あの日以来、ずっと……尾方先輩を目で追っている。
尾方先輩は、テニス部のキャプテンでエース。 放課後は決まってベランダから、先輩の姿を眺めるのが日課になった。今は遠くから見てるだけで幸せだと思っていた。

「亜優、こんな遠くから見てるだけじゃ、何も進展しないよ。自分から近付いていかないと、付き合うなんて永遠に無理だよ」

 花帆の言うことが正論なので、あたしは初めてテニスコートに見に行く決心がついた。実際はベランダから見つめていても、先輩の顏は良く見えないのが現実。

 恋愛初心者のあたしは、遠くから見つめるだけで満足していた。でも……見つめているだけじゃ何も始まらないことを、あたしはやっと分かった。

「私も一緒について行ってあげるから、今日はテニスコートへ見学に行こうよ」

 ただ見つめるだけなら……もっと近くで見ても変わらない様な気がしてきた。HRが終わると、花帆の方が先に教室を飛び出して行った。

「早く行こうよ亜優。せっかくテニスコートに見学に行く決心したんだから、早く行かなきゃいい場所で見られなくなるよ」

「分かったから」

 あたしは、慌てて花帆の後を追った。

「急がなきゃ、良い場所で見られなくなるよ!」

何で……花帆の方が張り切ってるの?

「でも廊下は走っちゃいけないじゃん」

「そんな細かいこと、気にしてる暇なんてないよ」

花帆はそう言うけど、廊下を走っていたら目の前に人がいることに気付かなかった。

そしてあたしはその人に衝突してしまった。衝突した瞬間……その場に倒れてしまった。

 あたしはすぐに立ち上がり、ぶつかった男の人に謝った。

「ごめんなさい」

 すると目の前にいた男の人に怒鳴られた。

「廊下は走るんじゃねぇよ。それから、ちゃんと前を見て歩け」

「ごめんなさい」

 あたしは、ただ謝ることしか出来なかった。