【午後五時二十三分】

 街灯もぼんやりと道を照らし始めた頃。公園のブランコの前で一人、腰掛けもせず立ち尽くす雪路の姿があった。鼻をすすって服の袖で顔を拭うと、スクールバッグを背負い直して足早に公園を出た。
 雪路が向かったのは大きな寺院で、駐車場の隅には大輔と静香が話していた。二人とも学校が終わって直接寺院へ来たらしい。雪路の姿に気付くと、大輔は手を振って呼んだ。
「よう、雪路。しーちゃんには会えたか?」
「ああ。天馬のおかげでちゃんと会えたし、キーホルダーも返せたよ」
「そっか、よかった」
「……でも、やっぱり間に合わなかったか。おじさん達に挨拶したかったんだけど」
「俺たちもすれ違いだったんだ。雪路は元気かって聞かれたから今日の脱走劇を伝えといたよ。めちゃくちゃ笑ってた」
「お前な……」
「でも言ってたぞ。『天馬と遊んでくれてありがとう』って」
「……そっか」
 安堵した表情の雪路と小さく笑う大輔に対し、会話についていけない静香は眉をひそめた。
「ねぇ雪路? 大ちゃんから今ざっくり聞いたんだけど、いまいち理解できないよ。本当に天馬君、ここにいたの?」
 大輔が静香に説明したこと――それは、雪路が元々霊感が強く、様々な霊の声が聞こえるというものだった。幼い頃から聞こえないように部屋の隅で踞っていた。それにいち早く気付いたのは、彼の幼馴染みであった天馬だった。
 大輔が意外にも冷静だったのは、別々のクラスになって雪路を心配した天馬から軽く話をされたからだった。
 だから雪路が天馬と話しているとき、他の人から天馬の姿は見えなかったのだ。
 ――最後の最後までお人好しだった。
「……いたよ。ついでに、大きな課題まで押し付けていきやがった」
「課題? 何を押し付けたの?」
「それは内緒」
 雪路は人差し指を立てて小さく笑うと、不意に空を見上げた。淡い夕焼け空に一番星が瞬いていた。

 ――天馬、俺はちゃんと前を向くよ。
 ――今すぐには難しいかもしれないけど、それまで近くで叫んでくれるんだろう?

 遠くの空の一番星に問うと、更に輝きを増した。