「おせぇなぁ、ビビってたか? おい」
「ちげぇよ、トイレ行ってたんだよ、寝起きはトイレ行くだろが」
 緑沢は初めて見る。近づいても、結城みたいな感覚がない俺には、こいつが普通の人間と何が違うのか分からない。あごひげが生えていて、高校生には見えないな、って感想だ。見て分かるくらいの筋肉量で、魔力どうこうを差し引いても、こいつは強い。実際、数十人の不良をまとめ上げている時点で、力が規格外か人望が規格外なのははっきりしている。
「如月鉄の噂は聞いてるぞ、左腕の傷を見せろ」
「なんだ、男の身体を見て興奮する趣味か? 気持ちわりぃな」
 袖を捲りながら、悪態をつく。正直、自分でも見たくないような傷を見たがるなんて、相当変態だな、こいつ。人望はなさそうだ。
「良い傷だ。俺と同じだな」
 なんて言った? 俺と同じ?
 疑問符を並べていると、おもむろに上の服を脱ぎ始めた。本当に変態か? と思ったが、どうやら違うらしい。背中から腰にかけて大きな切り傷ができている。
「名誉の負傷……とは言えないな、ヤクザと殴り合ってる最中に、不意打ちでぶった切られた傷だ。自分の身体に異物が入ってくる感覚ってのは、二度と味わいたくはねぇな」
 命の危険すらあっただろうと思えるような傷。ヤンキーの報復なんて可愛いもんで、多分、その傷をつけたやつは本気で殺すつもりだったはずだ。そして、こいつはぶった切られたまま、全員をボコったんだろう。気迫が違う。自分の強さのカラクリを知って、女にうつつを抜かしながら、頂点に虚しく上り詰めた俺なんかとは、格が違う。心でそう思っていても、見栄を張らなければならない。不良が態度で負けたら、おしまいだろ。
「なんだ、俺の傷を見て、自分の傷を見せるためにわざわざ和良比高校までお出迎えしてくれたのか? ご苦労さん、馬鹿面並べてむさくるしいから、とっとと帰りな」
「んだぁ!?」「誰が馬鹿面だオラァ!」「殺してやるよ!」
 周りの血気盛んな雑魚どもが騒いでやがる。こいつらは眼中にない。今の俺なら、こんなやつらにいくら殴られようが、痛みすら感じない。問題は、できれば結城が見てない場所でやりあいたいってことだ。正直、魔力を攻撃に使わないって条件で許されたみたいだが、無理そうだな。一人一撃、それでもそれなりに体力を使う。雑魚狩りに時間はかけてられない。緑沢の魔力量は俺からでは分からないから、体力はできるだけ温存したい。緑沢とのタイマンがしたい、なんて条件をこちらから出せる状況じゃねぇ。せめて、場所だけでも移動したい。
「ここじゃ、あまりにも野次馬が多くてしょうがねぇ。近くに河川敷がある。そこで全員相手してやるよ」
「いいだろう、時間はこっちから指定する。今すぐだ。いくぞ、お前ら!」
「シャアッ!!!!」
 気合十分って感じだな。ともかく、結城の目を逃れられるのは良かった。
河川敷まで五分ほど歩く。橋の下だから高校から見えることはない。緑沢は不敵に笑ってやがる。鼓動が高鳴る。勝てるか分からない喧嘩ってのはスリルがあるなぁ。今、遠足や旅行に行く前に計画を立てている段階だ。すっごいワクワクするが、実際に行ってみてから楽しいかどうかは分からないな。
「小魚みてぇに群れねぇと何にもできない雑魚どもがイキってんじゃねぇぞ、コラ」
「群れれば、イワシでもサメを殺せるってことだ。てめぇは今やまな板の上の(こい)だぜ、負け認めて、テッペン譲りな」
「悪ぃけど、譲るつもりは少しもないんだわ。てめぇみてぇな群れなきゃ何にもできねぇようなカスに譲っちまったら、この町終わっちまうからよ」
「群れの長になるのも、一つの才能だ。話はこんなもんでいいだろ、殺せ」
 鶴の一声、周りの雑魚どもが思い思いの雄たけびを上げながら突っ込んでくる。こみあげてくる感情は、怒りか楽しみか興奮か、突き上げてくる気持ちが、口から出ていく。
「ウッシャア!!!!!!」
 拳を受け止めながら、カウンター。この人数に無理やり攻めたって、あまりにも隙が大きすぎる。パンチ程度なら食らっても問題ないが、鉄パイプや金属バットとなると、攻撃に回す魔力も防御に回さなければいけなくなってしまう。躱すような隙間はない。覚悟を決めて、顔面で拳を受け止めながら膝蹴りを腹にぶちかまし、敵討ちと言わんばかりの膝蹴りを腹に入れられながら、顔面に拳を返す。武器を持ってるやつはいても、防具はつけてきていないようだ。顔面、みずおち、心臓、的確に急所を狙って殴る。一撃で動きを止める。正直、手加減なんてしてられない。全力で蹴りをぶち込まれて、吹っ飛ぶやつすらいる。エンジンがかかってきた。命の気配は最初の四十三人分から、気迫が残ってるのは三十二人に減っている。そろそろ、一発どでかいのかましてやって、ビビらすか……。
「オラァ!!!!」
 近場にいた一人を捕まえて、思いっきり頭突きをかます。反り返って、地面にめり込むほどの威力。やり過ぎた……。死んだかもしれねぇが、自業自得、正当防衛ってやつだ。作戦通り、周りのやつらは相当ビビっている。当然、追い打ちは欠かさない。背中を見せて逃げ出さない限りは、喧嘩続行の意志ありとみなす。胸倉をつかんで、顔面に一撃。ボディーブローで胃を突き刺すような一撃。全身を使ったタックルで一撃。もう抵抗は見られない。サンドバックを殴り倒していく。つまんねぇ、つまんねぇなぁ。一気に体温が下がって、血が冷めていくのが分かる。
 でも、すぐに油断していたことに気付かされた。いきなり、爆発音のような音が聞こえたと思うと、雨が降ってきた。雨? 橋の下なのに? 手を出して、再び衝撃。赤い。見たことがある、鮮やかで、それでいて少しの透明感もなく、やけにぬめりを感じる。これは、血だ。周りにいた雑魚はいつの間にかいなくなっていた。走って逃げたのか、この血の発生源になったのか。
「ちんたらやってんじゃねぇよ、クソボケが。生きてる価値もないゴミを利用してやったのに、結局てめぇらはゴミだったなぁ」