「塩みたいに白いからな。でも、しお江って呼ぶと怒るんだよ」
「ふうん。〝お塩(しお)ちゃん〟、名前が気に入ってないの?」
咄嗟に思いついたニックネームで声をかけてみると、お塩ちゃんは「にゃ」とタイミングよく鳴いた。
ずいぶん意思疎通を図れそうな猫ちゃんだ。嬉しくなって撫でようとすれば、ぷいっと顔を背けてどこかへ去ってしまった。
行き場を失った手をそろりと戻す。いい気味だと言わんばかりに、拓実が隣でフンと鼻を鳴らした。
「これではっきりしたであろう」
お塩ちゃんとのやりとりを黙って見ていたイケメンが、不意に口を開く。
ああ。そういえば、さっきからなんの話をしていたんだっけ。確か〝見える〟だの、なんだの……。
思い出そうと頭を回転させる私の視界の端で、ツヤッとなにかが光る。
「……ん?」
またアイシャドウのラメだろうか、と手の甲で目をこする。しかし、見えるものは変わらない。さっき廊下で遭遇した丸っこいシャボン玉のような生き物が、列をなしてカウンターの上を転がっている。
「あの、拓実」
今まで生きてきた中で、こんな生き物には出会ったことがない。
「このシャボン玉みたいなのは、いったい……?」
指差して尋ねた私に、拓実は「あー……」と頬をかきながらため息をつく。それから大きく息を吸って、私のほうへと身体を向けた。
「お前、神様が〝見える〟ようになってる」
「はい?」
言われていることがすんなりと理解できずに聞き返す。ポカンと口を開けているであろう私に、拓実はこう告げた。
「そこに立ってる〝ツキヨミさん〟も、さっきのしお江も、その虹色の〝キュキュ丸〟も。……みんな神様なんだよ」
そんな冗談みたいな話をどう信じればいいのか。
まったく頭が働かなくなった私は、「ひとまず、顔を洗ってきてもいい?」と問うのが精一杯だった。
* * *
「我が名は『月読尊(つきよみのみこと)』。『三貴子(さんきし)』と呼ばれし神の一柱(ひとはしら)、闇と暗黒の世界を司りしこの世の陰の支配者である」
――ババーン。
洗顔とトイレを済ませて戻ってきた私を迎えたのは、そんな効果音でも付きそうな自己紹介だった。イケメンが顔の左半分を左手で覆って「クックック」と笑いながら、中学二年生の男子が好きそうなポーズを決めている。
「……拓実、どういうこと?」
どう反応するのが正解か分からなかった私は、三つあるカウンター席の真ん中に腰かける。
「なっ、そ、そなた、この我を無視するとは失礼であるぞ」
慌てたように私の左隣の席に座ったイケメンは、自分であの自己紹介をしておきながら、ちょっと恥ずかしかったらしい。顔が赤くなっていた。