え?
自分の後ろ上から声が聞こえたから、思わず振り向いた。
突然の行動で、男も驚いたまま私を見つめてる。
『いくら感情は記憶と別々を保管すると言っても、お前、なんで【蒼】のことになるとすぐも泣くかよ…』
「…え、蒼?」
『いやいや、俺以外だれかこんな状態でお前と話せるの?』
「?!…え、待って、あいつが出たの?!」
「私の記憶勝手に干渉して、口がめちゃくちゃ悪い蒼なの?」
「口悪い?でも、ぼくの記憶にはそんなに口悪くないはず…」
『口悪いってどういうことよ。ってか、とりあえず、この男うるさいから、しばらく黙れと言っといて。』
「…あっ。」
蒼が言った通りに、私は男の方に見る。
「うん?ぼくに言いたいことあるの?」
「ええ。」
「ほうー久しぶりの再会で感謝するか?そんな…」
「しばらく黙れ。」
「えっ?」
「って、蒼が、そう言った。」
「はぁ?反抗期なの?」
『…めんどくさい。とりあえず、俺とあの子の区別を教えて。それを聞いてから、俺が話したいことあるから、時間くれって。』
久しぶりに蒼と話せるけど、今、凄く不機嫌になってる。
なんかあったの?
「…どうしたの?」
「えっと、まずはごめん。先私も気づいたけど、教えてくれなくてごめん。」
「気づいたこと?」
「実は、蒼は二人がいる。」
「……はっ?」
「見た目も名前も同じだが、性格は全然違うよ。しかし、一人目はもう昔から私の前に消えて、話してなかった。そして、いつも私と一緒にいる蒼は、先言った口が悪い方だよ。」
「…だから、一人称を気になったか…」
「ええ。今ここにいる蒼は【俺】を使って、もう一人の蒼は【僕】を使う。なので、それで違和感を感じた。反抗期なんてなく、今ここにいる彼は、あなたと面識ある蒼ではないんだ。」
「…ちょっと待って、ぼく、そんな話聞いたことないよ。」
『当たり前じゃん?プロのカウンセラーじゃなくても、そんな勉強してる人に全部教えるなんて、そんなバカの行動するか。』
私は、一瞬蒼をチラッと見て、男に聞いた。
「元々、蒼の存在も表に出てないし、あなたが彼の存在が知る時点で凄いと思うよ。この蒼は、こっちの世界に姿がないので、直接話せないよ。私の口から話を伝えるか…それしかできない…」
「そんな…いや、そんな話があったら先に教えて欲しかった…」
話終わって、再び蒼を見てみると、なぜか先より少し冷静になったようだ。
蒼は深刻な表情で男を見つめてる。
「ねぇ、蒼…」
『今から言うことをそのまま喋って。』
もちろん、私に言ったよね。
「あの、蒼が言いたいことあるみたいで、話聞いてね。」
「…あぁ。」
『俺、お前と【蒼】の遊びを知ってる。』
え?これどういう意味?
意味わからないまま、文字通りに言えば良いかなぁ?
「俺、お前と【蒼】の遊びを知ってる。」
男の顔は、初めて笑顔を消えた。
『ただ、俺は君たちの仲間ではない。こいつが、自分の脳が記憶をいじるすら嫌いのに、お前たちが何勝手なことするかよ。』
『【蒼】はこいつの望みからなんでもやる。だからお前の提案を受け入れた。しかし、俺はお前のこと許さない。』
『こいつを思い出せないように、お前に関する記憶を深い所へ押し込んだ。』
取り敢えず、私は目の前の男を思い出せないのは、蒼の仕掛けだったとわかった。
「…へぇ、君、皆から愛されてるがよね。」
「ええ、私もそう思った。」
「まあ、まずこの話なんかありえないから、やっぱ今の話は本当だよなぁ…蒼に説得できるために事前いろんなことも予想したが…さすがに、君の中に住人二人がおるのは予想外だ。」
「…褒め言葉として受け取る。」
男への質問だけではなく、蒼にも聞きたい。
「で、誰が答えてもいいから、ひとまず私に状況を説明してくれない?」
蒼はどうやら説明する気がなさそうで、私は男の答えを待ってる。
「…まぁ、ぼくは蒼に提案したのは、偽記憶を用意して、君の記憶を外部にも内部にも操作できるようにしよう事だった。」
なるほど。
確かに私の住人であった【蒼】なら、簡単にできる気がする。
でも偽記憶って、何なの…
「…なんで、先からずっと呼んでも出てこなかったの?」
『それはさー』
「あっそれ、ぼくわかる。君が目を覚めたと言っても、催眠を完全に解けてないから、彼の声は君に届けなかっただけ。」
「催眠ってそうなのもできるんだ。」
『…お前、こんな時に普通に怒るでしょう!』
蒼が出てきたせいかどうか、振り回されてた嫌な気持ちが消えた。
この一瞬間だけで、私は別人のようにスッキリした。
「…私は怒れないよ。」
『おいおい…』
「あの蒼から怒ってと言われたの?」
「そういえば、あなた、名前を教えてくれないの?私、あなたの名前すら思い出せないから。」
「あの蒼に記憶を戻れと頼んでみないの?」
『知らなくてもええじゃん?』
「名前ぐらい知ってもいいでしょ!」
「…へぇ、新鮮だなぁ。君、こんな口調で話すんだ。まぁ、いいっか。ぼくの名前は、葵、漢字は草かんむりのあおいだね。」
あおい。
「…なるほど。」
だから、蒼は、私が思い出せないようにしたいんだ。
私の世界で、名前にあおがついてる人が出た。
「何か思い出したか?」
『え?嘘っ、名前だけ?』
「思い出せないよ。ただ、なぜ蒼があなたのことが嫌いかわかった。」
『…驚かせないよ。』
「ぼくの名前…なんかある?」
「なんでもないよ。ただ、誰か拗ねてるだけだった。」
『拗ねてないよ。だから言ったでしょう、あの遊びは認めたくないって…』
焦ってる蒼を見ると、ホッとした。
そのせいでクスッと笑ってしまった。
「名前似てるだけで好きにならないよ。」
『だからー違うってー』
「…あの、二人だけの話をしないでくれ。」
「あっ、あの遊び…具体的に何をするか教えて欲しい。」
『お前、まじかよ…』
「…いいや、その蒼が必死に隠してたのに、今さら知ってどうする?」
「うーん、わからない。わからないけど、でも、彼は一体なんの理由であなたと手を組みたか、聞いて欲しい。聞いてから判断する。」
「…君、先と全然違うよね。先ほど自分が弱いなんて散々言ってたのに、今の君どう見ても弱くない。」
「ええ、そうよ。蒼がいれば、私は強いよ。」
蒼がいれば、恐れるものはない。
葵さんは口に手を当たって、真剣に考えているように見える。
『…これ大丈夫なの?』
「大丈夫だよ。」
私は邪魔しないように、小さい声で返事してる。
『つか、お前、体調どうだった?まあ、多分平気だと思うけど…』
「うん、気持ち悪いと感じないし、情緒も落ち着いたみたい。」
『先までこいつから何を聞いたか?』
「あっそうだ、蒼は聞けなかったんだ。まぁ、大事な話ではないから知らなくてもよい。」
『そっか。』
「蒼がいるだけで、私は何でも恐れないよ。」
ふっと顔上げたら、葵さんが私を見つめてる。
今までも心配そうな顔で私を見てるけど、今は面白いそうな顔してる。
「やっぱ不思議だなぁ…」
「なんでしょうか?」
「蒼…あっぼくと話した蒼のことだよね。彼の話からすると、君はもっと子供気で、ワガママ言いまくり感じだった…」
『フッ。』
「…まあ、それは子供の私のことだから。」
「子供って、どのくらいの話なの?」
「えっと、少なくとも十年前の話だった…と思う。」
「十年前…それだから差が出るかなぁ…じゃ、彼は?」
葵さんは、私の左側に指差した。
『人に指差すなよ。』
「この蒼は八年前に出会って、一時期別れたけど…」
私は少し悩んでたけど、やっぱこの男にも教えないといけないかなぁ。
「あなたと話した蒼は、もう何年も私の前に出てこなかった。だから、教えて欲しい。彼はあなたに何を言ったか、教えてくれない?」
「…あなたに催眠をかけて、あなたの無意識を覗きたかった。先言ったとおりに、蒼が出たんだね。もちろん、あの時点でぼくは何もできなかった。なので、ぼくは彼に説得して相談した。」
「相談は、遊びのことなの?」
「あぁ、彼は、あなたの中の住人なので君自身をしっかり守ってる。しかし、それだけだった。彼はこれ以上できないよね。」
「…蒼は、私の記憶を操作したいの?」
「ええ。なぜなら、その方が一番効率的ま方法だから。」
葵さんは笑いながらこう言った。
「君が先言った話覚えてる?人間は誰でも住人がいる。ただ、その住人を気づく人は一部の方だけ。ぼく達の住人は、ぼく達の欲望や理想を反映する。」
なんか、蒼から聞かれた話とちょっと違う気がする。
「ただし、基本的に、住人は無意識にいる…いや、多分もっと深い所にいると思う。意識の中にいる私たちと、無意識の中にいる住人は、良いバランスを取れると影響力は凄いよ。」
「ってことは、今の私はバランス取ってないの?」
「うーん、君はちょっと違う。まあ、君の住人は取り憑かないだろう。彼は、ただ君の記憶を全部コントロールして、君に害があるものを全部排除したかった。」
「…ずいぶん、ひどいことだよね?」
「ああ。実際に、虚偽記憶はあるかどうか、今の時代でもはっきりわかってないと思う。元々何もしなくても、脳から誤った情報や記憶があるし、そんな記憶が存在してもおかしくない。ただ、ゼロから用意した記憶はそのまま入れようのは、難しいと思う…」
なら、私は実験体というものだったね。
「テレビでよくある、催眠をかけた芸能人が暗示や指示をそのまま受け入れると見えるけど、あれはずっと残ってないはずだった。」
「そんな…」
「彼がやりたいことは記憶を操作するなんて、そんなものと全然違う。もっと複雑なものだった。なぜなら、彼は君の記憶で君自身を影響したいからね。」
「…あぁ、だよね。」
「外部にいるぼくはこの実験に興味あるし、蒼が君の記憶をちゃんと管理してほしかったので、一石二鳥だった。」
「なるほど…では、やっぱ私は実験体ということだよね?」
「残念ながら、そういうことだった。結果から見ると、不成功だったけどね。しかし、勝手にこんなことして悪かった…」
葵さんは苦笑した。
「あなた達が最初説明してくれたら、私は自分から実験体になると言おう。」
『はぁ?』
「…なんで?」
「特に何も。人間の記憶は曖昧で、信頼できないのも事実だと思う。しかし、私たちは、頭にある記憶で、自分は何者か認識してる。覚える記憶だけではなく、忘れた記憶も、私たちがこの世界に生きるために必要だ。」
理性的にそうわかってる。
「…ただ、やっぱ選ばれるなら、忘れたくなかった。」
「まぁね。」
「人間は、時間を経つと自然に成長する。たとえば、嫌がっても成長する。生理的に成長しても、精神的に成長できるとは限られない。その一つ、一つの記憶を重ねて私たちの自身を知ることができる。」
私、あること気づいた。
「…私が忘れたくない記憶は、少し特殊かも。」
「住人が二人いると言う事?」
「まあ、今はこの蒼だけいるよ。君と知り合った蒼は、もういないから。」
「じゃ、特殊なのは?」
「私の中の住人ではないけど、遊んでる子たちがおる。でも、全員女の子だよ。彼女の目で、彼女たちの人生を見られる。あの時は、私の口から出た言葉は全部彼女のものだった。だから、厳密に言うと、私はただの観客だった。」
「…なるほど。」
「今まで他人に言ったことないし、言うつもりもない。そんな記憶に関わる人たちも、この世界の誰にも居らない。だから、私が忘れてしまったら、あの子達の存在も消える。」
悲しいという言葉だけで、私の気持ちを説明できないよ。
「…ただ、一方で、私の中にこんな考えも浮かんできた。もしある日、あの子達のことを他人に教えないといけなかったら、私はどうしようでしょう?…たとえ記憶がなくても、私が言うことが全部事実になるから、嘘ついても、誰にもバレない。」
こう言ったら、あなた達が全部私の妄想だと思われそう。
「葵さん、【シュレディンガーの猫】という実験知ってる?」
「まぁ、物理学のやつだね。」
「ええ、それだよ。でも、残念ながら、私はその実験で物理学を説明したいではなく、あの実験を借りて今の状況を説明しようとしたかった。」
私、自分の見解を語り始めた。
私は物理学に詳しくないので、この有名な実験だとしても詳細を説明できない。しかし、この実験のあることを引っかかってる。
哲学専門でもなく、物理専門でもない私から見ると、【シュレディンガーの猫】という実験は、私自身と一緒だと見える。
実験の中に、猫が死んでいるかどうか箱を開ける前に誰も知らないんだ。
死んでる可能性と生きてる可能性も、同時に存在してる。
もちろん、箱を開ける前には誰も証拠がないから証明できない。
しかし、証拠がないからこそ、誰にも否定できなく反論できない。
少し考えてみると、私もこの実験みたいじゃない?
私自身は、猫の箱になってる。
そして、この箱の中におるのは、猫ではなく、蒼たちのことだった。
蒼たちは、実際に存在するか、それとも私の妄想なのか?
世の中に彼達の存在する証拠は、私の証言しかない。
だけど、私の証言は、私の記憶に基づいた物だった。
「…蒼が言ったように、記憶を嘘だとしても感情が簡単にいじれない。私が蒼のこと忘れても、彼に対する感情は消えてない。」
勿論、私はどの蒼のことも大好きだ。
「…そうすると、私は、それでもいい。彼達の存在の証明になれるなら、いい。」
「……」
「私は深く思考していないよ。どこまでしたいかと考えると、私の頭の中に浮かんできたのは、彼達と一緒にいたいだけだった。」
「だからこそ、その分の記憶を…」
「ええ、記憶を固めたらいいよ。」
「…ぼく勝手に記憶干渉しないよ?」
「ええ、知ってるよ。でも、私、やっぱ自分で頑張ってみたい。毎朝目を覚めたら、蒼が私のそばにいるかなぁ?栞はいっぱい寝られたか?些細な事だけど、それはやり続いたら、私、忘れてもきっと思い出せる。」
あの家も、魔法も、
私が、忘れてしまった記憶を蘇るためだった。
そのために、彼は誰よりも私がいつか忘れるという前提でしてるはずだった。
しかし、多分、私が、ついに【蒼】のことも忘れてしまったから、彼は初めて動揺した。
葵さんに頼るしかないでしょう。
なぜなら、彼にとって、もう他の方法がないから。
でも、【蒼】は、私に相談しなかった。
「忘れたら思い出せばいいって…自信あるよね。」
「ないよ。あるわけない。ないからこそ、必死に生きてるもん。」
「必死に生きてるかなぁ…」
葵さんがこれを言ったら、なぜか立ち上げて、奥の方向に行った。
「えっ、どうしたの?」
当たり前けど、私は蒼に聞いてる。
ただ、蒼は答えず、私の肩に頭を乗せた。
右肩から重さを感じる。
いつの間に私の右側に座ってるだろう。
重さを感じた瞬間、やっぱ妄想ではないんだ。
『…俺、怖かった。』
「え?なにか?」
『お前に嫌がれるじゃないかって。』
「【蒼】のやり方を反対しただけで、君のこと嫌いにならないよ。」
『…てっきりあの子が決まったこと何でも素直に受け入れると思った。』
「まぁね。でもさ、蒼もわかってるでしょう?」
自分の記憶は、自分の意思で管理したい。
と、いつも蒼に言ってた。
『…ってこと、初めてあの子に勝ったんだね。』
「おっ、おめでとう。」
私たち、あと何年ぐらい一緒にいられるだろう。
明日目を覚めたら、彼が居なくなる可能性もある。
「蒼、知ってる?私は、あの闇で昔のこと考えて、ある事気づいた。」
『へぇ。』
「私、あなた達からいっぱいもらった。へミアからも、栞からも…私の物語は、きっとどの階段にもあなた誰か出てくるでしょう。」
『あぁ、必ず二人おるし。』
「これを考えて、私は、すこし面白いじゃない?と思った。」
ーーこの理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね
「【蒼】は、私のこと大事にしてるのは、ちゃんとわかってる。でも、もう少し頼って欲しかった…」
右肩が、いきなり軽くなった。
私は右へ振り向いた。
『きっと、あの子は、君が笑って生きて欲しいと思う。』
「心配すんなよ!毎日も元気にしてるよ?」
『先あんな泣き出したのに…』
「泣くという行為は体に良いものだ。てか、蒼聞いて!このコーヒー全然美味しくない。」
『お前、なんでまたコーヒー飲んだか…』
足音が聞こえて、葵さんが、ある封筒を持ちながら、私の前に来た。
「…これ、あいつから頼んだものだった。」
「あいつって、蒼のこと?」
「そうだよ。もし不成功だったら、これを君に渡してと頼まれた。」
「これは何なの?」
「シュレディンガーの猫の箱だよ。」
なるほど。
「…実は私が死んでるとか?」
「君は生きてる。これはぼくの診断書だ。」
「え?」
「忘れたの?ぼく、一応カウンセリングやったよ?」
「って、これはその診断書なの?」
「まぁ、あくまで参考まで。君、彼たち何のことか知りたいでしょう?」
ええ。ずっと知りたかった。
へミアは何なのか、栞はどうやって出会ったか、
どうすれば蒼が消えなくなるか。
彼たちの正体がわかれば、これらの問題は全部解ける。
「…いや、いい。」
「…本当なの?急いで考えなくてもいいの?」
【蒼】は、悪い事してない。
悪いのは私だった。ずっと逃げてた。
「だって、結果はどっちにしても変わらないよ?彼たちは実際存在すると書いても、私は昔からそうしてる。たとえ、彼たちのことは私の妄想だけだったと書いていても変わらないよ。彼たちが妄想で、実際に存在しないと言っても、私は素直に認められないと思う。」
「今のはずるいよね。」
「世の中に、知らない方がいいものがあるもん。」
「だなぁ、じゃー」
葵さんは、私に手を差し出した。
「記録の必要があるから、ぼくがいる方が良いでしょう。」
「私のこと?」
「もちろん。君と蒼のこと興味あるし。」
…蒼が、何も言ってないから、異議がないかなぁ?
それより、私、この仕草を見ると懐かしいと感じてしまうね。
栞の時にも、蒼の時にもこんな選択があった。
差し出した手を掴むか、掴まないか。
さぁ…
今度はどんな世界で、どんな物語が待ってるだろう。
あの子がここに出たら、部屋は一瞬静かになった。
本当に、何も変わらず突然笑ったり泣いたりする。
テーブルに置いてる封筒を取って、少し悩んだけどやっぱ捨てない。
ぼくは、嘘をついた。
あの子と半年ぐらい知り合ったと言ったけど、本当は昔から知り合ってた。
彼女の両親からの依頼なんて…これは本当だった。
しかし、その依頼は、半年前からもらったじゃなく、多分昔からもらった。
彼女の両親は、娘が自傷行為をしてると発見し、ぼくの所に連れて出した。
死にたいと言い続いてたけど、どうやらその気持ち強くない気がした。
ぼくは、あの頃から彼女と知り合って、
彼女がどうやって生きてたか、全部見てきた。
ぼくは、本棚の奥に置いてる箱を取り出して、中に封筒を入れた。
一瞬、彼女はこの手紙受け取ってくれると思った。
今度こそ…と思ったが、いつものように受け取らなかった。
この手紙に、もう一つの真相を書いてる。
何回目だろう。
彼女は、真実よりも、自分の感覚を信じてるんだ。
これは何か危険だと言うと、多分、他人にとって危険ではないと思う。
ただ、彼女の日常生活にとって、一定の影響がある。
同じような光景は、何回もあった。
彼女が催眠状態から目を覚めて、
相変わらず自分のこと混乱していてたのに、蒼の名前を呼び出した。
紅茶好きなのか、コーヒー好きなのか。
本当の彼女は紅茶好きだった。
紅茶好きだったから、淹れ方も煩くて何回もダメ出しされた。
そんな彼女が「紅茶飲めない」と言われるなんて、
「自業自得だけどなぁ…」
彼女と初めて会ったのは、ぼくはまだ研究員だった。
面白い半分でやったけど、自分の予想が試せると思った。
彼女が今までいろんな世界に行けて、知らない女の子達と遊んでたと言ってた。
それは、多分、彼女も気づいたでしょう。
あそこはパラコズムということだ。
独自の言葉、地理、歴史などを持った空想世界だ。
そんな空想世界は、小学生以降に見られる、登場人物を含めた世界だ。
イメージとしては「不思議の国のアリス」みたい感じだね。
彼女にとって大事な世界に生きてる女の子達は、
おそらく、イマジナリーコンパニオンだと思ってる。
子供でも、大人でも、イマジナリーコンパニオンと遊ぶケースある。
しかし、大人の場合、パラコズムを作り出してそこで遊ぶ。
現実世界と隔絶されること多い。
そもそも、我々の世界では、現実と空想の線引きは難しい。
何か現実なのか、何か空想なのか。
彼女にとって、その線は薄かった気がする。
酷い頃に、その線は完全に消えたもん。
そのおかげで催眠かけやすいかも。
最初は軽い気持ちで、催眠状態で暗示入れて、好みを変わったりしてただけだった。
そのあと、もっと深いところに行きたくなると、蒼が出てきた。
先の話が言った通りに、蒼と何回も話してた。
最初は、彼もイマジナリーコンパニオンの一人だと思った。
しばらく話したら、違和感を感じた。
大学のセミナーで、こんな話を聞いた。
確か、ユングの心理学セミナーだった。
彼が提唱した概念で、人間の中に異性の人格がいる。
男性なら、無意識に女性的な側面がある。
女性なら、無意識に男性的な側面がある。
我々人と恋するのも、対象を探す時に惹かれるのも、
我々の無意識人格を異性として投影される。
自分の中の住人を気付かず、それとも完全に抑圧される女性もいる。
しかし、一旦気づいたら、女性は中の人を無視することができなくなる。
中の人は、四階段で成熟していく。
女性は四つの階段、色んなタイプの男性に惹かれる。
第一階段では、肉体的な力強さを持つ男性に惹かれる。
第二階段では、強い意志や行動力ある男性に惹かれる。
第三階段では、理論性や合理性ある男性に惹かれる。
第四階段では、精神指導者としてる男性に惹かれる。
考えすぎかもしれないが、蒼と会ってから時々頭の中に浮かんでくる。
彼女は、多分気付かなかった。
彼女は中に、彼達は自分の守り天使だと思われてるようだ。
そして、いつの間に完全に切り離されて「助け人」と認識して恋しいるんだ。
「実際に…何年経っても、あの子は蒼に夢中になるなぁ…」
ぼくはボソッと言った。
何回催眠かけても、何回目を覚めても、
彼女も蒼のことを真っ先に思い浮かぶ。
でも、彼女は知らなかった。
このまま蒼を受け入れたら、いつか取り憑かれる。
そうなると、彼女はいつか自分自身を見失い、現実から消えてゆく。
蒼は、彼女が思った以上に危険だった。
女性の中に存在する異性の人格は、理論的にあるため、切断力が強い。
彼女の言うことは論理的で正しくても、感情や状況を全く考えてないため、人間関係をうまくいけないことが多い。
彼女も、理解できない人と関係性持たなくてもいいと思い、簡単に切り捨てる。
結局、みんなも彼女の側から離れる。
バランスを崩したら、彼女の人格も侵害されて日常生活に影響出る。
催眠療法を使いながら、少しずつバランス取ろうと思ったけど、
思ったより難しいかも…
彼女が、今まで通りに避難所となるような世界へ消えてゆくなら、
いつか戻れないかもしれない。
今までもう大丈夫だから、絶対大丈夫ではない。
もしも、ある日、いつもよりも暗く深い所に着いたら、
彼女は、もうこっちの世界に戻って来られなくなる。
そのうち、自分自身を壊れてしまう。
「ぼくも…どっちが本当の彼女がわからないかも…」
ぼくは、誰もいない部屋に一人で囁いた。
未来の私へ
元気にしてますか?
自分への手紙なんて、なんか恥ずかしいかもしれません。
しかし、この手紙を読んでる時点で、君はあの約束も忘れてしまいましただろう。
自分は、このノートを絶対見ないと心に決めました。
今度は、何年ぐらい経ちましたか?
三年でしょうか?それとも五年でしょうか?
それとも、私もいつの間に死にまして、
誰か私の物を整理してる中にこのノートを見つけましたか?
なるほど。確かにその可能性もある。
君の脳には、また何か残っているでしょうか?
ヘミアという子を覚えていますか?
栞という子は、まだ君の傍にいますか?
あの子のこと忘れてないでしょうか?
誰から言われたことがあります。
人間の脳は、ただ1300グラム前後の物です。
多分世の中に一番速いコンピューターかもしれません。
ただし、万能ではない。容量も無限でもない。
私たちは、人生で見たことや体験したことをまるごと覚えられません。
そして、全部正しく覚えるのも、絶対ではありません。
ただ、誰でも頭の中に既存したものの真偽を一々判定できません。
もちろん、やろうとも考えてないでしょうね。
私たちは、自分の記憶をコントロールできません。
忘れたい記憶は、忘れられません。
忘れたくない記憶は、忘れます。
だから、私は、そう考えました。
今の私が今一番大事な記憶を教えてあげます。
昔の自分も何回も忘れたり思い出せたりしています。
いつか、私は、たとえヒントがあっても思い出せなくなります。
何年経っても、どのくらい成長しても、
本当は、何もできないじゃないか?と思ってしまいます。
あの子はまた独りになってしまい…
…話が遠くなっていました。
ごめんなさいね。
いつかこうなると予想したので、自分ができれば君にヒットを残して欲しいです。
忘れたことを、もう一度蘇る魔法を教えてあげます。
記憶を蘇る魔法だよ。
涙が止まる魔法だし、大切な人に会える魔法だ。
凄く簡単で、君しかできないんだ。
あの名前を呼んでね。
私は、彼のように精神的にいじるなんてできないので、こんなことしか用意できません。
でも、私は信じてます。
未来の私でも、この手紙を見るときっと泣いてしまいそう。
忘れたくないけど、忘れる日はきっと来ます。
忘れてしまってもいいです。
もう一度思い出したらいいです。
未来の私が、好きな仕事を見つけなくても、
お金持ちになれなくても、夢を見つけなくてもいいです。
そんなつまらない物語でも構わないです。
しかし、一つだけ。
あの名前も、
君の物語に出た様々な名前も。
彼達がこの世界に存在したことだけ
どうか覚えていてください。
過去の私より。