噂をしていた」とか適当。
 否! 超が付くいいかげんな人!
 
 そして私達が「良い雰囲気だ」とか、「お似合いだ」とも、言ってる。
 どうせベタなお世辞だし、思い切ってスルーしちゃえ!

 一応、念の為、クリストフさんへ確認だけはしておこう。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして騎士隊の……あの有名な副長さん……」

「はい、王都騎士隊の副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい」

「分かりました。クリス……さん」

「フルールさんは聖女? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で?」

 ああ、やっぱりという感じ。
 クリストフ……否、クリスさんは今夜の参加メンバーのひとりだった。
 じゃあ、私もはっきり答えておこう。

「はい! 私も食事会に参加します」

 こうなると、「なあんだ」という事で打ち解け、一気に話は弾む。
 
 まず思ったのは……
 『人の噂』ほどあてにならないものはないという事実。
 
 教会所属であるシスター達の間では、王都騎士隊の隊長と副長は超が付く硬派。
 女性に対しては奥手で、且つ武骨なタイプという噂だった。
 
 それが実際に会って話すと全く違った。
 『本当のクリスさん』は女性に対し、臆したりしない。
 加えて、物腰が柔らかく、丁寧な物言いで、気配り上手。
 
 彼はけしてバリバリの硬派などでない。
 うん!
 彼の真実の姿は良く分かった。

 ここでふとチラ見すれば……
 クリスさんが熱く私を見つめる様子に対し、満足げに頷くバジル伯父。

 よっしゃ!
 お見合いお勧め作戦は大成功!
 
 ああ……
 伯父の「どうだい」という誇らしげな表情が……
 そして、自宅へ戻ってから、伯母に向かって行うであろう、
 得意げなVサイン&ガッツポーズが目に浮かぶ。

 少しだけ「いらっ」としたが……
 まあ……
 それはどうでも良いとして……
 クリスさんと色々話していると感じる。
 
 この人は騎士という荒々しい仕事をこなす反面……
 とても優しく気配り上手な人なんだって。
 
 ん?
 優しく気配り上手な人って?
 ……何故か、クリスさんには、以前にどこかで会った気がする。
 だけど全く違う世界から、この異世界に来た私だから……
 以前、彼に会ったなどありえない。
 絶対に錯覚だと思う。

 更に聞けば……
 クリスさんは先ほどまで、騎士隊の後輩さんと一緒だったとの事。
 ひとりになって会場を流していたら……
 バジル伯父に会って話し込んでいたようだ。

 ちなみに聖女は騎士隊の遠征に同行する。
 シスタージョルジエットが、アランさんと知り合ったのもそう。
 
 でも、巡り合わせの関係で、フルールはクリスさんとは初対面だった。
 
 ええっと、もしかして……
 クリスさん本来の姿が全く違っていたように、
 シスタージョルジエットが非難するアランさんが、
 外道で鬼畜だという噂も大いなる誤解では?
 
 でも、ここで彼にアランさんの事を聞くのはいかがなものか?
 絶対に良い事なんかない。
 下手をすれば、詮索好きな『悪役聖女』のレッテルを貼られ嫌われてしまう。

 それよりも、私は自分の幸せを追う。
 もしかして、今度こそ運命の出会いだと思うから。
 
 異世界に飛ばされた不幸な私に、
 神様――この異世界では創世神様が加護を与えてくださった。
 職業柄、そう信じよう。
 否、確信したい!

 前世に残して来たトオルさんの事は、とても心残りだけど……
 もうきっぱりと諦め、前を向かなければならない。

 それにミーハーだけど、
 クリスさんの『副長』って肩書きも、いかしている。
 私、実は新選組・土方歳三副長様の大ファンでもあるから。

 さすがに……
 前世でのそんな趣味も、クリスさんに対しては言えないけれど……
 
 初対面と思えないほど、彼とは不思議に話が盛り上がり……
 パーティの喧噪の中、私は楽しいひと時を過ごす事が出来たのだった。