三回も淹れたら色も薄くなりそうなのに、そんなに変わっていない。違いといえば、湯呑みの底のほうに細かな茶葉の粉が沈んでいるくらいだ。
ふうっと息を吹きかけてから口をつける。
お湯を冷ます工程がなかったため、これまでの中で最も熱い。全体的に苦味が強く、一煎目で感じた甘みはどこかへ消えていた。
「お茶って、淹れ方でこんなに味が変わるんだね。今までの人生で一番おいしいお茶だわ」
「これまでどんな茶を飲んでたんだよ」
感動する私に、拓実は呆れたような表情を向ける。
「どんな茶、って……」
言い淀む。
コーヒーと紅茶が苦手な彼のため、ココアの粉末に、煎茶とほうじ茶のティーバッグは常時買い揃えていた。仕事で疲れて帰ってきた彼に今日はどれにするか尋ねて、お揃いのマグカップに電気ケトルで沸かした熱いお湯を注いでいた。
一日の出来事をだらだらとしゃべりながら過ごすティータイムが、はじめはすごく楽しかったのに。
「……熱いお茶だったよ」
私も仕事をして帰ってきて、ごはんを作って掃除をして洗濯をして。ティータイムの準備も私がして、スマホゲームに夢中になっている彼に『できたよ』と声をかける。段々と冷めていくお茶に気づかない振りをして、それでもなお大丈夫だと信じていた。
溝がこれ以上開かないように必死になっていたのは、好きだったから。
「おい」
聞こえた声に顔を上げると、拓実は目を丸くした。
「な、泣いてんのか、お前」
両手をソワソワと動かしてうろたえている。
別れた日から、涙が出ることなんてなかったのに。こんな、今日出会ったばかりの人の前で泣くなんて。
じわじわと視界がにじむ。気持ちを落ち着けようと手に持っていた湯呑みのお茶を飲めば、その温かさが余計に身に染みた。
「これから、どうしよおおお……」
「うわ、ガチで泣くなって」
「学生時代から六年八カ月も付き合って絶対結婚すると思って同棲してた恋人に振られて、寿退社する予定だった職場に今さら戻ることもできなくて、私はこれからどう生きていけばいいのよお……」
ぐずぐずと鼻をすすりながら話す私を、拓実は「お前、なかなかだな」とちょっと引いたような顔で見ていた。しかし不(ふ)憫(びん)だとも思ったようで、箱ティッシュを渡してくれる。
ありがたく受け取って、遠慮なくブーンと鼻をかんだ。