あの子がここに出たら、部屋は一瞬静かになった。

本当に、何も変わらず突然笑ったり泣いたりする。
テーブルに置いてる封筒を取って、少し悩んだけどやっぱ捨てない。

ぼくは、嘘をついた。

あの子と半年ぐらい知り合ったと言ったけど、本当は昔から知り合ってた。
彼女の両親からの依頼なんて…これは本当だった。
しかし、その依頼は、半年前からもらったじゃなく、多分昔からもらった。
彼女の両親は、娘が自傷行為をしてると発見し、ぼくの所に連れて出した。
死にたいと言い続いてたけど、どうやらその気持ち強くない気がした。

ぼくは、あの頃から彼女と知り合って、
彼女がどうやって生きてたか、全部見てきた。

ぼくは、本棚の奥に置いてる箱を取り出して、中に封筒を入れた。
一瞬、彼女はこの手紙受け取ってくれると思った。
今度こそ…と思ったが、いつものように受け取らなかった。

この手紙に、もう一つの真相を書いてる。

何回目だろう。
彼女は、真実よりも、自分の感覚を信じてるんだ。
これは何か危険だと言うと、多分、他人にとって危険ではないと思う。
ただ、彼女の日常生活にとって、一定の影響がある。

同じような光景は、何回もあった。

彼女が催眠状態から目を覚めて、
相変わらず自分のこと混乱していてたのに、蒼の名前を呼び出した。

紅茶好きなのか、コーヒー好きなのか。 
本当の彼女は紅茶好きだった。
紅茶好きだったから、淹れ方も煩くて何回もダメ出しされた。
そんな彼女が「紅茶飲めない」と言われるなんて、

「自業自得だけどなぁ…」

彼女と初めて会ったのは、ぼくはまだ研究員だった。
面白い半分でやったけど、自分の予想が試せると思った。

彼女が今までいろんな世界に行けて、知らない女の子達と遊んでたと言ってた。

それは、多分、彼女も気づいたでしょう。
あそこはパラコズムということだ。
独自の言葉、地理、歴史などを持った空想世界だ。
そんな空想世界は、小学生以降に見られる、登場人物を含めた世界だ。
イメージとしては「不思議の国のアリス」みたい感じだね。

彼女にとって大事な世界に生きてる女の子達は、
おそらく、イマジナリーコンパニオンだと思ってる。

子供でも、大人でも、イマジナリーコンパニオンと遊ぶケースある。
しかし、大人の場合、パラコズムを作り出してそこで遊ぶ。
現実世界と隔絶されること多い。

そもそも、我々の世界では、現実と空想の線引きは難しい。

何か現実なのか、何か空想なのか。
彼女にとって、その線は薄かった気がする。
酷い頃に、その線は完全に消えたもん。
そのおかげで催眠かけやすいかも。
最初は軽い気持ちで、催眠状態で暗示入れて、好みを変わったりしてただけだった。
そのあと、もっと深いところに行きたくなると、蒼が出てきた。

先の話が言った通りに、蒼と何回も話してた。
最初は、彼もイマジナリーコンパニオンの一人だと思った。
しばらく話したら、違和感を感じた。

大学のセミナーで、こんな話を聞いた。

確か、ユングの心理学セミナーだった。
彼が提唱した概念で、人間の中に異性の人格がいる。
男性なら、無意識に女性的な側面がある。
女性なら、無意識に男性的な側面がある。
我々人と恋するのも、対象を探す時に惹かれるのも、
我々の無意識人格を異性として投影される。

自分の中の住人を気付かず、それとも完全に抑圧される女性もいる。
しかし、一旦気づいたら、女性は中の人を無視することができなくなる。
中の人は、四階段で成熟していく。
女性は四つの階段、色んなタイプの男性に惹かれる。

第一階段では、肉体的な力強さを持つ男性に惹かれる。
第二階段では、強い意志や行動力ある男性に惹かれる。
第三階段では、理論性や合理性ある男性に惹かれる。
第四階段では、精神指導者としてる男性に惹かれる。

考えすぎかもしれないが、蒼と会ってから時々頭の中に浮かんでくる。
彼女は、多分気付かなかった。
彼女は中に、彼達は自分の守り天使だと思われてるようだ。
そして、いつの間に完全に切り離されて「助け人」と認識して恋しいるんだ。

「実際に…何年経っても、あの子は蒼に夢中になるなぁ…」
ぼくはボソッと言った。

何回催眠かけても、何回目を覚めても、
彼女も蒼のことを真っ先に思い浮かぶ。

でも、彼女は知らなかった。
このまま蒼を受け入れたら、いつか取り憑かれる。
そうなると、彼女はいつか自分自身を見失い、現実から消えてゆく。

蒼は、彼女が思った以上に危険だった。
女性の中に存在する異性の人格は、理論的にあるため、切断力が強い。
彼女の言うことは論理的で正しくても、感情や状況を全く考えてないため、人間関係をうまくいけないことが多い。
彼女も、理解できない人と関係性持たなくてもいいと思い、簡単に切り捨てる。
結局、みんなも彼女の側から離れる。

バランスを崩したら、彼女の人格も侵害されて日常生活に影響出る。

催眠療法を使いながら、少しずつバランス取ろうと思ったけど、
思ったより難しいかも…

彼女が、今まで通りに避難所となるような世界へ消えてゆくなら、
いつか戻れないかもしれない。
今までもう大丈夫だから、絶対大丈夫ではない。

もしも、ある日、いつもよりも暗く深い所に着いたら、
彼女は、もうこっちの世界に戻って来られなくなる。

そのうち、自分自身を壊れてしまう。

「ぼくも…どっちが本当の彼女がわからないかも…」

ぼくは、誰もいない部屋に一人で囁いた。