ふいに目が覚めた。
視野に入るものは全部ぼやけて見えるけど、
3秒後にしっかり見えるようになった。
真っ白の天井だ。
自分の部屋の天井はシミがあるから、ここは私の部屋ではない。
『あっ起きた?』
急に、目に懐かしい顔が映った。
「あ、お…」
蒼がニコッと笑ってる。
『おはよう。』
今日は、何曜日だっけ…
昨日早く寝たのに、また眠いと感じる。
夢か、現実か…
『二度寝しようか?今日、仕事ないでしょうね。』
「…ううん、起きる。」
蒼は、まじか…ボソッと口に出た。
「起こしたのは君だろう。」
『俺はベッドに座ってるだけのに…』
「蒼、コーヒー淹れて。」
『はい、はい。』
彼はぶつぶつ言いながら部屋を出た。
私も布団から出て、部屋着に着替える。
トイレで顔を洗って、歯を磨いた。
鏡に映る自分、なぜか自分ではないと感じてしまう。
歯ブラシを持つ手も自分の手ではないように感じる。
私、もしかしてまた夢の中なの?
リビングに行くと、コーヒーの香りがする。
蒼はオープンキッチンでコーヒーを淹れてる。
飲むのも好きだけど、このふわっとした香りも好きだ。
朝ごはん食べようと言っても食材がないので、基本コーヒーだけにする。
ここにないのは、食材だけではない。
目を逸らして、リビングに何もない。
ソファもなく、机もテレビも置いていない。
最初の頃には違和感を感じたけど、慣れたら妙に落ち着く。
蒼はいつもこの何もない家でどうやって過ごしてるの?と知りたくなる。
そういえば、昔も聞いたことある気がする。
『うん?普通に生活できるよ?』とあっさり答えた。
あまりわからないけど、生活できるそうよね。
蒼と初めて会ったのは8年前だった。
とある日、いきなり声かけられた。
初対面なのに、昔から仲の良かった親友のように仲良くなれた。
それから、私は大学に入って、卒業して、社会人になった。
色んなことがあったけど、それでも一緒にいる。
見た目から見ると、蒼は今時の大学生と同じだと思う。
実際の年齢は教えてくれないけどね、そこまで年上と見えない。
それとも童顔という事でしょうか。
ハーフでもないのに、髪は外国人っぽく、くるくるようなになってる。
あと、無地の服しか持っていない。
ほとんど、Tシャツ一枚とパーカーだけする。
流行りものは全くない。
そもそもここテレビやパソコンがないから、それは知らないでしょう。
『はい、どうぞ。』
蒼は私の前にコーヒーカップを置いた。
「…蒼は、いつまで私の側にいるの?」
自分がなんでこんな質問聞いたか、未だにわからない。
『うーん。お前が俺のこと忘れた日までかなぁ…』
蒼はニコッと笑った。
『人間はさ、意外にすぐ忘れる。たとえ、重要な事でもね。』
蒼はずっとこの家にいる。
誰もいなくて、ただ一人でいる。
「蒼は寂しいと思ったことあるの?」
『寂しいかなぁ…考えたことないかも。』
『俺、いつからこの家にいるすら覚えてないし。』
確か、私もいつこの家にきたか覚えてない。
『まぁ、この家には何もないけど、生きられないわけでもない。』
退屈じゃないの?
『そうだったけど、お前が来るでしょう。』
頭に、昔の思い出が次々と浮かんできた。
私、昔ほぼ毎日もここに遊びに来た。
しかし、5年前に、私は一年間ぐらい海外に暮らすことになった。
いつものようにこの家に来られなかった。
人生初の一人暮らしだったし、海外だったので、ゼロから考えないといけなかった。
仕事と生活でいっぱいになった。
あの時、本当に蒼と遊ぶ余裕もなかった。
新しい所で様々な人と出会って、いろんな体験があった。
もちろん、悩みも多かったね。
その後、なんとか無事に一年間海外生活終わって、
帰国したら、また仕事探さないといけない。
そんな多忙な日々に、蒼がまた私の前に現れた。
「…ごめんね。」
『うん?』
「一時期、蒼のことすっかり忘れてしまってごめん。」
蒼はフッと笑った。
『いいよ。別に気にしてない。ただ、昔はそんな懐いてたのに、突然一言だけで海外に行って、連絡も全くなかった…あっ、でも悲しくないよ。大人になったなぁと感慨がわいたけどね。』
蒼は話を続く前に私の顔をちらっと見た。
『ただ…俺、てっきりお前があの男と付き合うと思った。』
「まあ、曖昧な関係になっただけ。てか、私はそれも言ったっけ?」
『さぁ…』
「だとしても、付き合わないと決めたのは蒼のせいよね。」
『おい、人のせいにすんなよ。』
あの時の自分は、本当に相手と付き合おうと思った。
ただ、付き合うなら一度蒼に、相手のことを紹介しようと思った。
しかし、蒼は相手のことを聞いた後に『あの人との交際、やめた方が良い。』と言い出した。結局、相手に適度な言葉を言って、曖昧な関係になってしまった。
昔からこんな習慣がある。
わからないことや決断つけない時に、蒼に聞く。
アドバイスか意見か、私は蒼が言ったことを疑わず全部受ける。
だから、この件も、蒼から反対されたから、一旦止めた。
そもそも自分は相手と出かけた時にも、途中退屈して蒼に連絡したこともあった。
これは確かに付き合えないだろう。
ずっと説明できない違和感を感じてたけど、はっきりわからなかった。
ある日、相手は未来について、楽しそうで話してた。
結婚とか、子供とか。どこに住むか、家はどんな感じにするか。
相手が語り続いてる未来には私がいるだった。
相手があまりにも楽しそうで喋り続いたから、他人事のように見えてしまった。
そして、相手から「どんな感じになって欲しい?」と聞かれた。
あの時、初めてその違和感は何なのか気づいた。
私が思い付いた未来には、彼がいなかった。
結婚式も。葬式も。
その場にいてほしいのは彼ではなく、蒼だった。
目をつぶって浮かんできた断片は全部、彼ではなく蒼だった。
きっと、これこそ正解だった。
『…ねぇ、大丈夫?』
蒼から声かけた。
私は思い出から現実に戻った。
目の前にいる男の顔を見ると妙に懐かしく感じた。
『嫌ならあの男の話もう言わないから、泣くなよ。』
「いや、こんな事で泣かないよ。」
『お前すぐ泣くだもん。』
それは違うよ、蒼。
あなたは知らないでしょう。
私、あなたの前だけ、泣き虫になるよ。
「私、やっぱ蒼が好きだ。」
私が毎回こう言うと、
蒼は必ずニコッと笑って、『知ってる。』と答える。
体調悪くなると、無性に蒼の名前を呼んでしまう。
寝る前にも、蒼の名前を呼んでしまう。
悲しくなるとも、蒼の名前を呼んでしまう。
気付いたら、私、いつももらうばかりだった。
蒼に何もしてない気がする。
『え?考えすぎなくてもいいよ。』
私が考えてることもわかったように、蒼はそう言った。
『俺は、お前が辛い時ちゃんと俺に言って欲しいだけで十分だと思う。お前に何も求めないから気にすんな。むしろ、お前のために尽くす。』
「…なんか、私は悪い女みたい。」
『他の男とうまく仲良くして、俺のこと忘れたのは誰でしょう。』
「こんな言い方はおかしい。私は、あの男が蒼の代わりなんて、一回も思ったことない。紹介しようと思った。しかも、蒼は私の弱みやバレないことも全部知ってるから、バラされるか心配するじゃん?」
『秘密をバラす趣味ないし、お前もやましいことしてないでしょう。』
確かやましいことしてないよ。
今までの人生を振り返ってみると、何もない人生だ。
多少嘘ついたりするけど、悪いことしたことない。
世間から見ると、【普通】としか評価されないだろう。
学校では無遅刻無欠席で過ごしてきた。
課題提出も遅れたことなく、サークルもちゃんと入った。
目立った問題一切なかった。
周りの大人から見て、一番手が掛からない子供だと思う。
その後、大学に行って、無事に卒業して、どこかの会社に入った。
こんなどこにもあるルートで生きてる。
危険もなく、激しい変化もなく。
つまらないけど、これは現実だった。
小説すれば10枚も要らないでしょう。
ゲームすれば30分でゲーム終了でしょう。
残念ながら、世の中にこんな人生で過ごす人は多数派だね。
これこそ、私が生きてきた世界だ。
『お前、また変なこと考えてるの?』
「…ついに私の心を読めるの?」
『それはいいね。ほら、超能力を手に入れた少年は世界を救う!というのもは悪くない。』
「何この中二病の発言…」
『残念ながら、俺はお前と長年付き合ったから、超能力がなくてもわかるよ。』
「だよね。ずっとそばで見てきた。」
『俺だけじゃないでしょう。』
「まぁね。」
あなたにとって、世界はどんなものでしょう。
言葉のままで人の生活する環境だったでしょうか?
何かの社会と関連ある空間だったでしょうか?
さて、あなたはこんな疑問を考えたことあるの?
世界はいくつあるでしょうか?
私にとって、世界は二つがある。
一つは、私が生きている世界だ。
一つは、蒼たちが生きている世界だ。
世の中に、彼達の世界を【準宇宙】とも呼ばれてる。
独自の言語で、独自の文化がある。
ただ、あそこで食べたオムライスは同じく美味しかった。
同じなように、同じではない。
同じではないように、同じだ。
様々な世界で色んな子と出会って、その子たちの物語を見る。
残念ながら、私はあっちで生きられないんだ。
だから、いつも特定の子の目から、彼女たちの物語を楽しめる。
私の性格と全然違う子もいるから、普通に面白かった。
しかし、ある日、私は気づいた。
私は彼女たちと喋れない。
触るのもできない。
たとえ、彼女が死にそうと分かっても、何もできなかった。
それを何とかして欲しいと思って、
色んな書類を探して、解決方法を一生懸命に考えてた。
そんな私を見て、蒼からこう聞かれたことある。
『なんで俺たちのこと、そんなに大切にしてるの?』
本当は、あなた達はどんなものでもいい。
あなた達は私の宝物だもん。
「私、もうあなた達と別れたくないからね。」
12年前の話だった。
中学生の私が、ある女の子と出会った。
金髪で、生意気なお嬢さんだった。
その子の名前は【へミア】だった。
今まで出会った子とのは、だいたい一年で2、3回だけ会う。
遊んでるけど、別に深い感情を持てないと思う。
でも、ヘミアは、少なくても3年間ずっと私の側にいた。
しかも、今までの経験が違って、ヘミアの行動に干渉できないけど、ヘミアの感情や考え方もわかる。
彼女の嬉しさと悲しみも、私にも届ける。
あの頃、よく訳分からなく涙を流れたり笑ったりした。
当時の友達にへミアのことを話した。そして、ヘミアの物語を書いてみようという話が出た。私が見てきた事実と嘘を少し混ぜて書いたら、どこかの小説のように出来上がりました。
今思えば、ヘミアを呼んでも出てこなかったのもこんな時期だった。
何も気づかず調子に乗って、出来上がった小説を投稿サイトにもアップしてみた。ネットでわりといい評価もらった。ヘミアと遊ぶとこの小説永遠に書き続けると思った。
しかし、一ヶ月後、ヘミアがいなくなった。
小説のヒロインの名前もへミアにした。あの日から、【ヘミア】という名前は、私と仲良しの友達ではなく、私が書いた小説のキャラになってしまった。
どんなに呼んでも出てこなかった。
時間経っても、戻ってこなかった。
第三者に教えていけないなんだ…と初めて気づいた。
こんなこと起こったのは、私のせいだった。
あれ以降他の子と出会っても、他人に教えないようにした。
第三者に教えたら、消えてしまう。
書いてしまったら、会えなくなる。
「…みんな、一体どこに行っただろう。」
『さぁ。でもあれじゃない?それぞれの世界にいるって。』
「それなら良いけど…」
まるで彼女の存在を抹殺したように。
『俺は消えないよ?』
「あの時の私も、ヘミアが消えるなんて思わなかった。」
そんなつもりではなかった。
ただ新しい体験だったので、思わず興奮してしまった。
今考えたら、あの頃のヘミアの顔、全然思い浮かばなかった。
「…私はね、ヘミアの姿を見えなくなった直後も、小説描き続けてみたよ。」
『え?そうなの?』
「うん。書いてみた。でも、パソコンの前に座ると頭真っ白になった。ヘミアの顔すら見えなくなり、ヘミアの体だけ小説に残されてるような感じだね…」
私は自分の手ヒラを見つめて喋ってる。
「自分の手でヘミアを殺したみたい。」
『ふーん。でも、あれ、ヘミアじゃないよね?』
「え?」
どういう意味なの?
混乱してる私を見て、蒼は言った。
『俺、あの小説読んだことないから間違えたかも。だって、あれ、嘘を混ぜて書いたでしょう。お前の性格なら、自分とヘミアの思い出を正直に書けないと思うけど?』
…蒼の言う通りだ
書かなかった。
書くわけない。
なんの根拠もないけど、自分のことを書いちゃうとなぜか他人に取られた気分になる。これは子供の頃からもそうだった。
『で、お前は、自分が書いたからヘミアの存在を他人に知らされた。そのせいでヘミアが消えてしまったじゃないかと思ったでしょう?』
「だって、あの可能性しか…」
『魔法や秘密を他人にバレたら効果ない…というやつでしょうか?あんなことは小説や漫画しかないよ。少なくともヘミアは魔法使いではない。』
「……」
『だから、お前が書いたのはヘミアじゃないよ。あの子はただ小説の登場人物だけだった。お前が書いて禁忌を破れた罰として、ヘミアが消えたなんて、そんな話じゃないと思ったよね。』
「…なら、ヘミアはきっと、私のこと耐えれないほど嫌いでしょう。」
思わず呟いて苦笑した。
『バカな話すんなよ。』
蒼は少し怒ってるように見える。
「でも、ヘミアが私の前に姿を消したのは事実だった。どんな理由でも、ヘミアが居なくなった結果は変わらない。」
あれから、ヘミアとの記憶すらうすくなった。
自分のカップを見つめて、昔のことがちょこちょこ頭に浮かんできた。
ただ、頭に浮かんできたのは彼女のことではない。
「蒼は魔法使いでいればいいなぁ…」
『凡人で悪いね。』
急に頭の中にある記憶の断片が流れてきた。
「…そういえば、昔もこんな話があったよね。ヘミアが居なくなって、ネットで友達作りのがハマってた。知らない人とチャットすると、なぜかヘミアと喋るように感じて、ついにハマった。あの時、蒼からよく怒られて、喧嘩もしたよね…」
子供の頃の私が、ネットの世界に夢中になってた。
忠告されても、何も入ってこなかった。
「それでね、感情を爆発させて、「だったら、ヘミアを返して!」と吐いた。あの時、蒼は真面目な目でこう言った。【ごめん、ぼくは魔法使いじゃないです。ですから、たとえそれが君のお願いでも…ヘミアを生き返さないです。】と真剣に言わ…」
顔上げたらすぐわかった。蒼は凄く不機嫌だ。
「どうしたの?急に、不機嫌な顔…」
『俺じゃないよ。』
あっ…やっちまった…
状況を察した私は自然に黙ったから、蒼は喋り続いてる。
『俺、ヘミアと会ったことないから、先の話聞いた瞬間に俺じゃないと気づいた。お前が以前ネットで他の人とチャットしてたのも初耳だ。そもそも、俺は自分のこと【ぼく】と言わん。』
普段なら、ちゃんと気をつけてるのに、
ヘミアの話をしたから気を緩めただろう。
蒼はダメ息した。
『 別に怒ってない。でも、お前だけ…俺をあの子と間違えないでほしい。』
目の前年拗ねてる蒼を見ると、やっぱ違いと感じる。
人生の中に、蒼という名前の人は二人しか会ってない。
一人はこの子供っぱい人だ。
もう一人は、子供の頃に知り合った子だった。
【蒼】は、ヘミアよりも先に私のそばにいた子だった。
しかし、蒼は他の子と比べて少し変な子だと思った。
なぜなら、蒼は他人と会話しないし、他の子とも交流がない。
昔からもずっと、私と話すだけだった。
【蒼】といる時だけ、私は自分で感情コントロールできる。
悲しい時に無理笑わなくてもいい。
楽しいことがあったらそのまま楽しんでいい。
もしも、これは推理小説だったら、絶対クレーム入るだろう。
実はあのキャラは双子だ!と書くと、
どんなトリックがあっても、この一瞬で台無しになっちゃう。
でも、世の中にこんな都合のいいことが起こる。
最初、私はてっきり同じ人物だと思ってた。
見た目から見ると、全く一緒だった。
ハーフでもないもに、顔立ちは外国人っぽい。
二人の瞳も薄いブルーだから、それでハーフだと見えるかしら?
でも、二人の声は少し違って、喋り方や言葉の使い方も違い。
昔、試しに好きな色や曲など聞いてみたら、答え全然違ってびっくりした。
蒼の記憶は、【蒼】と違うんだ。
彼にとって、私に関する一番古い記憶は彼から声かける日だった。
私にとって、その日は、初対面ではなく再会の日だった。
ヘミアの続き、【蒼】も二度と会えないと思った。
でも心のどこかに、消えるじゃなく、離れただけだと思ってた気がする。
別れではないから、私は大人しく【蒼】を待とうと思った。
だから、凄く嬉しかった。
やっと戻ってきたと思ったのに、彼が喋るとすぐ違和感を感じた。
目の前にいる人は、あの子ではなかった。
容姿が一緒なのに、別人だった。
結局、【蒼】もヘミアみたいに消えてしまった。
あの日から、私の世界で蒼という子は二人がいる。
過去の私の傍にいた【蒼】。
現在の私の傍にいた蒼。
【蒼】 は私の初恋だった。
人生一番辛かった時に支えてくれた人だった。
涙を拭いてくれて、優しく慰めてくれた人だった。
あれ以来私の前に消えてしまった。
ただし、ヘミアと少し違うと感じる。
彼の存在が消えたではなく、どこかで隠れてるだけでしょう。
へミアとは会えないと感じたのに、【蒼】ならそう感じない。
まぁ、私が名前呼んでも出てこないから、これから自分がやらないといけないんだ。
もう、彼に甘えてダメだ。
今度こそ、自分で頑張らなきゃ。
もちろん、今目の前にいる蒼は、彼と違うのはわかってる。
ただ感情的に追いつかない時もある。
特に最初の頃だったよね。口には出さないけど、
蒼はこんなこと言わない。と何度も口に出した。
時間をかけて、自分の中にも納得できて、今の蒼を大事にしてる。
ただ先程ヘミアとのことを思い出したから、ついに当時のこともどんどん頭に浮かんできた。
本当は、「蒼は蒼。どんな風になっても変わらない。」と言いたかった。
しかし、人の記憶は凄く曖昧だよ。
同じ名前で同じ容姿だから、勝手に同じものと意識して処理する。
自分の都合で記憶を修正したりする。
悲しい記憶、辛い記憶も全部頭のどこに閉まってる。
忘れてないのに、思い出そう必要もないと判断されたら、もう一生思い出さないだよ。
きっと、どこかでこの2人のことを同化してしるだろう。
この時、頭の中に蒼の声聞こえて、ある。記憶の断片が再生された。
『…勝てるわけないでしょう。』
以前、蒼に彼とのことを話したことある。
話を聞いた後に、蒼はこんな話をボロッと言った。
蒼は、一体どんな表情でこの話を言ったか。
冷静に考えると、【蒼】は9年ぐらい私の前に出てなかった。
もう一生会えないと思った。
しかし、一度だけ、彼は予想外の時に出た。
去年例の別れ話の頃、なかなか決断を付けなくかった。
元々遠距離だったので、相手と直接話せなく、ただチャットや電話で話すしかなかった。
それのせいかどうか、ヘミアとの別れを蘇った。
ついに、情緒不安定ということも蘇った。
二度と無くしたくない。
二度と見捨てられたくない。
ネットでよく見える別れたくない女のイメージがあるよね?
あの時の私も、多分あれと一緒だった。
でも、どこかに少し違うと思う。
相手が失われたくないよりも、これでいけるならへミアが救えると思ってしまった。
今考えたら、それは別々の話だった。
そんな私を見て、蒼は一生懸命に声かけてくれた。
仕事終わってからずっと私の側にいた。
ただ、蒼の話全く私の中に入ってこなかった。
なぜなら、私が欲しいのはこんなのじゃなかった。
蒼はヘミアがいなくなった時はどんな辛かったか知らなかった。
そして、私が欲しい言葉を言ってくれなかった。
その後、悲しすぎて記憶をいじってくれないか?ということも考えてしまった。別れたくない。ただ、別れないといけない。
私、あの時蒼に「なんなら今、私の脳の中にある相手との記憶を消して!」と言った。
蒼は、確かに『あんなことできるわけない。』と返してきた。
今思えば、蒼にこんな激しく言うのが初めてだった。
そんな私を見て、蒼はどう思ってるでしょう。
ただ、あの時の私は、本当に蒼のこと嫌いだったかもしれない。
心の中に、君じゃなく蒼を返してくれ!と思ったこともあった。
【蒼】なら、きっと私が欲しい言葉を言ってくれる。
その瞬間、神さまは私の祈りを聞こえただろう。
こんな状態である声聞こえた。
少し高い声だった。
【大丈夫ですよ。】
蒼の声ではなく、【蒼】の声だった。
情緒不安定で、ついみ幻聴が聞こえてしまったか?と思った。
蒼と喧嘩してついに限界になったかなぁ。
【もう大丈夫ですね。】
その一言だけで、頭真っ白うになった。
道の真中にも関わらず、大粒の涙をボロボロこぼした。
声を出して泣きたかったか、それとも彼に甘えたかったか。
必死に我慢した。声も涙も、全部吞み込んだ。
そのあと一体どうやって家まで帰ってきたか、全く覚えてない。
あの夜は何回も【蒼】の前に泣き出した。
私が子供の頃に戻ったように、泣きながら自分の気持ちを全部伝えた。
【本当に泣き虫ですよね。】
【ほら、もう泣かないでよ。】
結果、昔のように夜中に何度も目を覚めた。
目を覚めて必ず彼がいるかどうか確認した。
全部自分の幻覚だったらどうしようと考えてしまう。
翌日、胸の痛みは嘘のように消えた。
前日まで息苦しくなるほど動悸がしたのに、目を覚めたら全然なくなった。
一体どっちが幻覚だろうと思うぐらい、びっくりした。
もちろん、消えたのは痛みだけではない。
何となく感じたけど、「あお…」と呼んでみた。
その代わりに出てきたのは蒼だった。
『彼なら、もういないよ。』
「…だよね。」
その日起きたら、思い切って相手の連絡先を消した。
相手のことよりも、蒼のことで頭いっぱいだった。
見捨てられないんだ。
多分、試し行為みたい。
わざと自分自身を限界まで追い詰めて、自分を傷つけてたかもしれない。
あの蒼が、また私のこと見守ってるか、
また私のこと大切にしてるか、確認したかった。
初めてではないしね。
昔も、こんな行為やった気がする。
一旦思い出から離れて、今目の前にいる蒼の顔を見て話した。
「…蒼、話を聞いてくれる?」
『初恋に勝てないという話なら、聞きたくないけど?』
「そんな意味じゃないよ。ただ、先ある記憶を思い出して、ぜひ蒼に話してもいいかなぁと思った…いや、私は話したいと思う。」
口から言葉出てるのに、自分が喋ってるという感覚全くなく勝手に喋ってる。
でも、話そうと心に決めた。
『だとしたら、話を聞くしかないじゃん?』
「ええ、そうだよ。」
私は、今まで蒼に教えてない事を言うと決まった。
「私、昔はよく情緒不安定になっちゃうよ。ヘミアとの別れ時も酷くなった。
あの時の気持ちは、ストレスか何かはっきりわからなかった。しかし、ヘミアがいきなり消えたから、【蒼】もいつか私を見捨てられないか心配してた。」
本当は、蒼に言うつもり無かった。
「だから、あの時、死のうと思った。」
別に死にたいと思ってないよ。
ただ、死んでもいいと思うけどね。
世間から見ると、私が死のうと思う理由がないかもしれない。
親は健康で、お金困ることもない。
親に言ったら、欲しいものが普通に手に入れる。
普段の生活も、たまに贅沢にしても良いぐらい余裕がある。
学校では成績優秀とは言えないけど、先生から可愛がってる生徒だった。
人間関係も特に問題がない。友達が多くないけど、信頼できる友達はいる。
でも人間なら、誰でも死にたいと思ったことあるでしょう。
悲しみ。
孤独感。
空虚感。
全部、隠して生きてた。
学校では優等生を演じて、家庭ではしっかり者を演じてる。
「【蒼】だけだった。彼の前に子供のように、純粋でいられると感じた。」
ある日、自分がそう思った。
本物の私って、一体どっちだろう。
大人しく、しっかりしてる私が本物なの?
それでも、わがままで素直な私が本物なの?
「人間の世界には、試し行為ということがあるよ。わざと嫌われそうな行動をして、相手が自分のことどれくらい愛してるか試す。自分の弱いところにも、【蒼】に見せた。」
夜中に目を覚めると緊張する。
そして、子供の頃の感覚もあの一瞬で蘇る。
人の声聞くとビクビクする。
息が苦しくなる。
あの頃の自分は、寝ることが怖いと感じてしまった。
寝たら、また途中目を覚めちゃう。また苦しくなる。
早く楽になる方法がないので、1時間や2時間かずっと耳を塞いで、泣きながら早く終わってと祈ってた。それしかできなかった。
傍についていたのは、【蒼】だけだった。
無論、親にも友達にも先生にも言わなかった。
「自分が、死のうとしたら、【蒼】は絶対にいなくならないと思った。」
何故なら、彼は私のこと大事にしてるとわかってる。
わかってるけど、その気持ちもきっといつか変わると思った。
だから、確かめたかった。
この人は、何かあっても私の味方でいてくれるか。
なお、どんな私でも否定しなく受け止めるか。
疑うことなく純粋に信じられる。
何年にも一緒にいたし、
離れても、彼は私のこと大事にするという自信がある。
「結局、私の脳も、【蒼】は大丈夫だと判断した。彼は私の側にいなくても、この気持ちは変わらないと思った。」
話を一旦止めて、向こうに座ってる蒼を見てみる。
蒼は先からずっと黙って話を聞いてる。
お互いのコーヒーも冷めたので、飲まないでしょう。
「この前さ、高校生時代のブログを見つけたでしょう?高校生時代の私が、好きなアニメや学校のこと書いてた。その中にこんなブログもあったよ。」
人間の記憶は曖昧だから、ちゃんと文字で残りたいと書いた。
もしも、未来の自分がこれを見たら、きっと思い出せると信じてた。
ある日のブログで、2010年の自分から未来の自分へのお願いを書いた。
蒼を忘れないで。
もちろん、当時の自分にとって、文章の中の蒼は【蒼】のことだった。
これから高校卒業して大学に行って、新生活を始める。
色々な経験を重ねて、色んな人と出会える。
そこで大事な人ができたかもしれない。
ただ、これだけ覚えて欲しい。
蒼という名前を忘れないで。
蒼という人を忘れないで。
「10年前の自分、必死だったよね。」
人間の脳は、新しい情報や体験があると、今まで保存してる情報が覆い被せようとする。これがあるから、人は古い記憶を段々忘れてしまう。
脳には、毎日全部のこと覚えられないから、記憶を選別しながら覚えたり忘れたりしてる。
「きっと、今までずっと頑張ってた。ヘミアのことがあって、あなた達がずっといられないことを気づいた。高校まで【蒼】のこと忘れずに生きてた。ただ、新しい場所で生活すると、楽しいこともきっと多いでしょう。」
蒼を見捨てないでください。
「…もしかしたら、あなた達が何も言わずいなくなるではなく、私が、あなた達のこと先に忘れてしまうか、怖かった。」
この世界には誘惑が多い。
優しくしてくれる人も多い。簡単に人を裏切れる人も多い。
学校から離れ、私の世界が広がった。
やることも増えて、やりたいことも増えた。
成長すると責任も増える。
しかし、時間は増えない。
取捨選択を迫られる。
どんな要件が必要だったか、どんなことは急いでないか、
取るべきものと捨てるべきもの。
「他のことでいっぱいになって、どうしても時間が足りなかった。【蒼】なら、一緒にいなくても私のこと嫌いになれないと思った。本当に、大丈夫だと思った。」
私、【蒼】との時間を減らしてした。
記憶が正しいなら、最初は、昔より3分の1の時間だけ減らした。
1日中にずっといてたので、3分の1の時間を減らしても、3分の2の時間があった。その差はそんなに気づかなかったかもね。
課題を重ねてたし、新しい人間関係を構築しようと時間を投入しなければできないもんだった。知らないうちに、他のことばかりで【蒼】との時間は以前の3分の1よりも少なかった。
あれから2年も経たず、私は、もう【蒼】を呼ばなくなても落ち着けるし、夜中にも目を覚めなかった。
「【蒼】から見捨てられると心配してたのに、まさか私が【蒼】を見捨てた。」
『…でも、俺は、お前が彼を見捨てないと思う。』
「そうかなぁ。」
『見捨てたら、あの時にお前の前に現れないじゃない?』
確かに、自分もびっくりした。
まさか、こんなくだらないことで彼と再会するのは思わなかった。
『にしても、お前があんなに泣いたのは、初めてみた。』
「…恥ずかしいからやめなさい。そもそもあれ以来私が呼んでも【蒼】が一切出ないし、もう出ないだろう。」
『さぁ。』
蒼は冷めたコーヒーをキッチンシンクに流す。
『って、部屋に戻ろうか?』
「えっ?」
予想外の言葉なので思わず言ってしまった。
『なんで驚いたかよ。ここにいても用がないでしょう。お前、別にもうコーヒー飲まないなら、ここにいなくてもいいじゃん。』
…いや、部屋に戻ってもやることないのに。
私の返事待たず、蒼はそのままリビングを出ようとする。
「あっ、待って、部屋まで抱っこして運んでくれて。」
面白半分に言ってみた。
『お前、本気か?』
何年も一緒にいたせいか、私が対象ではないか、
おねだりされてもドキドキしないように見える。
「先から不機嫌そうだから、機嫌直そうと思っただけ…」
『なら、抱っこして運んであげて、このままいやらしいことまでしてもよければ機嫌良くなると思う。』
「…そんなこと言わないでよ。」
椅子から立ち上げて、廊下を通して蒼の部屋に行く。
廊下で妙な所を気づいた。
今まで気づいてなかったが、こんなアンティークな扉があったの?
廊下の奥にある扉をじーっと見ても、なかなか思い出せない。
この扉は、なんの部屋なの?
「これ、何の部屋なの?」
『使ってない部屋だよ。』
聞きたいことを最初からわかるように、蒼はすぐに返答した。
私の視線は、まだあの扉に釘付けにしてる。
どこかで見たことある。
なぜか親切感が溢れてきた。
「…ねぇ、蒼、これってさ…うわっ!」
『はい、はい。部屋にどうぞ。』
結局目を隠されたまま部屋に押し込んだ。
振り向かいたら、蒼はもうドアを閉めた。
なんでだよ…
『…フッ、なんで不服そうな顔だ。』
「え?してない。」
『お前が拗ねてる時に、よくわかりやすく「ムッ」とほっおえを膨らましてくるって知らないの?』
そう話しながら、私の頰を軽くつねた。
私はまだ不服な顔をしてるから、蒼が笑った。
『まぁ、元彼の話聞くと妙な気分になっただけ。』
「そんなに【蒼】嫌なの?」
『いや、彼のこと嫌いじゃなく、お前が俺たちのこと間違えた方が嫌い。』
「…だから、ごめんってば。」
『はい、はい。』
素直に謝ったから、蒼が少し機嫌良くなったようで何より。
「ねぇ、さっきの扉はなーに?」と言いながら蒼をハグした。
『……』
流石に、自分でもわかってる。
自分はおねだり得意ではない。
これは精一杯のおねだりだったのに、あっさり無視されたと悲しい。
自分の顔見えないけど、今こそ唇を尖がさせて不服な顔してるでしょう。
「…だかーら、リアクションくらいちょうだい。」
『…いや、懐かしいと思った。』
懐かしい?
はっきり意味わからない。
私を見て笑った蒼は私の頭の上にポンポンと軽くなでる。
『体も精神も成長したはずのに、おねだりのスキルは昔からちっとも成長してないよね』
蒼は怒ってない。むしろ、優しい顔している。
『俺の前には良いけど、他の人の前にはやらない方が良い。』
「蒼の前だけやるよ。」
蒼は私より身長高いので、彼のことをじっと見上げてる。
『あれはただの古い部屋なので、気にすんなよ。』
「…今、誤魔化してる?」
蒼はタメ息した
『俺、お前に嘘付くなんてしない。』
『昔も今も、俺の考えを無理矢理つけない。まぁ、あの人と付き合うかどうか悩む時には口出したりしたけど、でも…お前を傷つくことは絶対しないし、誰にもさせない。』
蒼が最後の部分を言った時の声、いつもより低くて真剣だった。
今の蒼と8年間知り合って、お互いの弱みも癖もわかってる。
【蒼】と名前だけ同じではなく、
【蒼】の代わりに、ずっと私の傍にいる。
私の前にずっと余裕にあり、頼もしい。
私の世界で何度も人から裏切れたりしてきたことある。
段々もう裏切れても何も感じなくなった。
そして、気つけば誰も信じられなく、どうでもいいと思った。
昔からもこんな感じかもしれない。
何かされても、「この人絶対私のこと裏切れない!」と堂々と言えるのは、【蒼】と蒼だけ。だから、彼達が言うこと、疑うことなく全部信じる。
蒼の顔を見る度にこう思う。
あぁ、やっぱ私はこの人に一生敵わない。
「…蒼ってさ、過保護じゃない?」
『そうだよ。』
冗談言うつもりだけのに、まさか認めた。
蒼は、私が何を考えているのか大体わかる。
たまに私の心も読める。しかし、私は蒼の心を読めない。
一緒にいる時間長いからわかるか?
でも蒼が何を考えているのか、全然わからない。
それとも、特殊能力というやつ?
『お前、また変なこと考えてるの?』
頭の上から蒼の声が聞こえた。
さっきと違って、優しく甘い声だった。
私は何も言わず、ただ蒼の目をまっすぐ見る。
すると、蒼はなんの決意をしたようで真面目にこう言った。
『お前、何人ぐらい憶えてる?』
「これ、何の話?」
『今まで出会った子の話。』
「全員?…待って、一回ぐらい会った人は流石に無理だよ。ただよく会った子なら覚えてる。いや、そのぐらい普通に覚えてるでしょう?ヘミアの世界は無理だけど、栞の世界なら、よく会う人も覚えてる。」
『いや、別に一回しか会ったこと無い人なら覚える必要がない。』
「え?じゃ、どういう風に…」
予想外の質問で一瞬パニックになりそう。
私を落ち着かせるようで、蒼は再び私の頭の上にポンポンと軽くなでる。
『まぁ、ごめん。俺の聞き方が悪いかも。じゃ、へミアの次に誰と会ったか覚えてるの?』
蒼の目を見ながら、改めて思った。
私、蒼の目が大好きなんだ。
大好きな水色だし、海のように澄んだ目で宝石みたい。
「…何を言ってるの?それなら忘れるわけないよ。だって、栞でしょう?栞は今でも私の側にいるし、昨日も会ったよ。」
『栞、なの?』
「え?当たり前じゃない?あっ、あの頃は確かに【栞】という名前ではなく、【汐里】という名前だった。」
『ややこしくなるから【栞】でいい。』
「名前は大事だよ。確かに、名前や呼び名が変わっても、その人の自身は変わらないと思ってる。ただ、名前は特別だよ。」
『…変なこだわりだね。』
「別にいいじゃない?それでね、へミアがいなくなってから出会ったのは栞だけだよ。違うの?」
話続いてるのに、噛み合わない。
蒼は、一体何を求めてるでしょう。
『まぁ、それでいい。』と言って私を強く抱きしめた。
私は、特別な能力があるわけではない。
ただ、別の世界のことを見えるだけだった。
世界で彼達と出会って、仲良くしてるだけ。
私は何もできないと思う。
そもそも私は自分の意志で決められないし、
まるで映画ようにいつも客観視点で見てるだけだった。
しかし、その中に例外がある。
それはヘミアと栞の世界だった。
今までの経験によると、
物語を読み始めたら、彼女・彼が亡くなるまで他の世界に行けない。
栞はへミアがいなくなってから出会った子だった。でも、彼女は今でも私の側にいるから、へミアよりも一緒にいる時間が多く、長い知り合いだ。
栞の世界は、今までの世界の中にも特殊な存在だ。
客観視点で見る時もあったけど、一人称視点が多い。しかも、栞の目線だけではなく、一人称視点で見えるのは、栞以外に2人もいる。
なので、他の世界よりも栞の世界に沈みやすくい。
その世界で、私の口から出す言葉や容姿も全部栞のものだった。
考え方と感情も、自分ではないと感じることある。
もちろん、私は栞の生活も干渉できない。
例え、栞がそのまま進んだら傷付くとわかったのに、「そこに行っちゃだめだよ。」と言えない。
私の声は、栞に届かない。
私たちの間に透明な壁がある。
なので、蒼みたいにお互いの体を触ったり対面で喋るのはできない。
栞は、私が出会った子の中に一番頑固な子だ。
世界を嫌いなのに、世界を守るためにずっと一人で頑張ってる。
なぜなら、彼女の大切な人はあの理不尽な世界が好きだった。
何も言わず一人で全部背負って生きてる。
しかし、栞がついに弱音を吐いた。
私は誰よりも栞のこと知ってるはずなのに、
私は誰よりも栞の世界見てるはずなのに、
何もできない自分がいて、腹が立った。
情けない。
相変わらず、私はただの観客だけ。
誰も救えない。
「蒼、私、懐かしいことを思い出した。」
『今度は誰の話かよ?』
「栞の話だよ。」
私はあの日について静かに語り始めた。
【私、一体誰だろう。】
ある日、栞が突然こう言った。
珍しく栞が独りでいた時間なので、話し相手ももちろんいなかった。
あの日独りでボソッと言って、この話を聞いたのは私しかいない。
まるで、私に聞いたように聞こえる。
彼女はどんな気持ちでこの話を言っただろう。
栞は泣いてなかった。
歓びもなく怒りもなく、静かにそう言った。
もちろん、私はいつも通りに栞と同じ視点なので、
彼女はどんな表情でその話を言ったのも知らなかった。
私、その後酷くて泣き続いてた。
蒼は、私が泣き止むまで傍にいた。
『あぁ。あの話なら、俺も覚えてる。お前、めちゃ泣いてた。』
「私、あの時に怖かった。」
栞はずっと自信満々で、気強い子だ。男よりも強い時もある。
限界になり、栞が壊れてしまうではないか?と急に怖くなった。
そして、
栞がこのまま消えてしまうじゃないの?と思った。
結局、翌日何もないように、栞はまた笑顔で生きてる。
今でも私の側から離れなく、元気でいる。
『まあ、栞は大丈夫でしょう?しばらく消えないと思う』
思い出を偲んで、蒼の声で現実に戻った。
蒼は栞のこと知ってるし、栞が昔から私の側にいるのも知ってる。
「…あの扉は栞と関係あるの?」
『ないよ。』
「なら、なんでそう聞いた?」
『さぁ。』
蒼は目線をそらして、また口を噤んだ。
嫌な予感をした。
「蒼、私は心を読めないよ。あなたが何も言えなかったら、私は何もわからないよ。私はただの普通な人間だから、教えて欲しい。」
蒼は口を噤んだまま私の話を聞いてる。
「蒼と出会った時には私はまた10代後半で子供だったけど、今は大丈夫だよ。私はもう昔ように簡単に潰されないから教えて欲しい。もちろん、何も知らず、毎日も職場の不満を言ったり遊ぶ予定を言ったりするのも悪くない。
だけど、あなた達に関することなんでも知りたい。どんなことでも知りたい…」
私は口上手くないし、自分の気持ちを素直に伝えるのも苦手なタイプだ。
初対面の人なら、ほぼ誰も冷たい人だなぁと誤解されてる。
「私を信じて。」
私は蒼のこと大好きだ。
へミアも栞も大好きだ。
今まで出会った子たち全員も私の宝物だ。
その気持ちを信じて欲しい。
まぁ、これでも話さないなら素直に諦めるけどね。
『…先に言うけど、俺はお前のこと信じてないなんてないよ。』
「うん。」
『でも、俺は、自分の方法でお前を見守ると決めた。』
『お前さ、ずっと俺たちを大切にしてて、自分で俺たちを守るとしてるだろう。他人をバレないように、無理矢理しても一人の時間を作り出す。』
「だって、私はあなた達と忘れたくないから…」
『あぁ、その気持ちは一緒で、俺たちも、出来限りにお前を見守ってきた。』
「…栞は私のこと触れないのに?」
『ヘミアと栞じゃないよ。俺とあの子だけの話だよ。』
「…え?」
『まぁ、長くなるけど、どこかで座って話そう。』
私は適当に床に座って、蒼の話を促すように彼を見つめてる。
『…お前ってさ、床に座るとまた腰痛くなるぞ。』
「大丈夫だよ。最近も痛くならないし。」
『…昔からも聞きたかったけど。』
「え?なに?」
『お前、あの子といた頃もこんな口調で話してたの?』
「【蒼】?いや、しない。ちゃんとするよ。」
蒼は再びタメ息した
『だよなぁ、あの日泣いてるから、あんな丁寧な言葉で喋ったか一瞬迷ったけど、やっぱいつもあんな感じだった…いや、まあ、俺と関係ないけど…』
「だって、蒼の方が話しやすいもん。ついストレートに話したくなる。」
『これ褒め言葉なの?…まあ、これは置いといて、さっきの件に話そう…』
蒼は話を整理するように、一旦口を噤んだ。
…え?今からするのは、そんな大事な話なの?
『先に言うけど、俺はあの子のこと嫌いからわざとこう言うじゃないぞ。』
「うん。」
『彼が、お前に言わないでほしいと言ったけど、でも、俺は言おうとしたい。』
「あれ、会ったの?」
蒼は、確かに、【蒼】と会ったことないはず。
『会ってないよ。ただ彼がノートを残してくれただけ。』
初めて聞いた。
「え?何か残ってるの?」
『俺宛のものだから、お前には見せないよ。まぁ、今から少し話そうけどね…まず、先言った通り、俺たちは、俺たちの方法でお前のこと見守ってる。』
「でも、私、別に危険だと思わないし…」
『それでね、その方法の一つは、この家のことだ。』
「……」
なんでいきなりアニメやマンガの展開みたい。
こんな話がありえないけど。
「…私がここに閉じ込めるなんてしないよね?」
蒼は思わず吹き出して笑った。
『何を言ってんの?俺たちは超能力者ではないってさ…しかも、お前、いつも自分でここに来たり出たりするじゃん?』
「それはそうだけど…」
『ここってさ、俺がいつもいるのに、栞はここに来られないでしょう?』
「うん。」
『俺も彼女の世界に行けないよ。じゃ、これでわかる?』
「何か?」
『ここ、この家は俺と【蒼】の世界だ。』
「うん。」
『でも、この家にある部屋は、俺たちの部屋じゃなく、誰かの部屋だった。』
「…それ、どういう意味?」
誰の部屋だった?
あれは誰の部屋でしょう。
「だって、ここ、蒼の世界でしょう?ここに来られるのは私と蒼だけから、ここで他の人にも見たことない…あっ、へミアの部屋だった?いや、へミアの部屋はこんな感じではない。栞?いや、そんなはずはない。だって栞の部屋もこんな感じではな…」
『お前、なんで栞たちの話になると早口になったかよ。』
…自分は全く気付いてないけど、落ち着くために深呼吸をした。
ついでに頭の中に整理してから話そう。
『聞け。【誰かの部屋】というのは、それぞれの世界での部屋じゃない。ややこしくなるから、へミアと栞の世界はパラコズムと言うよね…』
蒼は紙に円を描いて、パラコズムという単語を書いた。
そのあとまた何か書き続いてる。
…なんか、めんどくさいことになりそう。
朝一に複雑なこと考えてないなぁ…
てか今何時だろう…?
いや…頭全然回らない…
そういえば、蒼の部屋には時計置いてないのによく知ってるなぁ。
『よっし、これを見て話を続きましょう。』
蒼からその紙をもらった。
蒼は私に先書いてた紙を見せた。その紙にみんなの名前と円二つ書いた。
もちろん、一つの円は【パラコズム】と書いて、もう一つのは【家】と書いた。
【家】って、ここのことだろう。
紙をじっと見て、違和感を感じたけど、
はっきり何か引っかかるかわからない。
『で、ここと彼女の世界は違うから、一緒にしないでよ。』
「うん。」
『今度は、俺たちのことだけど、実は俺たちも彼女達と違い。』
「違うの?」
『お前、昔言ったでしょう。栞と直接話したいのになぜできない?栞が泣いても涙すら拭いてあげられなく、おかしくない?って言ったよね』
「あぁ、言った。今はもうどうしても変わらないとわかるから諦めたけど…」
『ただ俺はお前と会話できるし、お前を触るのもできる。』
「そうだよね。」
今考えば、確かに違うんだ。
「その代わりに、私も蒼の視点から世界見えない。」
『そうだよ。俺たちは栞たちと同じではないとも言える。よって、お前が出会った子は大体二つタイプがある。一つは、ヘミアや栞みたいに彼女の物語を見る。一つは、俺みたいに直接交流できる。』
蒼は言いながら名前のリストに線を引いて、詳細を書いた
【へミア・栞】
㊀彼女の視点でいる ㊁お前が自己意思で行動できない ㊂お前と話せない
【俺・蒼】
㊀お前の視点でいる ㊁お前が自己意思で行動できる ㊂お前と話せる
綺麗に分けた。
ふっと、その違和感の正体がわかった。
「…ねぇ、なんで私の名前がないの?」
『はぁ?なんでお前の名前も書くの?』
「え?だって、私もここにいるでしょう。」
と言って、紙に書いた【家】に指を差した。
『だとしても、お前の名前は別に分けるだろう。』
「これいじめだよね?」
『俺たちは【パラコズム】に行けないし、栞たちも【家】に行けない。しかし、お前は【パラコズム】も【家】も自由に行ったり出たりできる。だから、お前の名前書くなら、こうでしょう。』
蒼はその二つの円の下にもう一つの円を描いて、その中に【お前】と書いた。
「余計に寂しくなる…」
『今更?なんでいつも変な所にこだわってるの?』
「変な所じゃないよ!私にとって大事なことだよ!」
堂々と言い返すしたら、蒼は深いタメ息をついた。
「…蒼、今日タメ息多くない?」
『いや、俺よくこんなに長生きしたなぁ、えらいと思っただけ…なっ!危ないよ!』
私、思い切って床に置いてるクッションを投げた。
「そんなこと言うな。」
『冗談だってさー』
「…頼むから長生きしてよ…君だけは長生きして欲しい。」
『あぁ。お前死ぬまで死なないわ。』
余裕の笑みを浮かべていた蒼を見ると、なぜか泣きそうになった。
…ダメだよ。
もし二度と蒼が失われたら、自分はどうなるか想像するだけでゾッとした。
絶対二度と忘れないと決まった。
『…さっき何を言ったっけ…話が終わらないから、ちゃんと話聞いてよ。』
「私のせいなの?」
『えっ、と、お前にとって、世界は何なの?』
「世界はなんなの…」
『だって、辞書の定義からすると【自分が認識している人間社会の全体】や【自分が自由にできる範囲】か様々な定義がある。』
「うん。」
『栞たちにとって、世界は彼女たちが住んでることでしょう。しかし、俺たちの世界は見たとおりにただの住宅だけどね。まぁ、別に文句言わないけど…』
いつの間に、蒼の声はいつもの優しい声になった。
「でも、蒼は私が外にいた時も声かけてくれるじゃないの?」
『あぁ、でも、俺はそっちで自由に動けないよ。お前を触るのもできなく、ただ声かけるしかできない。遊ぶ時には良いけど、お前が体調崩した時も、何もできなく、そんな自分が嫌だった。』
頭に整理しながら蒼の話を聴いてると、なぜか新鮮だった。
蒼はね、見た目で年下だと見えるけど、わりとやればちゃんとできる人だ。
いつもわからないことを教えてくれたりアトバイスをくれたりしてる。
私はそれで何回も救われた。
「…私にとって、世界は私が生きる場所だけど、あなた達と出会う場所も世界だよ。ただ、あなた達の世界は、私が生きる世界よりも大切だと思ってる。」
『あぁ、だからここには色々な部屋で構成してる。ここの一つ一つも、あなたと関連あったよ。』
「…それって、?」
『俺の部屋もあるし、さっきの扉も、元々誰かの部屋だったけど、今はもうなくなったから、中に入れないよ。』
「…蒼は入ったことある?」
『うん?』
「あの部屋元々あったと分かれば、蒼はわかっるよね?」
『…まず、あの部屋より、もっとわかりやすいところがあるよ。じゃ、あのリビングはどこかで見たか思い出せないの?』
「リビング?」
『今は家具とかないけど、でも記憶は残ってるはず。』
ビクッ。
突然、落下するようにビクッとした。
その直後、不快感をあらわにした。
…私、聞いていけないこと聞いたの?
…それとも、何か覚えたはずなのに思え出せないの?
ビクッ。
心臓の鼓動が急に速くなった。
『ーーーー』
一瞬、自分の名前を聞かれてトキッとした。
思わず蒼と目合わせて、彼は明らかに苦い顔をしてる。
「…ごめん、ぼーっとした。」
しかし、そのおかげで心臓の動きも落ち着いた。
『お前さ…』
「ごめんってば。」
『また体調崩したかと思ったんだ。』
「あっそれなら大丈夫だ。今月崩したことないから平気だよ!でも、心配してくれてありがとうね。」
『心臓…持たな…』
蒼は小声で 何か言ったけど、ちゃんと聞き取れない。
「今何か言った?」
『…お前、体調を崩すのが頻繁になったじゃない?』
「今落ち着いたから、毎月一回ぐらい?それより、この話はどうでもいい。あのリビングの方がよほど大事だ。」
『あれはもう言うことないぞ。残りは、お前が自分で思い出さないと意味ないんだ。』
蒼は絶対譲らないようにきっぱりした。
「思い出せと言われても…忘れたものをこんな簡単に思い出せるの?」
『急いでないし、今日じゃなくてもいいでしょう?』
私の返事待たず、蒼は立ち上げて私の頭にポンポンと軽くなでた。
そして、なぜか床に散らばった本を片付ける。
視線を床に落としたまま、先の話を整理してみる。
明らかに判明したのは、私は何か忘れてる。
誰かのこと?
覚えてるはずのに思い出せない。
記憶を呼び戻したいのに思い出せない。
自分は、どっちに言うと記憶力良いタイプだと思ってた。
今まで何回も記憶を鮮明に記憶を蘇らせた。あの時は、頭から映画みたいに綺麗な映像を流されて、その直後、当時の感触と感情も全部感じれる。
ただ、鮮明に思い出せる記憶は私自身が経験したものに限る。
しかし、蒼の話によると、私は関係者だそうから思い出せるはず。
なんで全然思い出せないだろう。年取ったから、記憶力落ちたせいかなぁ。
『…でも、懐かしいよね。』
「え?」
『お前、最近、毎日30分か1時間ぐらいしかここいられなかった。ここに来ても眠そう顔をして、話しながら寝落ちしたりしてた。まあ、仕事だった疲れて仕方ないと思うけど、休みの日も、出かけること多い…』
「ごめん…」
『あっ責めてないよ。お前はちゃんと俺に報告するからいいけど…』
あの頃と何も成長してないんだ…
私の視線は床に落としたまま考える。
社会人になると時間全然足りなくなった。
昔の知り合いともそこまで連絡取れないし、昔の趣味も全部できなくなった。
休日もだるくてのんびりするか、それともどこかでぶらぶらする。
蒼との時間は昔よりだいぶ減らした。
幸いのは、蒼との時間が減らしても、彼は変わらず私のそばにいる。
…そうだ。今日両親と朝ごはん食べに行く予定なので、
時間合わせてここから出ないと間に合わない。
【両親】
瞬間。
脳裡をかすめる。
「…お、や…」
ボソッと呟いた言葉は自分の声ではないなように聞こえる。
『なに?』
蒼の声が遠くに聞こえる。
耳が詰まったようになって、「ピーッ」という高い音が聞こえた。
この一瞬で色んな気持ちが私の中に膨れ上がてる。
悲しい気持ちと、寂しい気持ちも襲ってきた。
あっ…あの感覚は、記憶を蘇らせる証明だ。
『おまーー』
蒼が何か言ったようだけど、今はこっちの方が重要だった。
喉が詰まったように感じる。
そっか。
あのリビングの記憶は、【両親】と関連付けを作り出した。
だから、あのリビングとの繋がりの記憶を引っ張り出してる。
息が苦しくなる。
私、記憶を蘇らせる時に、当時の感触と感情も全部感じられる。
今の気持ちも、当時の感情だろう…
胸が痛い。
痛みだけでなく、なぜか切ないと感じてきた。
「…あっ。」
言葉が出た瞬間、涙のしずくが落ちた。
胸が締め付けられて辛くなった。
へミア消えてから2年後、栞に出会った。
今の栞は確かに、一八歳と思う。
しかし、私の中に栞との思い出の中で一番古いのは栞が八歳頃の話だった。
あれは栞はまだ栞ではない頃の話だった。
栞の名前が元々汐里だった。
ただこれは栞から教えてもらったじゃなく、栞が他人との会話の中に知った。
彼女は十歳まで、汐里という名前で生きてた。
【お姉さん、誰?】
鼻にかかったような甘い声だ。
あの時、ただ初めて行った家にぶらぶらするつもりだけだったのに、
なぜか突然子供から声かけられた。
お目目くりくり。少しふっくらしてる頰を見ると、無性に触りたくなる。
シンプルな丸襟ワンピースを着てるけど、裸足なのでここに住んでる子かも?
【ねぇ、お姉さーん、あたしの話聞える?】
いきなり声かけられて頭は全然回れなく、しばらく黙った。
【おーい、お姉さん?あたしの声きこーえーるーの?】
【あれ?お姉さん、もしかして幽霊なの?】
人のこと勝手に殺さないで。
と言いたいのに、言葉を出てこない。
【お姉さんも、パパとママの友達?】
パパとママ?
【パパとママはね、ずっと寝てるよ。最近パパとママのお友達がいっぱい来てるのに、全然起きない。みんなも優しい人だよ。あたしと遊んでくれる。】
パパとママが寝てるか…
チラッとこの家の環境を見たけど、どう見ても人が住んでると思えない。
【今いないよ。】
私の考え方全部わかるように、女の子はこう言った。
【一昨日まで様々な大人が来てたけど、昨日から誰も来なかった。】
【ねぇ、お姉さん、あたしのこと怖いからずっと喋れないの?】
この子が怖い?
いや、流石にこんな子供に怖いと感じる人がいないでしょう。
【そうなの?一昨日まで遊んでたおばさんは優しかったけど、あたしのこと怯えてるようだ。あと、たまに難しい言葉ばかり言ってた。】
難しい言葉?例えば?
【ノロイ?ゴ、サツ?ギャクタイ?あと…セイシ、なんとかガイ?】
【あたし、何か悪いことした?】
呪い、誤殺、虐待、精神障害
そこまで難しい言葉ではないはず。でも、なぜ子供に…?
【ねぇ、お姉さん。あたしと遊んで!誰も遊んでくれないから、つまらないよ。あっ色塗りしよう!】
純粋な笑顔。
その笑顔と似合わず、刃物を持ち出した。
【お姉さん、何色が好きなの?あたしね、赤色が好きだ。それに、先日いーちばん綺麗な赤色見つけた!宝石みたいだよ!】
彼女は無邪気で喋り始めたのに、なぜか話が全然頭に入ってこない。
【この前パパとママにこれを刺したら、いっぱい出たよ!】
刺した?
…まさか。
【ママに見せたかったのに、でもそのあと、パパとママずっと起きなかった。お友達が運ばれてもゼーゼん起きなかった…】
なんか、凄く嫌な気持ちがした。
【あっそうだ!お姉さん、お名前はなーに?あたしの名前、しおりという。潮汐の汐、さとの里。しおりで呼んでいいよ。】
相変わらず、甘え声で囁いてる。
話の内容を無視すれば、ただの可愛い子供だろう。
そうだ。
私はあのリビングで栞と初めて出会った。
あのリビングで、栞が自分の親を殺したと知った。
急に流れされた映像が止まって、静かな闇に包まれた。
その次、石鹸のような匂いがする。
誰かハグをされながら私の背中をポンポンと叩かれてる。
心地良く寝られるそう。
ふっと目を開けると、いつもと違い景色が目に映る。
グレー色のパーカーと白いTシャツ。
あぁ。私、やっぱ大好きだ。
抱きしめ返したら、頭の上から声が聞こえた。
『おぅ、起きたね。』
蒼から抱きしめられるまま返事を返す。
「私…どのぐらい寝てた?」
『そんなにないよ?20分か30分ぐらい?』
「そっか…」
もう眠気ないけど、蒼に抱きつくと安心感あるので、なかなか離れたくない。
記憶の中に沈んでゆくのは久しぶりだった。
もちろん、体に悪い影響がないけど、毎回終わっても微妙な気持ちになってしまう。
記憶に深く沈むと映像の精度も高くなり、臨場感もあふれる。
その代わりに終わったら、非常にだるくなってしまう。
子供の頃よく違和感を感じてしまった。
本当は、今にいるのは【私】なの?
それとも彼女達の世界の登場人物なの?
ほぼ毎日もヘミアや栞の視点で世界見ると、
段々、自分が今見た景色はどっちの世界なのかと思ってしまった。
私の世界で感じたことは本物だと思う。
でも、ヘミアの世界で感じた物も、栞の世界体験したことも、全部本物だった。
たまに、自分の行動や周囲の景色に現実感を感じられない。
何年も続いたら、感覚もおかしくなる。
自分の感情は自分のものではないと感じる。
自分の身体は自分のものではないと感じる。
これ、誰かの世界なの?と考えてしまう。
私が生きてる世界と、
彼達が生きてる世界、
一体どっちが本当の世界かなぁ?
「…聞かないの?」
『何を?』
「私、先どの記憶を見たか。」
『聞かないよ。だって、栞のことでしょう?栞との思い出は、お前が覚えるだけで十分だと思う。俺、栞に会えないし、知っても何の用もない。』
「…私もできることない…」
私、彼女の身代わりになれないんだ。
『お前は、ちゃんと憶えていて大丈夫だよ。栞との思い出を一つ一つを頭に入れて、栞の声を聴いて、栞の存在を憶えていい。』
「…私、いつか忘れてしまうかも。」
『あぁ。』
「あの扉、あの消えた部屋も、私が知ってる子の部屋だったよね?それなら、私、あの子の存在を忘れてしまったから、あの子の部屋も消えてしまっただろう。」
あぁ、こういうことだ…思わず苦笑した。
記憶の中に跡がつかないと、存在も知らないうちに消えてしまう。
人間の脳の記憶容量、一体どのぐらいあるだろう。
流石に、世の中にあるパソコンよりも多いでしょう。しかし、人間は自分を覚えるより、パソコンやスマホに頼むことが多い。
「もしあたな達は、私と出会うじゃなく、どこかの記憶力選手権の選手と出会う方が良いかも。きっとみんなのことも覚えられる。」
『いや、俺は記憶力選手権の選手といたくないわぁ…そんな人と喧嘩するたびにすぐ昔の話を掘り返しそう。』
思わずクスッと笑った。
『笑えるなら、機嫌直ったよね。』
「別に怒ってないし…」
『なら良い。』
「…私が忘れた子は誰なの?名前を聞いたら、思い出せると思う。」
『別に思い出せなくとも良い。』
「え?」
『あの子は、へミアや栞みたいに違って、お前といる時間そんなに長くないから、影響がないはず。』
「…蒼、冷血だね。」
『まぁ、必要ではないものを拒否して、必要のものだけ覚えていい。そもそも人間の脳は勝手に選別する。選別して、役立つことだけ頭の中に残る。』
「それなのに、人は辛い記憶も悲しい記憶も覚える。選別できるなら、そんな記憶を消えて欲しい。」
『辛い記憶も悲しい記憶も大事なことでしょう。色々な経験を重ねて、今のお前がいるから、そんなこと否定しないでよ。』
「否定してない。ただ、選別の権利がほしい。」
『そこまでできるなら、人生は想い通りになると面白くないじゃない?』
「私、20年以上生きてるのに、人生面白いなんて一回も思ったことない。」
どこかの専門書で見たかなぁ。
子供は二歳ぐらいになると鏡に自分が映ってるとわかる。
それで、鏡に映った人は自分であると認識できる。
幼少期の自分の顔は、もちろん、成長した顔と違う。
例え、眉毛太くなったり、髪が変わったりするでしょう?
それでも疑わずに、鏡を見るとそこに映った人は自分だと確信できる。
逆に、これが不思議だと思う。
なんで人間は自分の顔を見えないのに、
鏡を見てこの人は自分だって信じられるの。
子供の頃に自己認識できて、その以降毎日鏡の前に立って、
これは私だと確認してるでしょうか。
しかし、これは鏡が正しいという前提が必要だよ。
鏡がなくても、カメラもこんな効果があるだろう。
残りは、私たち自身の記憶だ。
覚えてるから、これだろうという根拠のない言い方もよく聞こえる。
記憶は、私の考えや気持ちの根拠だと思う。
しかも、【私】はどういう人かの証明だ。
もしもの話。
とある日、あなたは目を覚めて、見知らぬ天井を見えた。
ベッドシーツも、好きなキャラクターではなく、無地なシーツになった。
いつもベッドに置いてるぬいぐるみはなくなって、
その代わりに最新のスマホがある。
あなたが時計を探してみたけど、いつもの場所には置いてなかった。
スマホを見ると、もう10時以降だった。
あなたの記憶に、我が家のルールとして、9時になると全員も起きないといけない。しかし、今日は9時まで寝ても親に起こされなかった。
あなたは、自分の左手の手首を強く握ってみた。
痛みを感じたから、ここは夢じゃなく、現実だったとわかった。
昨日寝る前の光景を思い出し、目の前にある見知らぬ景色を比べてみた。
全然違うんだ。
こんな時、あなたは、
昨日の自分と今日の自分は、同じだと信じるでしょうか。
それでも、自分の記憶を疑うことがなく信じているの?
私はね…
ヘミアと出会ったばかりの頃は、いろんな意味でひどかった。
そんな体験は初めてだし、楽しかった。
夢中になった。
【あっちの世界】と【こっちの世界】も、時間線は一緒だった。
どっちが面白いそうことがあれば、そこに行けば良い。
いつの間に、私は【こっちの世界】より【あっちの世界】が好きになった。
ただ、好きになる程、変な感覚も出てきた。
いつの間に、自分の手を見つめて、自分の手ではないと感じてしまう。
【こっちの世界】も、【あっちの世界】の一つだったか?と感じてしまった。
毎晩ベッドに横になって、天井を見ながら色んな考え方を浮かんでた。
明日目を覚めたら、見知らぬ天井見たらどうする。
明日目を覚めたら、違いベッドに寝たらどうする。
明日目を覚めたら、私は私ではなくなたらどうする。
私たちは、記憶に頼って生きてる。
試験に良い結果を出すためにテキストの内容を暗記する。
仕事うまくできるように、仕事の内容や手続きを覚えなければならない。
恋人と仲良くなるために、相手の好みや相手との約束を覚える。
でも、人間の記憶は曖昧なものだ。
実際起きてないのに、起きたように思い出してしまう時もある。
そして、他人の話によって、簡単に変わる。
頭の中に鮮明に刻んでる記憶でも、間違えることがある。
何故なら人間の脳は、ものをまるごと覚えない。
ちょこちょこ記憶を選別して、大事なももや必要なものだけ保存しておく。
毎日の生活から考えてみよう。もしも、全部記憶に残ると、どれほどの容量になるでしょうか。だから、【重要ではない】と決まったら覚える必要もない。
しかし、それを決まるのは、私たちの脳だ。
脳から、これは重要ではないと判定され、段々その記憶は薄くなり、忘れてしまう。
だから、嫌な記憶があって忘れたくても、もし脳から【重要】だと認定されたら、どうしても忘れられない。
一生残る。
私、自分が起こったことは時間が経っても、鮮明に頭に残る。
普通忘れるはずの記憶も、鮮明のままに残される。
例え、何もない日常にも、何か引っかかってフラッシュバックのように、勝手に思い出される。そして、当時の感情も一緒に襲われてくる。
そのせいで、一時期夜になると気分が沈んだり過度に緊張したりした。
人間の脳は、無意識に記憶を書き直したりする。
それは当人が嫌でも、記憶を思い出す度に、少しずつ修正してる。
そして記憶を書き換える。
誰にも止められない。
たとえ、所有主の私たちでもできないんだ。
「…私はね、人間は、記憶で自分が誰なのか認識してると思ってる。」
私は先に沈黙を破った。
「自分は一体誰なのか、今までどんな感じで生きてたか。その様々な記憶があるから、「今」がある。そんな記憶があるから、今の自分がいる。」
『あぁ。』
「もちろん、記憶だけではなく、日記とか写真とかちゃんと物として残ったもので認識しながら、生きてる。」
私が言った瞬間、思わず自分も笑ってしまった。
「でも、人間は忘れるよ。」
あぁ、綺麗に忘れてしまった。
「私、中学生の頃のブログを見つけて、その中に書いたブログを最初から最後まで読んだ。蒼はさ、私がそのブログを読んで、どう感じたか知ってる?。」
『まあ、あの子やヘミアのことは大切にしてるとか?』
「ええ、それもある。しかし、一番最初に出た感想は、この方は【蒼】という人が好きだと感じた。」
なんでこうなるでしょう。
『この方って…』
「私なのに、私だと感じない。」
いつから歪んだでしょう。
『それは普通だと思う。だって、あれから何年も経ったし、仕方ないじゃん。』
「でも、昔の自分にとって、これはどうしても失くしたくないものだった。」
誰でも忘れたくないことがある。
例えばどんな些細なことでも、そのことに対する感情はどんなことよりも大事だ。
『…俺は、あれもお前だと思うよ。記憶がなくても、昔のお前がいたから、今のお前がいる。昔の自分を否定しないでよ。』
蒼は、私を見つめてそう言った。
「否定してないよ。」
『それでさ、昔好きだったアニメだとしても、お前も好きではないでしょう?何故なら、お前がその後に人生経験を増えたから、好みも変わる。』
「でも、あなた達の世界は変わってない。」
『変わってないよ。ヘミアがいなくなったけど、栞がいる。世代交代みたい感じではないの?【蒼】から俺に変わったし。』
【世代交代】
一瞬、この単語が気になる。
『それに、俺たちだけじゃなく、他の子にも出会ってたじゃん?』
頭の中にある名前を浮かんだ。
「る…」
『え?』
息を吸い込んで、ある名前を言い出した。
「あの部屋の持ち主、私が忘れた子は…瑠璃だったの?」
『…なんでいきなり思い出した?』
「わからない。先蒼が言った言葉に引っかかったみたい。それで【瑠璃】という名前が頭に出た。」
『…お前、一体どうやって名前覚えてたか。』
「私も知りたいかも。」
再び、私と蒼の間に沈黙が降りてきた。
私も蒼から少し離れて、二人ともベッドの近く床に座ってる。
この家は、こんな静かだったか。
物音一切なく、静寂に包まれた。
だけど、居心地が良く、気まずい感情全くない。
昔の私、こんな雰囲気でしか寝れない。
元々物音に敏感して、眠くてもなかなか寝られない時もある。
だから、安心になるように、蒼が毎晩もベットに座って、私のことを見守ってる。
睡眠中で何度も目を覚めたりする。その時もし蒼の背中を見えると、なんとなく落ち着けるようになる。
…なんか、心地よく眠たくなる。
『…どんな子なの?』
蒼は穏やかな口調で聞いた。
「うん?」
『俺、あの部屋に入ったことないし、瑠璃という人も会ったことない。』
「あ、瑠璃がいた頃はまた【蒼】の時代だったよね。」
『時代という言葉使うかよ…』
私は少し嬉しくなった。
名前を思い出したら、関連の記憶も少しずつ思い出せる。
「瑠璃はね、優しい子だったよ。女の子らしく、弱そうな子だった。体が弱くて、激しい運動も無理だった。なので、栞みたいに走ったり射撃したりするのは多分一生できないと思った。」
『いや、どう考えても栞の方がおかしい。』
「ふむ、確かにね。栞は強いもん…」
栞は肉体だけではなく、精神的にも強いんだ。何も恐れず、信念を曲げない。
「…私、あの時初めて知った。」
昔の私、瑠璃の世界も栞の世界も行けた気がする。
「最初の頃は、多分二つの世界にも行けた。しかし、段々瑠璃といる時間がすくなくなって、栞との時間が長くした。そしてついに瑠璃が、私の前に現れなくなった。」
『二つの世界…それ大変でしょう。』
「今は無理だけど、昔は平気だったよ。小さな世界ならそこまで大変じゃなかったし、負担にならなかった。もちろん、今は、もうできないよね。」
どこかの小説のように、魔法は子供しか見えない。
幼いからこそ見えるものが、確実にある。
そして、大人になると魔法も解けてゆく。
私も、いつか【あっちの世界】に行けなくなる。
「…それで、私の中に瑠璃は綺麗に消えて、名前すら消えてしまった。」
『でも、お前、今彼女の名前を思い出したのも事実だった。』
「…ねぇ、蒼。」
私は心に決めた。
やっぱり、先に栞から少し勇気を分けておく方が良かったかも。
「話を続きましょう。さっきの話、全部終わってないだろう。」
『全部知ってどうするかよ。』
「わからない。ただ、このまま何も知らないのも気持ち悪いと思う。」
『…さぁ。』
蒼は昔から、私に教えたくない話をすると口数が少なくなる。
「なら、教えてよ。」
これを言った瞬間に栞の声が聞こえた。
【私、一体誰だろう。】
「私、一体誰だろう?」
蒼は、先から私と目を合わせないようにしてる。
『だから、お前はお前だっ…』
「じゃ、質問変わりましょう。私の記憶、どのぐらい失ったか?」
『失ってない。お前はただ一部思い出せないだけだって。』
「なるほど、でも、私が思い出せない記憶は何なの?」
『…思い出せないなら、別に気にしなくてもいいだろう。言ったろう、お前の脳がそんな記憶は大切じゃないと認識したから、お前が思い出せないままでも元気に生きられる。』
私を説き伏せように喋り出した。
「…でも、私は知りたいよ。」
蒼と違って、私は落ち着いて喋る。
「確かに、世の中にものを全部知らなくて生きられるよ。だって、学生時代に勉強した化学式や数学の公式なんて、今覚えても私の仕事に役立たず、覚えなくて生活に支障をきたさないよ。」
そもそも、将来学者や研究者になろうと思わなかったら、
そんな知識を勉強しなくても大丈夫だと思う。
「知るべきものではない。ただ、知りたいことだよ。」
『…お前が知っても役立たないぞ。』
「ええ。それなら、ただ役立たない知識を増えるだけ。」
『またいつか忘れてしまう。』
「その時に、蒼がもう一回教えてくれたらいい。記憶を何回も思い出せたら固まるし、それなら忘れる心配もない。」
『はぁ?』
「え?だって、蒼はずっと私といるでしょう。」
蒼、やっと私と目を合わせた。
泣きそうな顔をしてる蒼を見ると、そう思った。
今までこの人に甘えすぎたかも…
『…わかった。』
「やったね。」
『そんなに嬉しいことなの?』
私は嬉しそうに笑ったから、蒼は思わずこう言った。
「まあね。私はこれから、昔あった子を思い出せるだろう?」
『あぁ。別に会える訳じゃないけど。』
「いいよ。私の記憶に残る限り、あなた達はちゃんと世界で生きてた証拠だ。」
『こんな発想は変だなぁ。でも、ありがとうね。』
「どういたしまして。」
蒼は、嬉しそうで私の頭にポンポンする。