次の日も機嫌は直っていなかった。珍しく教室に行って、挨拶するも返事はこない。周りのやつらも怖がって、近寄ってこようとしない。つまんねぇやつらだな。小さく舌打ちをしたら、もっと怯えて離れていく。むしろ面白くなってくる。力任せに教室の扉を開けて、大股で歩いていく。廊下も学校も俺の世界だと言わんばかりに堂々と。俺の力で手に入れた地位で、頂点に立つ王は常に孤独なもんだ。結城は、俺が魔力を持っているから、仕方なく教えてくれているだけなんだろうな。たまたま俺だったから、訓練に付き合ってくれたけど、別に俺じゃなくても同じような対応だったんだろうな。何なら、俺じゃなければ、学校の教室でも喋って、仲良くなって、周りの女友達からいじられて、青春が送れたんだろうな。
 不良になりたくてなったわけじゃない、そう言ったら嘘になるだろう。喧嘩が好きなんだ、それは否定できない。でも、人をボコボコにするのが好きなんじゃなくて、ギリギリのスリルを楽しむのが好きなんだ。心の底から湧き上がるような興奮と、血液の流れを感じ取れるほど熱くなる血管、自然と口角が上がってくるような喧嘩。最初はそんな喧嘩ばっかりだったのに、この腕の傷がつけられたときから変わっちまった。

 大雨の日、前日に喧嘩でボコボコにしたやつが、報復に来た。別に負けるとは思ってなかった。ただ、手に大きな鉈包丁を持ったとき、初めて全身の毛が逆立つ、スリルを越えた感情が湧いてきた。「恐怖」だとは認めたくなかった。身体が震えるのは武者震いだって言い聞かせて、無理やり構えた。で、案の定、左腕の肘から手の甲にかけて、ぶった切られた。後にも先にも、あんなに血が出ているのを見たことはない。想像していた以上に鮮やかな赤色で、アドレナリンのせいで痛みは感じなくて、やけに冷静だった。ぶった切った本人は俺より慌てていて、すでに戦意喪失って感じで青ざめていた。あまりに滑稽で、俺も殴る気が失せた。その途端、左腕が熱くなってきて、その場にうずくまってしまった。救急車の音が聞こえる。近くで見ていた野次馬が呼んだのか。担架に乗せられて、運ばれていくさなか、俺を切ったやつのやけに寂しそうな顔だけが頭に焼き付いている。