重い釜めしを運んだだけの価値はあった。
 人が多く、騒々しいアウトレットを抜け、一面に広がる芝生の上に腰を下ろすと、私は釜めしを取り出して包装を解いた。
 重い蓋を開けると、中にはぎっしりと具が並べられていて、その下には淡い茶色のご飯が詰められている。
 一人で外食するのは初めての事だったので、ちょっと不安があっけれど、蓋を開けた瞬間に正しい選択だったと納得できた。
 割りばしで具とご飯を交互に口に運びながら、お茶を買ってくるのを忘れたなと、少し後悔した。これで、あったかいお茶があれば、もっと美味しく味わえただろうという確信がある。それでも美味しいので、私は猛スピードで釜めしを完食した。
 思えば、食べ物を美味しいと思って食べたのは、久しぶりな気がする。
 別に、お兄ちゃんの作ってくれるご飯に不満があるわけではない。でも、もっと食べたいと思うものに出会ったのは、すごく久しぶりな気がする。
 芝生の上に座り、はるか向こうに広がる山の尾根を眺めながらの食事は、空気も美味しく、食べ物も美味しく、自然の恵みで心から癒されるような気がした。
 おもわず、釜めしの器を片付けた後、私はゴロリと芝生の上に寝転がった。
 秋の風は冷たかったが、自然と一体になる感覚がとても心地よい。
 高い空から照らす太陽の光は、夏のように強烈でも冬のように弱弱しくもなかった。無限に広がる青い空に浮かぶ白い雲、空気と大地に触れているだけでどんどん感覚が研ぎ澄まされていくような気がする。
 次の瞬間、いつもなら聞こえない位、はるか遠くにいる人々の声が聞こえてくる。いつものようなごちゃっとした意識ではなく、考えていることと、その人の姿も脳裏にくっきりと浮かび上がってくる。そして、いつもなら五月雨式に流れ込んでくるだけなのに、特定の人を自分で選んで心を読むことができる。
 あまりの事に、自分で自分が怖くなり、私は必死に心を閉ざした。

☆☆☆

 起きたばかりだというのに、縁側に横になっていると、ポカポカと温かく、すぐに眠気が忍び寄ってくる。
 大きな欠伸をして、思いっきり伸びをする。まるで、子供に還ったみたいだ。
 こんなにゆっくりと仕事の事を考えずに過ごすなんて、たぶん、いまの部署に異動して以来だ。でも、何も考えていないというのは、間違いかも知れない。やはり、頭の隅には抱えている事件の事も残っているし、崇君の事も気になる。それになにより、一番に紗綾樺さんに逢いたいと目が覚めてからずっと思い続けている。
 電話しちゃうかな・・・・・・。
 そんなことを考えながら、宗嗣さんに言われたことを思い出す。
 男がうじうじメールの返事を待っているなんて、やっぱり行動あるのみ!
 僕は心を決めると、起き上がり居住まいを整えてスマホを取り出した。別に、電話のこちら側の姿を紗綾樺さんが観ることができるとは思わないが、やはりきちんと姿勢を正して紗綾樺さんには連絡したい。
 お気に入りのトップに登録してある番号に発信する。数回の呼び出し音の後、電話はつながった。
「もしもし、宮部です」
 名乗ってみるが、返事がない。
「紗綾樺さん?」
 更に呼び掛けても返事はなかった。
 その瞬間、宗嗣さんが言っていた、軽井沢問い言葉が脳裏に浮かんだ。
「紗綾樺さん、軽井沢にいるんですか?」
 続けて問いかけてみるが、答えはなかった。
「紗綾樺さん、紗綾樺さん!」
 続けて呼びかけてみても、まったく返事はなく、ただ通話状態のままが続いた。
 答えたくても返事ができないとしたら、何か犯罪に巻き込まれたという事になる。もしかして、崇君を探して軽井沢に行って、誘拐犯に拉致されたとか?
 次から次へと、悪い事ばかりが浮かんでくる。
「紗綾樺さん、誰か一緒に居るんですか?」
 呼びかけ続けるが、無言のままなので、僕は呼びかけ続けるべきかを躊躇する。もし、犯人に連れ去られたのなら、僕が声を出し続ければ、犯人に感づかれて、紗綾樺さんの身に危険が及ぶかもしれない。そう考えると、言葉が喉の奥に詰まって出てこなくなる。
 位置情報を調べてもらうにしても、犯罪に巻き込まれた証拠がないのに、勝手に調べることはできない。
 色々な考えがぐるぐると頭の中を巡る。しかし、紗綾樺さんからの返事はない。
 呼びかけたいのに声が出ない。
 僕は言葉もなく、ただスマホを握りしめた。

☆☆☆