【午後二時三十分】

 あの後、しーちゃんは静香ちゃんと連絡をとることを約束して、赤い目を擦りながらも学校の校舎へ消えていった。
 僕と雪路は何も口にすることなく、ただ黙って電車に乗った。行きよりも少しだけ増えた人混みが、夕方に差し掛かっていることを教えてくれる。
「……なぁ、天馬」
 地元の駅まであと半分くらいになると、今まで黙っていた雪路が口を開いた。
「お前、進路どうすんの?」
「え?」
「ほら、今のうちに将来なりたいものに向かって勉強しないとなーって」
 僕を見て小さく笑いながら問う。笑っているのにどこか寂しそうなのは、きっと本当に聞きたいことじゃないからだろう。
「そうだなー……」
 電車の窓の外を眺めながら少し考える。今の僕に、将来なんてあるのだろうか。
「思い付かないけど……でも空には行きたかったな」
「空?」
「うん。しーちゃんのキーホルダーみたいにキラキラ光る星を、いつか自分の目で見たいなとは思ったよ」
 今はもう叶うことない壮大な夢を口にしてみても、結果は変わらない。誰もが呆れてしまうだろう。それでも僕の隣にいる彼は笑わなかった。泣きそうになるのを堪えるかのように細めた両目、鼻と口をきゅっと絞ったその顔は、今まで見たなかで一番ひどかった。
「すごい顔だね。笑えばいいのに」
「……笑わない、笑えるかよ」
 そう言ってまた目を伏せてしまう雪路。ああ、なんだ。
「……雪路、ちゃんと泣けるじゃん」
 人見知りの激しくて、すぐパニックになってしまう雪路。三年前に比べて外見は変わっても、やっぱり雪路は雪路だった。
「雪路は? なにかやりたいことがあるの?」
「俺?」
 小さく鼻をすすってまた沈黙が続く。言葉にしようとして文章を組み立てているのだろうか。それとも、口にしたくないのか。
「……僕は、雪路がしたいことをすればいいって思う。誰に何を言われても構わない、間違っていることをはっきり物申す雪路は、ちゃんと前を向けるよ」
「天馬……」
 オレンジの光が雪路の頬を照らす。目元に涙の跡が残っていたのは見なかったことにしよう。
 僕の幼馴染みで、親友で、相棒がもう一度、前を向けるように。