県警との合同捜査に参加した宮部は、捜査資料の見直し、聞き込み、自宅付近での張り込みなど、県警の要請に合わせて柔軟に対応し、可能な限り紗綾樺から聞いた情報の裏付けを取ろうとしていた。その宮部の努力が報われ、今日は改めて担任の先生から崇君の話を聞く許可が下り、あまり乗り気ではない相棒とともに、既に子供たちが全て帰宅した小学校を訪ねていた。
しかし、先生の話は前回聞いたものと変わりはなく、要点をまとめれば、崇君は母親の再婚によりこの街に引っ越してきたこともあり、地元の幼稚園から持ち上がりのように小学校に入ってくる子供たちとは違い、どちらかと言えば友達が少ない方だったし、母親の病気が心配で、入院している時は放課後遊ぶこともなく病院に見舞いに行き、退院して家にいるときは、まっすぐ帰宅して母親の看病をしていた。つまり、友達と活発に遊ぶことはなく、友達が少ないことも相まって、休み時間も図書室で借りて来た本を読んだりする、大人しい子供だったという。
毎年の七夕には、決まって『お母さんが早く元気になりますように』と書いていたというし、クリスマスには『お母さんの病気が治る薬』をサンタクロースにお願いするという徹底ぶりだったらしい。
その崇君が、母親に何も言わないまま姿を消すとしたら、誘拐しかないというのが担任の先生の言い分だった。
『もう、同じ話を聞いてもしょうがないでしょう』と言いたげな相棒の様子に、宮部は丁寧に教諭にお礼を言うと、立ち上がりながら紗綾樺から聞いた話を口にしてみた。
しばらくの間、何を尋ねられているのかわからないという様子で、教諭は戸惑ったものの、何かに思い立ったように目を見開いた。
「確かに、そういう事がありました。ご家族でディズニーリゾートに遊びに行ったことを自慢する生徒が居まして、あまりにもあからさまだったので、自慢話をするのをやめるように注意しました。でも、その事と崇君の事件に何か関係があるのでしょうか?」
女性教諭は戸惑ったように問いかけてきた。
「いえ、崇君はそういう時にどんな反応を示していたのかが知りたくて・・・・・・」
敢えて口にしなくても、崇君の家が高額な医療費のせいで生活に窮していることは教諭も良く知っていた。
「とても熱心に話を聞いていました。お母さんが元気になったら一緒に行くんだって、確かそんなようなことを言っていました」
教諭の言葉から、崇君が貧しさや母の病気で悲観的になるような子供出なかったことも聞いて取れた。
宮部は礼を言うと、あからさまに『物好きな』という表情を浮かべている相棒と共に学校を後にした。
(・・・・・・・・これで完璧だ。紗綾樺さんの言っていたことに間違いはない。だとすれば、義理の父親が犯人という事になる・・・・・・・・)
宮部はこのことをどうやって切り出すかを悩みながら、相棒が運転する捜査車両の助手席に乗り込んだ。
「今日は署にもどりましょうか?」
相棒の『とっととかえりましょうよ』という心の声を聴きながら、宮部は『そうですね、運転、お願いいたします』と丁寧に返した。
車は住宅街の細い道を抜け、商店街の方へと制限速度を守りながらゆっくりと進んでいった。
助手席に乗る宮部の視界に、商店街から買い物袋を両手にぶら下げた森沢優斗、つまり崇君の父親が歩いてくるのが目に入った。
「すいません、車を停めてください」
宮部は言うが早いか、助手席から飛び降り、森沢に走り寄った。
当然、この計画にない宮部の行動に、森沢の尾行を担当していたチームも運転手をしていた宮部の相棒も驚いて声を上げそうになった。しかし、宮部は構わず森沢を呼び止めた。
「森沢さん」
宮部の言葉に、森沢はギョッとしたように立ち止まった。
「まだ、あなたたちは私を尾行しているんですか?」
非難するような言葉にも構わず、宮部は問いを口にした。
「崇君は、ディズニーリゾートに行ったんじゃないんですか?」
森沢は紗綾樺でなくともわかるほど動揺し、その顔は驚きと怯えを露わにしていた。
「う、うちには、そんな余裕はありません」
森沢の声はかすかにふるえていた。
「失礼しました。奥様がお元気になられたら、ご家族でいらっしゃるんでしたね。先程、担任の先生に伺ったお話を勘違いしてしまいました」
宮部が謝ると森沢は少しほっとした表情になった。
「失礼致します」
宮部は丁寧に頭を下げると、ハザードを灯して宮部の帰りを待っている相棒の元に戻った。
「宮部さん、困りますよ、勝手なことをされたら!」
相棒の怒りはもっともだったので、宮部はひたすら平身低頭で謝り続けた。
しかし、紗綾樺の話通り、森沢が崇君を養子に貰いたいという誰かに崇君を預け、この誘拐とも失踪ともわからない事件を引き起こした張本人だという確信に宮部は至ることができた。
どれほど紗綾樺の話が本当であろうと、宮部の確信が確固たるものであろうと、証拠がない以上、森沢に真実を話させる以外に事件を解決することは不可能だ。
(・・・・・・・・紗綾樺さんに相談してみよう・・・・・・・・)
県警側から厳重注意を受けた宮部は、人手不足の補充要員だったにもかかわらず、あっさりとお払い箱にされてしまった。それは、県警の一致した見解が森沢優斗による依頼殺人、遺体遺棄の線に絞られてきていることを物語っていた。県警は森沢を泳がせ、一刻も早く実行犯との接触、謝礼の受け渡しに持ち込ませ、一網打尽にしようというのに、不用意に宮部が近づいたことにより、森沢が警察に未だマークされていることに気付き、実行犯たちとの接触を控える可能性が高く、今後、近辺に宮部が姿を現すのは望ましくないという判断からだった。
捜査本部に戻るなり、直ちにお払い箱を言い渡された宮部は、平謝りに謝り、『とっとと帰れ』という言葉に背中を押されるようにして署を後にした。
『とっとと帰れ』と言われたからと言って、『はいそうですか』と、寮の自分の部屋に帰るわけにはいかない。県警からのクレームの電話を受けて、沸騰したやかんのようになって怒りに震えているであろう課長に報告しに署に戻らなくてはならない。
気が重い。課長から投げつけられるであろう罵詈雑言を考えると、気が重いだけでは済まない。気が滅入って鉛色の気分になる。課長は叩き上げの刑事で課長になった人だから、キャリア組の若い課長と違い、年季の入った刑事だけあって、パワハラに対する考え方も大きくキャリア組とは異なる。そのため、怒りとともに飛び出す単語は、基本的にパワハラ用語ばかりになる。
今までは、紗綾樺の占い通り、つつがなく仕事をこなしてきた宮部だけあり、一度も暴風雨のような課長の怒りに触れたことはないが、対岸の火事的には何度も目撃したことがある。
(・・・・・・・・警察官としては間違ったことをしたかもしれないけど、崇君を探すために間違ったことはしていない・・・・・・・・)
宮部は心の中で自分を励ますと、電車を乗り継ぎ署へと向かった。
☆☆☆
しかし、先生の話は前回聞いたものと変わりはなく、要点をまとめれば、崇君は母親の再婚によりこの街に引っ越してきたこともあり、地元の幼稚園から持ち上がりのように小学校に入ってくる子供たちとは違い、どちらかと言えば友達が少ない方だったし、母親の病気が心配で、入院している時は放課後遊ぶこともなく病院に見舞いに行き、退院して家にいるときは、まっすぐ帰宅して母親の看病をしていた。つまり、友達と活発に遊ぶことはなく、友達が少ないことも相まって、休み時間も図書室で借りて来た本を読んだりする、大人しい子供だったという。
毎年の七夕には、決まって『お母さんが早く元気になりますように』と書いていたというし、クリスマスには『お母さんの病気が治る薬』をサンタクロースにお願いするという徹底ぶりだったらしい。
その崇君が、母親に何も言わないまま姿を消すとしたら、誘拐しかないというのが担任の先生の言い分だった。
『もう、同じ話を聞いてもしょうがないでしょう』と言いたげな相棒の様子に、宮部は丁寧に教諭にお礼を言うと、立ち上がりながら紗綾樺から聞いた話を口にしてみた。
しばらくの間、何を尋ねられているのかわからないという様子で、教諭は戸惑ったものの、何かに思い立ったように目を見開いた。
「確かに、そういう事がありました。ご家族でディズニーリゾートに遊びに行ったことを自慢する生徒が居まして、あまりにもあからさまだったので、自慢話をするのをやめるように注意しました。でも、その事と崇君の事件に何か関係があるのでしょうか?」
女性教諭は戸惑ったように問いかけてきた。
「いえ、崇君はそういう時にどんな反応を示していたのかが知りたくて・・・・・・」
敢えて口にしなくても、崇君の家が高額な医療費のせいで生活に窮していることは教諭も良く知っていた。
「とても熱心に話を聞いていました。お母さんが元気になったら一緒に行くんだって、確かそんなようなことを言っていました」
教諭の言葉から、崇君が貧しさや母の病気で悲観的になるような子供出なかったことも聞いて取れた。
宮部は礼を言うと、あからさまに『物好きな』という表情を浮かべている相棒と共に学校を後にした。
(・・・・・・・・これで完璧だ。紗綾樺さんの言っていたことに間違いはない。だとすれば、義理の父親が犯人という事になる・・・・・・・・)
宮部はこのことをどうやって切り出すかを悩みながら、相棒が運転する捜査車両の助手席に乗り込んだ。
「今日は署にもどりましょうか?」
相棒の『とっととかえりましょうよ』という心の声を聴きながら、宮部は『そうですね、運転、お願いいたします』と丁寧に返した。
車は住宅街の細い道を抜け、商店街の方へと制限速度を守りながらゆっくりと進んでいった。
助手席に乗る宮部の視界に、商店街から買い物袋を両手にぶら下げた森沢優斗、つまり崇君の父親が歩いてくるのが目に入った。
「すいません、車を停めてください」
宮部は言うが早いか、助手席から飛び降り、森沢に走り寄った。
当然、この計画にない宮部の行動に、森沢の尾行を担当していたチームも運転手をしていた宮部の相棒も驚いて声を上げそうになった。しかし、宮部は構わず森沢を呼び止めた。
「森沢さん」
宮部の言葉に、森沢はギョッとしたように立ち止まった。
「まだ、あなたたちは私を尾行しているんですか?」
非難するような言葉にも構わず、宮部は問いを口にした。
「崇君は、ディズニーリゾートに行ったんじゃないんですか?」
森沢は紗綾樺でなくともわかるほど動揺し、その顔は驚きと怯えを露わにしていた。
「う、うちには、そんな余裕はありません」
森沢の声はかすかにふるえていた。
「失礼しました。奥様がお元気になられたら、ご家族でいらっしゃるんでしたね。先程、担任の先生に伺ったお話を勘違いしてしまいました」
宮部が謝ると森沢は少しほっとした表情になった。
「失礼致します」
宮部は丁寧に頭を下げると、ハザードを灯して宮部の帰りを待っている相棒の元に戻った。
「宮部さん、困りますよ、勝手なことをされたら!」
相棒の怒りはもっともだったので、宮部はひたすら平身低頭で謝り続けた。
しかし、紗綾樺の話通り、森沢が崇君を養子に貰いたいという誰かに崇君を預け、この誘拐とも失踪ともわからない事件を引き起こした張本人だという確信に宮部は至ることができた。
どれほど紗綾樺の話が本当であろうと、宮部の確信が確固たるものであろうと、証拠がない以上、森沢に真実を話させる以外に事件を解決することは不可能だ。
(・・・・・・・・紗綾樺さんに相談してみよう・・・・・・・・)
県警側から厳重注意を受けた宮部は、人手不足の補充要員だったにもかかわらず、あっさりとお払い箱にされてしまった。それは、県警の一致した見解が森沢優斗による依頼殺人、遺体遺棄の線に絞られてきていることを物語っていた。県警は森沢を泳がせ、一刻も早く実行犯との接触、謝礼の受け渡しに持ち込ませ、一網打尽にしようというのに、不用意に宮部が近づいたことにより、森沢が警察に未だマークされていることに気付き、実行犯たちとの接触を控える可能性が高く、今後、近辺に宮部が姿を現すのは望ましくないという判断からだった。
捜査本部に戻るなり、直ちにお払い箱を言い渡された宮部は、平謝りに謝り、『とっとと帰れ』という言葉に背中を押されるようにして署を後にした。
『とっとと帰れ』と言われたからと言って、『はいそうですか』と、寮の自分の部屋に帰るわけにはいかない。県警からのクレームの電話を受けて、沸騰したやかんのようになって怒りに震えているであろう課長に報告しに署に戻らなくてはならない。
気が重い。課長から投げつけられるであろう罵詈雑言を考えると、気が重いだけでは済まない。気が滅入って鉛色の気分になる。課長は叩き上げの刑事で課長になった人だから、キャリア組の若い課長と違い、年季の入った刑事だけあって、パワハラに対する考え方も大きくキャリア組とは異なる。そのため、怒りとともに飛び出す単語は、基本的にパワハラ用語ばかりになる。
今までは、紗綾樺の占い通り、つつがなく仕事をこなしてきた宮部だけあり、一度も暴風雨のような課長の怒りに触れたことはないが、対岸の火事的には何度も目撃したことがある。
(・・・・・・・・警察官としては間違ったことをしたかもしれないけど、崇君を探すために間違ったことはしていない・・・・・・・・)
宮部は心の中で自分を励ますと、電車を乗り継ぎ署へと向かった。
☆☆☆