【午前八時四十五分】
星のキーホルダーを見つけたのは本当に些細なことだった。
小学生の頃、学校の校庭でクラスの何人かとかくれんぼをして遊んでいたら、物陰に隠れてこっちを見ていた女の子に気付いた。おかっぱに赤いワンピースなんて、七不思議に出てくる花子さんじゃないかって一度噂になったこともあるから、一緒に遊んでいた何人かは「不気味な奴」だと言って省いていた。
その噂を知らなかった僕は、一緒に遊びたいんだろうと思って躊躇いもなく彼女に声をかけた。最初は首を振っていたから見ているだけでいいって言いたいのかなって思っていたんだけど、次第に周りからヤバイ奴だから近寄るなとか、不幸になる花子さんだから話しかけるなとか、酷い言葉が飛び交った。
そんな空気の中、ボソッと呟いたのは意外にも雪路だった。
「……別によくね? 花子さんだって僕たちが楽しく遊んでいたら気になるんじゃない? それにあの子は単純に混ざりたいだけじゃん」
雪路の一言で皆が狼狽えると、僕はすかさず彼女の手を取った。
「僕はてんま! こっちはゆきじ。君の名前は?」
「流石に花子さんじゃないでしょ? 教えてよ」
僕らが笑って問うと、俯いていた彼女は顔を挙げて、涙をこぼしながら口を開いた。
「……それが、『しーちゃん』」
雪路が通う学校まであと少し。その道中であの頃のことを思い出しながら口にしたのは、星のキーホルダーの持ち主である少女の名前だ。かくれんぼが終わった後、しーちゃんが落としていったキーホルダーを僕が拾った。既にしーちゃんはその場にいなくて、いつか返さなきゃと思っていたにも関わらず、随分時間がかかってしまったのだ。
「小学生って、一人称を『僕』とか『俺』じゃなくて自分の名前で言う奴いるよな。分かりやすいからいいけど」
「多分しーちゃんはそういう子だったんだよ。だから僕たちにも『しーちゃん』だって答えてくれた」
「結局クラスも違えばそのかくれんぼ以来会ってないんだよな……。つか、なんで今さらしーちゃんを探そうって思ったんだよ?」
「だから言っただろー? 今日だから、今日しかできないことをするんだ!」
「ふーん」
僕の答えに疑問も持ちながら、納得しがたくも相づちを打つ。こういうときの雪路は流石だ。
「ところで雪路、学校に行ってどうするの?」
「今のクラスに大輔がいるんだよ。もしかしたら覚えてるかもしれない」
「大ちゃん!? うわっ懐かしい!」
大輔ーーもとい大ちゃんは、小学校では雪路の次によくつるんでいた奴だ。あの時のかくれんぼも一緒に混ざって遊んでいて、最初にしーちゃんを「花子さん」呼ばわりした張本人。結局、かくれんぼが終わった後にしーちゃんに謝っていた、見かけによらずいい奴だったなぁ。
「ん? でも僕、部外者扱いされて学校には入れないんじゃない?」
「まぁ……そこはなんとかなるでしょ」
学校への道のりでは、雪路と同じ制服を着た生徒が同じ方向へ向かって歩いている。中には雪路に声をかける生徒もいた。
「日下部君、おはよー!」
「おはよ」
「日下部、今日の日直当番お前じゃねぇの?」
「あー……って、お前もじゃん。この間の時ほぼ俺がやったから今日お前なー」
「うっせ! わーったよ! 先行くぞ!」
なんだ、雪路って人気者じゃん。
あんなに人見知りが激しかった幼馴染みが、こんなにいろんな人と会話をして笑っている現状に嬉しい反面、どこか寂しさを感じた。
「天馬? どうかした?」
「いや……日直いいの?」
「前回アイツがやらなかったのを俺が全部やったからいいよ。それより、今は大輔に話を聞かなきゃ」
急に足を早める雪路。僕が「今日だけだから」と頼み込んだのが効いているのか、どこか焦っているように思えた。
怪しまれることなく校舎に入ることができた僕は、雪路の背中に隠れながら先を行く彼に問う。
「雪路、お前の学校ってこんなに大きかったんだな」
「大きかったっていうか……丁度去年くらいに改装工事が入ってきれいになったんだって。お前も引っ越さなければ、一緒に通ってたのかもな」
少し寂しそうに雪路は言うと、一年三組の教室に入った。
ガヤガヤと賑やかな教室には、いろんな生徒が談笑していた。雪路は鞄を背負ったまま、隅の方で話していた男子のグループに行くと、僕の見知った顔の男子生徒に声をかける。
「おはよ。大輔、借りるよ」
「おおっ!? なんだよ急に」
そういって雪路は一人の男子生徒を連れて廊下に出た。雪路より瀬が高く、がっしりとした体格でキリッとした眉が特徴的な顔は、まさしく僕の知っている大ちゃんだった。
「珍しいな、なんだよ?」
「お前、小学校の時のしーちゃんって覚えてるか?」
「しーちゃん……? ああ、花子さんって俺が言った女子のこと?」
「そいつの名前ってわかる?」
「ええっ!? 急にどうした……告白でもすんの?」
「ちげぇよ。……天馬が、知りたいんだと」
雪路はそう言って僕の方をちらりと見る。満面の笑みを浮かべて首を縦に振ると、大ちゃんは目を凝らして何度も僕を見た。
「天馬……? 天馬、マジか! 久々だな!」
「大ちゃん! 元気そうでよかった! 随分大きくなったね」
「大輔、ラグビー部で鍛えられてるもんな。小学校なんてガキ大将で有名だったのに」
「お前らの方が悪ガキだった癖に。あーあ、今となっては雪路はクラスの人気者、俺はラグビーでゴリゴリマッチョさ」
わざとらしく右腕で力こぶを僕らに見せつける。触れるとしっかりとした筋肉がつけられているのがよくわかった。
「それにしても、しーちゃんか……。あー……覚えてねぇな。小学校入ってちょっと経った頃だろ? 天馬の奴、よく覚えてたな」
「天馬、興味があることしか覚えない奴だから。俺も顔まで覚えてないんだけど、名前だけでもわかれば探せるかなって」
「二人して僕のこと馬鹿にしてない? 酷いなぁ」
一人で拗ねると、雪路がにやにやしながらごめんと笑う。絶対思ってないな、こいつ。するとなにか閃いたように、大ちゃんが声をあげた。
「じゃあさ、名前の最初に『し』が付く奴を探せば?」
「しが付く……あ」
雪路が何か閃いたようで、目をぱちくりさせる。
「森川は? 確かアイツ、下の名前は静香じゃなかったっけ?」
「あー……そうだな、呼ばれてたかどうかは別だけど、静香ならさっき一組の教室に入っていくの見たぞ」
「雪路、行こう!」
大ちゃんの目撃情報に、僕は雪路の腕を引っ張った。
「ちょっ……! 天馬、これから授業始まるからちょっと待てって……」
「行ってこいよ雪路。天馬のわがままは付き合うのがルールだって言ってたじゃねぇか」
「そうだそうだ! 早く行こうよ、雪路!」
「ルールじゃねぇよ! ああっもう……! 大輔、上手く誤魔化しといて!」
僕に引っ張られるがまま、雪路は渋々と僕に着いてきてくれた。大輔が頑張れーと言って手を降ってくれるのを横目に、僕は彼に向かってありがとうと叫んだ。
届いてくれたらいいなぁ。
「大輔? 雪路の奴どうしたんだ?」
「……どうもしないさ。ただ、懐かしい悪ガキコンビが揃ったってだけだよ」
星のキーホルダーを見つけたのは本当に些細なことだった。
小学生の頃、学校の校庭でクラスの何人かとかくれんぼをして遊んでいたら、物陰に隠れてこっちを見ていた女の子に気付いた。おかっぱに赤いワンピースなんて、七不思議に出てくる花子さんじゃないかって一度噂になったこともあるから、一緒に遊んでいた何人かは「不気味な奴」だと言って省いていた。
その噂を知らなかった僕は、一緒に遊びたいんだろうと思って躊躇いもなく彼女に声をかけた。最初は首を振っていたから見ているだけでいいって言いたいのかなって思っていたんだけど、次第に周りからヤバイ奴だから近寄るなとか、不幸になる花子さんだから話しかけるなとか、酷い言葉が飛び交った。
そんな空気の中、ボソッと呟いたのは意外にも雪路だった。
「……別によくね? 花子さんだって僕たちが楽しく遊んでいたら気になるんじゃない? それにあの子は単純に混ざりたいだけじゃん」
雪路の一言で皆が狼狽えると、僕はすかさず彼女の手を取った。
「僕はてんま! こっちはゆきじ。君の名前は?」
「流石に花子さんじゃないでしょ? 教えてよ」
僕らが笑って問うと、俯いていた彼女は顔を挙げて、涙をこぼしながら口を開いた。
「……それが、『しーちゃん』」
雪路が通う学校まであと少し。その道中であの頃のことを思い出しながら口にしたのは、星のキーホルダーの持ち主である少女の名前だ。かくれんぼが終わった後、しーちゃんが落としていったキーホルダーを僕が拾った。既にしーちゃんはその場にいなくて、いつか返さなきゃと思っていたにも関わらず、随分時間がかかってしまったのだ。
「小学生って、一人称を『僕』とか『俺』じゃなくて自分の名前で言う奴いるよな。分かりやすいからいいけど」
「多分しーちゃんはそういう子だったんだよ。だから僕たちにも『しーちゃん』だって答えてくれた」
「結局クラスも違えばそのかくれんぼ以来会ってないんだよな……。つか、なんで今さらしーちゃんを探そうって思ったんだよ?」
「だから言っただろー? 今日だから、今日しかできないことをするんだ!」
「ふーん」
僕の答えに疑問も持ちながら、納得しがたくも相づちを打つ。こういうときの雪路は流石だ。
「ところで雪路、学校に行ってどうするの?」
「今のクラスに大輔がいるんだよ。もしかしたら覚えてるかもしれない」
「大ちゃん!? うわっ懐かしい!」
大輔ーーもとい大ちゃんは、小学校では雪路の次によくつるんでいた奴だ。あの時のかくれんぼも一緒に混ざって遊んでいて、最初にしーちゃんを「花子さん」呼ばわりした張本人。結局、かくれんぼが終わった後にしーちゃんに謝っていた、見かけによらずいい奴だったなぁ。
「ん? でも僕、部外者扱いされて学校には入れないんじゃない?」
「まぁ……そこはなんとかなるでしょ」
学校への道のりでは、雪路と同じ制服を着た生徒が同じ方向へ向かって歩いている。中には雪路に声をかける生徒もいた。
「日下部君、おはよー!」
「おはよ」
「日下部、今日の日直当番お前じゃねぇの?」
「あー……って、お前もじゃん。この間の時ほぼ俺がやったから今日お前なー」
「うっせ! わーったよ! 先行くぞ!」
なんだ、雪路って人気者じゃん。
あんなに人見知りが激しかった幼馴染みが、こんなにいろんな人と会話をして笑っている現状に嬉しい反面、どこか寂しさを感じた。
「天馬? どうかした?」
「いや……日直いいの?」
「前回アイツがやらなかったのを俺が全部やったからいいよ。それより、今は大輔に話を聞かなきゃ」
急に足を早める雪路。僕が「今日だけだから」と頼み込んだのが効いているのか、どこか焦っているように思えた。
怪しまれることなく校舎に入ることができた僕は、雪路の背中に隠れながら先を行く彼に問う。
「雪路、お前の学校ってこんなに大きかったんだな」
「大きかったっていうか……丁度去年くらいに改装工事が入ってきれいになったんだって。お前も引っ越さなければ、一緒に通ってたのかもな」
少し寂しそうに雪路は言うと、一年三組の教室に入った。
ガヤガヤと賑やかな教室には、いろんな生徒が談笑していた。雪路は鞄を背負ったまま、隅の方で話していた男子のグループに行くと、僕の見知った顔の男子生徒に声をかける。
「おはよ。大輔、借りるよ」
「おおっ!? なんだよ急に」
そういって雪路は一人の男子生徒を連れて廊下に出た。雪路より瀬が高く、がっしりとした体格でキリッとした眉が特徴的な顔は、まさしく僕の知っている大ちゃんだった。
「珍しいな、なんだよ?」
「お前、小学校の時のしーちゃんって覚えてるか?」
「しーちゃん……? ああ、花子さんって俺が言った女子のこと?」
「そいつの名前ってわかる?」
「ええっ!? 急にどうした……告白でもすんの?」
「ちげぇよ。……天馬が、知りたいんだと」
雪路はそう言って僕の方をちらりと見る。満面の笑みを浮かべて首を縦に振ると、大ちゃんは目を凝らして何度も僕を見た。
「天馬……? 天馬、マジか! 久々だな!」
「大ちゃん! 元気そうでよかった! 随分大きくなったね」
「大輔、ラグビー部で鍛えられてるもんな。小学校なんてガキ大将で有名だったのに」
「お前らの方が悪ガキだった癖に。あーあ、今となっては雪路はクラスの人気者、俺はラグビーでゴリゴリマッチョさ」
わざとらしく右腕で力こぶを僕らに見せつける。触れるとしっかりとした筋肉がつけられているのがよくわかった。
「それにしても、しーちゃんか……。あー……覚えてねぇな。小学校入ってちょっと経った頃だろ? 天馬の奴、よく覚えてたな」
「天馬、興味があることしか覚えない奴だから。俺も顔まで覚えてないんだけど、名前だけでもわかれば探せるかなって」
「二人して僕のこと馬鹿にしてない? 酷いなぁ」
一人で拗ねると、雪路がにやにやしながらごめんと笑う。絶対思ってないな、こいつ。するとなにか閃いたように、大ちゃんが声をあげた。
「じゃあさ、名前の最初に『し』が付く奴を探せば?」
「しが付く……あ」
雪路が何か閃いたようで、目をぱちくりさせる。
「森川は? 確かアイツ、下の名前は静香じゃなかったっけ?」
「あー……そうだな、呼ばれてたかどうかは別だけど、静香ならさっき一組の教室に入っていくの見たぞ」
「雪路、行こう!」
大ちゃんの目撃情報に、僕は雪路の腕を引っ張った。
「ちょっ……! 天馬、これから授業始まるからちょっと待てって……」
「行ってこいよ雪路。天馬のわがままは付き合うのがルールだって言ってたじゃねぇか」
「そうだそうだ! 早く行こうよ、雪路!」
「ルールじゃねぇよ! ああっもう……! 大輔、上手く誤魔化しといて!」
僕に引っ張られるがまま、雪路は渋々と僕に着いてきてくれた。大輔が頑張れーと言って手を降ってくれるのを横目に、僕は彼に向かってありがとうと叫んだ。
届いてくれたらいいなぁ。
「大輔? 雪路の奴どうしたんだ?」
「……どうもしないさ。ただ、懐かしい悪ガキコンビが揃ったってだけだよ」