「何を観たい?」


「そうだな……。それじゃあ、『寿限無』で」


 問われた大輔は、少しだけ考える仕草を見せた後、演目を指定した。


「それでいいの?」


「一番好きな演目だからね。大学の落研に入り立ての頃、君と一緒に練習した思い出の演目」


 大輔が言うと、紗代は頬を赤く染め、小さく「ばか」と呟いた。

『寿限無』は、おそらく数ある落語の演目の中でも、最も知られたもののひとつだろう。子供が長生きできるようにと縁起のいい長い名前を付けた結果、その名前が災いして川で溺れたその子を助けられなかった、といった噺だ。ただ、子供が死んでしまうというのを嫌って、名前が長くてこさえたコブが引っ込んでしまう、などのバリエーションも存在する。

 基本的に前座噺であるが、落語家の基礎訓練としても利用される。大輔の話から推理するに、おそらく紗代と大輔も大学の落研で最初にこの演目を基礎訓練として練習し、そこで仲を深めたのだろう。


「まあいいわ。じゃあ、それでいきましょうか」


 気を取り直した紗代が、コホンと咳払いをする。そして、ふう、と深く深呼吸をし、前を向いた。


「それでは、一席お付き合いください。さて……名は体を現すとも言いますが、名前というのは誰にとっても大切なもの。最近はキラキラネームなんて言葉が世間を賑わせたりもしますが、親にとっては子供に素敵な名前を付けてあげたいと思うものでございます」


 まずは小手調べといった感じで、紗代が枕に入っていく。

 そして本題へと移っていくに従って、凛とした和服美人から一転して、紗代は様々な表情・声音を見せながら、淀みなく言葉を紡いでいく。