「ねえ秋帆、こっちを見て」

 両親ともに医師という裕福な家庭の一人娘として育った四家秋帆だが、一番の大切な思い出は母の春奈が慰めてくれる時だった。遊んでいて怪我をした時。友達と喧嘩をした時。弟のようにかわいがっていた犬が死んでしまった時。秋帆が傷つくことがあると、その都度春奈は慰めてくれた。

 秋帆が春奈の目を見ると、「大丈夫、大丈夫」と言って微笑みかけてくれる。すると、不思議なほどにそれまで胸の内に抱えていた嫌な気持ちや辛い気持ちがすうっと楽になっていった。

 それが母親という存在の持つ偉大な力のためだけではなく、春奈の眼が持つ特別な力のためだと知ったのは、中学校の卒業式を間近に控えた時のことだった。悪性の白血病で余命僅かとなった母から、申し出があった。

「ねえ。お母さんの眼、もらってくれない?」

 最初は何のことか分からなかった。眼をもらうなんて母親は何を言っているんだろうかと思った。医者だから眼球移植のことを言っているのかな、などと考えたが、そんなわけがなかった。

 春奈は、ゆっくりと説明をした。
 春奈の眼には相手を癒す特別な能力が備わっていること、春奈の眼は代々医師の家系である祖先から受け継いできたものであること、遺伝では引き継げないが眼の力は血縁者の間でなら受け渡しが可能なこと、とても大切なことなので家族以外の人には眼について絶対に教えないこと、眼を使う際の注意点、などだった。

 秋帆はその事実に戸惑ったが、春奈の眼を受け継ぐことをすぐに決めた。母が自分にしてくれたように、その眼の力で人を幸せにしたいと思ったからだ。

 少し目を合わせているだけで、眼の能力はいとも簡単に受け継がれた。

 その数日後、春奈は息を引き取った。