「ふたりとも落ち着きたまえ。お互いにそう悪い話でもない」


口論になりそうな私たちに、ツキヨミさんがなだめるように語りかける。


「まず、この茶屋がリニューアルオープンしてから一週間以上経っているが、客がまったく来ていない」

「そ、それは――」


拓実がなにか言い訳をしかけたが、ツキヨミさんはそれを遮る。


「拓実の茶を淹れる腕は確かであるが、それを魅力的に見せるようなセンスや企画力がない」


怪しすぎるダサい看板や、草木が生い茂り、もはや森のように荒れている庭のことを言っているのだろうか。

拓実は少し自覚があったのか、グッと口を閉じていた。


「この者を雇えば、この店に新しい風が吹くであろう」


ツキヨミさんの視線が私に向く。やけに真剣な瞳だった。


「そなたが困惑していた神々との距離感は、拓実から学べばよい」

「えっ」


神様たちとどう接したらいいのか戸惑っていたことを私は口に出した覚えがない。それなのにツキヨミさんは、まるで私の頭の中を読んでいたかのようだ。

驚いて声を上げたものの、やっぱり本物の神様なんだ、とも確信した。


「……それになにやら、そなたは東へ帰りたくない理由がありそうだ」

「ああ、六年八カ月も付き合って同棲もしてた結婚間近の恋人に振られて、仕事も失ったらしい」

「ちょっ、ちょっと! 人のプライベートを勝手に話さないでくれる?」


慌てて拓実を制止したけれど、時すでに遅し。ツキヨミさんは不憫そうに私を見ていた。


「そういうことなら話は早いであろう。ふたりとも、どうするのだ?」


キュキュ丸たちがカウンターの端のほうで身を寄せ合って、ツヤッと光る。私たちふたりの決断を見守っているみたいだ。

新しい仕事が手に入る。思い出の詰まった1LDKから逃げ出すことができる。それに、この〝見える〟状況を元に戻す方法を探すためにも、事情を知っている人が近くにいたほうが便利だろう。


唯一、断る理由があるとするならば……第一印象最悪の店主がいること。


「どうしてもっていうなら、働いてあげてもいいけど」


なにも知らないこの土地で、新しい生活を送ってみたい。たったひとつのデメリットよりも、そんな気持ちのほうが大きかった。

素直になりきれず返事をした私に、拓実は意外そうに大きく目を見開いた。かと思えば、眉間にグッと皺が寄る。

これはまたなにか嫌味を言ってくるのだろう。

そう身構えていた私に、拓実はゆっくりと口を開いた。