観光客で賑わうおはらい町とは違い、この辺りは古くからの住宅街のようで静かだ。昔ながらの木造の建物が立ち並んでいる。
「あ、マンホール可愛い」
ふと視界に入ったマンホールは地域限定のデザインなのか、浮世絵のようなイラストと【伊勢】という太い文字が入っていた。
しまったばかりのスマホを取り出して、カシャとシャッターボタンを押す。
なかなか上手に撮れた、と自負しつつ、慣れた手つきでメッセージアプリを開こうとして、はたと思い止まった。
完全に無意識だった。六年八カ月の間に染みついた習慣とは恐ろしいものだ。
こんな些細な日常を伝え合う相手はもういないのに。
「やだやだ、なにしてんだろ本当に」
グレープフルーツジュースをズズッと最後まで飲みきり、大きめの独り言で気分を変えてみる。
地面に向けていた視線を上げると、やっぱり空はよく晴れていた。青空の下、趣のある住宅街はアニメにでも出てきそうな風景だ。
「……きれい」
メッセージアプリを開きかけていた指で、再びカメラアプリを起動する。今度は誰かに送るためじゃなく、この景色を美しいと思った自分の感性を大切にするためにレンズを向けた。
――が、しかし。
「ん?」