「かぶせ茶のうま味と甘味がちょうどよく引き出せるように、お湯は六十度にしてあるから」
「へえ」
「酔っ払いに味が分かるか知らねえけど。とりあえずそのお湯を急須に注いで、砂時計をひっくり返して」
途中で嫌味が含まれていたけれども、ひとまず言われた通りに湯冷ましのお湯を急須に移し、砂時計が落ちるのを待つ。まだ頭はふわふわしているものの、お茶の香りに包まれて、なんだかとてもいい気分だ。
「砂が全部落ちたら湯呑みにそっと注いで、終わりは絞りきるように急須を振り下ろして」
「えっ、勢い余って急須と湯呑みを割っちゃいそう」
「それくらい加減しろよ。いいか、最後の一滴にうま味が凝縮されてるからな」
拓実は至極真面目な顔をして忠告してくる。それくらい最後の一滴が大事らしい。
「よし、今だ」
「はいっ」
砂が落ち切ったタイミングで、私は急須の蓋を押さえながらお茶を注ぐ。拓実にじっと監督されながらピンと背筋を伸ばして、軽くなった急須を数回振り下ろした。
濃い緑の小さな丸がぽとりと湯呑みに落ちる。
「まあ、いいんじゃねえの」
拓実の柔らかい声がした。
「いただきます」
白く丸っこい湯呑みを両手で包むように持ち、すうっと息を吸う。澄んだ淡い黄緑色のお茶からは、爽やかだけれど深みのある落ち着く香りがした。
そっと口に含んでみると、想像していたよりも甘みがあって、わずかにしょっぱさを感じる。苦味はほぼなく、優しくてまろやかな味がした。
ふーっと鼻から息を吐けば、お茶の香りが抜けていく。
「……なにこれ」
思わず呟いた私に、カウンターの中で拓実が「あ?」と柄の悪い返事をする。
しかしそれに相手をする気も起きず、もう一度湯呑みに口をつけて、ごくりと喉を鳴らした。