人の家をうろうろと歩かないほうがいいとは分かっていたものの、せめて顔を洗いたい。昨夜も使わせてもらったお店のトイレを借りるか。この部屋があの広いお屋敷のどこに位置しているかは分からないけれど、とりあえず探してみよう。
グッと伸びをして、襖を開けたときだった。
「にゃ」
ちりん、と鈴の音がするのと同時に、そんな鳴き声が聞こえた。
視線を向ければ、そこには白くて柔らかそうな毛並みの子猫がいた。
「あ、可愛い」
「にゃっ」
おいでと手を伸ばしたけれど、びっくりしたように白い子猫は身を縮めて、それから軽やかな足取りで廊下を走っていった。
「猫飼ってるんだ」
動物を可愛がる拓実の姿があんまり想像できなくて、少し笑ってしまう。
勝手な想像ではあるけれど、撫でる手もぎこちなさそう。広い家だから、誰か別の人がお世話をしているのかもしれない。
そこまで考えて、ふと思う。
今から家の中を徘徊して、万が一拓実の家族に出会ったらどうしよう。怪しい者じゃないことをちゃんと証明できるだろうか。
「……とりあえず、さっきの猫を追いかけてみようかな」
一抹の不安を抱きつつ、私はなるべく足音を立てないように廊下を進んだ。
けっこう古い家みたいだけれど、手入れはきちんと行き届いていて清潔感がある。部屋数も多くて掃除は大変だろうな。
そう想像した私の視界の端で、ツヤッとなにかが光った。