転生聖女は幼馴染みの硬派な騎士に恋をする

【大門寺トオルの告白④】

 後輩で部下のアラン・ベルクール騎士爵が手配したスペシャルなイベント。
 それは王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』
 開催場所も同じくスペシャル、王都で今一番流行の凄い店で行われる。

 浮き浮き気分の今、俺は速足で歩んでいる。

 誘ってくれたアラン、そして同行する後輩のリュカと待ち合わせをした場所は……
 王都セントヘレナでは、最もポピュラーな、中央広場大魔導時計下だ。
 今日も変わらず、大勢の待ち合わせらしき人々で、ごったがえしているだろう。  
 そもそもこの王都は、前世地球における中世西洋の街で良く見られた構造をしている。
 中心部に大きな広場が造られ、そこから放射線状に延びた道に、各街区が区切られていた。
 
 但し、普通の街と違うのは、中央広場自体がとてつもなく広い事。
 その上通常は街の奥へ……
 有事の際は城塞を兼ねる為、高台に造られるはずの王宮が、中央広場に造られている事である。
 
 だから他の街と比べても、中央広場の地位は高く、活気が半端ない。
 国賓の来訪とか、何か特別な催しがない限り、様々な市場や露店も立ってにぎやかだ。
 あちこちに立っている、俺達とは別部隊の王宮専門警護の屈強な騎士達。
 彼等が睨みを効かせるお陰で、悪さをする奴も滅多に居ない。
 
 それ故、治安もバッチリで、自然と人も集まる。
 裏通りに入れば、結構治安の悪い王都なのだが……
 中央広場だけは、安心して女の子とデートが出来る場所なのだ。

 そんなこんなで、時間はまもなく午後5時30分。
 アラン、リュカとの待ち合わせ時間である。

 よし、待ち合わせ場所に到着。
 予想通り、大魔導時計下は凄い人混みである。
 
 やっべ~!
 後輩達の手前、さすがに遅刻はまずい!

 俺が焦って、辺りを見渡すと、

「あ~っ、副長こっち~~っす!」

 人混みの中で、リュカが大声で叫び、手を「ぶんぶん!」振っていた。
 
 時間は、午後5時30分ほんの少し前。
 リュカの下へ駆けつけると、魔導時計の鐘が趣きのある音を鳴り響かせた。

 何とか、セーフというところだ。

 まずはぎりぎりの到着を、リュカへ謝罪する。
 こんな時、待たせた相手が後輩だからといって、全く気配りせず、さも当然とか……
 「俺は全然悪くないのだ!」なんていう、
 傲岸不遜光線をバリバリ発射みたいな、登場をする人は……
 老若男女問わず絶対に嫌われる。

「悪い! リュカ、待たせたな」

「いや、僕もさっき来たっす。それにまだ、アランさんが来ていませんから」

「え? そうなの?」

「アランさん、大丈夫っすかね?」

 リュカが、盛んに時間を気にする。
 対して、俺はあまり心配していない。

「まあ、あいつは要領が凄く良いから、大丈夫だと思うよ」
 
 俺とリュカは、暫し待ったが……
 アランは、中々来ない。
 
 交流会は、午後6時開始。
 だから、もうあまり時間がない。
 さすがに、少しだけ焦って来た。

 だが、ひと安心。
 俺が到着し、更に10分ほど経って……
 ようやく、アランがやって来た。
 それも、俺とリュカが良く知る逞しい偉丈夫を引き連れて。
 
 あれ?
 ジェローム隊長だ。
 もしかして、一緒に参加する予定なのかな?

「申しわけないです。ちょっと遅刻かな? 副長、結構待ちました?」

 アランも俺と同じだった。
 遅れて来たら、しっかり謝る。
 
 まあ、悪い事をしたら謝るって、
 人としては当然なんだよね。
 まあ、隊長が一緒なので、遅れて来た原因は想像がつく。

「いやいや、大丈夫。急げば間に合うよ。それよりジェローム隊長わざわざお疲れ様です」 
 
 と、俺も笑顔で返し、大魔導時計を指さす。
 午後6時までは、あと10分少ししかない。
 
「すまんな、クリス。遅れたのはアランが原因だ。奴が急に誘うから支度に手間取った」

「そうなんですか?」

「ああ、無理やり連れて来られてな。何とか業務の都合がついたので今夜は付き合うぞ」

「成る程」

 俺は笑顔で頷いた。
 だが……
 ジェローム隊長の話は怪しい。
 
 名家カルパンティエの御曹司で騎士隊隊長。
 引く手あまたで、舞い込む結婚話も多いはずなのに、ジェローム隊長はいまだに独身である。

 そんな隊長の実情を、付き合いの長い俺やアランはとても良く知っている。
 確かに隊長は凄く硬派で男らしい。
 しかし女性にはとても奥手、且つ不器用なのだ。
  
 多分……
 アランは気を遣って、隊長に『出会いの機会』を作ろうと、無理やり誘ったのだと思う。
 なのに隊長の今のコメントに対しても、余計な事は一切言わない。
 男の俺だって、好ましい奴だと思う。

 それどころか、アランはいつもの爽やかな笑顔まで見せている。
 ビジュアルも素敵だ
 
 ……実際、彼の日焼けした顔の中で……
 少しだけ開いた口に見える歯が、やたら白いのが目立つもの。

 そんな事をつらつらと考えていたら……
 遅刻の張本人? ジェローム隊長が俺を促す。

「クリス、皆、急ごう。フィリップ殿下の主催なら、遅刻はまずいぞ」

「はい、急ぎましょう」

「分かりました」
「走るっす」

 俺、アラン、リュカの3人はいつもの訓練通り、隊長の命令に打てば響けとばかりに返事をし、一斉に走り出したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 この世界の合コン……
 俺が憑依したクリスが参加していた『自由お見合い』は、
 お店を貸し切る事が殆どだ。
 
 いつも店を貸し切るなんて、確かにお金はかかる。
 だが、はっきりとした理由がある。
 
 この異世界は誰彼構わず、強気なナンパが当たり前らしい。
 可愛い女子が居たら、声をかけない事自体が罪、
 なんて前世の某国みたいな気質が充満している。

 とはいえ、店内に居る見ず知らずな他の客から、
 参加メンバーの女の子へちょっかいを出されたら、まずい。
 折角の雰囲気をぶち壊されてしまう。
 
 人の幸福を、他人は羨むもの。
 それが、『女性絡み』だと尚更である。

 だが今日の店は、いつもとは違う。
 何せ王国宰相主催のイベントだ。
 
 全てが王国負担。
 使う金は一切なし。
 
 そして貸し切る店の規模も、桁が違う。
 今回の場所だって、王家の企画立案者が流行を考慮している。

 先頭にはアランが立ち、俺とジェローム隊長は、リュカを従え、
 歩いて行く。
 
 やがて……
 店が、見えて来た。
 
 実をいうと、今日の店はとても特殊である。
 何と!
 地下迷宮を改造した現在大人気な、スポット。
 
 その名を『ラビュリントス』という、レジャー施設内のレストランなのだ。

 何故、迷宮が王都にあるのか?
 理由というか、話はこうだ。
 
 ……今から数百年ほど前、王国に歯向かう、ひとりの男性魔法使いが居た。
 王宮魔法使い候補筆頭だった魔法使いは……
 妬みから足を引っ張る同僚の嫌がらせと根も葉もないデマを流され、呆気なく失脚した。
 デマを信じた王家を憎んだ彼は嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に迷宮を作り上げたのだ。
 
 地下10階まである、まあまあの規模の迷宮であり……
 魔法使い自身は最下層に引きこもる。
 
 だが、迷宮のある場所は、とんでもなかった。
 何と!
 至近距離も至近距離、迷宮の入り口が、正門の真ん前だったのだ。
 
 こうなると、さすがに王国も放ってはおけず、魔法使いへ何度か迷宮の封鎖と退去を命じた。
 だが、件の魔法使いは完全無視。

 こうなると、もう強制撤去しかない!
 という事で、王国は騎士隊を派遣した。
 しかし、なかなかうまくは行かなかった。
 
 魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
 彼が召喚した、怖ろしい魔物共が徘徊していたからである。

 魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。

 業を煮やした王国は、冒険者達に迷宮探索を開放。
 憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じた。
 
 数多の冒険者達が迷宮攻略を目指したが、結構大変だったらしい。
 件の魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
 魔法使いが引きこもって、約100年後、迷宮はとうとう攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。

 多くの騎士や冒険者が死に……
 呪われ不吉な場所だとされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
 そして、長きに亘りそのままになっていた……
 
 そんな迷宮が、注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。

 元々、迷宮がある場所の、街壁が老朽化した為……
 ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
 
 そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
 迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであったので、殆ど無傷だったらしい。
 王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して迷宮の探索を命じた。

 度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。

 幸い迷宮内には、人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
 嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
 冒険者達は、実入りの良い仕事をこなし、うはうはで莫大な金を得たという。

 こうして安全になった迷宮は……
 暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
 だが、5年ほど前に民間へ払い下げられた。
 
 迷宮を取得したのは某商会であり、彼らはこの迷宮を大幅に補修した。
 センスの良い装飾を施し、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
 更に、客足が多いのを見越し、増築工事を行った。
 疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地などを備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。

 そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年である。

 前置きが長くなってしまったが……
 今夜のパーティ会場は、そのレジャーランド内のレストラン、
 その名も『探索《クエスト》』
 宴会用の大型個室である。

 ここで、アランが「そっ」と俺へ耳打ちした。

「クリス副長」

「ん?」

「申しわけありません。今夜、僕にはやらねばないならない事があります」

「やらねばならない事?」

「理由は……聞かないでください。僕の人生がかかっています」

「おいおい、アラン、人生って大袈裟な……」

「本当に本当です。なので今夜はジェローム隊長をしっかりとサポートして欲しいんです」

 こんな時、絶対に嫌がらず、
 「打てば響く!」のがクリスこと俺の真骨頂である。
 理由も聞かずに、即座に快諾するのがお約束だ。
 こういう迅速な対応が、次の合コンへ呼ばれる事に繋がる。

「了解! 任せろ」

 俺の気合の入った返事を聞いてアランは満足そうだ。

「ありがとうございます。とても助かります。それと重ね重ねで誠に申し訳ありませんが……最初の挨拶だけは僕がやります。だから、それ以降の司会進行をお願いします」

「挨拶以降の司会を? 俺にか?」

「ええ……個室を予約してありますから」

「成る程」

 ふ~ん、そうか。
 何となく分かって来た。

 自分で仕切っておいて、司会をやらないって事は……
 アランはもう、相手のグループに、
 『目当ての子』つまり本命が居るって事か。

 まあ、良い……
 今夜、ここへ俺達を連れて来てくれたのは……アランなのだから。
 
 情けは、人の為ならずともいう……
 最初に頼まれたジェローム隊長だけではなく、機会があればアランの方も、しっかりフォローしてあげよう。

 俺は念の為、聞いておく。

「一応確認しておきたいが……ジェローム隊長のサポートは、開始以降で良いのか?」

「ええ、7時少し前まで、僕とジェローム隊長は別件があります。だから副長とリュカは、自由行動でOKです」

「了解した」

 いやいや、本当にありがたい!
 アランの、優しい気配りを感じる。
 
 トオルの俺は異世界の交流会ってやつを楽しんでみたいし、個人的にも知り合いを作って、新たな人脈も広げたい。
 まあアランも、俺を使って、今後合コンを頼んでくるかもしれない。
 こういうふうに世の中は、持ちつ持たれつである。

 まあ、アランほどではないが……
 冗談抜きで、今回はビッグチャンスかもしれない……
 だが過去のトオルの経験上、直近の結果だけ求めるようでは、次回へはつながらない。
 
 出来れば『彼女』を作りたいと思うけれど、上手く行くとは限らない。
 いや、『彼女』が出来ない可能性の方が、却って高い。
 
 最初から、そんな後ろ向きじゃあ、いけないのだけれど。
 世の中は、そう甘くない。

 まあ、全力を尽くすのみ!

 俺は気合を入れ直して、再び店を眺めたのであった。
【相坂リンの告白⑤】

 午後5時……
 中央広場の大魔導時計下……
 誰もが使う集合場所に、創世神教会所属である4人の聖女が集結していた。
 陽は西へ完全に傾いている。

 シスタージョルジエットの強引ともいえるお誘いで……
 私シスターフルールことフルール・ボードレールは、今日の今日。
 つまり今夜の午後6時から特別な食事会に出席する事となってしまった。
 前述したように、参加メンバーは私達以外にはふたりである。

「シスタージョルジエット、こんばんわ」

「シスタージョルジエット、今夜は宜しくお願いしますね」

 やって来たふたり、
 参加メンバーのシスターシュザンヌ、そしてシスターステファニーが丁寧にあいさつした。

 そもそも聖女同士、よほど親しくなければ普段あまり話す事はない。
 公私の別をしっかり分けている。
 さすがに面識だけはあるが、私フルールはこのふたりとじっくり話すのは初めてである。

 挨拶をされたシスタージョルジエットが改めて私を紹介する。

「シスターシュザンヌ、シスターステファニー、今日はお疲れ様です。ご存じでしょうが、こちらは今回の参加者シスターフルールです」

「シスターフルール宜しくね」

「シスターフルール宜しくお願い致します」

「シスターシュザンヌ、シスターステファニー。こちらこそ宜しくお願い致します」

 改めて挨拶をし、私はふたりを見た。
 フルールの知識と記憶が私にふたりの素性と経歴を教えてくれる。

 ……シスターシュザンヌことシュザンヌ・オリオルさんは、聖女になって10年以上経つ。
 つまり経験豊富なベテランである。

 彼女の年齢は……
 常識的に、面と向かって聞いた事はないが、確か……30歳だったはず。
 そして出自は騎士爵家の次女。
 シスタージョルジエット同様潔癖な性格で、
 男性にはあまり興味がなく、仕事ひとすじという噂だ。

 片やシスターステファニーことステファニー・ブレヴァルさんはまだまだ若手。
 聖女2年目の20歳。

 本人はあまり言わないが、強い結婚願望があると聞いている。
 だが……
 男性に対する理想がとてつもなく高い。
 なので、中々折り合わないらしい。

 ちなみに彼女の出自は超が付く良血といえる家柄。
 創世神教会のトップ、枢機卿アンドレ・ブレヴァル公爵の孫娘。
 男性へのこだわりが半端ではないのも納得である。

 と、ここでシスターシュザンヌが尋ねる

「シスタージョルジエット、それで今夜の段取りは?」

「はい! シスターシュザンヌ。開始時間、場所の変更はありません。最終的にはこちらの4人に合わせてくれたようです」

「こちらの4人に合わせる? すると?」

「ええ、あちらも同じく4人ぴったり、同じ人数の騎士様がいらっしゃいます。ターゲット以外には、王都騎士隊の隊長、副長、もっと若手の方もいらっしゃるそうです」

 シスタージョルジエットが答えると、ここでシスターステファニーのチェックが入る。

「え? ちょっと待ってください、シスタージョルジエット。それって凄いメンバーじゃないですか?」

 対して、シスタージョルジエットが同意し、頷く。

「確かに……特に隊長と副長のふたりには、注目です。隊長は名門カルパンティエ公爵家の跡取りであるご嫡男ジェローム様、副長はレーヌ子爵家のご当主クリストフ様、おふたりとも凄く硬派で勇猛果敢な歴戦の騎士だと聞き及んでおりますから」

「素敵ですね」
「本当に……そんなに硬派なら多分、彼女は居ませんね」

 不埒な? 騎士アラン以外に、大物ふたりが来ると聞き……
 結婚願望が強いシスターステファニーは勿論、意外にも男性嫌い? のシスターシュザンヌまでがうっとりしている。
 来た甲斐があるという雰囲気で、本当に嬉しそうである。

 ふたりの様子を見たシスタージョルジエットは、ちょっとだけイラついたみたい。

「呆けている場合ではありません! 今夜の第一目的は不埒な輩《やから》アラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事です」

「は、はい、そうですよね」
「り、理解しております」

「ではお店へ参りましょう」

 シスタージョルジエットに先導され、私達聖女連合部隊は開催場所へと歩きだしたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 暫し歩くと……
 飲み会を開催する店が、見えて来た。
 
 実をいうと、今日行く店はとても特殊。
 何と!
 地下迷宮を改造した『ラビュリントス』という現在大人気のレジャー施設。
 その中にあるレストランなのである。

 何故、迷宮が王都内にあるのか?
 理由というか、私がフルールの知識から得た話はこうだ。
 
 ……今から数百年ほど前、ひとりの男性魔法使いが居た。
 どうしてひねくれたのか分からないが、曲がった性格の彼は、嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に自分の住まいとなる迷宮を作り上げた。
 
 地下10階まである、そこそこの規模であり……
 魔法使い自身は、最下層へニートみたいに引きこもった。
 
 だが迷宮のある場所は、王都の近くとはいえ、とんでもなかった。
 何と!
 入り口が、正門の真ん前だった。
 
 さすがに、王国も放ってはおけず、迷宮の封鎖と退去を魔法使いへ命じた。
 だが、件《くだん》の魔法使いは完全無視を決め込む。
 
 仕方なく王国はその後も、何度か命令の受諾を求めた。
 実力行使の警告も含めて……
 しかし魔法使いは従わなかった。

 こうなると、もう強引に撤去&退去させるしかない!
 という事で、王国は説得の為、屈強な騎士隊を派遣した。
 しかし、なかなかうまくは行かなかった。
 
 魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
 彼が召喚した、様々な魔物が徘徊していたからである。

 野戦では絶対的な強さを誇る騎士も、狭く暗い迷宮では勝手が全く違う……

 結果、魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。
 これはもう相手へ撤去&退去を命じるレベルではない。

 激怒し、業を煮やした王国首脳は、冒険者達にも迷宮探索を開放。
 憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じたのである。
 
 こうなると、数多の冒険者達が迷宮攻略を目指した。
 だが、迷宮に慣れているはずの冒険者達も結構難儀したらしい。
 
 その魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
 彼が引きこもってから約100年もかかって、迷宮は遂に攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。

 長き討伐の間、多くの騎士や冒険者が亡くなり……
 とても不吉な場所とされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
 そして、ず~うっと、そのままになっていたらしい……
 
 迷宮が、再び注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。

 元々、迷宮があった場所の、街壁が老朽化した為……
 ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
 
 そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
 迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであった。
 なので、殆ど無傷だったらしい。
 王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して今度は最初から冒険者のみで迷宮の探索を命じた。

 度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。

 幸い、迷宮内には人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
 嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
 冒険者達は、実入りの良い仕事をバッチリこなし、莫大な金を得たという。

 こうして……
 安全となった迷宮は……
 暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
 だが、5年ほど前に民間へと払い下げられた。
 
 迷宮を取得したのは王都の大手某商会であり、彼らは迷宮を大幅に補修した上、改造を施した。
 センスの良い装飾を加え、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
 地下商店街がオープン後、物珍しさから客足は多かった。
 商会は更なる収益を見込み、更に増築工事を行った。
 
 何と!
 疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地まで備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。

 そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年なのである。
 また今夜行われるのは単なる飲み会ではなかった。

 シスタージョルジエットいわく、
 最近、王都で噂の男女が巡り会える最大のイベント、
 王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』に参加した上での2次会という形を取っていた。

 それってフルール、否、私・相坂リンにとってもスペシャルなイベント。
 けして興味がなくはない。
 いいえ!
 突然異世界転移し、相性が抜群に良かったトオルさんには二度と会えなくなり……
 『新たな出会い』を求める私には大いに興味がある。

 シスタージョルジエットの目的はさておき……
 飲み会の相手が女子に人気職業の騎士という事もあり……
 シスターシュザンヌ達は気合を入れ、参加したのだとも推測される。

 いきなり誘われ、強引に連れて来られ、当初は結構なストレスがあったが……
 新たな出会いへ、完全に気持ちを切り替えた私。
 高まる期待に胸躍らせながら、店の入り口へ向かったのである。
【大門寺トオルの告白⑤】
 
 アランから指示を受けた後……
 俺は順番待ちをしながら、リュカと話していたが……
 
 やがて順番が来た。
 さあ、入店だ。
 
 迷宮を改造した店『ラビュリントス』の外見は、少し豪華だが、ごくごく普通の建物である。
 しかし、中へ入ると……
 迷宮の入り口を補修した、大仰ともいえる石の扉が目に飛び込んで来た。
 
 そう、この店は件《くだん》の迷宮の真上に家屋を建ててある。
 客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。
 
 一画をふと見れば、『レンタル衣裳完備!』という看板がある。

 何と!
 貸し衣装屋が営業していた。
 有料で希望者に貸し出す、冒険者の職業別貸し衣装を取り揃えているらしい。

 「気分は、迷宮探索をする冒険者!」
 というのが、店側のキャッチフレーズ。
 
 『ラビュリントス』のイベントフロアでは旧迷宮の構造をそのまま活かし、
 探索ごっこが出来ると聞いている。
 カップルでデートを兼ねて遊ぶ者も多いようだ。
 俺は仕事で本物の迷宮も入った事があるから、
 金を出してまで遊びたいとは思わないが……

 と、その時。

「お~い!」

 叫んだのはアランだった。
 先に入って手招きしている。

「副長ぉ! 交流会の会場は地下9階のレストランで~す。魔導昇降機で降りますよぉ!」

「了解だ、リュカ、行くぞ」

「ま、待って下さいっ」

 リュカの奴、周囲に綺麗な女子がたくさん居るものだから、さっきからず~っと「きょろきょろ」していた。
 興奮しているのか、完全に目が泳いでいた。
 
 牝馬に興奮した牡の競走馬じゃないけど、これでは入れ込み過ぎだ。
 今日は王国の完全貸し切りだから、目の前に居る彼女達も全員参加者だろう。
 運が良ければ話せるし、更に幸運なら……知り合いになれるかもしれない。

 でも、今日はリュカへ告げておく事がある。
 硬派な騎士隊副隊長のクリスの鷹揚さなら敢えて注意などしないだろう。
 
 だが、『愛の伝道師』大門寺トオルとしては、
 可愛い?後輩が幸福を掴む為には諫めておかねばならない。

 クリスの記憶で知ったが……
 リュカは、最近スタンドプレーヤーぶりが目に余るらしい。
 
 以前、珍しく俺が参加した時も、リュカは超が付くマイペースだった。
 自分だけ女子と仲良くなる事しか考えていなかった。
 ここ何回か、合コンに出席したメンバーから、奴が名指しで言われた事もあったという。 
 こいつは誰に注意されても全く変わっておらず、人の忠告を聞かないんだ。
 
 ちなみに、スタンドプレーヤーとは……
 合コンにおいて自分の幸福だけ追い求め、チームプレーに非協力な奴の事である。
 
 知る人は知っている。
 合コンとは、時にチームプレーが必要だ。
 ようは、助け合いの精神って事。
 
 好みの女子がバッティングした場合も、よほどの事情がなければ、譲り合いの精神だって持たなきゃならない。

 周囲を見回していたリュカが、ようやくこっちを向いたのを頃合いと見て、俺は言う。

「リュカ、今のうちに言っておく」

「え? 何すか」

「いろいろと、お前の噂を聞いている」

「え? 僕の噂?」

「ああ、俺も以前注意しただろう? お前はマイペース過ぎるって。今回俺達は、ジェローム隊長のフォローもするんだ。自分の事ばかり考えるなよ」

「ええっ!? 僕、そんなにマイペースっすか?」

 リュカ……お前、何だそれ?
 その言い方だと、やっぱり自覚していない。
 
 だから、俺は念を押す。

「はっきり言おう。俺の下へ結構な数の苦情が入っている」

「く、苦情? 僕のっすか?」

「そうだ、リュカ、お前への苦情だ。少し態度と行動を改めろ……騎士隊の評判にも影響するぞ」

「…………」

 俺の言葉に不満なのだろう。
 認めたくないのだろう。
 リュカの奴は、顔をしかめて黙り込んだ。

 一応、俺は聞いてみる。

「何だ? 不満か?」

「ええ、副長の仰る意味が、全く分からないっす」

 首を横に振るリュカ。
 仕方がない、分からないようなら……
 容赦なく、引導を渡そう。

「じゃあ、ここでもう帰れ」

「へ?」

「たわけめ! へ? じゃない。今回のイベントだってアランが尽力してくれたお陰だ。お前が自分の事しか考えない『クレクレ君』なら、参加お断りだ」

「えええっ!」

 予想もしなかった俺のきっつい物言いに、リュカは驚いたようだ。
 口を「ぽかん」と開けてしまう。
 
 やっぱりそうだよ。
 こいつは俺が優しいと思って、存分に甘えていたのだ。
 注意した事もすっかり忘れているし……

 でもここで、俺が少しでも手綱を緩めたら、こいつの為にならない。

「さあ、すぐ帰れ。俺からアランへは伝えておく」

「ご、ごめんなさい! あ、改めますから!」

 うん、さすがに、こいつは馬鹿じゃない。
 俺が、本気で怒っているのを感じ取ったらしい。
 
「本当に反省したか?」

「しましたっ」

「だったら今日、行動で見せろ。俺は、しっかり見ているからな」 

「うう、了解っす」

「お~い、どうしましたぁ?」

 アランから離れて話していたから……
 今の会話は、聞かれてはいない。

 俺は片手を挙げて応えると、ダッシュして、アラン達へ追い付いた。
 
 全員で、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。
 俺達と他の客を乗せ、魔導昇降機は発進。
 
 あっという間に、地下9階へ到着。
 そして、扉がすうっと開けば……
 目の前はすぐ、レストラン『探索《クエスト》』の入り口なのである。

 レストラン入り口扉は、大きく開け放たれていた。
 既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。
 皆、ここぞとばかりに気合を入れており、女性は派手にお洒落をしている。

 アランが壁に掛かっていた魔導時計を見た。
 そして、全員へ言う。

「じゃあ、ここで一旦解散です。……午後7時少し前、店内にある宝剣の間で、待ち合わせとしましょう」

 宝剣の間……それが店内にある、貸し切り個室の名前なのだろう。
 そこで、アラン主催の食事会を行うのだ。

 待ち合わせ指定時間は……
 午後7時少し前……よっし、覚えたぞ。

「了解した」

 俺は小さく頷いた。

 えっと、リュカには頭を下げさせ……
 って、何だ、こいつ!
 アランの話など聞いちゃいない。
 
 また綺麗な女子達に見とれていやがる。
 ホント、懲りない奴だ。

 仕方なく、俺は拳骨を喰らわせてやった。

 ごっつん!

「あだっ!」

 頭を押さえて、痛がるリュカへ、俺は冷たい声で言う。

「……お前、俺の話をもう忘れたのか? ここから……帰るか?」 

「あううう……す、すみません」

「可愛い子が多いから、気持ちは分かるがな」

「で、ですねっ」

 怒った俺が一転、笑顔を見せたので、リュカはホッとしたようだ。
 これくらい薬を効かせておけば、こいつも少しは反省するだろう。

 俺とリュカの『じゃれ合い』を見て、アランがニコッと笑う。

「会の冒頭に行われる、殿下の挨拶だけは、きっちり聞いておいてください。副長、さっきの約束……お願いします」

 ああ、ジェロームさんフォローの念押しね?
 当然ながら俺は、元気良く返事をする。

「了解!」

「後ほど」

「では、クリス、一旦失礼する」

 アランは店内へ去って行った。
 そして、ジェロームさんも一緒に。

「さあ、リュカ……俺達も行くぞ」

「は、はいっ」

 俺の機嫌が、完全に直ったと感じたのだろう。
 リュカも、嬉しそうに笑っている。

 大きく頷いた俺は、混雑する店内へ入るべく、リュカを促したのであった。
【相坂リンの告白⑥】

 迷宮の跡地というと理由から店名を名付けた、
 『ラビュリントス』は王都でも指折りの超人気レジャー施設。
 だから、お店の前は凄い混雑ぶり……
 
 長い行列に並び、順番待ちをしながら、
 シスタージョルジエットと話していたが……
 いよいよ、私達の番。
 さあ、いざ入店。
 
 店の外見は少し豪華ではあるけれど、デザインは到って平凡。
 ごくごく普通の建物にしか見えない。
 
 しかし、中へ入ると……
 真っすぐ突き当りに、迷宮の入り口をいかつく補修した重厚な石の扉が目に飛び込んで来た。
 
 そう、この店は迷宮の真上に家屋を建てた形なのである。
 来訪した客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。
 
 ふと見やれば、「レンタル衣裳完備」とある。
 何と!
 希望者には有料で借用出来る、冒険者の職業別衣装も取り揃えられていた。

 「気分は、迷宮探索をする冒険者!」
 というのが、店側のキャッチフレーズであるらしい。

 ちら見したら、フレーズ通りに派手&地味、
 様々なレンタル衣裳がたくさんあった。
 
 オーソドックスな戦士、シーフ、魔法使い、司祭などなどを始めとし、
 王都騎士のユニフォームレプリカや上級職風のものもいくつかある。
 種類は、鎧、法衣《ローブ》など何でもござれ。
 素材も、金属、革等々、好きなものを選び放題という感じ。

 いくつかはサンプルとして、
 マネキンやトルソに着せられ、ディスプレイされていた。
 中には、趣味が悪く、いかにも安っぽい、『なんちゃって聖女』風の法衣もあるくらい。

 でもラノベが大好きな私としては、わくわくする品ぞろえ。
 つい、念入りにチェックしてしまう。
 食事会がなければ、ちょっと着てみたいと思ってしまった。

 さてさて!
 記憶と知識を手繰れば、ここは私が憑依したフルールが初めて来るお店みたい。
 だから、話題のスポットだけあって、
 異世界から来た私リンは、身体が自然に動き、
 まるでおのぼりさんのように「きょろきょろ」していたようだ。
 
 気が付けば、シスタージョルジエットと、シスターシュザンヌが、とうに中へ入り、激しく手招きしている。

「おう~い、シスターフルール、急いでくださぁい。魔導昇降機で降りますよ」

 大きな声でいきなり呼ばれたので、少し慌てた。
 でも傍《かたわ》らには、まだシスターステファニーが居る。

「了解です。じゃあシスターステファニー、行きましょう」

「ま、待って下さいっ」

 結婚願望が強いというシスターステファニー。
 立ち止まっていたのには理由《わけ》があった。
 面食いらしく、入店待ちしていたイケメン男子を綿密にチェックしていたのだ。

 そんなこんなで全員、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。
 私達と他の客を乗せ、魔導昇降機はすぐに発進。
 
 降下速度は結構速く、あっという間に、地下9階へ到着。
 そして、扉が「すうっ」と開けば……
 目の前はもう、レストラン『探索《クエスト》』の入り口なのである。

 見やれば『探索《クエスト》』は陰惨な迷宮内とは思えない、
 明るくモダンなレストラン。
 洒落た入り口扉は、大きく開け放たれていた。
  
 既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。
 皆、ここぞとばかり気合を入れており、女性も男性も目一杯お洒落をしている。

 私達は改めて、食事会の趣旨を再確認する。
 話すのは当然、仕切り役の幹事シスタージョルジエット。
 
 うわぁ!
 真っすぐな正義感に燃えているのか、
 それとも裁きのシーンを想像しているのか……
 
 シスタージョルジエットの美しい目が吊り上がり、らんらんと光っている。
 唇もぎゅっと噛み締められている。
 ……少し怖いよ、この子。

 今夜の第一目的は……不埒な騎士(本当?)
 アラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事だと改めて強調する。
 
 でも……
 単に話だけで終われば良いけれど、実行したらどんな結果になるのだろう?
 教会のトップ、枢機卿までをも巻き込む、とんでもない事件になるのでは?
 その片棒を、私が担ぐと思うと、とても気が重くなって来る。

 だが……
 同じ聖女として、協調性がないと思われてもまずい。
 だから、敢えて反論せず、黙って頷いておく。

 後は飲み会の作法や、聖女としてのたしなみ等をアピールされた。
 
 そんなこんなで、ひととおり話がされた後、
 シスタージョルジエットが、壁に掛かっている大型魔導時計を見た。
 そして、全員へ告げる。

「ここで一旦解散です。主催者であらせられるフィリップ様のスピーチは必ず聞いておいてください……じゃあ午後7時少し前、店内にあるパーティ用個室『宝剣の間』で、待ち合わせと致しましょう」

 宝剣の間……
 それが店内にある、貸し切り個室の名前。
 そこで、飲み会を行うのだ。

 ええっと、再び確認。
 待ち合わせ指定時間は……
 午後7時少し前『宝剣の間』ね
 うん!
 ……覚えた。

「では、皆様、復唱致します。午後7時少し前に宝剣の間へ集合ということで、それまでは自由行動です、折角トレンドスポットへ来たのですから、戦いの前に少しは楽しんでくださいね」

 う~ん……
 戦いって……もう……やだ。
 私は、ますます気が重くなって来る。

 片や、念を押したシスタージョルジエットはお澄まし顔で、
 シスターシュザンヌと共に、人ごみへと消えて行った。

 残されたのはまたまた私とシスターステファニー。
 だけど……

「宜しいですか、シスターフルール。私も一旦失礼します、では後ほど」

 シスターステファニーはこの自由時間を、彼氏作りの一環として、
 最大限に活かすつもりらしい。
 背筋をピンと伸ばし、軽快な足取りで、同じく人ごみへと消えてしまった。

 こうして……
 たったひとり残された私は……
 
 全く知らぬ異世界のパーティー会場で、ぽつねんとしていたのである。
【大門寺トオルの告白⑥】

 俺とリュカが入った、レストラン『探索《クエスト》』の店内は、ほぼ満員だった。
 ざっくり見て……
 男女トータル200名以上は、居るかもしれない。

 事前に立食形式と聞いていた通り椅子は無い。
 会場の数か所に大きなテーブルがあり、これまた大きな皿に盛られた、美味そうな料理がいくつも置かれていた。
 様々な酒が取り揃えられた充実したバーコーナーもあり、エールとワインは飲み放題らしい。

 そして、何と!
 片隅に小規模な楽隊が居て、厳《おごそ》かな音楽を流している。
 何となく地球のクラシックに似た音楽だ。

 この異業種交流会は、やはり凄い。
 観察すると様々な身分、そして職業を持つ人々が混在している。
 
 え?
 皆、普段着じゃなく、ドレスアップしているのに何故分かるのかって?
 それは、雰囲気というか、バッチリおめかしはしていても、
 衣服に身分と職業が何気なく反映されているから分かるのだ。
 
 俺達のような騎士は勿論、貴族、商人、職人という堅気な人達、
 冒険者らしい戦士や俺達のような魔法使いも大勢居る。

 更に言えば、商人でも商家の裕福な者から、行商に近い人と千差万別。
 魔法使いだって、真っ当な雰囲気の者から、インチキ錬金術や死霊術でもやっているんじゃないかという、うさんくさく怪しげな奴も大勢居た。

 使用人っぽい人も結構居て、これは完全に転職希望か、就活だろう。
 執事やメイドっぽい人は、見れば、はっきり分かるもの。

 パトロン探しらしき者も多い。
 画家や吟遊詩人などの芸術系から、愛人系らしき美女まで様々であった。

 うわ!
 まさに、これって混沌《カオス》!

 リュカは、独特な雰囲気に圧倒され、呆然としている。
 俺はリラックスしろというように、奴の肩をポンと叩く。

「じゃあ、リュカ……俺達もここで、一旦解散だな」

「え? 僕、副長を、フォローしなくて良いんですか?」

 俺の物言いを聞き、リュカは更にポカンとした。
 口を大きく開けて、締まりがない。
 
 心の中で俺は苦笑する。

 ほら、これから可愛い女子を口説くのなら、
 そのだらけ顔、もう少し何とかしろって。

 先程までは鞭《むち》でビシバシ、リュカを叩いていたから……
 ここからは、少しだけ飴《あめ》をやろう。
 俺は優しく諭しながら、しっかりと約束させる。

「いや、お互い別行動にしよう……折角のパーティだ。がっつりチャンスを掴め」

「がっつり? チャ、チャンスをっすか!」

「ああ、良い出会いがあるといいな。但しこの後の食事会では、俺と一緒にジェローム隊長をしっかりフォローしろよ」

 俺がそう言うと、リュカの表情が一変した。
 きらきらと目を輝かせている。
 前向きな、健康男子の顔だ。

「は、はいっ! 了解っす! 副長、恩に着ます」
 
「ははは、お互いに頑張ろう……あと、時間は厳守だぞ。良いか? 7時少し前に宝剣の間だからな」

「はいっ!」

 最後に時間を念押しすると、リュカは直立不動で「びしっ!」と敬礼し、人混みへ突入したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 リュカと別れた俺は……
 人混みの中を縫うように歩いて行く。
 皮肉だが、こんな時は騎士隊における日ごろの訓練が役に立つ。
 ほら、魔物の攻撃を避ける訓練とかさ。

 うろうろして来たら……腹が減って来た。
 でもこの後食事会があるから、満腹はNG。
 
 とりあえず……
 小腹レベルで、喉を潤そう。
 
 取り皿に料理を適当に盛って、ひと口、ふた口食べ、ワインを「きゅっ!」と飲んだ。

 アランから聞いている通りなら……
 そろそろ主催者であるフィリップ殿下が、開催宣言を行う筈である。

 そんな事を考えていたら、いきなり音楽が変わった。
 
 俺が注目していると……
 会場の一番奥に設けられている演壇に、
 30歳くらいの王族男性――フィリップ殿下が「のしのし」歩いて登場する。
 
 フィリップ殿下のご挨拶は、簡潔なものであった。
 こんな事は絶対に表立っては言えないが……
 長い挨拶が、顰蹙《ひんしゅく》を買うとご存じらしい。

 挨拶の内容といえば、
「良い出会いをして、親睦を深め、ヴァレンタイン王国の発展に寄与するように」
という話であり、終了直後に、乾杯の音頭が入った。
 
 俺もワイングラスで乾杯を行い、終わった後で、皆と一緒に拍手をした。
 
 「王家のお陰でこのような素晴らしい会が催されるのだぞ!」
 というアピール&デモンストレーションなのだろう。

 アランによれば、この『イベント』が終了後、『帰る』のは自由らしい。
 この後に食事会もあるし、当然俺は帰ったりせず、『活動』を本格化させる。

 こんな会合の場合、コツがある。
 まず、自分の友人か、知人を探すのだ。
 親しければベストだが、最悪、顔見知りでもOK。
 
 何故ならば、友人の友人は何とやら……
 プロフ説明が簡略化出来る。
 それに知人の紹介ならではの、メリットがある。
 初対面の人にも、身元がはっきりしていると、そこそこ安心して貰えるのだ。

 だが今夜の会合は王家主催の特別版だし、俺は初参加である。
 簡単に、知り合いなど、会えるわけがない。

 暫く歩いて周囲をきょろきょろ見たが……
 当然、知らない人ばかりだ。
 
 しかし!
 ふと見た先に、見覚えのある人が目に入った。
 思わず声が出る。

「ええっ? 何故ここに?」

「あ?」

 声を掛けられた相手も、吃驚して俺を見ている。
 同じ若い奴なら、俺もこんなに驚かない。
 
 周囲が若者だらけの会で、浮きまくる50歳過ぎの中年男が、目を丸くしているから。

 そこに居たのは……
 俺が騎士隊幹部として親交の深い、冒険者ギルドの総務部長バジル・ケーリオ氏であった。
【相坂リンの告白⑦】

 私は、仕方なく単独行動で会場をうろうろしていたが……
 やがて、午後6時30分となり、主催者の挨拶が始まった。

 このパーティの主催者は王家、
 それも国王リシャール陛下の弟君フィリップ様。

 国民から親しみを込めて、『殿下』と呼ばれるフィリップ様は32歳。
 王国宰相も務める重鎮で、頭脳明晰な凄い切れ者。
 その上、超が付くイケメン。
 だけど王位への野心が全く無い、誠実清廉な方だから陛下の信望も厚いそうだ。

 え?
 じゃあ、殿下が恋愛対象?

 そんなの無理無理!
 絶対無理!!
 フィリップ殿下は王族で、遥か雲の上の方。
 いくら貴族とはいえ、しがない男爵の娘フルールでは身分が違いすぎる。

 さてさて!
 前世でも、私はパーティなるものにあまり出席した事はない。
 看護師の仕事が多忙だったし、知り合いが皆無に近い会合など行きたくはない。

 でもこのような時の作法は知っているし、フルールの知識も後押ししてくれる。
 うん、この後の展開はっと。
 確か、殿下の挨拶終了後に合図をされ、シャンパン、ワイン等で全員が乾杯するはずだ。

 やがて……
 殿下の挨拶は終わった。

 予想通り、乾杯準備の声がかかり、皆が一斉に近くのグラスに手を伸ばした。

「ヴァレンタイン王国の、ますますの発展を創世神様へ祈願し、乾杯!」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 当然私もグラスを高々と掲げ、乾杯を唱和した。
 そして冷えた白ワインに口をつけたその時。

「おいおい、フルーじゃないか? 一体どうしたね?」

 魂が同居するフルールが、聞き覚えのある声だと教えてくれる。
 だから私リンには分かる。
 
 この人は……身内。
 母の兄、すなわち伯父さんだ!

 そう、声をかけて来たのは、
 私が身体を借りたフルール・ボードレ-ルの伯父、
 冒険者ギルド総務部長バジル・ケーリオだった。

 それもバッタリという言葉がぴったり。
 正面から向き合い、目まで合ってしまった、
 だから、今更どこかへ隠れるわけにもいかない。

「バジル伯父様?」

「うむ、フルール、久しぶり。一体どうしたね?」

 いや、一体どうしたね? じゃない。
 こっちこそ、どうしようか、私は大いに迷った。

 正直に理由を言ったら、ややこしい事になる。

 自由お見合いはイコール婚活食事会。
 すなわち私フルールが結婚を望んでいると丸わかり。
 それは困る。
 凄く困る。

 何故ならば、心に棲むフルールの記憶がはっきりと教えてくれる。
 この伯父さんには困った性癖があると。

 私リンからすれば、もう大昔? になるだろうか、
 前世私の居た日本には良く言えば世話好き、
 悪く言えばお節介なオジ、オバがいっぱい居た。

 彼等彼女達は、適齢期またはそれ以外の対象へでも……
 ひたすら『縁結び役』として徹し、
 結婚成約数を生き甲斐として来たのだ。
 このような方々のセリフには、いくつかのパターンがある。

「良い人が居る」
「良いご縁の口がある」
「いいかげん良い年齢だし、そろそろ結婚を考えてはいない?」
「せめて写真だけでも見てくれる?」等々……

 物腰は柔らかく、断りにくい誘い文句で、半ば強引に『お見合い』を設定してしまう。
 まあ、こういう方々がずっと健在ならば、もう少し日本の成婚率は上がっていたかもしれないとは思った。 

 この伯父はまさにそういう人。
 彼の伴侶、つまり伯母にはフルールがとても可愛がられていたみたい。
 だから、彼女は幼い頃から、良く遊びに行っていたのだが……
 大人になってからのある日、事件は起きた。

 この伯父から、しつこく見合いを勧められたのだ。
 でもフルールは一旦断ったみたい。
 
 しかし伯父は諦めなかった。
 下手をすれば喧嘩になりそうなくらいに……
 幸い伯母が間に入り、事なきを得た。
 だが、それ以来この伯父の家からは足が遠のいていた。

 閑話休題。

 私リンは、少し考えてから答える。

「ええ、ちょっと職場の友人達と食事会です」

 自分でも思う。
 とても曖昧《あいまい》な言い方だって。

 でも聖女という職業上、嘘はつきたくなかった。
 だからこう言うしかない。
 ね、実体は合コンだけど、嘘はついていないでしょ?

 私の言葉を聞いた伯父は「ふうん」と言う。
 自分から聞いといて、あまり興味なさそうな返事。

 ああ、ピンと来た。
 もうこの人、自分の話したい話題へ切り替えようとしているんだって。

「丁度良い、フルールに紹介したい人が居るんだ」

 わぁ~~!!
 案の定、来た来た来たぁ!!
 必殺の「お見合いしましょう」攻撃が来たぁ!!!

 私はヤバイと思い、すかさず身をひるがえし、逃げようとした。
 だが、しかし!

「貴女が部長の姪御《めいご》さんですか?」

 伯父の声ではない、全然若い男性の声が背中へ追っかけて来た。
 ハッとして、思わず立ち止まり、振り返ると……

 背が高く、逞しい法衣《ローブ》姿の男性がひとり立っていたのである。
【大門寺トオルの告白⑦】

 バジル部長を『伯父』と呼んだ女性は、優しく微笑んでいる。
  
 でも部長を見て……
 どうして、いきなり逃げようとしたのだろう?
 
 まあ、いっか。
 細かい事は。

 と、俺がつらつら考えていたら、部長が彼女に何か囁き、改めて紹介してくれる。

「ちょうど良かった。紹介しよう、この子は私の姪フルールだ」

 部長に目くばせされた、彼女……フルールさんは俺に笑顔を向け、

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

「こちらこそ、初めまして。もしかしたらバジル部長からご紹介があったようですが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 俺もすかさず返事を戻した。

 へぇ!
 爽やかな第一印象。
 
 「はきはき」と元気な挨拶をする子だなと思う。
 この子……バジル部長の姪っ子さんなんだ。
 でも!
 か、可愛い!
 
 ええっと……
 フルールさん、身長は結構あって160㎝半ばくらいか。
 
 体型は「すらり」として足が長い。
 うっわ!
 華奢な身体に似合わない大きな胸。

 明るい栗色のロングヘア。
 切れ長の目に、綺麗な鳶色の瞳。
 目鼻立ちは、はっきりしていて端麗な美人。
 
 黒髪じゃないところを除けば、リンちゃんにとても良く似ている。
 笑うと目が垂れてしまう癒し系で、首を傾げる仕草も。
 それ以上に、声が凄くそっくりなんだ。

 俺がフルールさんに見とれているのに気が付き、バジル部長が悪戯っぽく笑う。
 
「ふふ、彼があの、クリストフ・レーヌ君だ」

 あの?
 あの、って……
 一体、何でしょう、部長。
 その意味ありげな笑いは?

 フルールさんも、微笑んで頷く。

「お噂はかねがね……」

 だから、その『噂』って何?
 凄く、気になるんですよ。
 
 俺がそんな心配をしていたら、バジル部長がフォローしてくれた。

「クリス君は男気にあふれ、誠実な上、優秀な騎士だぞと、よく姪に話していたのさ」

 ほっ……何だ。
 女子に声かけまくりな『超軽薄合コン野郎』と、
 陰口叩かれていなくて良かった。

 まあ、俺トオルと違い、硬派なクリスならそんな事は言われないか……
 俺が少し複雑な表情をしていたら、
 可笑しかったのかフルールさんは、

「うふふふ」

 と、口に手をあてた。

 ああ、!
 良いなぁ!
 
 フルールさんの屈託のない笑顔に、俺は癒される。
 笑うと、余計可愛い~

 でも、外人女子なのに、声も雰囲気も本当にリンちゃんそっくりだ。
 だから、フルールさんを見ると結構思い出して……辛い。
 折角忘れようとして、立ち直りかけた矢先だから。

 うん、ここは話題を変えよう。
 さっきから気になっていた事があるから。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして……あの有名な副長さん……」

「はい、副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい。フルールさんは聖女って? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で」

「はい! 食事会に参加します」

 おお、彼女は……
 フルールさんは食事会、否、合コンのメンバーじゃないか。

 じゃあ、彼氏居ない率がぐ~んとアップ?
 これは大が付くチャンスかもしれない。

 これってもしかして運命の出会い?
 リンちゃんと離れ離れになった俺へ、この異世界の神・創世神様の加護が与えられた!?
 
 本当に、こんなラッキーはそうない。
 例えは正しくないかもしれないが…… 
 捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃない。

 ありがたい!
 俺と懇意なバジル部長の姪というのも、
 フルールさんとの距離を縮め、親しくなるのに、追い風となるやもしれない。

 これは……
 リンちゃんと会った時よりもず~っと手応えがあるかも。

 うん!
 完全に吹っ切れた!
 リンちゃんよ、俺の事を忘れてどこかの誰かと幸せになってくれと切に願う。
 
 それに俺自身だってそう。
 ブラック企業勤務で、貧乏リーマンの大門寺トオルより、
 子爵家当主で将来有望な王都騎士副長クリストフ・レーヌの方が断然、有望株だもの。

 こうなるとフルールさんとの話は弾みに弾む。
 
 でも……ひとつ心配になった。

 硬派なイメージで通ってるクリスが、
 トオルみたいなナンパな男というイメージに変わっても良いのかと。

 つらつら俺が考えていたその時。

「じゃあ私はこれで……後はふたりで話すと良い」

 バジル部長は俺とフルールさんの橋渡しをした後、
 満足そうな笑みを浮かべ、そそくさと去ってしまった。

 おお、さすが部長!
 凄く気が利く。

 他人の幸せをアシストするばかりで、全くついていない人生の典型だった俺だけど……
 今、追い風がびゅんびゅん吹いている。
 この風に……乗るしかない!

 もしくは雨降って地固まるかな?

 フルールさんの癒し笑顔を見ながら……
 俺は来るべき幸せを確信していたのであった。
【相坂リンの告白⑧】

 衝撃の事実が発覚した。
 目の前に居る男性は、私が今夜会うべき相手だったから。

 全くの偶然とはいえ……
 バジル伯父から紹介されて吃驚した。
 よくよく聞けば、冒険者ギルドと王都騎士隊はいろいろな関係があるのだそうだ。
 
 例えば、騎士をやめた隊員の受け皿になるとか……
 規律がとても厳しく、一定の給金が決まっている騎士隊をやめ、
 いつでも、そして気楽に好きな依頼を受け、
 自由に稼ぐ『冒険者』を選ぶ人も多いという。
 冒険者ギルドの総務部長を務めるバジル伯父は、騎士隊の中でも、特に副長のクリスさんとは懇意にしていたらしい。

 まあ、クリストフさんとは30分後にどうせ会う事となる。
 ここは、堂々と元気良く挨拶しよう。

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

 するとクリストフさんも丁寧に挨拶してくれる。

「こちらこそ、初めまして。バジル部長からご紹介があったかもしれませんが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 ふうん……
 シスター達が噂していた通り。
 この人は子爵家当主なんだ。 
 でも、詳しく知らないふりをしておこうっと。

 私は改めて、クリストフさんを見る。
 結構いかつい強面だ。
 
 でも……結構、私好みかも。
 彼は顔の彫りが深く渋い雰囲気のイケメン。
 そして遠くから見ても分かる逞しい身体。
 法衣《ローブ》を着ていても、覗く二の腕は滅法太い。

 あれ?
 クリストフさんも私をじっと見てる?

 ああ、見つめ合う私とクリストフさん。
 何か、ドラマの1シーンみたい。
 今度こそ、運命の出会いって事? 
 
 そんなふたりを見守りながら、バジル伯父がいろいろ言っては来る……
 しかし私は緊張して、半分くらいしか内容が耳へ入らない。

 最近敷居が高くなっているのに、「私と会ってしょっちゅう話している」とか、
 「互いに噂をしていた」とか適当。
 否! 超が付くいいかげんな人!
 
 そして私達が「良い雰囲気だ」とか、「お似合いだ」とも、言ってる。
 どうせベタなお世辞だし、思い切ってスルーしちゃえ!

 一応、念の為、クリストフさんへ確認だけはしておこう。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして騎士隊の……あの有名な副長さん……」

「はい、王都騎士隊の副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい」

「分かりました。クリス……さん」

「フルールさんは聖女? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で?」

 ああ、やっぱりという感じ。
 クリストフ……否、クリスさんは今夜の参加メンバーのひとりだった。
 じゃあ、私もはっきり答えておこう。

「はい! 私も食事会に参加します」

 こうなると、「なあんだ」という事で打ち解け、一気に話は弾む。
 
 まず思ったのは……
 『人の噂』ほどあてにならないものはないという事実。
 
 教会所属であるシスター達の間では、王都騎士隊の隊長と副長は超が付く硬派。
 女性に対しては奥手で、且つ武骨なタイプという噂だった。
 
 それが実際に会って話すと全く違った。
 『本当のクリスさん』は女性に対し、臆したりしない。
 加えて、物腰が柔らかく、丁寧な物言いで、気配り上手。
 
 彼はけしてバリバリの硬派などでない。
 うん!
 彼の真実の姿は良く分かった。

 ここでふとチラ見すれば……
 クリスさんが熱く私を見つめる様子に対し、満足げに頷くバジル伯父。

 よっしゃ!
 お見合いお勧め作戦は大成功!
 
 ああ……
 伯父の「どうだい」という誇らしげな表情が……
 そして、自宅へ戻ってから、伯母に向かって行うであろう、
 得意げなVサイン&ガッツポーズが目に浮かぶ。

 少しだけ「いらっ」としたが……
 まあ……
 それはどうでも良いとして……
 クリスさんと色々話していると感じる。
 
 この人は騎士という荒々しい仕事をこなす反面……
 とても優しく気配り上手な人なんだって。
 
 ん?
 優しく気配り上手な人って?
 ……何故か、クリスさんには、以前にどこかで会った気がする。
 だけど全く違う世界から、この異世界に来た私だから……
 以前、彼に会ったなどありえない。
 絶対に錯覚だと思う。

 更に聞けば……
 クリスさんは先ほどまで、騎士隊の後輩さんと一緒だったとの事。
 ひとりになって会場を流していたら……
 バジル伯父に会って話し込んでいたようだ。

 ちなみに聖女は騎士隊の遠征に同行する。
 シスタージョルジエットが、アランさんと知り合ったのもそう。
 
 でも、巡り合わせの関係で、フルールはクリスさんとは初対面だった。
 
 ええっと、もしかして……
 クリスさん本来の姿が全く違っていたように、
 シスタージョルジエットが非難するアランさんが、
 外道で鬼畜だという噂も大いなる誤解では?
 
 でも、ここで彼にアランさんの事を聞くのはいかがなものか?
 絶対に良い事なんかない。
 下手をすれば、詮索好きな『悪役聖女』のレッテルを貼られ嫌われてしまう。

 それよりも、私は自分の幸せを追う。
 もしかして、今度こそ運命の出会いだと思うから。
 
 異世界に飛ばされた不幸な私に、
 神様――この異世界では創世神様が加護を与えてくださった。
 職業柄、そう信じよう。
 否、確信したい!

 前世に残して来たトオルさんの事は、とても心残りだけど……
 もうきっぱりと諦め、前を向かなければならない。

 それにミーハーだけど、
 クリスさんの『副長』って肩書きも、いかしている。
 私、実は新選組・土方歳三副長様の大ファンでもあるから。

 さすがに……
 前世でのそんな趣味も、クリスさんに対しては言えないけれど……
 
 初対面と思えないほど、彼とは不思議に話が盛り上がり……
 パーティの喧噪の中、私は楽しいひと時を過ごす事が出来たのだった。
【大門寺トオルの告白⑧】

 俺はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
 
 そこで出会ったフルール・ボードレールさん、
 ボードレール男爵の娘さんで、仕事は聖女。
 冒険者ギルド総務部長バジルさんの姪っ子。
 
 容姿はスタイル抜群。
 顔も超美人。
 何となくリンちゃんに雰囲気が似ている俺好みの癒し系女子……

 更に偶然は重なった。
 彼女は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
 何が幸いするか、分からない。
 全くの初対面なのにそういう奇跡的な共通項が合った為、
 フルールさんとはとても話が盛り上がった。

 でもさっきから俺の事をじ~っと見てる。
 変な感じかな、俺。
 ああ、大きな胸をつい凝視したのが……ば、ばれたかな?

 と、不安に怯えていたら……
 いきなり、フルールさんから声をかけられた。
 不意を衝かれて、思わずドキッとした。

「クリスさん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!」

 うわ!
 思いっきり噛んじっまった。

 そんな俺を見たフルールさん。
 ヤバイ!?

「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」

「…………」

「私って、何か変ですか?」

 うわ、ヤバイ。
 自分では気付かなかったけど……
 やっぱり俺は、フルールさんの事を変な目で見ていたんだ。

 凝縮された俺の不安がMAXに達しようとした、その時。

「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」

「え? 伯父様?」

「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って薦められる」

「ええっ?」

 戸惑うフルールさん。
 でも、さすが部長。
 俺の緊張感を解いてくれただけじゃない。

 それどころか、最高のアシストをしてくれた。
 
 凄く気が利く人だ。
 俺、貴方に一生ついていきますよぉ。
 ってな気分だ。

「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
 
 バジル部長は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
 俺とフルールさんを置いて、人混みに紛れてしまった。

「もう伯父様ったら……」

 いきなりの展開に、フルールさん、苦笑している。
 
 しかし、超が付く特大チャンスだ。
 ここまで部長にお膳立てして貰ったら、絶対に決めないと。
 フルールさんは俺の好みだし、性格も良さそう。
 彼女候補には申し分ない。

 そしてこんなことは、絶対に言ってはいけないが……
 もう二度と会えない……あの子に……とても似ているから。
 
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」

 え?
 フルールさんったら、覚えていたの?
 もうその話題は変えましょうよ。
 頼むから。

 しかし、フルールさんが意外な事を言う。

「クリスさん」

「な、何でしょう?」

「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」

「は? フルールさん?」

「実は今朝……凄くショックな事がありました」

「え?」

「だから……とても落ち込んでいるのです」

「凄く、ショックな事……ですか?」

「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」

「…………」

「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」

 フルールさんは顔をしかめた。
 「余計な事を言って、しまった!」という表情をしている。
 
 そして、黙り込んでしまう。
 ……凄くヤバイ。
 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
 この場限りでサヨウナラ……
 という可能性もある。
 大いにある。
 でもそれじゃあ、前世での失敗と全く同じ。
 単なる繰り返しじゃないか!

 何とか、話をつながないと。
 よし!
 ここは、『同じような話題』が良い? かな……

「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」

「え?」

 ああ、俺は!
 よりによって!
 一体、何を言っているんだ?

 でも変だ?
 口が勝手に動いた?
 
 こんな事を言ったら、話がややこしくなるだけじゃないか。
 まさか、「気が付いたら……違う世界に居ましたよぉ」
 なんて口が裂けても言えるか! 

「ク、クリスさんもですか?」

 何故か、フルールさんが喰い付いて来た。
 対して、俺は、

「は、はい! とてもショックな事です」

 とまともに答えてしまった。

 ああ、何だ、これ?
 さっきから口が、勝手に動いて止まらない。
 
 まさか?
 誰かの魔法?
 んな、馬鹿な?
 俺は人から恨みを買うような事はしていないし、
 周囲を見ても、怪しい奴は居ない。

 だが俺の口は、己の意思に反して、止まらず……

「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」

「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」

 ええっ?
 フルールさんも?
 それも不思議な事って?

 戸惑う俺だが、やはり口だけが止まらない。
 
「実は……俺のとても大切な人って……女の子なんです」

「女の子……」

「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」

 俺は言い切って、確信した。
 そう、リンちゃんはやはり運命の相手だったと。

 しかし……
 俺の告白を聞いて、フルールさんはどう思っているのだろうか?

 不可解な事に、フルールさんは怒る様子もなく、
 俺の告げた言葉をゆっくりと繰り返す。

「運命の子……もう二度と会えない……」

「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」

「…………」

「俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」

「…………」

「ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」

「…………」

「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」

「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」

 ああ、聞かれた!
 というより、咎められた!
 も、もう駄目だ。
 折角、出会えたフルールさんとの出会いは滅茶苦茶に壊れてしまった。

 ここはもう謝罪するしかない。
 幸い、口は思う通り動いてくれそうだ。

「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」

「…………」

 俺の謝罪を聞き、黙り込むフルールさん。
 と、またも口が勝手に動く。

「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」

 あああ~~、とうとう言っちゃった。
 決定的な言葉を!

 もう最悪だ。
 女の子を口説く時に、以前好きだった子を、引き合いに出すなんて。

「…………」

 やっぱり!
 ほら、フルールさんも、怒って黙り込んじゃったじゃないか。
 顔も伏せているし。
 ぶるぶると、身体まで振るわせてる。

 そして、フルールさんは遂に顔をあげた。
 彼女の目は……
 真っ赤になり、その上、涙がいっぱいあふれていたのである。