…そうだ。今日両親と朝ごはん食べに行く予定なので、
時間合わせてここから出ないと間に合わない。

【両親】

瞬間。
脳裡をかすめる。

「…お、や…」

ボソッと呟いた言葉は自分の声ではないなように聞こえる。

『なに?』

蒼の声が遠くに聞こえる。
耳が詰まったようになって、「ピーッ」という高い音が聞こえた。
この一瞬で色んな気持ちが私の中に膨れ上がてる。
悲しい気持ちと、寂しい気持ちも襲ってきた。

あっ…あの感覚は、記憶を蘇らせる証明だ。

『おまーー』
蒼が何か言ったようだけど、今はこっちの方が重要だった。

喉が詰まったように感じる。

そっか。
あのリビングの記憶は、【両親】と関連付けを作り出した。
だから、あのリビングとの繋がりの記憶を引っ張り出してる。

息が苦しくなる。
私、記憶を蘇らせる時に、当時の感触と感情も全部感じられる。
今の気持ちも、当時の感情だろう…

胸が痛い。
痛みだけでなく、なぜか切ないと感じてきた。

「…あっ。」
言葉が出た瞬間、涙のしずくが落ちた。
胸が締め付けられて辛くなった。

へミア消えてから2年後、栞に出会った。
今の栞は確かに、一八歳と思う。
しかし、私の中に栞との思い出の中で一番古いのは栞が八歳頃の話だった。

あれは栞はまだ栞ではない頃の話だった。

栞の名前が元々汐里だった。
ただこれは栞から教えてもらったじゃなく、栞が他人との会話の中に知った。
彼女は十歳まで、汐里という名前で生きてた。

【お姉さん、誰?】

鼻にかかったような甘い声だ。

あの時、ただ初めて行った家にぶらぶらするつもりだけだったのに、
なぜか突然子供から声かけられた。

お目目くりくり。少しふっくらしてる頰を見ると、無性に触りたくなる。
シンプルな丸襟ワンピースを着てるけど、裸足なのでここに住んでる子かも?

【ねぇ、お姉さーん、あたしの話聞える?】

いきなり声かけられて頭は全然回れなく、しばらく黙った。

【おーい、お姉さん?あたしの声きこーえーるーの?】
【あれ?お姉さん、もしかして幽霊なの?】

人のこと勝手に殺さないで。
と言いたいのに、言葉を出てこない。

【お姉さんも、パパとママの友達?】

パパとママ?

【パパとママはね、ずっと寝てるよ。最近パパとママのお友達がいっぱい来てるのに、全然起きない。みんなも優しい人だよ。あたしと遊んでくれる。】

パパとママが寝てるか…
チラッとこの家の環境を見たけど、どう見ても人が住んでると思えない。

【今いないよ。】
私の考え方全部わかるように、女の子はこう言った。

【一昨日まで様々な大人が来てたけど、昨日から誰も来なかった。】
【ねぇ、お姉さん、あたしのこと怖いからずっと喋れないの?】

この子が怖い?
いや、流石にこんな子供に怖いと感じる人がいないでしょう。

【そうなの?一昨日まで遊んでたおばさんは優しかったけど、あたしのこと怯えてるようだ。あと、たまに難しい言葉ばかり言ってた。】

難しい言葉?例えば?

【ノロイ?ゴ、サツ?ギャクタイ?あと…セイシ、なんとかガイ?】
【あたし、何か悪いことした?】

()()()()()()()()()()
そこまで難しい言葉ではないはず。でも、なぜ子供に…?

【ねぇ、お姉さん。あたしと遊んで!誰も遊んでくれないから、つまらないよ。あっ色塗りしよう!】

純粋な笑顔。
その笑顔と似合わず、刃物を持ち出した。

【お姉さん、何色が好きなの?あたしね、赤色が好きだ。それに、先日いーちばん綺麗な赤色見つけた!宝石みたいだよ!】

彼女は無邪気で喋り始めたのに、なぜか話が全然頭に入ってこない。

【この前パパとママにこれを刺したら、いっぱい出たよ!】

刺した?

…まさか。

【ママに見せたかったのに、でもそのあと、パパとママずっと起きなかった。お友達が運ばれてもゼーゼん起きなかった…】

なんか、凄く嫌な気持ちがした。

【あっそうだ!お姉さん、お名前はなーに?あたしの名前、しおりという。潮汐の汐、さとの里。しおりで呼んでいいよ。】

相変わらず、甘え声で囁いてる。
話の内容を無視すれば、ただの可愛い子供だろう。

そうだ。
私はあのリビングで栞と初めて出会った。
あのリビングで、栞が自分の親を殺したと知った。

急に流れされた映像が止まって、静かな闇に包まれた。

その次、石鹸のような匂いがする。
誰かハグをされながら私の背中をポンポンと叩かれてる。
心地良く寝られるそう。
ふっと目を開けると、いつもと違い景色が目に映る。

グレー色のパーカーと白いTシャツ。

あぁ。私、やっぱ大好きだ。

抱きしめ返したら、頭の上から声が聞こえた。
『おぅ、起きたね。』
蒼から抱きしめられるまま返事を返す。
「私…どのぐらい寝てた?」
『そんなにないよ?20分か30分ぐらい?』
「そっか…」
もう眠気ないけど、蒼に抱きつくと安心感あるので、なかなか離れたくない。

記憶の中に沈んでゆくのは久しぶりだった。

もちろん、体に悪い影響がないけど、毎回終わっても微妙な気持ちになってしまう。

記憶に深く沈むと映像の精度も高くなり、臨場感もあふれる。
その代わりに終わったら、非常にだるくなってしまう。
子供の頃よく違和感を感じてしまった。
本当は、今にいるのは【私】なの?
それとも彼女達の世界(パラコズム)の登場人物なの?

ほぼ毎日もヘミアや栞の視点で世界(パラコズム)見ると、
段々、自分が今見た景色はどっちの世界(パラコズム)なのかと思ってしまった。

私の世界で感じたことは本物だと思う。
でも、ヘミアの世界(パラコズム)で感じた物も、栞の世界(パラコズム)体験したことも、全部本物だった。
たまに、自分の行動や周囲の景色に現実感を感じられない。

何年も続いたら、感覚もおかしくなる。

自分の感情は自分のものではないと感じる。
自分の身体は自分のものではないと感じる。

これ、誰かの世界(パラコズム)なの?と考えてしまう。

私が生きてる世界と、
彼達が生きてる世界(パラコズム)

一体どっちが本当の世界(パラコズム)かなぁ?

「…聞かないの?」
『何を?』
「私、先どの記憶を見たか。」
『聞かないよ。だって、栞のことでしょう?栞との思い出は、お前が覚えるだけで十分だと思う。俺、栞に会えないし、知っても何の用もない。』
「…私もできることない…」

私、彼女の身代わりになれないんだ。