【午前十時】

 僕らが駅に着いたのと同時に、雪路のスマートフォンに大ちゃんから連絡が入った。どうやら雪路の学校脱走劇が話題になっているようで、文面だけでも大ちゃんが腹を抱えて笑っている姿が目に浮かぶ。
「雪路、暫く有名人だね」
「誰のせいだよ……お」
 立て続けに送られてきたのは、ある学校の住所。おそらく雪路の連絡先を知らない静香ちゃんが、大ちゃんを経由して送ってくれたのだろう。
 早速雪路がネットで検索すると、静香ちゃんが言った通り片道二時間かけて電車に乗るらしい。駅から中学校までは近い距離のは好都合だ。僕らはひとまず電車に乗ることにした。
 平日ということもあってか、電車の中は空席が目立っていた。僕らはひとまず隣同士で座ると、雪路はボーッとどこか遠くを見つめた。
「雪路、もしかして眠い?」
「朝早いし学校着いたらすぐ走ったし……疲れた」
「二時間も乗らないといけないから寝たら?」
「……天馬は?」
「僕? 僕は全然元気だから大丈夫。寝過ごす前に起こすよ」
「……いい、起きてる」
 雪路はそう言って、眠い目を擦って背筋を伸ばす。無理しなくてもいいのに。
「寝てていいよ?」
「嫌だ。……久々に天馬とあったのに、起きたら全部夢でしたなんてあってたまるか」
 ふん、と鼻をならす。雪路らしくて思わず僕の頬も緩む。
「雪路、中学校生活はどうだったの?」
「中学? 急にどうした」
「いやぁ……僕ら、小学校はずっと一緒にいたけど中学入ってからは連絡取れなかったじゃん? 元気かなーってずっと思ってたんだよ」
「ずっとって……ははっ。そうだなぁ」
 首にかけたヘッドフォンのコードをいじりながら、雪路は少しずつ話してくれた。
「俺、中学ではサッカー部に入ってたんだ。運動ならなんでもよかったんだけど、一番大会があって、練習試合も多そうだったからやりがいあるかなって思ってさ。三年間頑張っていろんなポジションやったよ。でもやっぱり楽しかったのはフォワードだったな。仲間がくれたパスの勢いを活かしてシュートして、決まった時はすっげー嬉しい。皆も喜んでくれた」
「雪路、シュートは上手かったもんな」
「天馬のパスを何度も受けてたから、上手くなったんだよ」
「授業は? 難しい?」
「比べるとやっぱり難しいよ。でも解けたら楽しいい。あんなに嫌いだった縦書きの本も読むようになったんだ。最近はサスペンスにもハマってる」
「え、怖い話じゃないよね?」
「全然怖くない。でも描写がリアルで、いつの間にか引き込まれて、気がついたら時間があっという間に過ぎているってことがよくあるんだ」
「漫画しか読めなかった雪路がねぇ……僕も読めるかな」
「俺に読めたんだから天馬も読めるよ。おすすめ教えてやろうか?」
「えー……今はいいよ。あ、好きな人は? いるの?」
「急に話を曲げたな……いねぇよ。好きとかわかんないし」
「えっ!? あの時静香ちゃんのこと好きって言ってたじゃん!」
「それは小学生の時だろ。本気にすんなって。それに森川には彼氏いるよ」
「マジで!?」
「なかなかいいカップルだと思う。尻に敷かれている感じが滲み出ているっていう」
「ええー……僕が知ってる人?」
「知ってるよ。さっき会ったし。」
「……まさか?」
「そう、そのまさか」
 三年の月日は僕が思っていた以上に長くて、あんなに一緒にいた雪路の新しい面も見ることができた。
「あーあ……いいな、僕も同じ中学に行きたかったなぁ」
 僕がそういうと、雪路は一瞬目を見開いて、でもまたすぐ伏せて下を向いた。
「……俺も、一緒に行きたかったよ」
 小さく呟いた彼の声に、僕はただ彼の背中を軽く叩いてやることだけしかできなかった。