『明日から海翔先輩の分も作って来ましょうか』
あれは自然に出た言葉だった。あたしはお弁当を作っている。今になって昨日言ったことを後悔した。
他の親衛隊から反感を買うのでは……ないかと思い始めた。だけど後には退けないので海翔先輩の分も作っている。
ちょっと後悔しながらも二人分のお弁当を作り終えた。学校へ行く準備が終わり、海翔先輩が迎えに来るのを待っている。
昨日あれだけ怒られたから待っていないと、何を言われるか分からない。海翔先輩……早く来ないかな?と思っていた。
なんで海翔先輩が来るのを待ち遠しく思っているんだろう?。昨日の朝はあんなに嫌で先に学校へ行ったのに。
あたしは自分の気持ちが分からなくなった。『亜優、早くしない。彼氏が迎えに来たわよ』とママの声が聞こえてきた。
あたしはリビングから走って玄関に向かった。
「海翔先輩……おはようございます」
「おはよう亜優」
あたし達は横に並んで学校まで自転車を走らせた。そしてあたしは気になっていたことを海翔先輩に聞いてみた。
「あの……海翔先輩。他の親衛隊の人達とは、いつ合流するんですか?」
海翔先輩は自転車を止めて語り始めた。
「親衛隊なら昨日の朝に解散させた。だから来ないし……アイツらにイジメられるんじゃないかとか、そんな心配は一切しなくていいから」
海翔先輩……本当に?今の言葉、信じていいの。
あたしは単純だから――今の信じちゃうよ。
「亜優……遅刻するから早く行くぞ」
「うん」
昨日までは苛立っていたのに……今は海翔先輩と一緒にいるのが楽しい。
学校へ行くと何故かあたしと海翔先輩は既に、公認カップルになっていて、みんなから冷やかされる始末。
強引に彼女にされただけなのに……それに海翔先輩からは『好きだ』って言葉をまだ言われてないのに……。
あたしと海翔先輩の関係って……どうなんだろう。仕方なく付き合うことにしたけど……海翔先輩と手を繋ぐ度に感じる懐かしさがだけが気になる。
教室に行くと花帆が近寄って来た。そして二人でベランダに出て話し始めた。
「亜優は……海翔先輩に“恋”したんじゃないの?。顔が赤いよ」
「エッ、まさか……」
「どうせ……亜優は今でも尾方先輩が好きだって思っているんでしょ」
「そうだけど……」
「じゃあ下を見て」
花帆が指を指し方向には尾方先輩がいた。見た感じ尾方先輩は、女の子から告白されている様に見えた。やっぱり尾方先輩は人気あるんだなと思った。
だけど……ショック受けてない自分がに気付いた。尾方先輩が告白されている光景を見てもショックを受けていない自分に驚いている。
もしかすると……海翔先輩や花帆が言ってる恋”と“憧れ”が違うってこういうことなのかな?。
あたしが尾方先輩に抱いている感情は憧れだったんだ……恋ではないんだ。
だけど海翔先輩に恋心を抱いているなんて……それだけは絶対に有り得ない。仕方なく付き合っているだけなんだから。
「今の様子だと、亜優がショック受けてる感じには見えないんだけど……」
「うん、図星だよ」
「たぶん……だけど亜優は海翔先輩に惹かれてると思うよ。自分で気付いてないだけで」
あたしは花帆に昨日と今朝のことを相談してみることにした。
「親衛隊の人達のことが気になるなら、たぶん……それは恋だよ」
「でも……解散したって話を本当に信じていいのかな」
「やっぱり気にしてる。それは恋をしている証拠だよ」
あたしは海翔先輩の親衛隊の中の一人になったつもりでいたのに……。それを嫌だと思ってる自分がいることに頭が混乱してきた。
恋愛なんて正直な話……分からない。だから考えるのは止めようと思った。分からないことを考えても時間の無駄だし。
何も考えず真面目に授業を聞いていたら、午前中の授業は終わっていた。
昼休みになりあたしは二人分のお弁当を持って生徒会室に向かった。
昨日からの約束だし、海翔先輩の命令は絶対で、あたしには拒否権がないから。生徒会室の前に着くと何故か、中から話し声が聞こえてきた。
あたしは盗み聞きはいけないと思いながら、聞かずにはいられなかった。
海翔先輩が話している相手は、副会長の原田一葉先輩のようだ。
「亜優ちゃんとはどうなってんの。彼女と付き合い始めてから、変わった気がするんだよね」
「今は強引に付き合って貰ってるだけだ」
「亜優ちゃんは、きっと……そのうち、海翔のことを好きになるよ」
「そうじゃないんだ。俺は亜優のことを、昔から知ってるんだ。実は亜優とは幼馴染みだったんだよ」
「でも亜優ちゃんは、海翔のこと知らないみたいだけど……なんでなの?」
今の話……何?あたしと海翔先輩が幼馴染みって……どういうこと?。あたしには何故か分からないけど、小学生以前の記憶が全くない。
もしかして……あたしは大事な記憶を無くしているのかな?。今まで……何故幼い頃の記憶がないのか?深く考えたことなんて無かった。
あたしは盗み聞きしたことを後悔した。後悔したあたしは、お弁当を廊下に置いて、その場を立ち去った。
もしかして……手を繋いだ時に感じた、あの懐かしさは過去に海翔先輩と繋いだことがあるからなのかな?。
一葉先輩と話している時の海翔先輩は、なんとなく寂しそうな声をしていた。
あたしは盗み聞きした罪悪感から予鈴がなってから教室に戻った。そしたら何故かあたしの教室の前に海翔先輩がいた。
「亜優……なんで生徒会室の中に入って来なかったんだよ!?」
「だって……一葉先輩と大事な話をしてるみたいだったから、邪魔するの悪いと思ったから」
「これからはそんなことは気にせずに遠慮しないで堂々と入って来ればいい」
「は……はい」
海翔先輩に両手て軽く頬を触られ、顔が熱くなっていく。頬が紅潮していってるのを感じる。すると海翔先輩からお弁当箱を返された。
「美味かったよ。今日みたいなことしないように、明日からは昼休みになったら迎えに来る」
そう言って海翔先輩は自分の教室に戻って行った。
「亜優、ところで……何処に行ってたの」
「中庭に1人でいたよ」
「まぁ会長と副会長が二人で話をしてたら、入りずらいよね」
「なんか大事な話してるみたいだったからね」
「それなら私たちの所に戻ってくれば良かったのに一人で中庭にいたなんて」
「そうだね。でも……ちょっと1人になりたかったんだよね」
海翔先輩と一葉先輩……二人の会話の内容を、花帆には話せない。花帆じゃなくても……誰にも、きっと話せない。
「亜優……ちょっと話したいんだけどいいかな?」
あたしを呼んだのは海翔先輩の親衛隊の一員の梨花だった。
「うん、大丈夫だよ」
「海翔先輩は亜優のこと本気で好きなんだよ。親衛隊の皆はそれを知った上で遊んでいたんだ」
「何……それ」
「海翔先輩からは亜優には絶対に言うなって言われてたんだけどさ……。去年、亜優が入学した時から好きだったらしいよ。亜優に自分のことを知ってもらう為に、あんなことをしてただけなの」
あたしは何も言葉が出て来なかった。よく諺で言う『開いた口が塞がらない』状態になってしまった。梨花は話を続けた。
「つまり……海翔先輩って本当は遊び人じゃなくて、凄く一途な人なんだよ」
「梨花、海翔先輩は親衛隊は解散したって言ってたけど……本当なの?」
「うん……本当だよ。親衛隊だった人達は誰も亜優に危害を加えようんて、思ってないから安心していいよ。だから……亜優には海翔先輩と付き合って欲しい」
「梨花……色々と教えてくれてありがとう」
海翔先輩が1年も前からあたしのことを見てくれていたなんて……嬉しくなった。
放課後になり、あたしは海翔先輩が迎えにくるのを待っていた。
だけどトイレに行きたくなったので、あたしは教室を離れた。教室に戻る途中で……海翔先輩が知らない女の子に告白されている姿を目撃した。
『私は海翔先輩のこと本気で好きなんです。どうして、私じゃ駄目なんですか?』
『俺は亜優が好きなんだよ。他の女の子は考えられない』
海翔先輩は告白を断っていたけど……あたしは海翔先輩が他の女の子と話しているのが嫌だった。
いつもあたしに見せてくれる笑顔で、海翔先輩が告白を断っているのを見たら胸が締め付けられた。
海翔先輩……お願いだから、あたし以外の女の子に、その笑顔を見せないでと……心からそう思った。あたしは海翔先輩に気付かれないように教室に戻った。
教室には花帆がいたので今の気持ちを吐き出した。
「亜優……それは間違いなく恋だね。亜優が今、持っている感情は嫉妬だよ」
嫉妬?ヤキモチを妬いたってこと?あたし海翔先輩に“恋”をしたんだ。
たぶん……ではなく海翔先輩のことを、いつのまにか好きになっていたんだ。
海翔先輩を好きだと自覚してからは……自分から海翔先輩に会いに行くようにもなった。頭の中はいつの間にか……海翔先輩のことでイッパイになっていた。他のことなんて全く頭に入っと来ないくらい。
今日は調理部で週一のお菓子作りの日。海翔先輩は甘いものが苦手だって言ってたけど……あたしが作ったものなら、何でも食べるって言ってたから、海翔先輩に差し入れすることにした。
今日は昨日までの話し合いの結果、イチゴタルトを作ることに決まった。見た目の完成度は意外と高ったので、おもわず携帯を手にして写メを撮った。
海翔先輩の分として、小さく作ったタルトを箱に入れて生徒会室へ向かった。
海翔先輩……喜んでくれるかな?あたしはそれだけが不安だった。生徒会室に運んでいる途中で、人とぶつかってタルトの箱を落としてしまった。
「ごめんなさい」
あたしはぶつかった男の人に謝った。
「僕のほうこそ、ごめんなさい。前方不注意だった」
ぶつかった相手はなんと尾方先輩だった。あたしは急いで箱の中身を確認した。案の定……中身はグチャグチャになっていた。
「水口さんゴメンね。これ、海翔への差し入れなんでしょ」
「はい……どうしよう」
「僕も一緒に行って海翔に謝るよ」
「なんか余計に怒りそうな気がするんですけど…」
「言えてるかも。だけど、こんなにグチャグチャになったら、僕が責任を持って食べようと思うけど……。それに僕が海翔に謝りたいんだよね」
「分かりました」
あたしは尾方先輩と一緒に海翔先輩の元へ急いだ。
尾方先輩と一緒に海翔先輩の元へ行くと案の定……海翔先輩は、尾方先輩に怒りをぶつけた。
「なんでお前が亜優と一緒に来るんだよ」
「悪い……俺が前方不注意だったせいで、海翔への差し入れを台無しにしてしまったんだ」
「かなりグチャグチャになってしまって……」
海翔先輩は見た目は気にしないと言って、勢い良く食べ始め私も尾形先輩も唖然とした。
「亜優、来週は何のお菓子を作る予定なんだ?」
いつになく優しい言葉に不気味さを感じたけど、あたしは……海翔先輩の質問に答えた。
「来週はクッキーの予定ですけど――」
「来週はぐちゃぐちゃになる心配はないな。ぐちゃぐちゃになっても、このタルトは上手いから気にするな。それから早く俺に会いたいからって廊下を走るんじゃないぞ」
あたしの頭を撫でながら、海翔先輩はそう言った瞬間だった。また懐かしい感じを受けた。
その夜あたしは何故か分からないけど、変な夢を見た。
『カイト待ってよ、あたしを置いて行かないで……』
泣きながらそう叫んでいる幼い自分の姿だった。夢のせいで、あたしはいつもより早く目覚めた。
そしてこの間の生徒会室での海翔先輩と副会長の会話が頭によぎった。海翔先輩とあたしは幼馴染みだって話が……。
あたしは授業中も海翔先輩のことばかり考えてしまい、今日は授業の内容が全く頭に入って来なかった。
そんな日々は続くと……中間テストの結果は最悪だった。赤点こそ無かったけど、かなりギリギリ再試を免れた。
恋に溺れた……あたしが悪いんだけど。このままだと……勉強が出来なくなりそう。
勉強が手についてないから、こんな結果になったんだけど……。テストの結果は、絶対……海翔先輩には言えない。嫌われそうで、怖いから。
このままじゃ成績は下がる一方だ。それに……まだ自分の気持ちを海翔先輩に伝えてない。
それに……海翔先輩からも好きって言葉は、直接はまだ一度も言われたことがない。
『俺の女になれ、お前に拒否権なんかない』そう言われた時……始めは最低な人だと思った。
だけど……今はこんなにも好き。だから期末テストは頑張ろう。そして自分の気持ちを伝えよう。
今までは必ず50番以内に入っていた。だから期末テストで50番以内に返り咲くことが出来たら告白する決意をした。
あたしは翔先輩と一緒に帰りたい気持ちを我慢した。
そして放課後は分からないことを先生に質問しに行くようにした。一緒に帰るのは我慢したけど手作りお弁当だけは毎日続けている。
それだけが今は楽しみだし、息抜きになっている。期末テストが終わるまでの辛抱だ。
恋に溺れてしまった……恋愛という名の麻酔にかかった自分へのペナルティーを課した。期末テストまであとわずか。絶対に50番以内に返り咲くという決意でテストに挑むだけ。
放課後は図書室でテスト勉強をしている。今日は陽射しが暖かくて気持ち良くなって、いつの間にか居眠りをしてしまっていたみたい。
「おい、亜優。起きろ」
海翔先輩の声がした。
「あたし、もしかして……寝てたの?」
「その通りだ。亜優さ寝言で海翔……あたしを置いて行かないで……って言ってたぞ」
う……嘘。
「夢の中では俺のことを呼び捨てにしてんだな。これからは、海翔って呼んでくれると嬉しいな」
いや、それは違うんですけど――と言うより……自分の寝言は分かんないし。
「違うんです」
「海翔って呼んで見ろよ」
海翔先輩は話を聞く気はないみたいだから、あたしは夢の話をするのを諦めた。
海翔先輩は話を続けた。
「どんな夢を見たかは知らねぇけど、俺が亜優のこと、置いて行くわけねぇーだろう。それに最近は亜優が俺を避けてるじゃねぇかよ」
「それは……中間テストの結果が悲惨だったから、期末テストで挽回したくて勉強してたんです」
「そっか気付いてやれなくてゴメンな。弁当とか無理させてたんだな。期末テストが終わるまでは弁当は作らなくていいから」
「それは違うんです」
「何が?」
「最近、よく変な夢を見るんです」
あたしは寝言の真相を海翔先輩に話した。
「そっかぁ。幼い頃の記憶がないのか?夢を見たからって、無理に思い出す必用はねぇよ。楽しい思い出とは限らないんだから」
海翔先輩の今の言葉は、凄く気持ちが楽になった。だけど海翔先輩に夢中になって勉強が手付かずになった事は言えなかった。それは告白と同じだから
告白は期末テストが終わるまではしない。今はテストに集中するって決めたから。
今日、海翔先輩と話たことで……頑張って50番以内に返り咲くという決意はより高まった。
オレンジ色に染まる教室で海翔先輩と二人きり。あたしの胸は高鳴るばかりで顏が紅潮していく。
「亜優、可愛い。真っ赤になちゃってさ……」
あたしはちょっと幼稚かもしれないけど、言い訳をした。
「それは夕日のせいです」
「夕日のせいね。そういうことにして置いてやるよ。期末テスト頑張れよ」
「はい、海翔先輩も」
「あぁ……1回くらいアイツに勝ちてぇしな」
「それって尾方先輩に勝ちたいってことですか?」
「そうだ成績だけは何故かアイツには1回も勝てないんだよな」
「じゃあ、おまじない」
あたしは海翔先輩に手作りの赤いミサンガをプレゼントした。