「全部吐いたか? ほら、口ゆすいで」

「すみません、もうなにからなにまで」


渡されたコップの水を口に含んで、ペッと出す。何度かそれを繰り返せば、もう大丈夫そうだと判断したのか、ダサい看板の製作者はお手洗いに私を残して先に去っていった。

酔いと眠気はさめていないものの、吐き気がなくなったことで気分はだいぶマシだ。


「いやあ、本当にありがとうございました」


ふわふわとした足取りでお礼を言いながら、さっき通ってきた部屋へと戻る。

店というのは嘘ではなかったようで、引き戸を開けてすぐの部屋にはカウンターがあった。

椅子が三脚置いてある。カウンター席の反対側は全面ガラス戸になっていて、今は暗いけれど庭の様子がよく見えそうだ。そちら側には長椅子が一脚、用意されている。

莉子たちの居酒屋よりも狭くて小さな店ではあるけれど、手入れが行き届いているように思えた。


「泥酔したやばそうな人間がいるって〝ツキヨミさん〟が言うから見に行ってみれば、またお前かよ」

「ツキヨミさん?」

「……なんでもねえよ。酔っ払い、そこ座れ」


カウンターの中でなにやら手を動かしながら悪態をつく相手に少しムッとしつつも、おとなしくカウンター席に腰かける。体調的に立っているのはしんどかったため、座ることができてホッと気が緩んだ。


「ダサ看板さん、なにしてるんですか?」

「なんだよその呼び方。他にもっといいのあるだろ」

「全然思いつかないです。名前、教えてください」


酔っ払いの危機を救ってもらった恩はある。素直に名前を尋ねた。


「拓実(たくみ)だ。……お前は?」

「葉月です。中村葉月」


しっかりフルネームを名乗れば、「ふうん」と興味なさげな声が返ってくる。


「それで、拓実さんはなにしてるんですか?」

「拓実でいい。さん付けされるのは変な感じする」


なにかと文句の多い恩人である。


「あと、見りゃ分かんだろ。茶を淹(い)れるんだよ」