周りに誰もいないと油断してブツブツとケチをつけていた私は、驚いてビクッと身体が固まった。声色からして、相手はとても不機嫌そうだ。
「おい。そこのお前」
息を止めて自分の存在を消そうとしていれば、また声がかかる。『そこのお前』というのは、どうやら私のことで間違いないようだ。ギギギと音が鳴りそうなくらいゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは、同世代くらいの男の人だった。
黒髪は短く整えられていて清潔感がある。目は一重だけれど大きくて、鼻はシュッとしている。さっぱりとした塩顔だ。
どちらかというと垂れ目で二重の濃い顔立ちのほうが好きな私は、タイプじゃないなあと思った……っていうのはどうでもいいか。
黒いワイシャツに黒いズボン。その腰には若草色のエプロンをつけている。腕組みをして眉間には皺が寄っており、苛立ちを隠す素振りはない。
「人の店じろじろ見て、文句つけてんじゃねえよ」
こわっ。
「す、すみません」
確かにこの状況は私が悪い。素直に頭を下げると、チッと舌打ちが聞こえる。
「声がしたと思って出てきてみれば人間かよ。しかも客ですらないとか……」
「客?」
呟くように発せられた単語を拾う。
怪しさしかないと思っていたけれど、ここはやっぱりお店のようだ。だとしたら、彼が看板の設置者なのだろうか。
この、蛍光イエローで虹色のグラデーションの文字でダサい看板を、この人が。
「んふっ」
笑ってはいけないと分かっていたのに、つい漏れてしまった。