あの日、いつも通り授業をサボった。俺は、いわゆる不良だ。ただ、信念を持って不良をやってる。カツアゲ・脅迫なんてダサいことはしねぇ。喧嘩はタイマンが基本。まあ、売られた喧嘩なら集団相手でも買うけどな。武器はもちろん使わねぇ。こんなことばっかり続けてたら、いつの間にか「喧嘩屋・鉄」なんてあだ名をつけられた。見た目は、目つきが悪くて、身長百九十センチ、筋肉質。喧嘩するにはもってこいだ。学ランを着たかったから、この近くの高校に通ってる。
で、話が逸れたが、授業をサボって、屋上で眠るつもりで鍵を取ってきた。教師のやつらは怖がって注意してこない。堂々と職員室に乗り込んで、「屋上の鍵借りますね」と言ってきたから、ちゃんとルールは守っているはずだ。立ち入り禁止の場所じゃなければ、だが。
とにかく、鍵を開けて、ドアノブを掴む。瞬間、後頭部に鈍痛が走る。残念ながら、一撃では気絶できなかった俺は、振り返って相手を確かめる。そこにいたのは、百九十センチの俺が階段の上にいるのに見上げなければいけないくらいの大きさの、真っ黒な人型の化け物だった。わけが分からなかったが、あの時の俺は怒りの方が勝っていた。
喧嘩はターン制バトルだ。相手からの不意打ちをもらった俺は、たぶん顔だと思われるところに、右フックをお見舞いする。少しよろめいたが、倒れない。それでも、効くことは分かった。次は、言葉を理解しているか確かめる。
「おい、てめぇどこのもんだ? てか、人間か?」
なぜかやけに冷静だった。人間以外と戦ってるのに、こいつと会ったことがあるかのような感じで、話しかけられた。あとから分かったが、こいつは屋上で眠る俺の夢に住み着いていて、ついに現実に出てきた夢魔だったらしい。ともかく、当時の俺にそんなこと知る由もなく、覚えてなくとも、夢で自分が食われて育てた存在だから、親近感があったのかもしれない。
そして、返事は拳でくる。腹を狙った鋭いボディーブロー。だが、読めた。受け止めてカウンター、そこまで予定を組んでいたのに、予想外だったのはそいつのパワー。受け止めきれず、自分の腕ごと腹に突き刺さる。圧迫された胃が、限界を訴えているが、何とか耐えきる。今まで食らったどのパンチよりも痛ぇ。足がふらつくが、踏ん張って、お返しにボディーブローを叩きこむ。多分、もう一撃は食らえないから、次は躱さないとまずい。当然、このボディーブローでは倒れてくれない。次は顔面を狙ったフックが飛んでくる。階段の高低差を利用するために、上に登って躱す。そして、ジャンプ。その勢いのまま、下にいるあいつの顔面を狙って、ドロップキック。足が頭にめり込んで、嫌な感触がする。まるで底なし沼に突っ込んだみたいに、周りを粘液で覆われている。そして、影は爆発した。ド派手な音を立てて、周りに飛び散った。相手がいなくなって呆然としていると、音を聞いて慌ててやって来た眼鏡の教師が見える。俺を見るなり、また慌てて降りて行った。大げさなやつだ。で、入れ違いにやってきたのが、結城だった。やたらとふわふわした女っぽいドレスみたいな服に身を包んで、手には金色の杖を持っていた。
「あれ、夢魔は……?」
ぽかんと口を開けて、俺に問いかけてくるが、分かるわけないだろ。なんだ、夢魔って。なんだ、その恰好。なんだ、その杖は。こっちの方が聞きたいことだらけだ。
「おい、なんか知ってんのか、さっきの黒いやつのこと」
「黒いやつって、そいつ! そいつが夢魔だよ! どこに行ったの?」
「どこに行ったって……あの世じゃねぇの?」
「何言ってるの! あいつは人間を襲う悪いやつで、そいつを倒すのがあたしたちの仕事なの! だから、早く追わなきゃ!」
俺が倒したとは夢にも思ってないみたいだ。でも、焦ってるのは冗談じゃなさそうで、あっちに行ったなんて嘘をついたら、ころっと信じて行ってしまうだろう。ここは正直に言って、あいつが何だったのか教えてもらおう。
「倒したよ、俺が殴ったら爆発しちまった。あいつは何だったんだ? 力が恐ろしく強かったけど」
「倒した!? 鉄が!? ちょっと、動かないで……」
結城がスマートフォンのような機械をいじって、こちらの写真を撮影する。そして、息をのむ。
「魔力がある……鉄、魔法を使ったことは?」
「魔法? んなもん使えるなら、今頃こんなクソみたいな高校にはいねーよ」
もし本当に魔法が使えたら、びっくり仰天人間として、テレビに売り込むな。てか、魔法なんて便利なもの使えたら、別にテレビに出なくても金を生み出したりできるのか? だとしたら、是非使ってみたいもんだ。
「魔力が生み出されてるけど、魔法は使えないのね……無意識なのかな」
ぶつぶつ呟いているが、全然わからない。結局、あいつは何なんだよ、俺はおかしいのか? お前が全部知ってるんだろうが。
「おい、俺に教えられる情報はねぇのかよ、一人でぶつぶつ言ってねぇで、説明してくれよ」
「あ、えっと……説明、聞きたいならするけど、たぶんもう戻れないよ?」
やけに意味深な言葉だ。だが、戻るつもりはない。今の俺は停滞している。ここら一帯の不良は、すでに俺に喧嘩を売ってこない。一部の学ばねぇ馬鹿が報復のつもりか、同じ高校のやつに手を出すが、きっちり締める。番長として、頂点になってから見る景色は、別に下から見る景色と大きくは変わらなかった。俺は、ここで頂点から飛び降りる覚悟を決めなければならない。頭の悪い俺でもわかる。これを聞いたら、あの影と戦わされるんだろうな。説明会に行ったら強制就職なんて、とんだブラック企業だな。
「構わねぇよ。別に戻ったって面白いことはねぇし。あいつとの喧嘩、楽しかったからな」
「なら、説明してあげる。まず、あなたが戦ったのは、夢魔っていう化け物なの。普通は夢の中にしか現れないんだけど、力をつけると現実に出てくる。さっき戦ったやつみたいにね。で、普通の人間じゃなすすべなく殺されちゃう。そいつらに対抗するために訓練を積んだのが、私たち、『魔法少女』ってわけ」
「てことは、俺は訓練も積んでないのに夢魔とかいうやつらを倒せるのがおかしいって話か?」
「ええ、それも、現実に出てきた夢魔を倒せるのは、本当に強力な魔力を生み出せる人だけなの。普通に訓練したって倒せるようになるのかわからないのに、どうして鉄が……って思って、さっき魔力測定器で撮影させてもらった。あなた、魔力を生み出して、無意識に体に纏ってるみたい」
纏ってるみたい、って言われても、別に髪の毛が金色になったり超スピードで動けるようになったりするわけではないんだな。無意識にやってるってことは、意識してできれば、俺も魔法が使えるのかな。
「で、ここからはお願い。まず、この夢魔については言わないでほしい。次に、訓練して、ちゃんと魔力を使えるようにしてほしい。最後に、もしよければなんだけど、一緒に戦ってほしい」
真面目な顔で、結城が頼んでくる。思えば、結城とは幼馴染だったが、久しぶりに話した。俺が不良になった日から、結城は俺を避けるようになった。当然だし、俺もそれを非難するつもりはない。でも、また喋れるなら。そう思わない日はなかった。たまたま同じクラスになって、たまたま魔法少女になって、たまたま俺に力があって。これが「運命」ってやつなんだなぁ。俺は不良だから、臭いセリフだって脳内で言う。
「分かった、やってやるよ。俺に何ができるのかは分かんねぇけど、お前が何とかしてくれんだろ? 任せるよ」
「ありがとう、とりあえず、あたしは授業中だから帰るね!」
結城はそう言って、階段を降りて行った。アニメよろしく、保健室に行くとか言って抜け出してきたのだろうか。いずれにせよ、一日にして、俺の人生は夢になった。
で、話が逸れたが、授業をサボって、屋上で眠るつもりで鍵を取ってきた。教師のやつらは怖がって注意してこない。堂々と職員室に乗り込んで、「屋上の鍵借りますね」と言ってきたから、ちゃんとルールは守っているはずだ。立ち入り禁止の場所じゃなければ、だが。
とにかく、鍵を開けて、ドアノブを掴む。瞬間、後頭部に鈍痛が走る。残念ながら、一撃では気絶できなかった俺は、振り返って相手を確かめる。そこにいたのは、百九十センチの俺が階段の上にいるのに見上げなければいけないくらいの大きさの、真っ黒な人型の化け物だった。わけが分からなかったが、あの時の俺は怒りの方が勝っていた。
喧嘩はターン制バトルだ。相手からの不意打ちをもらった俺は、たぶん顔だと思われるところに、右フックをお見舞いする。少しよろめいたが、倒れない。それでも、効くことは分かった。次は、言葉を理解しているか確かめる。
「おい、てめぇどこのもんだ? てか、人間か?」
なぜかやけに冷静だった。人間以外と戦ってるのに、こいつと会ったことがあるかのような感じで、話しかけられた。あとから分かったが、こいつは屋上で眠る俺の夢に住み着いていて、ついに現実に出てきた夢魔だったらしい。ともかく、当時の俺にそんなこと知る由もなく、覚えてなくとも、夢で自分が食われて育てた存在だから、親近感があったのかもしれない。
そして、返事は拳でくる。腹を狙った鋭いボディーブロー。だが、読めた。受け止めてカウンター、そこまで予定を組んでいたのに、予想外だったのはそいつのパワー。受け止めきれず、自分の腕ごと腹に突き刺さる。圧迫された胃が、限界を訴えているが、何とか耐えきる。今まで食らったどのパンチよりも痛ぇ。足がふらつくが、踏ん張って、お返しにボディーブローを叩きこむ。多分、もう一撃は食らえないから、次は躱さないとまずい。当然、このボディーブローでは倒れてくれない。次は顔面を狙ったフックが飛んでくる。階段の高低差を利用するために、上に登って躱す。そして、ジャンプ。その勢いのまま、下にいるあいつの顔面を狙って、ドロップキック。足が頭にめり込んで、嫌な感触がする。まるで底なし沼に突っ込んだみたいに、周りを粘液で覆われている。そして、影は爆発した。ド派手な音を立てて、周りに飛び散った。相手がいなくなって呆然としていると、音を聞いて慌ててやって来た眼鏡の教師が見える。俺を見るなり、また慌てて降りて行った。大げさなやつだ。で、入れ違いにやってきたのが、結城だった。やたらとふわふわした女っぽいドレスみたいな服に身を包んで、手には金色の杖を持っていた。
「あれ、夢魔は……?」
ぽかんと口を開けて、俺に問いかけてくるが、分かるわけないだろ。なんだ、夢魔って。なんだ、その恰好。なんだ、その杖は。こっちの方が聞きたいことだらけだ。
「おい、なんか知ってんのか、さっきの黒いやつのこと」
「黒いやつって、そいつ! そいつが夢魔だよ! どこに行ったの?」
「どこに行ったって……あの世じゃねぇの?」
「何言ってるの! あいつは人間を襲う悪いやつで、そいつを倒すのがあたしたちの仕事なの! だから、早く追わなきゃ!」
俺が倒したとは夢にも思ってないみたいだ。でも、焦ってるのは冗談じゃなさそうで、あっちに行ったなんて嘘をついたら、ころっと信じて行ってしまうだろう。ここは正直に言って、あいつが何だったのか教えてもらおう。
「倒したよ、俺が殴ったら爆発しちまった。あいつは何だったんだ? 力が恐ろしく強かったけど」
「倒した!? 鉄が!? ちょっと、動かないで……」
結城がスマートフォンのような機械をいじって、こちらの写真を撮影する。そして、息をのむ。
「魔力がある……鉄、魔法を使ったことは?」
「魔法? んなもん使えるなら、今頃こんなクソみたいな高校にはいねーよ」
もし本当に魔法が使えたら、びっくり仰天人間として、テレビに売り込むな。てか、魔法なんて便利なもの使えたら、別にテレビに出なくても金を生み出したりできるのか? だとしたら、是非使ってみたいもんだ。
「魔力が生み出されてるけど、魔法は使えないのね……無意識なのかな」
ぶつぶつ呟いているが、全然わからない。結局、あいつは何なんだよ、俺はおかしいのか? お前が全部知ってるんだろうが。
「おい、俺に教えられる情報はねぇのかよ、一人でぶつぶつ言ってねぇで、説明してくれよ」
「あ、えっと……説明、聞きたいならするけど、たぶんもう戻れないよ?」
やけに意味深な言葉だ。だが、戻るつもりはない。今の俺は停滞している。ここら一帯の不良は、すでに俺に喧嘩を売ってこない。一部の学ばねぇ馬鹿が報復のつもりか、同じ高校のやつに手を出すが、きっちり締める。番長として、頂点になってから見る景色は、別に下から見る景色と大きくは変わらなかった。俺は、ここで頂点から飛び降りる覚悟を決めなければならない。頭の悪い俺でもわかる。これを聞いたら、あの影と戦わされるんだろうな。説明会に行ったら強制就職なんて、とんだブラック企業だな。
「構わねぇよ。別に戻ったって面白いことはねぇし。あいつとの喧嘩、楽しかったからな」
「なら、説明してあげる。まず、あなたが戦ったのは、夢魔っていう化け物なの。普通は夢の中にしか現れないんだけど、力をつけると現実に出てくる。さっき戦ったやつみたいにね。で、普通の人間じゃなすすべなく殺されちゃう。そいつらに対抗するために訓練を積んだのが、私たち、『魔法少女』ってわけ」
「てことは、俺は訓練も積んでないのに夢魔とかいうやつらを倒せるのがおかしいって話か?」
「ええ、それも、現実に出てきた夢魔を倒せるのは、本当に強力な魔力を生み出せる人だけなの。普通に訓練したって倒せるようになるのかわからないのに、どうして鉄が……って思って、さっき魔力測定器で撮影させてもらった。あなた、魔力を生み出して、無意識に体に纏ってるみたい」
纏ってるみたい、って言われても、別に髪の毛が金色になったり超スピードで動けるようになったりするわけではないんだな。無意識にやってるってことは、意識してできれば、俺も魔法が使えるのかな。
「で、ここからはお願い。まず、この夢魔については言わないでほしい。次に、訓練して、ちゃんと魔力を使えるようにしてほしい。最後に、もしよければなんだけど、一緒に戦ってほしい」
真面目な顔で、結城が頼んでくる。思えば、結城とは幼馴染だったが、久しぶりに話した。俺が不良になった日から、結城は俺を避けるようになった。当然だし、俺もそれを非難するつもりはない。でも、また喋れるなら。そう思わない日はなかった。たまたま同じクラスになって、たまたま魔法少女になって、たまたま俺に力があって。これが「運命」ってやつなんだなぁ。俺は不良だから、臭いセリフだって脳内で言う。
「分かった、やってやるよ。俺に何ができるのかは分かんねぇけど、お前が何とかしてくれんだろ? 任せるよ」
「ありがとう、とりあえず、あたしは授業中だから帰るね!」
結城はそう言って、階段を降りて行った。アニメよろしく、保健室に行くとか言って抜け出してきたのだろうか。いずれにせよ、一日にして、俺の人生は夢になった。