――――子供の頃は、ただただ怖かった。

 命さえも呑み込みそうな、暗い暗い闇。

 今ほど街灯などというものは無く、少しでも遊びすぎてしまえば、すぐに闇(それ)はやって来た。遠くに浮かぶ山々が不気味に黒く聳え、昼間はあれほど穏やかだった草木も今は永松をどこかに誘うように囁いている。

 幼い頃の永松はそんな帰り道を、殆ど半泣きになりながら走っていた。

 「はあっ。はあっ・・・・・・っ!」

 薄い草鞋に、尖った小石がぐさりと食い込む。がその傷みよりも今は恐怖が上回っていた。この世界に自分が一人きりのような感覚。本当に死んでしまうかとさえ思った。

 だがそんな永松の幼い孤独は、目の前の光によって霧散する。

 「あ、ああ・・・・・・」

 それを見て、思わず永松はくしゃりと顔を歪めた。

 暖かな黄土色の光。どこか懐かしさを感じられる古ぼけた提灯。そしてぎょろりとこちらを覗く一つ目玉。間違いなく、先程自分が虐げた提灯お化けだった。

 子供の自分はそれを見た瞬間、ぐっと涙をこぼして彼に抱きついた。

 「ほんっと、良く来てくれたなあ。よく来てくれたあ・・・・・・」

 どこまでも続きそうな闇の中、その光は永松に安堵と優しさを与えてくれた。

 永松は彼の温度を感じながら、わんわんと涙を流した。


 
 「・・・・・・ありがとなあ。いっつもこうして来てくれて」

 暫くして、衝動が収まった後。

 「でも、不思議だなあ」

 涙の余韻を残しながら、彼は自分の少し前に浮かぶ彼に呼びかけた。

 「さっきまであれだけ怖かったのに、お前とこうしていると、夜が少し好きになる」

 永松は涙を拭きながら、ゆっくりと顔を上げる。

 ふっと、心地よい風が吹く。

 黄土色の光が、周囲の世界に色を与えていた。先程まで全く見えなかったあぜ道も、今ははっきりと見える。ただただ不気味だった草木も、こうして見ると蒲公英に菖蒲と、様々な種が生きている事が解った。

 ただ見えていなかっただけだった。見ようとしていないだけだった。

 暖かな光に囲まれながら、少年はそんな夏の夜をじっくり味わっていた。

 記憶の中の少年は、次いで目を輝かせながら笑みを零す。

 「わあ・・・・・・」

 蛍だ。

 彼の光に充てられてか、ぽつり、ぽつり、と蛍の光が四方八方から浮かび上がった。控えめな黄色の光は、強弱と点滅を繰り返しながら世界を優しく照らす。

 とても、とても幻想的な空間だった。

 「――――本当に、いい夜だあ。ありがとうなあ」

 正面に、ぼうっと淡い光が見えてきた。蛍でも妖のものでもない、我が家の明かりだ。両親が心配したように玄関の前で立っている。

 「なあ、シロ」

 大丈夫。もう自分は何も、怖くない。彼と居れば、どんな闇も進んでいける。

 「例え俺が大人になろうと、お前がどうなろうと」

 無数の光に囲まれながら、永松は彼に笑いかけた。

 「俺達は、ずっと一緒だよ。これからもよろしくな」

 言葉は、すっと自然に出ていた。

 記憶の中の彼も、笑い返してくれた気がした。