あの日から、私の世界で蒼という子は二人がいる。

過去の私の傍にいた【蒼】。
現在の私の傍にいた蒼。

【蒼】 は私の初恋だった。
人生一番辛かった時に支えてくれた人だった。
涙を拭いてくれて、優しく慰めてくれた人だった。

あれ以来私の前に消えてしまった。
ただし、ヘミアと少し違うと感じる。
彼の存在が消えたではなく、どこかで隠れてるだけでしょう。
へミアとは会えないと感じたのに、【蒼】ならそう感じない。

まぁ、私が名前呼んでも出てこないから、これから自分がやらないといけないんだ。
もう、彼に甘えてダメだ。

今度こそ、自分で頑張らなきゃ。

もちろん、今目の前にいる蒼は、彼と違うのはわかってる。
ただ感情的に追いつかない時もある。
特に最初の頃だったよね。口には出さないけど、
蒼はこんなこと言わない。と何度も口に出した。

時間をかけて、自分の中にも納得できて、今の蒼を大事にしてる。
ただ先程ヘミアとのことを思い出したから、ついに当時のこともどんどん頭に浮かんできた。

本当は、「蒼は蒼。どんな風になっても変わらない。」と言いたかった。

しかし、人の記憶は凄く曖昧だよ。
同じ名前で同じ容姿だから、勝手に同じものと意識して処理する。
自分の都合で記憶を修正したりする。
悲しい記憶、辛い記憶も全部頭のどこに閉まってる。
忘れてないのに、思い出そう必要もないと判断されたら、もう一生思い出さないだよ。

きっと、どこかでこの2人のことを同化してしるだろう。

この時、頭の中に蒼の声聞こえて、ある。記憶の断片が再生された。

『…勝てるわけないでしょう。』

以前、蒼に彼とのことを話したことある。
話を聞いた後に、蒼はこんな話をボロッと言った。
蒼は、一体どんな表情でこの話を言ったか。

冷静に考えると、【蒼】は9年ぐらい私の前に出てなかった。
もう一生会えないと思った。

しかし、一度だけ、彼は予想外の時に出た。

去年例の別れ話の頃、なかなか決断を付けなくかった。
元々遠距離だったので、相手と直接話せなく、ただチャットや電話で話すしかなかった。
それのせいかどうか、ヘミアとの別れを蘇った。
ついに、情緒不安定ということも蘇った。

二度と無くしたくない。
二度と見捨てられたくない。

ネットでよく見える別れたくない女のイメージがあるよね?
あの時の私も、多分あれと一緒だった。

でも、どこかに少し違うと思う。
相手が失われたくないよりも、これでいけるならへミアが救えると思ってしまった。
今考えたら、それは別々の話だった。

そんな私を見て、蒼は一生懸命に声かけてくれた。
仕事終わってからずっと私の側にいた。
ただ、蒼の話全く私の中に入ってこなかった。
なぜなら、私が欲しいのはこんなのじゃなかった。

蒼はヘミアがいなくなった時はどんな辛かったか知らなかった。
そして、私が欲しい言葉を言ってくれなかった。
その後、悲しすぎて記憶をいじってくれないか?ということも考えてしまった。別れたくない。ただ、別れないといけない。

私、あの時蒼に「なんなら今、私の脳の中にある相手との記憶を消して!」と言った。

蒼は、確かに『あんなことできるわけない。』と返してきた。

今思えば、蒼にこんな激しく言うのが初めてだった。

そんな私を見て、蒼はどう思ってるでしょう。
ただ、あの時の私は、本当に蒼のこと嫌いだったかもしれない。
心の中に、君じゃなく蒼を返してくれ!と思ったこともあった。

【蒼】なら、きっと私が欲しい言葉を言ってくれる。

その瞬間、神さまは私の祈りを聞こえただろう。
こんな状態である声聞こえた。
少し高い声だった。

【大丈夫ですよ。】

蒼の声ではなく、【蒼】の声だった。
情緒不安定で、ついみ幻聴が聞こえてしまったか?と思った。
蒼と喧嘩してついに限界になったかなぁ。

【もう大丈夫ですね。】

その一言だけで、頭真っ白うになった。
道の真中にも関わらず、大粒の涙をボロボロこぼした。
声を出して泣きたかったか、それとも彼に甘えたかったか。
必死に我慢した。声も涙も、全部吞み込んだ。

そのあと一体どうやって家まで帰ってきたか、全く覚えてない。
あの夜は何回も【蒼】の前に泣き出した。
私が子供の頃に戻ったように、泣きながら自分の気持ちを全部伝えた。

【本当に泣き虫ですよね。】
【ほら、もう泣かないでよ。】

結果、昔のように夜中に何度も目を覚めた。
目を覚めて必ず彼がいるかどうか確認した。
全部自分の幻覚だったらどうしようと考えてしまう。

翌日、胸の痛みは嘘のように消えた。
前日まで息苦しくなるほど動悸がしたのに、目を覚めたら全然なくなった。
一体どっちが幻覚だろうと思うぐらい、びっくりした。
もちろん、消えたのは痛みだけではない。

何となく感じたけど、「あお…」と呼んでみた。
その代わりに出てきたのは蒼だった。
『彼なら、もういないよ。』
「…だよね。」

その日起きたら、思い切って相手の連絡先を消した。
相手のことよりも、蒼のことで頭いっぱいだった。

見捨てられないんだ。

多分、試し行為みたい。
わざと自分自身を限界まで追い詰めて、自分を傷つけてたかもしれない。
あの蒼が、また私のこと見守ってるか、
また私のこと大切にしてるか、確認したかった。

初めてではないしね。
昔も、こんな行為やった気がする。

一旦思い出から離れて、今目の前にいる蒼の顔を見て話した。
「…蒼、話を聞いてくれる?」
『初恋に勝てないという話なら、聞きたくないけど?』
「そんな意味じゃないよ。ただ、先ある記憶を思い出して、ぜひ蒼に話してもいいかなぁと思った…いや、私は話したいと思う。」

口から言葉出てるのに、自分が喋ってるという感覚全くなく勝手に喋ってる。
でも、話そうと心に決めた。

『だとしたら、話を聞くしかないじゃん?』
「ええ、そうだよ。」

私は、今まで蒼に教えてない事を言うと決まった。

「私、昔はよく情緒不安定になっちゃうよ。ヘミアとの別れ時も酷くなった。
あの時の気持ちは、ストレスか何かはっきりわからなかった。しかし、ヘミアがいきなり消えたから、【蒼】もいつか私を見捨てられないか心配してた。」

本当は、蒼に言うつもり無かった。

「だから、あの時、死のうと思った。」

別に死にたいと思ってないよ。
ただ、死んでもいいと思うけどね。

世間から見ると、私が死のうと思う理由がないかもしれない。
親は健康で、お金困ることもない。
親に言ったら、欲しいものが普通に手に入れる。
普段の生活も、たまに贅沢にしても良いぐらい余裕がある。
学校では成績優秀とは言えないけど、先生から可愛がってる生徒だった。
人間関係も特に問題がない。友達が多くないけど、信頼できる友達はいる。

でも人間なら、誰でも死にたいと思ったことあるでしょう。

悲しみ。
孤独感。
空虚感。

全部、隠して生きてた。
学校では優等生を演じて、家庭ではしっかり者を演じてる。

「【蒼】だけだった。彼の前に子供のように、純粋でいられると感じた。」

ある日、自分がそう思った。
本物の私って、一体どっちだろう。
大人しく、しっかりしてる私が本物なの?
それでも、わがままで素直な私が本物なの?

「人間の世界には、試し行為ということがあるよ。わざと嫌われそうな行動をして、相手が自分のことどれくらい愛してるか試す。自分の弱いところにも、【蒼】に見せた。」

夜中に目を覚めると緊張する。
そして、子供の頃の感覚もあの一瞬で蘇る。
人の声聞くとビクビクする。
息が苦しくなる。
あの頃の自分は、寝ることが怖いと感じてしまった。
寝たら、また途中目を覚めちゃう。また苦しくなる。
早く楽になる方法がないので、1時間や2時間かずっと耳を塞いで、泣きながら早く終わってと祈ってた。それしかできなかった。

傍についていたのは、【蒼】だけだった。
無論、親にも友達にも先生にも言わなかった。

「自分が、死のうとしたら、【蒼】は絶対にいなくならないと思った。」

何故なら、彼は私のこと大事にしてるとわかってる。
わかってるけど、その気持ちもきっといつか変わると思った。
だから、確かめたかった。

この人は、何かあっても私の味方でいてくれるか。
なお、どんな私でも否定しなく受け止めるか。

疑うことなく純粋に信じられる。
何年にも一緒にいたし、
離れても、彼は私のこと大事にするという自信がある。

「結局、私の脳も、【蒼】は大丈夫だと判断した。彼は私の側にいなくても、この気持ちは変わらないと思った。」

話を一旦止めて、向こうに座ってる蒼を見てみる。
蒼は先からずっと黙って話を聞いてる。
お互いのコーヒーも冷めたので、飲まないでしょう。

「この前さ、高校生時代のブログを見つけたでしょう?高校生時代の私が、好きなアニメや学校のこと書いてた。その中にこんなブログもあったよ。」

人間の記憶は曖昧だから、ちゃんと文字で残りたいと書いた。
もしも、未来の自分がこれを見たら、きっと思い出せると信じてた。

ある日のブログで、2010年の自分から未来の自分へのお願いを書いた。

蒼を忘れないで。

もちろん、当時の自分にとって、文章の中の蒼は【蒼】のことだった。
これから高校卒業して大学に行って、新生活を始める。
色々な経験を重ねて、色んな人と出会える。
そこで大事な人ができたかもしれない。

ただ、これだけ覚えて欲しい。

蒼という名前を忘れないで。
蒼という人を忘れないで。

「10年前の自分、必死だったよね。」

人間の脳は、新しい情報や体験があると、今まで保存してる情報が覆い被せようとする。これがあるから、人は古い記憶を段々忘れてしまう。
脳には、毎日全部のこと覚えられないから、記憶を選別しながら覚えたり忘れたりしてる。

「きっと、今までずっと頑張ってた。ヘミアのことがあって、あなた達がずっといられないことを気づいた。高校まで【蒼】のこと忘れずに生きてた。ただ、新しい場所で生活すると、楽しいこともきっと多いでしょう。」

蒼を見捨てないでください。

「…もしかしたら、あなた達が何も言わずいなくなるではなく、私が、あなた達のこと先に忘れてしまうか、怖かった。」

この世界には誘惑が多い。

優しくしてくれる人も多い。簡単に人を裏切れる人も多い。
学校から離れ、私の世界が広がった。
やることも増えて、やりたいことも増えた。

成長すると責任も増える。
しかし、時間は増えない。

取捨選択を迫られる。
どんな要件が必要だったか、どんなことは急いでないか、
取るべきものと捨てるべきもの。

「他のことでいっぱいになって、どうしても時間が足りなかった。【蒼】なら、一緒にいなくても私のこと嫌いになれないと思った。本当に、大丈夫だと思った。」

私、【蒼】との時間を減らしてした。
記憶が正しいなら、最初は、昔より3分の1の時間だけ減らした。
1日中にずっといてたので、3分の1の時間を減らしても、3分の2の時間があった。その差はそんなに気づかなかったかもね。

課題を重ねてたし、新しい人間関係を構築しようと時間を投入しなければできないもんだった。知らないうちに、他のことばかりで【蒼】との時間は以前の3分の1よりも少なかった。

あれから2年も経たず、私は、もう【蒼】を呼ばなくなても落ち着けるし、夜中にも目を覚めなかった。

「【蒼】から見捨てられると心配してたのに、まさか私が【蒼】を見捨てた。」
『…でも、俺は、お前が彼を見捨てないと思う。』
「そうかなぁ。」
『見捨てたら、あの時にお前の前に現れないじゃない?』

確かに、自分もびっくりした。
まさか、こんなくだらないことで彼と再会するのは思わなかった。

『にしても、お前があんなに泣いたのは、初めてみた。』
「…恥ずかしいからやめなさい。そもそもあれ以来私が呼んでも【蒼】が一切出ないし、もう出ないだろう。」
『さぁ。』

蒼は冷めたコーヒーをキッチンシンクに流す。