「ツキヨミさんはけっこう有名な神様だよ」
拓実はそう言って、私とツキヨミさんの前にお茶を出した。昨夜のようにいろんな茶器がのったお盆ではなく、すでに緑茶の入った湯呑みだけが置かれている。
「『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』はさすがに聞いたことあるだろ?」
「それは分かる」
温かいお茶にふうっと息を吹きかけながら頷く。天照大御神といえば、伊勢神宮に祀られている日本の最高神だ。
「ツキヨミさんはその弟で、夜の世界を司る神様なんだよ。しかも三貴子っていって、神様たちの中でも特に尊いとされてる神様のうちの一柱だから」
「へえ……」
なんだかすごい神様だということは分かった。
でも、そんな高貴な神様がどうしてこの店に? そして、どうして私に見えているのだろう。ていうか、神様のことを『ツキヨミさん』だなんて軽々しく呼んでもいいのかな。
状況がなかなか飲み込めない。次から次へと浮かんでくる疑問に頭がパンクしそうだ。
ツキヨミさんはというと、私の反応が薄かったのが不満だったようで、ショボンと肩を落としてお茶をすすっていた。
「神様でも落ち込むことあるんだ」
「お、落ち込んでなどおらぬ」
独り言のつもりで呟いた感想を、ツキヨミさんは食い気味に否定する。
私たちのやりとりを面白がるように、リンと鈴を鳴らしながらお塩ちゃんが右隣のカウンター席に飛び乗った。
「しお江は、招き猫の付喪神(つくもがみ)。だけどなかなかに気まぐれで、本当に効果があるのかいまいち分かんねえ」
「にゃにゃ」
拓実の説明に、お塩ちゃんは心外だと言わんばかりの声を上げて、尻尾を左右にバタバタ振る。
「それから、そのシャボン玉みたいなのはキュキュ丸っていう古いホウキの付喪神で、うちの清掃部隊」
「はあ」
気の抜けた返事をした私の目の前をキュキュ丸が一列になって転がっていく。言われてみれば、キュキュ丸たちの通ったところは綺麗になっているように見えた。
とはいえ、神様というのはにわかに信じがたい話だ。