チケットを買いに行った宮部さんの姿は、次から次へと並んで行く人々に隠れ、既に見えなくなっている。
 私は大きく息を吸うと目をつぶった。
 目を開けている時はかすかにしか聞こえない木々や石たちの声がよりよく聞こえるようになる。それでも、これだけ広いと一々聞いて回るのも大変な時間と労力がかかってしまう。
 私は決心すると、宮部さんが帰ってこないことを祈りながら、心の扉をゆっくりと開いた。
『お願い、誰か助けて。男の子を探しているの』
 何度か呼びかけると、答えを返すものがあった。
『男の子など、数えきれないほどいる』
『まって、この子を探しているの、誰か、覚えていない?』
 私は必死に問いかける。
『半妖が、なぜ子供を探す? 贄か?』
 この問いは、この質問にはお約束のようだ。
『そうよ。私の贄を人間が隠しているの。私は、私の物を取り戻したいだけなのよ』
 いつもより強い調子で言葉が走る。
 瞬間、まるで私に尻尾が生えたような不思議な感覚に襲われ、それと同時にあたりの物が恐れ戦き、ひれ伏すのを感じた。
 意識の中だけのはずなのに、尻尾が揺れ動くのを感じる。
『探して教えよ!』
 次に出た言葉は、まるで私の言葉ではなかった。
 それと同時に、あたりの気配が一気に静まった。
 何だろう、今の不思議な感覚。もしかして、狐憑きとか半妖とか言われているうちに、気持ちがそれを受け入れてしまったのかしら? あの尻尾、ふわふわして、ふさふさして、なんかシベリアンハスキーみたいだった。
 私は唯一の家族写真に写っている、あのこの事を思い描いた。それでも、名前は思い出せない。でも私にとってとても大切な存在なんだと分かる。お兄ちゃんにとっては、お隣の家が飼っていた大型犬かもしれないけれど、私にとっては、特別な意味を持つ存在。そう、もしかしたら、あのこの名前を思い出すことが出来たら、私の失われた記憶が戻るかもしれない。
 宮部さんの気配が近づいてくるのを感じ、私は目を開けると、彼の方を振り向いた。

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