ふいに目が覚めた。

視野に入るものは全部ぼやけて見えるけど、
3秒後にしっかり見えるようになった。
真っ白の天井だ。
自分の部屋の天井はシミがあるから、ここは私の部屋ではない。

『あっ起きた?』
急に、目に懐かしい顔が映った。
「あ、お…」
(あお)がニコッと笑ってる。

『おはよう。』

今日は、何曜日だっけ…
昨日早く寝たのに、また眠いと感じる。
夢か、現実か…

『二度寝しようか?今日、仕事ないでしょうね。』
「…ううん、起きる。」
蒼は、まじか…ボソッと口に出た。
「起こしたのは君だろう。」
『俺はベッドに座ってるだけのに…』
「蒼、コーヒー淹れて。」
『はい、はい。』

彼はぶつぶつ言いながら部屋を出た。
私も布団から出て、部屋着に着替える。

トイレで顔を洗って、歯を磨いた。
鏡に映る自分、なぜか自分ではないと感じてしまう。
歯ブラシを持つ手も自分の手ではないように感じる。

私、もしかしてまた夢の中なの?

リビングに行くと、コーヒーの香りがする。
蒼はオープンキッチンでコーヒーを淹れてる。
飲むのも好きだけど、このふわっとした香りも好きだ。
朝ごはん食べようと言っても食材がないので、基本コーヒーだけにする。

ここにないのは、食材だけではない。

目を逸らして、リビングに何もない。
ソファもなく、机もテレビも置いていない。
最初の頃には違和感を感じたけど、慣れたら妙に落ち着く。

蒼はいつもこの何もない家でどうやって過ごしてるの?と知りたくなる。

そういえば、昔も聞いたことある気がする。
『うん?普通に生活できるよ?』とあっさり答えた。
あまりわからないけど、生活できるそうよね。

蒼と初めて会ったのは8年前だった。
とある日、いきなり声かけられた。
初対面なのに、昔から仲の良かった親友のように仲良くなれた。
それから、私は大学に入って、卒業して、社会人になった。
色んなことがあったけど、それでも一緒にいる。

見た目から見ると、蒼は今時の大学生と同じだと思う。
実際の年齢は教えてくれないけどね、そこまで年上と見えない。
それとも童顔という事でしょうか。
ハーフでもないのに、髪は外国人っぽく、くるくるようなになってる。
あと、無地の服しか持っていない。
ほとんど、Tシャツ一枚とパーカーだけする。
流行りものは全くない。
そもそもここテレビやパソコンがないから、それは知らないでしょう。

『はい、どうぞ。』

蒼は私の前にコーヒーカップを置いた。

「…蒼は、いつまで私の側にいるの?」
自分がなんでこんな質問聞いたか、未だにわからない。
『うーん。お前が俺のこと忘れた日までかなぁ…』
蒼はニコッと笑った。
『人間はさ、意外にすぐ忘れる。たとえ、重要な事でもね。』

蒼はずっとこの家にいる。
誰もいなくて、ただ一人でいる。

「蒼は寂しいと思ったことあるの?」
『寂しいかなぁ…考えたことないかも。』
『俺、いつからこの家にいるすら覚えてないし。』

確か、私もいつこの家にきたか覚えてない。

『まぁ、この家には何もないけど、生きられないわけでもない。』

退屈じゃないの?

『そうだったけど、お前が来るでしょう。』

頭に、昔の思い出が次々と浮かんできた。

私、昔ほぼ毎日もここに遊びに来た。
しかし、5年前に、私は一年間ぐらい海外に暮らすことになった。
いつものようにこの家に来られなかった。
人生初の一人暮らしだったし、海外だったので、ゼロから考えないといけなかった。
仕事と生活でいっぱいになった。
あの時、本当に蒼と遊ぶ余裕もなかった。
新しい所で様々な人と出会って、いろんな体験があった。
もちろん、悩みも多かったね。
その後、なんとか無事に一年間海外生活終わって、
帰国したら、また仕事探さないといけない。

そんな多忙な日々に、蒼がまた私の前に現れた。

「…ごめんね。」
『うん?』
「一時期、蒼のことすっかり忘れてしまってごめん。」

蒼はフッと笑った。

『いいよ。別に気にしてない。ただ、昔はそんな懐いてたのに、突然一言だけで海外に行って、連絡も全くなかった…あっ、でも悲しくないよ。大人になったなぁと感慨がわいたけどね。』

蒼は話を続く前に私の顔をちらっと見た。

『ただ…俺、てっきりお前があの男と付き合うと思った。』
「まあ、曖昧な関係になっただけ。てか、私はそれも言ったっけ?」
『さぁ…』
「だとしても、付き合わないと決めたのは蒼のせいよね。」
『おい、人のせいにすんなよ。』

あの時の自分は、本当に相手と付き合おうと思った。
ただ、付き合うなら一度蒼に、相手のことを紹介しようと思った。
しかし、蒼は相手のことを聞いた後に『あの人との交際、やめた方が良い。』と言い出した。結局、相手に適度な言葉を言って、曖昧な関係になってしまった。

昔からこんな習慣がある。

わからないことや決断つけない時に、蒼に聞く。
アドバイスか意見か、私は蒼が言ったことを疑わず全部受ける。
だから、この件も、蒼から反対されたから、一旦止めた。

そもそも自分は相手と出かけた時にも、途中退屈して蒼に連絡したこともあった。
これは確かに付き合えないだろう。

ずっと説明できない違和感を感じてたけど、はっきりわからなかった。

ある日、相手は未来について、楽しそうで話してた。
結婚とか、子供とか。どこに住むか、家はどんな感じにするか。
相手が語り続いてる未来には私がいるだった。
相手があまりにも楽しそうで喋り続いたから、他人事のように見えてしまった。
そして、相手から「どんな感じになって欲しい?」と聞かれた。

あの時、初めてその違和感は何なのか気づいた。

私が思い付いた未来には、彼がいなかった。
結婚式も。葬式も。
その場にいてほしいのは彼ではなく、蒼だった。
目をつぶって浮かんできた断片は全部、彼ではなく蒼だった。

きっと、これこそ正解だった。

『…ねぇ、大丈夫?』
蒼から声かけた。

私は思い出から現実に戻った。
目の前にいる男の顔を見ると妙に懐かしく感じた。

『嫌ならあの男の話もう言わないから、泣くなよ。』
「いや、こんな事で泣かないよ。」
『お前すぐ泣くだもん。』

それは違うよ、蒼。

あなたは知らないでしょう。
私、あなたの前だけ、泣き虫になるよ。