転生聖女は幼馴染みの硬派な騎士に恋をする

【相坂リンの告白⑥】

 迷宮の跡地というと理由から店名を名付けた、
 『ラビュリントス』は王都でも指折りの超人気レジャー施設。
 だから、お店の前は凄い混雑ぶり……
 
 長い行列に並び、順番待ちをしながら、
 シスタージョルジエットと話していたが……
 いよいよ、私達の番。
 さあ、いざ入店。
 
 店の外見は少し豪華ではあるけれど、デザインは到って平凡。
 ごくごく普通の建物にしか見えない。
 
 しかし、中へ入ると……
 真っすぐ突き当りに、迷宮の入り口をいかつく補修した重厚な石の扉が目に飛び込んで来た。
 
 そう、この店は迷宮の真上に家屋を建てた形なのである。
 来訪した客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。
 
 ふと見やれば、「レンタル衣裳完備」とある。
 何と!
 希望者には有料で借用出来る、冒険者の職業別衣装も取り揃えられていた。

 「気分は、迷宮探索をする冒険者!」
 というのが、店側のキャッチフレーズであるらしい。

 ちら見したら、フレーズ通りに派手&地味、
 様々なレンタル衣裳がたくさんあった。
 
 オーソドックスな戦士、シーフ、魔法使い、司祭などなどを始めとし、
 王都騎士のユニフォームレプリカや上級職風のものもいくつかある。
 種類は、鎧、法衣《ローブ》など何でもござれ。
 素材も、金属、革等々、好きなものを選び放題という感じ。

 いくつかはサンプルとして、
 マネキンやトルソに着せられ、ディスプレイされていた。
 中には、趣味が悪く、いかにも安っぽい、『なんちゃって聖女』風の法衣もあるくらい。

 でもラノベが大好きな私としては、わくわくする品ぞろえ。
 つい、念入りにチェックしてしまう。
 食事会がなければ、ちょっと着てみたいと思ってしまった。

 さてさて!
 記憶と知識を手繰れば、ここは私が憑依したフルールが初めて来るお店みたい。
 だから、話題のスポットだけあって、
 異世界から来た私リンは、身体が自然に動き、
 まるでおのぼりさんのように「きょろきょろ」していたようだ。
 
 気が付けば、シスタージョルジエットと、シスターシュザンヌが、とうに中へ入り、激しく手招きしている。

「おう~い、シスターフルール、急いでくださぁい。魔導昇降機で降りますよ」

 大きな声でいきなり呼ばれたので、少し慌てた。
 でも傍《かたわ》らには、まだシスターステファニーが居る。

「了解です。じゃあシスターステファニー、行きましょう」

「ま、待って下さいっ」

 結婚願望が強いというシスターステファニー。
 立ち止まっていたのには理由《わけ》があった。
 面食いらしく、入店待ちしていたイケメン男子を綿密にチェックしていたのだ。

 そんなこんなで全員、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。
 私達と他の客を乗せ、魔導昇降機はすぐに発進。
 
 降下速度は結構速く、あっという間に、地下9階へ到着。
 そして、扉が「すうっ」と開けば……
 目の前はもう、レストラン『探索《クエスト》』の入り口なのである。

 見やれば『探索《クエスト》』は陰惨な迷宮内とは思えない、
 明るくモダンなレストラン。
 洒落た入り口扉は、大きく開け放たれていた。
  
 既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。
 皆、ここぞとばかり気合を入れており、女性も男性も目一杯お洒落をしている。

 私達は改めて、食事会の趣旨を再確認する。
 話すのは当然、仕切り役の幹事シスタージョルジエット。
 
 うわぁ!
 真っすぐな正義感に燃えているのか、
 それとも裁きのシーンを想像しているのか……
 
 シスタージョルジエットの美しい目が吊り上がり、らんらんと光っている。
 唇もぎゅっと噛み締められている。
 ……少し怖いよ、この子。

 今夜の第一目的は……不埒な騎士(本当?)
 アラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事だと改めて強調する。
 
 でも……
 単に話だけで終われば良いけれど、実行したらどんな結果になるのだろう?
 教会のトップ、枢機卿までをも巻き込む、とんでもない事件になるのでは?
 その片棒を、私が担ぐと思うと、とても気が重くなって来る。

 だが……
 同じ聖女として、協調性がないと思われてもまずい。
 だから、敢えて反論せず、黙って頷いておく。

 後は飲み会の作法や、聖女としてのたしなみ等をアピールされた。
 
 そんなこんなで、ひととおり話がされた後、
 シスタージョルジエットが、壁に掛かっている大型魔導時計を見た。
 そして、全員へ告げる。

「ここで一旦解散です。主催者であらせられるフィリップ様のスピーチは必ず聞いておいてください……じゃあ午後7時少し前、店内にあるパーティ用個室『宝剣の間』で、待ち合わせと致しましょう」

 宝剣の間……
 それが店内にある、貸し切り個室の名前。
 そこで、飲み会を行うのだ。

 ええっと、再び確認。
 待ち合わせ指定時間は……
 午後7時少し前『宝剣の間』ね
 うん!
 ……覚えた。

「では、皆様、復唱致します。午後7時少し前に宝剣の間へ集合ということで、それまでは自由行動です、折角トレンドスポットへ来たのですから、戦いの前に少しは楽しんでくださいね」

 う~ん……
 戦いって……もう……やだ。
 私は、ますます気が重くなって来る。

 片や、念を押したシスタージョルジエットはお澄まし顔で、
 シスターシュザンヌと共に、人ごみへと消えて行った。

 残されたのはまたまた私とシスターステファニー。
 だけど……

「宜しいですか、シスターフルール。私も一旦失礼します、では後ほど」

 シスターステファニーはこの自由時間を、彼氏作りの一環として、
 最大限に活かすつもりらしい。
 背筋をピンと伸ばし、軽快な足取りで、同じく人ごみへと消えてしまった。

 こうして……
 たったひとり残された私は……
 
 全く知らぬ異世界のパーティー会場で、ぽつねんとしていたのである。
【大門寺トオルの告白⑥】

 俺とリュカが入った、レストラン『探索《クエスト》』の店内は、ほぼ満員だった。
 ざっくり見て……
 男女トータル200名以上は、居るかもしれない。

 事前に立食形式と聞いていた通り椅子は無い。
 会場の数か所に大きなテーブルがあり、これまた大きな皿に盛られた、美味そうな料理がいくつも置かれていた。
 様々な酒が取り揃えられた充実したバーコーナーもあり、エールとワインは飲み放題らしい。

 そして、何と!
 片隅に小規模な楽隊が居て、厳《おごそ》かな音楽を流している。
 何となく地球のクラシックに似た音楽だ。

 この異業種交流会は、やはり凄い。
 観察すると様々な身分、そして職業を持つ人々が混在している。
 
 え?
 皆、普段着じゃなく、ドレスアップしているのに何故分かるのかって?
 それは、雰囲気というか、バッチリおめかしはしていても、
 衣服に身分と職業が何気なく反映されているから分かるのだ。
 
 俺達のような騎士は勿論、貴族、商人、職人という堅気な人達、
 冒険者らしい戦士や俺達のような魔法使いも大勢居る。

 更に言えば、商人でも商家の裕福な者から、行商に近い人と千差万別。
 魔法使いだって、真っ当な雰囲気の者から、インチキ錬金術や死霊術でもやっているんじゃないかという、うさんくさく怪しげな奴も大勢居た。

 使用人っぽい人も結構居て、これは完全に転職希望か、就活だろう。
 執事やメイドっぽい人は、見れば、はっきり分かるもの。

 パトロン探しらしき者も多い。
 画家や吟遊詩人などの芸術系から、愛人系らしき美女まで様々であった。

 うわ!
 まさに、これって混沌《カオス》!

 リュカは、独特な雰囲気に圧倒され、呆然としている。
 俺はリラックスしろというように、奴の肩をポンと叩く。

「じゃあ、リュカ……俺達もここで、一旦解散だな」

「え? 僕、副長を、フォローしなくて良いんですか?」

 俺の物言いを聞き、リュカは更にポカンとした。
 口を大きく開けて、締まりがない。
 
 心の中で俺は苦笑する。

 ほら、これから可愛い女子を口説くのなら、
 そのだらけ顔、もう少し何とかしろって。

 先程までは鞭《むち》でビシバシ、リュカを叩いていたから……
 ここからは、少しだけ飴《あめ》をやろう。
 俺は優しく諭しながら、しっかりと約束させる。

「いや、お互い別行動にしよう……折角のパーティだ。がっつりチャンスを掴め」

「がっつり? チャ、チャンスをっすか!」

「ああ、良い出会いがあるといいな。但しこの後の食事会では、俺と一緒にジェローム隊長をしっかりフォローしろよ」

 俺がそう言うと、リュカの表情が一変した。
 きらきらと目を輝かせている。
 前向きな、健康男子の顔だ。

「は、はいっ! 了解っす! 副長、恩に着ます」
 
「ははは、お互いに頑張ろう……あと、時間は厳守だぞ。良いか? 7時少し前に宝剣の間だからな」

「はいっ!」

 最後に時間を念押しすると、リュカは直立不動で「びしっ!」と敬礼し、人混みへ突入したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 リュカと別れた俺は……
 人混みの中を縫うように歩いて行く。
 皮肉だが、こんな時は騎士隊における日ごろの訓練が役に立つ。
 ほら、魔物の攻撃を避ける訓練とかさ。

 うろうろして来たら……腹が減って来た。
 でもこの後食事会があるから、満腹はNG。
 
 とりあえず……
 小腹レベルで、喉を潤そう。
 
 取り皿に料理を適当に盛って、ひと口、ふた口食べ、ワインを「きゅっ!」と飲んだ。

 アランから聞いている通りなら……
 そろそろ主催者であるフィリップ殿下が、開催宣言を行う筈である。

 そんな事を考えていたら、いきなり音楽が変わった。
 
 俺が注目していると……
 会場の一番奥に設けられている演壇に、
 30歳くらいの王族男性――フィリップ殿下が「のしのし」歩いて登場する。
 
 フィリップ殿下のご挨拶は、簡潔なものであった。
 こんな事は絶対に表立っては言えないが……
 長い挨拶が、顰蹙《ひんしゅく》を買うとご存じらしい。

 挨拶の内容といえば、
「良い出会いをして、親睦を深め、ヴァレンタイン王国の発展に寄与するように」
という話であり、終了直後に、乾杯の音頭が入った。
 
 俺もワイングラスで乾杯を行い、終わった後で、皆と一緒に拍手をした。
 
 「王家のお陰でこのような素晴らしい会が催されるのだぞ!」
 というアピール&デモンストレーションなのだろう。

 アランによれば、この『イベント』が終了後、『帰る』のは自由らしい。
 この後に食事会もあるし、当然俺は帰ったりせず、『活動』を本格化させる。

 こんな会合の場合、コツがある。
 まず、自分の友人か、知人を探すのだ。
 親しければベストだが、最悪、顔見知りでもOK。
 
 何故ならば、友人の友人は何とやら……
 プロフ説明が簡略化出来る。
 それに知人の紹介ならではの、メリットがある。
 初対面の人にも、身元がはっきりしていると、そこそこ安心して貰えるのだ。

 だが今夜の会合は王家主催の特別版だし、俺は初参加である。
 簡単に、知り合いなど、会えるわけがない。

 暫く歩いて周囲をきょろきょろ見たが……
 当然、知らない人ばかりだ。
 
 しかし!
 ふと見た先に、見覚えのある人が目に入った。
 思わず声が出る。

「ええっ? 何故ここに?」

「あ?」

 声を掛けられた相手も、吃驚して俺を見ている。
 同じ若い奴なら、俺もこんなに驚かない。
 
 周囲が若者だらけの会で、浮きまくる50歳過ぎの中年男が、目を丸くしているから。

 そこに居たのは……
 俺が騎士隊幹部として親交の深い、冒険者ギルドの総務部長バジル・ケーリオ氏であった。
【相坂リンの告白⑦】

 私は、仕方なく単独行動で会場をうろうろしていたが……
 やがて、午後6時30分となり、主催者の挨拶が始まった。

 このパーティの主催者は王家、
 それも国王リシャール陛下の弟君フィリップ様。

 国民から親しみを込めて、『殿下』と呼ばれるフィリップ様は32歳。
 王国宰相も務める重鎮で、頭脳明晰な凄い切れ者。
 その上、超が付くイケメン。
 だけど王位への野心が全く無い、誠実清廉な方だから陛下の信望も厚いそうだ。

 え?
 じゃあ、殿下が恋愛対象?

 そんなの無理無理!
 絶対無理!!
 フィリップ殿下は王族で、遥か雲の上の方。
 いくら貴族とはいえ、しがない男爵の娘フルールでは身分が違いすぎる。

 さてさて!
 前世でも、私はパーティなるものにあまり出席した事はない。
 看護師の仕事が多忙だったし、知り合いが皆無に近い会合など行きたくはない。

 でもこのような時の作法は知っているし、フルールの知識も後押ししてくれる。
 うん、この後の展開はっと。
 確か、殿下の挨拶終了後に合図をされ、シャンパン、ワイン等で全員が乾杯するはずだ。

 やがて……
 殿下の挨拶は終わった。

 予想通り、乾杯準備の声がかかり、皆が一斉に近くのグラスに手を伸ばした。

「ヴァレンタイン王国の、ますますの発展を創世神様へ祈願し、乾杯!」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 当然私もグラスを高々と掲げ、乾杯を唱和した。
 そして冷えた白ワインに口をつけたその時。

「おいおい、フルーじゃないか? 一体どうしたね?」

 魂が同居するフルールが、聞き覚えのある声だと教えてくれる。
 だから私リンには分かる。
 
 この人は……身内。
 母の兄、すなわち伯父さんだ!

 そう、声をかけて来たのは、
 私が身体を借りたフルール・ボードレ-ルの伯父、
 冒険者ギルド総務部長バジル・ケーリオだった。

 それもバッタリという言葉がぴったり。
 正面から向き合い、目まで合ってしまった、
 だから、今更どこかへ隠れるわけにもいかない。

「バジル伯父様?」

「うむ、フルール、久しぶり。一体どうしたね?」

 いや、一体どうしたね? じゃない。
 こっちこそ、どうしようか、私は大いに迷った。

 正直に理由を言ったら、ややこしい事になる。

 自由お見合いはイコール婚活食事会。
 すなわち私フルールが結婚を望んでいると丸わかり。
 それは困る。
 凄く困る。

 何故ならば、心に棲むフルールの記憶がはっきりと教えてくれる。
 この伯父さんには困った性癖があると。

 私リンからすれば、もう大昔? になるだろうか、
 前世私の居た日本には良く言えば世話好き、
 悪く言えばお節介なオジ、オバがいっぱい居た。

 彼等彼女達は、適齢期またはそれ以外の対象へでも……
 ひたすら『縁結び役』として徹し、
 結婚成約数を生き甲斐として来たのだ。
 このような方々のセリフには、いくつかのパターンがある。

「良い人が居る」
「良いご縁の口がある」
「いいかげん良い年齢だし、そろそろ結婚を考えてはいない?」
「せめて写真だけでも見てくれる?」等々……

 物腰は柔らかく、断りにくい誘い文句で、半ば強引に『お見合い』を設定してしまう。
 まあ、こういう方々がずっと健在ならば、もう少し日本の成婚率は上がっていたかもしれないとは思った。 

 この伯父はまさにそういう人。
 彼の伴侶、つまり伯母にはフルールがとても可愛がられていたみたい。
 だから、彼女は幼い頃から、良く遊びに行っていたのだが……
 大人になってからのある日、事件は起きた。

 この伯父から、しつこく見合いを勧められたのだ。
 でもフルールは一旦断ったみたい。
 
 しかし伯父は諦めなかった。
 下手をすれば喧嘩になりそうなくらいに……
 幸い伯母が間に入り、事なきを得た。
 だが、それ以来この伯父の家からは足が遠のいていた。

 閑話休題。

 私リンは、少し考えてから答える。

「ええ、ちょっと職場の友人達と食事会です」

 自分でも思う。
 とても曖昧《あいまい》な言い方だって。

 でも聖女という職業上、嘘はつきたくなかった。
 だからこう言うしかない。
 ね、実体は合コンだけど、嘘はついていないでしょ?

 私の言葉を聞いた伯父は「ふうん」と言う。
 自分から聞いといて、あまり興味なさそうな返事。

 ああ、ピンと来た。
 もうこの人、自分の話したい話題へ切り替えようとしているんだって。

「丁度良い、フルールに紹介したい人が居るんだ」

 わぁ~~!!
 案の定、来た来た来たぁ!!
 必殺の「お見合いしましょう」攻撃が来たぁ!!!

 私はヤバイと思い、すかさず身をひるがえし、逃げようとした。
 だが、しかし!

「貴女が部長の姪御《めいご》さんですか?」

 伯父の声ではない、全然若い男性の声が背中へ追っかけて来た。
 ハッとして、思わず立ち止まり、振り返ると……

 背が高く、逞しい法衣《ローブ》姿の男性がひとり立っていたのである。
【大門寺トオルの告白⑦】

 バジル部長を『伯父』と呼んだ女性は、優しく微笑んでいる。
  
 でも部長を見て……
 どうして、いきなり逃げようとしたのだろう?
 
 まあ、いっか。
 細かい事は。

 と、俺がつらつら考えていたら、部長が彼女に何か囁き、改めて紹介してくれる。

「ちょうど良かった。紹介しよう、この子は私の姪フルールだ」

 部長に目くばせされた、彼女……フルールさんは俺に笑顔を向け、

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

「こちらこそ、初めまして。もしかしたらバジル部長からご紹介があったようですが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 俺もすかさず返事を戻した。

 へぇ!
 爽やかな第一印象。
 
 「はきはき」と元気な挨拶をする子だなと思う。
 この子……バジル部長の姪っ子さんなんだ。
 でも!
 か、可愛い!
 
 ええっと……
 フルールさん、身長は結構あって160㎝半ばくらいか。
 
 体型は「すらり」として足が長い。
 うっわ!
 華奢な身体に似合わない大きな胸。

 明るい栗色のロングヘア。
 切れ長の目に、綺麗な鳶色の瞳。
 目鼻立ちは、はっきりしていて端麗な美人。
 
 黒髪じゃないところを除けば、リンちゃんにとても良く似ている。
 笑うと目が垂れてしまう癒し系で、首を傾げる仕草も。
 それ以上に、声が凄くそっくりなんだ。

 俺がフルールさんに見とれているのに気が付き、バジル部長が悪戯っぽく笑う。
 
「ふふ、彼があの、クリストフ・レーヌ君だ」

 あの?
 あの、って……
 一体、何でしょう、部長。
 その意味ありげな笑いは?

 フルールさんも、微笑んで頷く。

「お噂はかねがね……」

 だから、その『噂』って何?
 凄く、気になるんですよ。
 
 俺がそんな心配をしていたら、バジル部長がフォローしてくれた。

「クリス君は男気にあふれ、誠実な上、優秀な騎士だぞと、よく姪に話していたのさ」

 ほっ……何だ。
 女子に声かけまくりな『超軽薄合コン野郎』と、
 陰口叩かれていなくて良かった。

 まあ、俺トオルと違い、硬派なクリスならそんな事は言われないか……
 俺が少し複雑な表情をしていたら、
 可笑しかったのかフルールさんは、

「うふふふ」

 と、口に手をあてた。

 ああ、!
 良いなぁ!
 
 フルールさんの屈託のない笑顔に、俺は癒される。
 笑うと、余計可愛い~

 でも、外人女子なのに、声も雰囲気も本当にリンちゃんそっくりだ。
 だから、フルールさんを見ると結構思い出して……辛い。
 折角忘れようとして、立ち直りかけた矢先だから。

 うん、ここは話題を変えよう。
 さっきから気になっていた事があるから。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして……あの有名な副長さん……」

「はい、副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい。フルールさんは聖女って? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で」

「はい! 食事会に参加します」

 おお、彼女は……
 フルールさんは食事会、否、合コンのメンバーじゃないか。

 じゃあ、彼氏居ない率がぐ~んとアップ?
 これは大が付くチャンスかもしれない。

 これってもしかして運命の出会い?
 リンちゃんと離れ離れになった俺へ、この異世界の神・創世神様の加護が与えられた!?
 
 本当に、こんなラッキーはそうない。
 例えは正しくないかもしれないが…… 
 捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃない。

 ありがたい!
 俺と懇意なバジル部長の姪というのも、
 フルールさんとの距離を縮め、親しくなるのに、追い風となるやもしれない。

 これは……
 リンちゃんと会った時よりもず~っと手応えがあるかも。

 うん!
 完全に吹っ切れた!
 リンちゃんよ、俺の事を忘れてどこかの誰かと幸せになってくれと切に願う。
 
 それに俺自身だってそう。
 ブラック企業勤務で、貧乏リーマンの大門寺トオルより、
 子爵家当主で将来有望な王都騎士副長クリストフ・レーヌの方が断然、有望株だもの。

 こうなるとフルールさんとの話は弾みに弾む。
 
 でも……ひとつ心配になった。

 硬派なイメージで通ってるクリスが、
 トオルみたいなナンパな男というイメージに変わっても良いのかと。

 つらつら俺が考えていたその時。

「じゃあ私はこれで……後はふたりで話すと良い」

 バジル部長は俺とフルールさんの橋渡しをした後、
 満足そうな笑みを浮かべ、そそくさと去ってしまった。

 おお、さすが部長!
 凄く気が利く。

 他人の幸せをアシストするばかりで、全くついていない人生の典型だった俺だけど……
 今、追い風がびゅんびゅん吹いている。
 この風に……乗るしかない!

 もしくは雨降って地固まるかな?

 フルールさんの癒し笑顔を見ながら……
 俺は来るべき幸せを確信していたのであった。
【相坂リンの告白⑧】

 衝撃の事実が発覚した。
 目の前に居る男性は、私が今夜会うべき相手だったから。

 全くの偶然とはいえ……
 バジル伯父から紹介されて吃驚した。
 よくよく聞けば、冒険者ギルドと王都騎士隊はいろいろな関係があるのだそうだ。
 
 例えば、騎士をやめた隊員の受け皿になるとか……
 規律がとても厳しく、一定の給金が決まっている騎士隊をやめ、
 いつでも、そして気楽に好きな依頼を受け、
 自由に稼ぐ『冒険者』を選ぶ人も多いという。
 冒険者ギルドの総務部長を務めるバジル伯父は、騎士隊の中でも、特に副長のクリスさんとは懇意にしていたらしい。

 まあ、クリストフさんとは30分後にどうせ会う事となる。
 ここは、堂々と元気良く挨拶しよう。

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

 するとクリストフさんも丁寧に挨拶してくれる。

「こちらこそ、初めまして。バジル部長からご紹介があったかもしれませんが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 ふうん……
 シスター達が噂していた通り。
 この人は子爵家当主なんだ。 
 でも、詳しく知らないふりをしておこうっと。

 私は改めて、クリストフさんを見る。
 結構いかつい強面だ。
 
 でも……結構、私好みかも。
 彼は顔の彫りが深く渋い雰囲気のイケメン。
 そして遠くから見ても分かる逞しい身体。
 法衣《ローブ》を着ていても、覗く二の腕は滅法太い。

 あれ?
 クリストフさんも私をじっと見てる?

 ああ、見つめ合う私とクリストフさん。
 何か、ドラマの1シーンみたい。
 今度こそ、運命の出会いって事? 
 
 そんなふたりを見守りながら、バジル伯父がいろいろ言っては来る……
 しかし私は緊張して、半分くらいしか内容が耳へ入らない。

 最近敷居が高くなっているのに、「私と会ってしょっちゅう話している」とか、
 「互いに噂をしていた」とか適当。
 否! 超が付くいいかげんな人!
 
 そして私達が「良い雰囲気だ」とか、「お似合いだ」とも、言ってる。
 どうせベタなお世辞だし、思い切ってスルーしちゃえ!

 一応、念の為、クリストフさんへ確認だけはしておこう。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして騎士隊の……あの有名な副長さん……」

「はい、王都騎士隊の副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい」

「分かりました。クリス……さん」

「フルールさんは聖女? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で?」

 ああ、やっぱりという感じ。
 クリストフ……否、クリスさんは今夜の参加メンバーのひとりだった。
 じゃあ、私もはっきり答えておこう。

「はい! 私も食事会に参加します」

 こうなると、「なあんだ」という事で打ち解け、一気に話は弾む。
 
 まず思ったのは……
 『人の噂』ほどあてにならないものはないという事実。
 
 教会所属であるシスター達の間では、王都騎士隊の隊長と副長は超が付く硬派。
 女性に対しては奥手で、且つ武骨なタイプという噂だった。
 
 それが実際に会って話すと全く違った。
 『本当のクリスさん』は女性に対し、臆したりしない。
 加えて、物腰が柔らかく、丁寧な物言いで、気配り上手。
 
 彼はけしてバリバリの硬派などでない。
 うん!
 彼の真実の姿は良く分かった。

 ここでふとチラ見すれば……
 クリスさんが熱く私を見つめる様子に対し、満足げに頷くバジル伯父。

 よっしゃ!
 お見合いお勧め作戦は大成功!
 
 ああ……
 伯父の「どうだい」という誇らしげな表情が……
 そして、自宅へ戻ってから、伯母に向かって行うであろう、
 得意げなVサイン&ガッツポーズが目に浮かぶ。

 少しだけ「いらっ」としたが……
 まあ……
 それはどうでも良いとして……
 クリスさんと色々話していると感じる。
 
 この人は騎士という荒々しい仕事をこなす反面……
 とても優しく気配り上手な人なんだって。
 
 ん?
 優しく気配り上手な人って?
 ……何故か、クリスさんには、以前にどこかで会った気がする。
 だけど全く違う世界から、この異世界に来た私だから……
 以前、彼に会ったなどありえない。
 絶対に錯覚だと思う。

 更に聞けば……
 クリスさんは先ほどまで、騎士隊の後輩さんと一緒だったとの事。
 ひとりになって会場を流していたら……
 バジル伯父に会って話し込んでいたようだ。

 ちなみに聖女は騎士隊の遠征に同行する。
 シスタージョルジエットが、アランさんと知り合ったのもそう。
 
 でも、巡り合わせの関係で、フルールはクリスさんとは初対面だった。
 
 ええっと、もしかして……
 クリスさん本来の姿が全く違っていたように、
 シスタージョルジエットが非難するアランさんが、
 外道で鬼畜だという噂も大いなる誤解では?
 
 でも、ここで彼にアランさんの事を聞くのはいかがなものか?
 絶対に良い事なんかない。
 下手をすれば、詮索好きな『悪役聖女』のレッテルを貼られ嫌われてしまう。

 それよりも、私は自分の幸せを追う。
 もしかして、今度こそ運命の出会いだと思うから。
 
 異世界に飛ばされた不幸な私に、
 神様――この異世界では創世神様が加護を与えてくださった。
 職業柄、そう信じよう。
 否、確信したい!

 前世に残して来たトオルさんの事は、とても心残りだけど……
 もうきっぱりと諦め、前を向かなければならない。

 それにミーハーだけど、
 クリスさんの『副長』って肩書きも、いかしている。
 私、実は新選組・土方歳三副長様の大ファンでもあるから。

 さすがに……
 前世でのそんな趣味も、クリスさんに対しては言えないけれど……
 
 初対面と思えないほど、彼とは不思議に話が盛り上がり……
 パーティの喧噪の中、私は楽しいひと時を過ごす事が出来たのだった。
【大門寺トオルの告白⑧】

 俺はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
 
 そこで出会ったフルール・ボードレールさん、
 ボードレール男爵の娘さんで、仕事は聖女。
 冒険者ギルド総務部長バジルさんの姪っ子。
 
 容姿はスタイル抜群。
 顔も超美人。
 何となくリンちゃんに雰囲気が似ている俺好みの癒し系女子……

 更に偶然は重なった。
 彼女は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
 何が幸いするか、分からない。
 全くの初対面なのにそういう奇跡的な共通項が合った為、
 フルールさんとはとても話が盛り上がった。

 でもさっきから俺の事をじ~っと見てる。
 変な感じかな、俺。
 ああ、大きな胸をつい凝視したのが……ば、ばれたかな?

 と、不安に怯えていたら……
 いきなり、フルールさんから声をかけられた。
 不意を衝かれて、思わずドキッとした。

「クリスさん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!」

 うわ!
 思いっきり噛んじっまった。

 そんな俺を見たフルールさん。
 ヤバイ!?

「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」

「…………」

「私って、何か変ですか?」

 うわ、ヤバイ。
 自分では気付かなかったけど……
 やっぱり俺は、フルールさんの事を変な目で見ていたんだ。

 凝縮された俺の不安がMAXに達しようとした、その時。

「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」

「え? 伯父様?」

「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って薦められる」

「ええっ?」

 戸惑うフルールさん。
 でも、さすが部長。
 俺の緊張感を解いてくれただけじゃない。

 それどころか、最高のアシストをしてくれた。
 
 凄く気が利く人だ。
 俺、貴方に一生ついていきますよぉ。
 ってな気分だ。

「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
 
 バジル部長は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
 俺とフルールさんを置いて、人混みに紛れてしまった。

「もう伯父様ったら……」

 いきなりの展開に、フルールさん、苦笑している。
 
 しかし、超が付く特大チャンスだ。
 ここまで部長にお膳立てして貰ったら、絶対に決めないと。
 フルールさんは俺の好みだし、性格も良さそう。
 彼女候補には申し分ない。

 そしてこんなことは、絶対に言ってはいけないが……
 もう二度と会えない……あの子に……とても似ているから。
 
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」

 え?
 フルールさんったら、覚えていたの?
 もうその話題は変えましょうよ。
 頼むから。

 しかし、フルールさんが意外な事を言う。

「クリスさん」

「な、何でしょう?」

「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」

「は? フルールさん?」

「実は今朝……凄くショックな事がありました」

「え?」

「だから……とても落ち込んでいるのです」

「凄く、ショックな事……ですか?」

「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」

「…………」

「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」

 フルールさんは顔をしかめた。
 「余計な事を言って、しまった!」という表情をしている。
 
 そして、黙り込んでしまう。
 ……凄くヤバイ。
 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
 この場限りでサヨウナラ……
 という可能性もある。
 大いにある。
 でもそれじゃあ、前世での失敗と全く同じ。
 単なる繰り返しじゃないか!

 何とか、話をつながないと。
 よし!
 ここは、『同じような話題』が良い? かな……

「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」

「え?」

 ああ、俺は!
 よりによって!
 一体、何を言っているんだ?

 でも変だ?
 口が勝手に動いた?
 
 こんな事を言ったら、話がややこしくなるだけじゃないか。
 まさか、「気が付いたら……違う世界に居ましたよぉ」
 なんて口が裂けても言えるか! 

「ク、クリスさんもですか?」

 何故か、フルールさんが喰い付いて来た。
 対して、俺は、

「は、はい! とてもショックな事です」

 とまともに答えてしまった。

 ああ、何だ、これ?
 さっきから口が、勝手に動いて止まらない。
 
 まさか?
 誰かの魔法?
 んな、馬鹿な?
 俺は人から恨みを買うような事はしていないし、
 周囲を見ても、怪しい奴は居ない。

 だが俺の口は、己の意思に反して、止まらず……

「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」

「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」

 ええっ?
 フルールさんも?
 それも不思議な事って?

 戸惑う俺だが、やはり口だけが止まらない。
 
「実は……俺のとても大切な人って……女の子なんです」

「女の子……」

「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」

 俺は言い切って、確信した。
 そう、リンちゃんはやはり運命の相手だったと。

 しかし……
 俺の告白を聞いて、フルールさんはどう思っているのだろうか?

 不可解な事に、フルールさんは怒る様子もなく、
 俺の告げた言葉をゆっくりと繰り返す。

「運命の子……もう二度と会えない……」

「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」

「…………」

「俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」

「…………」

「ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」

「…………」

「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」

「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」

 ああ、聞かれた!
 というより、咎められた!
 も、もう駄目だ。
 折角、出会えたフルールさんとの出会いは滅茶苦茶に壊れてしまった。

 ここはもう謝罪するしかない。
 幸い、口は思う通り動いてくれそうだ。

「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」

「…………」

 俺の謝罪を聞き、黙り込むフルールさん。
 と、またも口が勝手に動く。

「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」

 あああ~~、とうとう言っちゃった。
 決定的な言葉を!

 もう最悪だ。
 女の子を口説く時に、以前好きだった子を、引き合いに出すなんて。

「…………」

 やっぱり!
 ほら、フルールさんも、怒って黙り込んじゃったじゃないか。
 顔も伏せているし。
 ぶるぶると、身体まで振るわせてる。

 そして、フルールさんは遂に顔をあげた。
 彼女の目は……
 真っ赤になり、その上、涙がいっぱいあふれていたのである。
【相坂リンの告白⑨】

 私はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
 
 そこで出会ったのがクリストフ・レーヌ子爵。
 レーヌ子爵家当主で、王都騎士隊の副長。
 私達シスターの間でも噂の硬派な男性。 
 
 騎士らしく逞しい身体。
 二の腕はムッキムキ。
 少しいかつい顔もイケメンの部類に入る。

 でも噂は噂。
 全然事実ではなかった。
 硬派なはずのレーヌ子爵はフレンドリーに、
 自分をクリスと呼ぶように告げて来た。
 
 更に偶然は重なった。
 彼は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
 
 何が幸いするか、ホントに分からない。
 初めて会ったはずなのに、凄く奇跡的な共通項が合った。
 だからクリスさんとは、とっても話が合った。

 でもさっきから私の事をじ~っと見てる。
 どうしたのかな?

 あれ?
 クリスさんの様子がおかしい?
 もしかして身体の具合でも悪いのかしら?

 王都騎士の治癒回復を担う、聖女という職業柄放ってはおけない。 
 よし!
 声をかけてみよう。
 
「クリスさん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫です」

 うわ!
 思いっきり噛んでるよ、クリスさん。
 ホントに大丈夫?

 でもそれよりも気になる事がある。
 クリスさん、何か私をじいっと見てる。
 
 健全な男子が女子へという『注視』とは何となく違うみたい。
 理由は不明だけど、ワケアリって感じだもの。
 
「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」

「…………」

「私って、何か変ですか?」

 と、聞いたその時。

「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」

「え? 伯父様?」

「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って(すす)められる」

「ええっ?」

 はぁ?
 何言ってるの、この人?
 昔と全然変わっていない。

 私は唖然としてしまうが……
 バジル伯父はどこ吹く風。
 
「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
 
 バジル伯父は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
 私とクリスさんを置いて、人混みに紛れてしまった。

「もう伯父様ったら……」

 いきなりの展開。
 私は苦笑するしかない。
 
 しかし、禍を転じて福と為すとも言う。
 ここまでバジル伯父にお節介されるのも、逆についているのかもしれない。
 
 しくて気配りが利くクリスさんは私の好みだし……
 彼氏候補には申し分ない。

 そしてこんなことは、絶対に言っては駄目だけど……
 優しくて気配り上手なのは……
 もう二度と会えない……あの人に……とても似ている。

 ま、まあ、良いか。
 会話が途切れないよう、ここは頑張ろう。
 
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」

 あれ?
 何とか話をしようと、他愛もない話を振ったつもりなのに……
 クリスさんったら、とても困った顔をしている。
 
「クリスさん」

「な、何でしょう?」

 あ、また噛んだ。
 クリスさん、やっぱり動揺している。

「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」

 へ?
 いきなり何言ってるの、私。
 口が勝手に動いたよ!?
 ほらぁ、クリスさんだって驚いてる。

「は? フルールさん?」

 案の定、ポカンとするクリスさん。
 ああ、こんな事を言うなんて!
 絶対に変な子だと思われてる!

 でも何故か、私の口は止まらない。
 制御不能! 制御不能!
 緊急事態発生!
 って、マンガの読み過ぎ?

 ぐるぐる回る気持ちと裏腹に、私の口調は冷静だ。
 ひどく淡々としている。

「実は今朝……凄くショックな事がありました」

「え?」

「だから……とても落ち込んでいるのです」
 
「凄く、ショックな事……ですか?」

 ああ、クリスさん、心配してくれている。
 凄く嬉しいかも……
 でも、自分の身に起きた異世界転移とか、不可解な内容は話せない。
 絶対に!

「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」

「…………」

「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」

 ああ、やっと口の暴走が止まった。
 「余計な事を言って、しまった!」という後悔の念が押し寄せる。
 
 ……凄くヤバイ。
 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
 この場限りでサヨウナラ……
 という可能性もあるじゃない。
 
 でもそれじゃあ、前世と全く同じ。
 単なる繰り返しじゃない!

 と落ち込んでいたら、
 何と!
 クリスさんまでが!
 
「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」

「え?」

「ク、クリスさんもですか?」

 あ、あれ?
 何故に、何故に、
 私は突っ込まなくてはならないの?

 対してクリスさんは
 
「は、はい! とてもショックな事です」

 と、きっぱり言い切った。
 
 何だろう?
 そこまで彼が言うショックな事って?

 さっきの『失策』をすっかり忘れ、私の耳は集音器となる。
 クリスさんの話には、まだまだ続きがありそうだから。
 
「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」

「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」

 ああ、思わず同意してしまった。
 でも……
 ふたり共静かに話をしているのに、気持ちがヒートアップして行くのがはっきり分かる。

「成る程……実は……俺が約束を果たせなかった相手って……女の子なんです」

「女の子……」

 ああ、衝撃の告白。
 クリスさんには……
 彼女候補が居たんだ……
 
 ショックを受けた私に対し、追い打ちは更に続く。

「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」

「運命の子……もう二度と会えない……」

 そこまで止めをさされると、私は言葉がろくに出て来ない……
 ただクリスさんの言葉を繰り返すだけだ……
 
 でも……私だってそう!
 運命の人……
 トオルさんには二度と会う事は出来ない……

「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」

「…………」

 え?
 お人よし?
 クリスさんが?

 いえ、違う!
 お人よしなのはトオルさん!

 突如!
 原因不明の既視感が私を満たす。
 不思議な予感も湧いて来る。

 そんな私の心を他所に、クリスさんは熱く惚気(のろけ)る。

「彼女はとても優しくて……俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」

「…………」

 ああ、素敵な褒められ方!
 とっても嬉しい!
 
 でも、自分が褒められているわけじゃないのに……
 何故、こんなにも嬉しいの? 

 私だってそう!
 トオルさんと一緒に居て、凄く幸せだった!
 これまでの人生で一番楽しいいひと時だった。
 
 はっきりと言い切れる!
 やっぱり私は、トオルさんが好き! 
 大好き!! 

 すると……
 どこからともなく…… 
 クリスさんの声に重なるように、トオルさんの優しい声がリフレインする。

 リンちゃん!
 
 ああ、懐かしい!
 私を呼ぶ貴方の声が! 

 会いたい!
 トオルさんに会いたい!

 再会への渇望に翻弄される私の耳へ、クリスさんの謝罪が聞こえて来る。

「フルールさん、ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」

「…………」

「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」

 思い出した?
 私を見て?
 だ、誰を!?
 一体誰を思い出したのですかっ!

「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」

 と、つい聞けば……
 クリスさんは平謝り。

「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」

「…………」

「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」

 私にそっくり!?
 まさか!
 
 でも、間違いない!
 もう言い切れる!
 クリスさんは……トオルさんなんだ!

 僅かに生まれた不思議な予感が……
 はっきりとした確信へ変わって行く。
 
 私の心に、得も言われぬ歓びがあふれて来る! 

「…………」

 言葉が出ない。
 出したいけど出て来ない!

 顔を上げて、クリスさんの!
 否、トオルさんの顔を見なければ!
 
 やがて……私は顔を上げた。
 でも……心に満ちた歓びは、涙もいっぱい連れて来た……

 心配そうに見つめるトオルさんの顔は……
 泉のように湧き出るたくさんの涙でにじみ、はっきりと見る事が出来なかったのだ。
【大門寺トオルの告白⑨】

 何と!
 フルールさんは、泣いている。
 それも号泣している。
 
 非常にまずい、マジでまずい。
 ここまで女子を大泣きさせるって。
 あまりにも目立つ。
 俺が極悪非道な男だと、とられてしまう。
 それ以上に泣いている女子を見るって、
 あまりにも男にとってはダメージが大きい。

 そして泣かせた理由も大が付く問題だ。
 
 フルールさんは絶対に怒っている!
 そうに決まってる。
 事もあろうに、彼女の前で他の女子を引き合いに出したのだから。
 
 ああ、俺の超大馬鹿!
 これでフルールさんに、完璧に嫌われた!
 
 折角、彼女の身内であるバジル部長に熱心にフォローをして貰い、
 結構良い印象を持って貰ったのに……

 もう!
 おしまいだっ!
 
 と、絶望感に染まった俺が頭を抱えたら……
 突如、フルールさんが尋ねて来る。

「クリスさん、変な事を! お、お、お聞きしても……宜しいですかっ!」

 変な事?
 一体、何だろう?
 でも、もういいや。
 開き直ってやれ。
 何でも聞け!
 い、いや……そんなに偉そうなのはまずい。
 どうぞ聞いてくださいませ。

「は、はい……お、俺の事だったら、な、な、何でも聞いてください」

「な、何でもって! クリスさん! ほ、本当ですかっ!」

「はい、本当です……お答え出来る内容ならば」

 あれ?
 変だ?
 おかしい?

 フルールさんの声が……
 怒っていない……ぞ?

 な、何故、怒っていない?

 それよりフルールさん、何か、慌てている。
 盛大に噛んで、声が完全に上ずっている。

 泣き腫らし、真っ赤な目をしたフルールさんは、
 顔を「くしゃくしゃ」にして真っすぐに俺を見る。
 とても真摯な眼差しで、俺を見ているんだ。
 
 そして、尋ねて来る。
 彼女が尋ねる内容が……不可解だ。

「あ、貴方の名前を教えて下さい」

 え?
 どうして名前?
 今更?

「ええっと、クリストフ・レーヌですけど……」

「い、いえ!」

「???」

「ほ、本当は! ち、違う、な、名前なのではないですか?」

 盛大に噛みながら、絞り出す、フルールさんの声……

 な?
 でも?
 
 ええっ?
 本当は違う名前って、何それ?

 俺もフルールさん同様に慌てる。
 何故か、奇妙な感覚に捉われる。
 既視感《デジャヴ》に近いかもしれない。

「……ち、違うって、ど、ど、ど、どういう意味ですか!?」

 盛大に噛んだ俺へ、更に衝撃的な質問が!

「ほ、本当の名前って……意味です」

「は? ほ、本当の名前!?」

「もしも……間違っていたら……」

「ま、間違っていたらぁ?」

 ああ、何だ!
 とんでもない、
 あまりにもとんでもない言葉が告げられる!
 そんな気がする!

 大いなる期待と底知れぬ不安が俺の中で交錯する。

「ごめんなさい……トオルさん」

 あああ、き、来たのは!
 お、大いなる期待の方だ!
 これって!
 き、奇跡が、奇跡が起きたんだぁ!!!
 
「え、ええええっ!? ト、トオルさんって!!! ま、ま、ま、まさかぁ!!!」

 俺がいきなり大きな声をあげたので、周囲で何人もが振り返った。
 「何事か?」と面白半分で、見ている奴も居る。
 
 しかし、フルールさんは動じていない。
 俺も、そんなのを気にする余裕がない。

「やはり! あ、あ、あ、貴方は大門寺トオルさん……でしょう?」

「そ、そ、そういう貴女は、あ、相坂……さん、もしかして、リンちゃん?」

 俺が呼んだあの子の名前に、フルールさんは大きく頷いた。
 はっきり肯定して、力強く頷いた。

 ああ、絶対にありえない!
 そんな奇跡が、まさに起こったのだ!
 
 数百万と人の居る大都会の交差点で……
 前触れもなく、いきなり、ばったりと会うように……
 
 未知の異世界に心が転移し、ぶっつり切れた筈の俺とリンちゃんの運命が……
 今、再び交わったのである。

「トオルさんっ!」

「リンちゃん!」

 俺達は互いに駆け寄って、手をがっちりと握り合った。
 ああ、綺麗で細い指だ、そして温かい。
 この完食、じゃない感触は間違いない!
 昨日、握ったばかりのリンちゃんの手だ!

 俺を見つめる、リンちゃんの声が震えている。

「これって……奇跡?」

 そう言われて俺は思わず頬をつねっていた。
 ……い、痛い!

「本当だよ、今確かめたから絶対に現実だ」

「本当!? よ、良かったぁ!」 

「でも君の言う通り、凄い奇跡だよ。頼む! 夢ならば、絶対に覚めないでくれ」

 思わず吐いたのは……
 たった今、起こっている事が、幻ではない事を再び確かめる言葉。
 そして、心の底からの本音。

 フルールさん、否!
 リンちゃんは、大きく深呼吸をしている。
 少しずつ落ち着いて来たみたいだ。

 そうだ!
 俺も慌てるだけじゃなくて、しっかり落ち着かないと。
 まずは、お互いの状況を確認して、これからの事を考えなければ。

 リンちゃんが、俺にまた聞いて来る。

「トオルさん……さっきの話って」

「ああ、俺は、気が付いたら、この異世界に居たんだ……王都騎士隊副長クリストフ・レーヌとして」

「やっぱり! 私もなのよ、気が付いたら聖女フルール・ボードレールだったの」

 フルールさんは頷き、更に言葉を続ける。

「……ねえ、トオルさん、ここは人目もあるし、落ち着かないわ。場所を変えて、どこかでお話ししませんか?」

 気になる。
 だって!
 フルールさん、否、リンちゃんはこんなに可愛いんだもの。
 
 まさか!
 彼氏がもう居る?
 
 そんなの、絶対に嫌だ!
 もし彼氏が居たら俺は……

 いや、まずはリンちゃんへ詳しい状況を聞かなければ!
 
 俺はそう考えたが、どうやら彼女も同じように思ったらしい。
 
「じゃ、じゃあ、場所を変えましょうか?」

「はい! 変えましょう、トオルさん」

「こ、この階の上、8階はショッピングモールになっています。そこにカフェがあったはずです」

「うふふ、了解……じゃあこの前みたいに、連れて行ってくださる?」

「りょ、了解!」

 もしかしたら、このようなケースがあるかと思って、
 俺は、この迷宮レジャーランド内の店を下調べしていた。
 
 こうして……
 俺はフルールさんこと、相坂リンちゃんの手を引っ張り、
 起きた奇跡を実感しつつ、夢見心地で魔導昇降機へ乗り込んだのである。
【相坂リンの告白⑩】

 僅か5分後……

 魔導昇降機から降りた私とトオルさんは、
 しっかり手をつないで迷宮の8階、ショッピングモールを歩いている。
 このショッピングモールは、アクセサリー店、洋服店、雑貨店等たくさんの商店があって、結構な人が居た。
 皆、楽しそうに買い物をしている。

 買い物をしているのは、最初からカップル同士で来たのか、それとも私達みたいにこの会場でカップルになったのかは分からない。
 だが、若い男女のふたり連ればかりだった。

 ああ、これって……
 転生する前の私が、望んでいたデートコースのひとつだ。
 次回のデートは私、トオルさんとふたりでショッピングを兼ね、映画を見に行きたいと思っていたから。

 前世……
 兼ねてから行きたいと思っていたお洒落なショッピングモールの奥には……
 これまたカッコいい映画館があった。
 
 今は、複数の映画館が入っているから、『シネコン』って言うんだっけ。
 そこで、超が付く話題の大ヒット恋愛映画をやっていた。
 
 結末を事前に知っちゃうと、つまらないけれど、
 ハッピーエンドって事だけはチェック済み。
 だから見た後は、幸せな気分に浸れる。

 昨日、話した時に確かめたけど、
 私もトオルさんも仕事が忙しくてまだ見ていなかった。

 まあ、異世界転移した私達ふたりが今居るのは西洋中世風異世界。
 さすがに、迷宮を改造したこのショッピングモールにシネコンは無い。
 というか、映画自体が存在しない。
 あるのはオペラみたいな芝居を上演する劇場らしい。
 でも……それはそれで見てみたいと思う。

 そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
 今置かれている状況は前世で想像した通り。
 トオルさんとふたりでデートしているという素敵なシチュエーション。
 
 だけど、トオルさんの彼女の有無……
 つまり『現実』を確かめるのが凄く怖い。
 現実さえ知らなければ……今だけは私、確実に幸せいっぱいなんだけど。

 つらつらいろいろ考えているうちに……
 私達はショッピングモールのカフェに入った。
 席はほぼ満席だったが、幸い一番奥の席が空いていた。

 期待と不安が入り混じった複雑な気持ちの私は、
 「きゅっ」とトオルさんの手を握った。
 するとトオルさんも、「ぎゅ」と握り返して来る。
 最高の、爽やか笑顔付きで。

 微妙な雰囲気が漂う中、
 私達は着席した。

 メニューは紅茶しかない。
 銘柄も記載なし。
 なのでトオルさんが紅茶をふたつ頼んでくれた。

 紅茶が来るまでの間がまた微妙……

 ああ、私……もう我慢出来ない。
 怖いけど……聞いちゃおう。
 
 そしてもし、特別な『彼女さん』が居るんだったら……
 思い切って!
 トオルさんへ、言ってしまおう。
  
 ラノベの敵役《かたきやく》、つまり悪役令嬢みたいで、嫌だけど。
 「私を選びなさい」って!
 手段を選ばず、強引に迫ってしまおう!
 
 だって!
 ここで迷っていたら、諦めてしまったら……
 
 もう二度とこんな奇跡は起こらない。
 そんな気がしたから。

 よ~し、決めた!
 言うぞっ!
 
「あ、あの……」

 ああ、私って、小心者。
 これだけ強い決意をしたのに……
 また噛んじゃった……ダサ!

 でも!
 トオルさんも慌ててる。
 
 もしかして何か、感じた?
 騎士として、長年の実戦で鍛えられた野生のカンって、事?

「な、何!?」

 ああ、トオルさん、果たして私から何を言われるのか、
 「どきっ!」としてるみたい。

 よっし!
 仕切り直しの、リスタート!
 
 でも、ビビりっ子の私は、くちごもりながら恐る恐る尋ねる。

「トオルさん……こ、怖いけれど……お聞きしても宜しいですか?」

「こ、怖いけれどって?」

「はい! あの……トオルさん……」

「は、はい!」

「ト、トオルさんには! こ、婚約者、もしくは特別な彼女さんって、いらっしゃいますかっ?」

 言った!
 遂に言ってしまった!

「ええっ!? こ、婚約者ぁ!」

 ああ、トオルさんったら、凄いオーバーリアクション。
 これって、もしや……駄目?
 私の想いは通じないの? 

 だって!
 異世界転移した今のトオルさんは王都貴族、レーヌ子爵家の当主。
 その上、女子達の憧れ『王都騎士隊』の硬派な副長。
 筋骨隆々の渋いイケメン。

 肩書きといい、全体的な雰囲気といい、、
 やはり、あの土方様に似ている。
 《まあ、当人に会ったわけじゃあないけどね》
 と、なればもてないわけがない。
 婚約者や彼女が居て当たり前なのだ。 

 しかし、トオルさんはきっぱりと告げてくれた。
 
「い、居ませんよ、そんな人は!」

「え? ほ、本当に?」

「本当です! で、でもリンちゃんこそ! カッコいいイケメンの彼氏が居るんじゃない?」

「わ、私は……」

 また口ごもりながら、
 「私も! そんな人は居ません」
 言い切ろうとした瞬間。
 
 怖ろしく真剣な表情で、副長レーヌ子爵、否、トオルさんが言う。

「お、俺、勇気を出すよ! も、もしリンちゃんに、というかフルールさんに彼氏が居ても絶対にあきらめないから!」

 ……よ、良かったぁ!!!
 トオルさんに『想い人』は居なかった。
 運命の再会を果たした私リンが愛し、愛される事が出来るのだ。
 
 そして、何と!
 告白もされてしまった。
 トオルさんと相思相愛になれるなんて、夢みたい。

 安堵し、脱力した私の口から、思わず本音が出た。

「よ、良かった」

「え? 良かったって?」

 ああ、トオルさん、確認をしたいんだ。
 私の言葉の意味を、
 そして本当の気持ちを!

 しっかりと私の気持ちに応えてくれたトオルさんへ……
 今度はストレートに私から愛を伝えよう。

「だって……私はトオルさんが大好き。全く同じ事を考えていたんですもの」

「ええええっ!!!」

 他の席で談笑するカップルが、驚いて注目するほど……
 トオルさんは、またも、大声を出していたのである。