「はい、グレープフルーツね」
店員さんから渡された鮮やかな黄色のグレープフルーツには、緑色のストローがぶっ刺さっている。
丸ごとひとつ果物を使ったジュースは、情緒あふれる建物が軒を連ねる石畳の通りと、三月下旬の晴れた空によく映えていた。
スマホのカメラアプリを起動して、レンズを向ける。春っぽくピンク色にしたネイルが写るよう角度を調整しながら、ふと我に返る。
「……傷口に塩を塗りに来たんだっけ」
日本一の神社といわれている『伊勢神宮』。その内宮(ないくう)の門前町である『おはらい町』は飲食店や土産物店がずらりと並ぶ観光スポットだ。春休み期間中の土曜日ということもあり、夕方四時を迎えても家族や友人、恋人と楽しそうに過ごす人であふれている。
注文された果物を目の前でグリグリと搾って、そのまま皮をカップにしたジュースを提供しているここは人気店のようで、列ができていた。
東京からひとり寂しくやってきて、インスタ映えを狙う二十五歳は周囲の目にどう映るのだろう。
スマホを構えていた右手を下ろしてポケットにしまう。
なんでもない顔を繕いながら、左手に持ったグレープフルーツジュースをズズッと吸う。酸味と苦味が口の中に広がるのを感じつつ、私の足はひとけのなさそうな路地裏へと向かっていた。