突如、屯所(とんしょ)に現れた見慣れぬ二人組。

 一人は銀の髪。黒の上衣(コート)に身を包んだ長身の秀麗な外見をした者。
 九等警部が現場で目撃した、不思議な雰囲気に包まれた怪しき存在。

 そしてもう一人。
 彼の隣に張りつきながら幼い少女が居座っていた。

 金糸雀(カナリア)色の髪は肩にも届かぬほどに短い。頭の上には深緋(こひき)色の大きな飾紐(リボン)を乗せている。
 右目は海に染まった蒼。左目は甘い蜂蜜という、十六夜とは左右逆の色合いをしていた。
 白絹の肌をした頬に太陽の光が当たり、よりいっそう色を失って見える。
 服は女学生の着る袴にも似てはいるが上は濃い桃色。下は青色の袴にも見えるが足が露出していてるなど、少しだけ変わった格好をしていた。

 どちらも人形めいた見目をし、そこに立っているだけで空気が変わる。
 日の國の民とは髪色はもちろん、顔だちなどからしても九等警部たちとは明らかに異なっていた。

 二人に注目している九等警部が「貴殿、どこかで……」と呟きを入れても、十六夜は我関せずに話を始める。
 
「お話、宜しいでしょうか?」

 十六夜が彼の戸惑いを無視し、隣にいる少女の頭に触れた。すると少女は頬を赤らめる。
 兄妹の微笑ましいやり取りが少しだけ続くと、十六夜は少女から離れて九等警部の前まで進む。
 九等警部よりも頭一つ分ほど高い身長の十六夜は、爽やかな笑みで彼を見下ろした。

「な、何だね、君たちは!?」

「通りすがりの異國人ですよ。それよりもお話がありますので、聞いて頂けないでしょうか?」

 自由人な十六夜は彼を無視。隣にいる少女の背中を軽く押しては頷くだけだった。
 少女が不安な眼差しで見上げてくる。無言で訴えかけられるが、彼は少女の背中を押すばかり。

兄様(あにさま)、厳しい……」

 少女の表情筋は仕事をしておらず、無表情のままだった。
 それでも十六夜が後押しをし続けると、少女は少しだけ前に出る。

 九等警部の前まで歩き、大きな瞳で黙視した。

「な、何だ……?」

 さしもの九等警部も幼き少女相手では強く出れずにいる。たじろいでは、おずおずとしていた。

「……せっかく、手がかり教えてあげてたのに。切るなんて酷い」

 言うほど怒ってはいないのか、少女の表情は変わってはいない。

「こらこら美子(みこ)。彼らは信憑性の薄い言葉を鵜呑みにできないんだ。そこは察してあげなさい」

「むー! 兄様が言うなら……」

 十六夜は言葉足らずな少女を美子と呼び、彼女を背に隠す。
 すると今度は十六夜と九等警部が立ち合いを始めた。十六夜の方が背が高いため、どうしても見下す形になってしまう。
 十六夜は申し訳ないといった様子で苦笑いした。

「……妹が失礼を致しました。私は【十六夜】。この子は美子と言います」

 その釈は丁寧。
 むしろ、お手本となりうる会釈になっている。
 彼の外見も相まって、この場にいる羅卒(らそつ)たちは魅入ってしまった。誰もが十六夜の神秘的な空気に頬を赤らめてしまう。

 けれど九等警部だけは慌てて首を振って自我を取り戻した。両頬を強く叩き、強く咳払い。

「……君らはもしや、外国の貴族かね?」

「少し違いますが、そう思ってくれても構いません」

 十六夜の含みがある物言いに、九等警部はしかめ面だ。
 それでも十六夜は会話を続ける。

「話を戻しましょう。先ほど妹が口にした事は、電話を途中で切られたのが原因です」

「電話? はて? 俺は幼子から電話など受けてはおら……っ!? まさか……!?」

 九等警部に熱い視線を送られた十六夜は無言で微笑んだ。

 九等警部は引きつった笑みをし、脱力しながら二人を奥の休憩室へと案内する。


「──で? 君たちは何を知っているんだね?」

 三人は机を挟んだ長椅子に腰掛け、互いに見合っていた。
 十六夜と美子の二人。彼らと向かい合うのは九等警部だ。

「そう、ですね。初めに申し上げておきますが、私と妹では分野(・・)が違います」

「分野?」

 細かなことを語らず、十六夜は要点だけを伝えた。
 もちろん九等警部は納得いくわけもなく、意味がわからんと言って足を組む。

「ええ。私も、そして妹も、どちらも欠けてはならない存在。それが故に、不完全な欠陥品なんです」

 十六夜は寂しげに口を開く。すると隣に座っている美子が彼の右手をギュッと握ってきた。
 美子は下を向いているので表情まではわからない。けれど不安な気持ちになっているのは間違いなく、少しだけ手が震えていた。
 十六夜は空いている左手を彼女の頭まで伸ばし、優しく撫でる。

「私と妹では、見えている物が違うんです」

 美子の頭から手を離し、己の心臓の元へと腕を伸ばす。普段と変わらぬ鼓動が聞こえていた。

「──自ら呪いを撒き、そして自ら呪いを食らう。それが私たちなんです」

 人の心を見通しかねない眼差しを持って、九等警部へと発話した。