目を覚ますと、既にお兄ちゃんは仕事に行った後だった。いつものように、ちゃぶ台の上に置かれている指示書に従い、私は食事を摂った。
 いつもは陽が高くなるまで眠ってしまうのだけれど、今日はこれでも頑張って早起きしたつもりだ。それでも、お兄ちゃんが仕事に行く前に起きるのは無理だったらしい。
 もうずっと部屋から出ない生活をしていたのに、昨日沢山歩いたからかもしれない。お兄ちゃんの言ったとおり、ゆっくり体をお風呂で温めて、足をほぐせば良かったのかな。
 そんなことを考えながら、私は昨日のメモを取り出し、尚生さんに教えてもらった通りに住所を入力していく。
 長野県北佐久郡軽井沢町・・・・・・。
 改めて住所を見ると、日帰りできるのかが不安になる。ナビゲーションを使うと、東京駅から新幹線で一時間半弱だった。
 これなら、なんとかなる。
 私は決心すると、お兄ちゃんが用意してくれている服に着替えると部屋を後にした。
 いつもは人より一拍遅れ位の、のんびりとしたスピードで歩く道を小走りになりそうな勢いで抜けていく。新幹線の切符の値段がわからないので、とりあえず途中のATMに寄ってお金をおろし、再び猛スピードで駅に向かった。
 ICカードで入場し、ちょうど入ってきた電車に飛び乗ってから、私は初めてゆっくりと大きく呼吸をした。
 日頃運動をしないせいか、心臓がバクバクいい、ちょっと息切れまでしている。
 呼吸が落ち着いてから近くの空いている席に腰を下ろすと、念のため東京駅までの生き方を再確認した。昨日も往復した工程なので、間違う事はないと思ったが、向こうについてからどれくらい時間がかかるのかも分からないし、もし不在だったら帰宅を待たなくてはいけないし、それを考えると一分でも早く新幹線に乗りたかった。
 尚生さんと一緒の時は気付かなかった細々としたことが、一人だと目に入ってきた。電車の中の広告、近くの人が聞いている音楽、周りの人が考えていること。色々な情報がごちゃ混ぜになって頭の中に流れてくる。私は必死に意識を集中させて、崇君を探すことだけ、新幹線に乗ることだけを考え続けた。

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 ベッドの上でごろりと寝返りをうつと、僕は枕元の時計に目をやった。もう、決して早い時間ではない。それでも、昨日の紗綾樺さんとのジェットコースターのようなデートを終えて、終電がなくなるから仕方なく帰宅したものの、本当は朝まであのままファミレスで語り合いたかったというのが正直な気持ちだった。もちろん、宗嗣さんが許してくれるわけないし、紗綾樺さんだって疲れ切っていただろうから、それは無理だという事も分かっている。それなのに、眠れない夜を過ごし、激しい睡眠不足による怠さをかかえている今も、正直、これから紗綾樺さんを訪ねてデートに誘いたいという欲求は溢れかえっている。しかし、激務の公務員であるはずの自分が二日も続けて仕事を休んだと言ったら、紗綾樺さんに軽蔑、いや宗嗣さんに軽蔑されそうだし、二日も続けてデートに誘ったら、迷惑な男だと紗綾樺さんに思われそうで、寝たいような、起きたいようなで、ごろりごろりと一時間ほど寝返りをうち続けている。
 あー、一緒に写真撮ればよかった。やっぱり、宗嗣さんにお土産の一つも用意するべきだったな。せっかくだから、紗綾樺さんに似合いそうなダッフィーをプレゼントしたり、いっそ、お揃いで何か揃えればよかった。
 そこまで考えてから、唯一のお揃いにできる可能性があったパスケースに手を伸ばした。
 致命的だ。紗綾樺さんには似合いそうな可愛いのを選んだから、自分は無難路線にしてしまったが、開き直ってお揃いにしておけばよかった。
 はぁ・・・・・・。
 これまた、何度目かのため息が口をついて出る。
 連日デートに出かけていると課長に知れれば、反省のない奴と切られて別の課に異動させられるかもしれない。でも、絶対に緊急招集かけられない休みなんて滅多にない。それを考えると、やっぱり紗綾樺さんに会いたい。
 そこまで考えて、僕は今更だがメールを出せばいいんだという事に気が付いた。
 とりあえず、昨日は楽しかったことを伝えて、是非、また遊びに行きましょうという展開にしながら、メールの返事待ってますとサラリと伝えて、返事が来たら、お茶でもいかがでしょうかと誘ってみればいい。
 方針を固めると、紗綾樺さんに負担に思われず、それでも自分の想いが伝わる文を延々かかって何とか書き上げた。送信ボタンを押したら、あとは返事を待つだけだ。そう、待つだけ。もし、紗綾樺さんがメールの読み方を忘れていたら、もしくは、返事の書き方を忘れていたら、当然、宗嗣さんが帰宅するまで放置ってことになるのか? 電話くらいくれないか? いや、メール見てもらえましたかって電話するべきか? いや、自分から電話したら、メール書いた意味ないだろ! それなら最初から電話すればいいんだし・・・・・・。
 僕は独り考え続けた。

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