夜の校庭を不定形の生物に追いかけられながら走り回るなんて経験、したくてもできるものじゃない。俺は特殊だから、こんな経験をしているんだろうな。
「おい、まだ殴れねぇのか!? とっととぶちのめして、安眠したいんだけどよぉ」
「待ちなさいって! 解析がまだ終わってないの、こんな大型夢魔(むま)、初めて見るんだから、データを採取しないと……」
 俺と同じく、化け物から逃げている女、結城(ゆうき)。やたらとふわふわした女っぽいドレスみたいな服に身を包んでいる。これが戦闘用の正装だそうだ。実際、三メートルくらいある化け物の一撃を食らっても無傷で済むくらいには効果がある。見た目さえどうにかしてもらえるなら、俺用も作ってほしいもんだ。
 で、問題の化け物。「夢魔」って呼ばれているらしい。その名の通り、人間の夢に現れて人間を食う。その時点では現実に影響はない。食われた方も、ただの悪夢だと思うだろう。だが、こいつらは狡猾(こうかつ)で、夢の中で力をつけたあと、現実に出てくる。夢の中で人間を襲っている状態は幼虫みたいなもんで、成長してからが本番だ。結城は「魔法少女」と呼ばれる職業? なんだそうだ。下っ端の魔法少女には、現実に出てきた夢魔と戦うほどの力はないらしい。で、残念なことに今戦おうとしているこいつは、現実に出てきた夢魔だ。三メートルほどもあるスライムみたいな化け物で、さっき結城が一撃食らって、すごい勢いで吹き飛ばされていた。生身の俺が食らったら、一たまりもないだろうな。だが、それはお互い様だ。
「終わった! 解析終了、データ送信完了、(てつ)! 出番だよ!!」
「しゃあ、やっとかよ!」
 結城からのOKを受けて、その場で立ち止まる。不定形の生物の勢いは止まらず、容赦なく距離が縮まる。息を吐きだして、落ち着く。左足を前に、右足を引いて、手も同じく左を前に、右を引く。一撃必殺の構え。呼吸はゆっくりと深く吸い込み、一気に吐く。一定のリズムを整えて、目標に照準を合わせる。
 自らの体重を利用してのしかかろうとしてくる化け物に対して、全身全霊の一撃をぶちかますべく、右足を前に出して地面を踏みしめると同時に、右手を発射する。弾丸のように捻りを加えた拳が化け物に触れると、水に石を投げたみたいに波紋が広がる。衝撃をフルで与えるために、すぐさま右手を引く。化け物は弾け飛び、原型を留めない。振り返って、結城に自慢してやる。
「ほら見ろ、俺に勝てるやつなんていねぇんだよ、『喧嘩屋・鉄』を舐めんなよ」
「あんたが十人くらいいればいいんだけどね。あんた以外が勝てなきゃ意味ないでしょ。そのために解析して、データ送信して、って手間暇かけてんだから」
 ごもっとも。頭の悪い俺にも分かるように説明してくれて助かる。ともかく、今日の仕事は終わった。さっさと帰って眠りたい。なんでこんなことをしてるのか、って話は、少しばかり過去に戻らなきゃならない。