僕の住んでいた町は立花よりも都会で一軒家よりもマンションに住むこのほうが多いようなところで、ずっとそこで両親と三人で暮らしてた。だから幼稚園から小学まで一緒の子が多くてたくさん友達がいた。今よりももっと明るくて自分からよく話す、そんなクラスの人気者だった。
 だから中学にはいたときも、いくつかの小学校から集まっては来てたけど、そこでもクラスの輪の中心にいた。僕のことをみんな慕ってくれて、いつもすごいと言ってくれた。ぼくもそう思う。
 そんな頃、中二の半ばに彼女はやってきた。初日の彼女は、普段の明るいクラスの温度を二度下げるほど冷たく寂しそうにしていた。
 笑わない彼女が不思議で、その日のうちに興味本位で彼女に話しかけようと思った。
 彼女にばれないように近づいて、背後から
「僕梅野凛。よろしくゆかり。」
 彼女は驚いて振り向き、あからさまに嫌な顔を見せたが返してくれた。
「どうも。」
 目こそ合わなかったが、誰よりも先に彼女と話せたことが嬉しかった。そして、そこから毎日毎日話しかけた。最初は沈んでいた彼女の目も、いつのまにか光を灯していた。彼女の周りにも徐々に人が増え、二年生が終わるころにはすっかりクラスに溶け込んでいた。
 そしてその時には、僕の彼女への想いが、”興味”から”好意”に変わっていた。彼女はみんなと仲良くなっても、僕と毎日話してくれる。でも、彼女がほかの子と話しているのを見かける機会も増えた。そこで思った、彼女ともっとたくさん話したい。
 二年生の最後の日、僕は彼女と一緒に帰る約束を取り付けた。家の方向は全然違うけど、彼女に家まで送るよと言った。
 下校のチャイム、緊張してその場にとどまっていられずトイレに行く。しばらくそこで気持ちを静めて、廊下の足音が少なくなってきたのを見計らって、鏡で自分をチェックして教室へ戻る。
 教室には彼女だけしかいなかった。教室の空いた窓際に立っていて、そこから入ってくる穏やかな風に前髪をなびかせながらただ遠くを見ていた。青春漫画の一ページのような彼女に見とれて、これからそんな子と一緒に帰ると思うと少し誇らしかった。
「遅いよ、荷物おいて帰っちゃったかと思ったじゃん。」
「ごめん」
 緊張のあまり、口下手になって何も言えなくなってしまった。
「ほら、行こ」
 僕も彼女の後を追って教室を出る。
 ゆかりとの帰り道、僕は意外にもよく話せた。普段通ることない道だから見慣れない景色ばかりで、それに救われて話のネタに困らなかった。ずっと歩いていた大通りから一本外れて小道に出たとき、僕はここで言おうと思った。言葉なんか全然考えてなかったけど、直球でいくのが僕には一番あってると思う。飾り言葉なんか何もつけずに、出会って最初の会話のときみたいにシンプルに。今の僕の気持ちを伝える。
「ゆかり!」
「どうしたー凛」
「ゆかりのこと好きだ」
 彼女は驚いてこっちを見たが、僕は続けた。
「僕の彼女になってほしい」
 ゆかりの目を見るのが怖かった。引かれただろうか、軽蔑されただろうか、どんな顔をしてるのだろう。
 そんなことを思っているとゆかりの声が聞こえた。
「私はここに転校してきて、知らない場所で知らない人たちとどうやって生きていけばいいのか全く分からなかった。でも、凛だけだった。よそ者の私に興味をもって話しかけてくれたのは。凛はいつも私を気にかけてくれて、一人の時もクラスの時も私の支えだった。そんな優しい凛が私は好きだった。ずっとずっと好きだった。でも、凛にはたくさん友達がいて、いつもクラスの真ん中にいて、私なんかの手の届かないところにいると思ってた。だから今、凛がそう言ってくれて本当にうれしくて。」

「私の彼氏になってください。」

 僕はそのあと、ゆかりと手をつないで帰り、ゆかりを送った後の僕はすれ違う人に気味悪がられるくらいニヤけていたと思う。
 三年生になってからも、僕とゆかりとの仲は一層深まって一度もけんかすることはなかった。二人でいろんなところに行った。初デートは二人で映画を見たし、キスだってしやし、ゆかりの家にも行ってお泊りもした。
 そんな幸せなゆかりとの日々があの事故により、一瞬で僕の中から消えた。そこからのぼくは、ゆかりのことはもちろん中学、それ以降のことも忘れて今まで生きていた。ゆかりはどれだけ苦しんだだろうか、急にいなくなった僕を恨んだだろうか、高校二年になってあったぼくがゆかりのことを全く覚えてなくて傷つくてしまっただろうか、僕のことを心配してくれたのだろうか。
 そんなことは分からない。でも彼女は今、ぼくのせいで学校を休んでいる。ぼくが神田さんを傷つけてしまった。だから早く、神田さんに謝らなければ、早く神田さんに今までのこと、事故のこと、記憶を取り戻したことを伝えないと。