霧も消えぬ早朝の、キョウト嵐山。
多くの土産屋が建ち並ぶ場所にはひとけは愚か、車すら通っていなかった。
人の気配すら感じられぬ今刻。【法輪寺】と呼ばれる寺から、一人の坊主が箒を持って現れた。
坊主は法衣のまま落ち葉を集め始める。ふと、彼はその手を止め、何かに目が留まった。
寺の地区から見えるは巨大な橋。人々はそれを【渡月橋】と呼んでいた──
長い橋と大きな川が特徴の渡月橋があり、その上をトテチ、トテチと、小さな狸が歩いていた。狸の背中には真っ白な仔猫が器用に乗っかっている。
橋を渡り終えた狸と仔猫は、法輪寺の方へと歩み寄っていった。
坊主のいる寺の近くまで行くと、ちょこんと腰を下ろして可愛らしく尻尾を左右に振っている。
坊主は、ふふっと柔らかく笑った。法衣の懐から白い紙を取り出し、広げて地へと置く。
狸の上に乗っていた仔猫は「にゃん!」と一声鳴き、地に足を付けた。狸の隣に並び、広げられた紙へと顔を伸ばしていく。
「いつもご苦労様やね? ほなら、金平糖あげよか。美味しいかい?」
坊主が狸と猫の頭を撫でれば、二匹は口いっぱいに金平糖を入れながら笑んだ。
それを見た彼の頬は綻ぶ。そうかそうかと心を癒され、彼は満足気に二匹を撫で回した。
「こっちは伯爵様に渡してえな。おや? ……そろそろ霧が晴れる刻じゃな」
誰かが来る前にお帰りと、二匹に金平糖の入った袋を渡して見送る。
狸と仔猫は一度だけ振り返って坊主を見、「にゃん」「きゅうん」と鳴いて、渡月橋の奥へと姿を消していった。
狸と仔猫の二匹が次に向かったのは、竹林の小怪と称される自然の中だった。
青竹はまっすぐ伸び、天を隠してしまっている。それは竹のトンネルで、緑が美しく並んでいた。
背中に仔猫を乗せた狸は、竹林に挟まれている道を右へ。そして左へと走る。
どこまでも続く霧が一層濃くなっていく。それでも迷わずに。尻尾を振りながら進んでいった──
──まだまだ続く竹林の途中、獣道が現れた。
狸はキョロキョロと周囲を見回し、自身をその獣道へと歩ませていく。
獣道は人間の子供ですら通るのが難しいほどに細かった。けれど狸は何のその。するりと、すり抜けていく。
しばらくすると竹林はなくなり、代わりに見えてきたのは大きなガラス張りの建物であった。
茶に染まり始めている秋季の葉がなびき、毛をふわふわとくすぐる。狸は喉を前肢でかくと、歩みを再開させた。
「みゃ~!」
走る狸の背中に乗っている仔猫が鳴けば、硝子張りの建物から真っ黒な手袋をした手が伸びてくる。その手は何も言わず、ただ、狸と仔猫を手招きしていた。
二匹は迷わず、トテチ、トテチとした足取りで中へと入っていった──
多くの土産屋が建ち並ぶ場所にはひとけは愚か、車すら通っていなかった。
人の気配すら感じられぬ今刻。【法輪寺】と呼ばれる寺から、一人の坊主が箒を持って現れた。
坊主は法衣のまま落ち葉を集め始める。ふと、彼はその手を止め、何かに目が留まった。
寺の地区から見えるは巨大な橋。人々はそれを【渡月橋】と呼んでいた──
長い橋と大きな川が特徴の渡月橋があり、その上をトテチ、トテチと、小さな狸が歩いていた。狸の背中には真っ白な仔猫が器用に乗っかっている。
橋を渡り終えた狸と仔猫は、法輪寺の方へと歩み寄っていった。
坊主のいる寺の近くまで行くと、ちょこんと腰を下ろして可愛らしく尻尾を左右に振っている。
坊主は、ふふっと柔らかく笑った。法衣の懐から白い紙を取り出し、広げて地へと置く。
狸の上に乗っていた仔猫は「にゃん!」と一声鳴き、地に足を付けた。狸の隣に並び、広げられた紙へと顔を伸ばしていく。
「いつもご苦労様やね? ほなら、金平糖あげよか。美味しいかい?」
坊主が狸と猫の頭を撫でれば、二匹は口いっぱいに金平糖を入れながら笑んだ。
それを見た彼の頬は綻ぶ。そうかそうかと心を癒され、彼は満足気に二匹を撫で回した。
「こっちは伯爵様に渡してえな。おや? ……そろそろ霧が晴れる刻じゃな」
誰かが来る前にお帰りと、二匹に金平糖の入った袋を渡して見送る。
狸と仔猫は一度だけ振り返って坊主を見、「にゃん」「きゅうん」と鳴いて、渡月橋の奥へと姿を消していった。
狸と仔猫の二匹が次に向かったのは、竹林の小怪と称される自然の中だった。
青竹はまっすぐ伸び、天を隠してしまっている。それは竹のトンネルで、緑が美しく並んでいた。
背中に仔猫を乗せた狸は、竹林に挟まれている道を右へ。そして左へと走る。
どこまでも続く霧が一層濃くなっていく。それでも迷わずに。尻尾を振りながら進んでいった──
──まだまだ続く竹林の途中、獣道が現れた。
狸はキョロキョロと周囲を見回し、自身をその獣道へと歩ませていく。
獣道は人間の子供ですら通るのが難しいほどに細かった。けれど狸は何のその。するりと、すり抜けていく。
しばらくすると竹林はなくなり、代わりに見えてきたのは大きなガラス張りの建物であった。
茶に染まり始めている秋季の葉がなびき、毛をふわふわとくすぐる。狸は喉を前肢でかくと、歩みを再開させた。
「みゃ~!」
走る狸の背中に乗っている仔猫が鳴けば、硝子張りの建物から真っ黒な手袋をした手が伸びてくる。その手は何も言わず、ただ、狸と仔猫を手招きしていた。
二匹は迷わず、トテチ、トテチとした足取りで中へと入っていった──