金色に輝くふさふさの尻尾を優雅に風になびかせ、その狐は漆黒の闇の中で紗綾樺の事を見つめていた。狐を包む金色の光は闇を切り裂き、その存在を際立たせていた。
風がうねるような、木々が軋み折れるような轟音ですら、金色の光の前にひれ伏すように音を潜めている。
『それが、そなたの望みか?』
空から響くような声が聞こえる。
『よかろう。そなたの望み叶えてやろう』
それは、まるで高貴な女性のようだった。
『己の命よりも、我が眷属の命を尊ぶとは、人にしておくにはもったいない高貴な魂の持ち主よ』
人の言葉を話す金色の狐は、九本の尻尾を優雅に風にたなびかせ、ゆっくりと紗綾樺の方へと歩み寄ってきた。
紗綾樺の目の前に立ちまっすぐに紗綾樺の瞳を見つめる狐は驚くほど大きかった。
『その命と引き換えに我が眷属を助けようとした尊き魂に礼をしなくばなるまい』
狐は言うと、まっすぐに紗綾樺に向かって歩を進めた。
ぶつかると思ったが、衝撃はなく、金色の光が紗綾樺の体をまるで通り抜けていくようだった。
『今は眠るがよい。いずれ、そなたが目覚める日が来よう』
狐の言葉に促されるように、紗綾樺は金色の光に包まれ、意識は光に飲み込まれるように消えて行った。
☆☆☆
仕事を片付けた宮部は、当番の面々に挨拶をして署を後にした。
本当なら、車を取りに戻りたいところだが、明日からの県警との合同捜査への参加を考えると、今日は食事を一緒にして送って行くのは難しい。そうなると、せめて占いの館で人目だけでも会って、明日からの事を報告したいと、宮部は足早に地下鉄の駅を目指した。
地下鉄とJRを乗り継ぎ、紗綾樺が出店している占いの館の入った建物の前まで来た宮部は、いつもと違う様子に首を傾げた。
今までの経験から言えば、紗綾樺の占い街の列は天候に左右されない不滅の行列のはずなのに、建物の中から続くと思われる人の列と思しきものもない。
便乗値上げならぬ、災害後の節電を電気代の節約という意味で活用している、そんな薄暗さを感じさせる雑居ビルの階段を上り二階に上がると、短い列が幾つかあった。
「すいません、失礼します」
人波に声をかけながら小さく仕切られている占いの館奥へ進んでいくと、紗綾樺がいるはずの定位置には、手書きで『本日、臨時休業』と書かれたボール紙が置いてあった。
「おやすみ?」
思わず声が口をついて出た。
「なに、あんたも天野目さん狙い? もう、何日も来てないよ。あの子は気が向かなくなると来なくなるからね。どうだい、代わりに占ってやろうか?」
親切とも、積極的営業ともいえる、隣の区画に座っている男性だか女性だかわからない、どちらかと言えばニューハーフというのがぴったりのような低い声ながら、身のこなしだけは女らしさを感じさせる占い師の言葉に、宮部は心臓をぎゅっと掴まれたような不安に襲われた。
(・・・・・・・・もしかして、あの捜査のせいで具合が悪くなって、そのままよくなってないとか・・・・・・・・)
「なんだ、あんた占い目的じゃなくて下心があるわけ。ダメだよ、あの子は人とは相容れないからね。のらりくらり、ごまかさせて終わりだよ。恋愛占いなら、あたしのお手のもんだ、どうだい、安くしておくよ」
満面の笑みを浮かべて宮部を見つめる占い師に、宮部は深い失望と軽蔑に似た感情を覚えた。
(・・・・・・・・この偽物、こんな占いでお金をとるなんて、詐欺じゃないか・・・・・・・・)
「お兄さん、安くしとくわよ」
占い師が宮部の腕に手をかけた瞬間、宮部は懐にしまってあった警察手帳を取り出した。
「手を放してください。強引な客引きは、いくら敷地内でも奨励できませんよ」
警察手帳を見るなり、占い師の顔が蒼くなった。
誰であれ、警察手帳を見せられたくらいで蒼くなるなんて、よほど後ろ暗いことがあるとしか思えない。どうせ、適当なことを言って客からお金を巻き上げてるんだろう。
そこまで考えてから、宮部は自分の軽率な行動が紗綾樺の営業妨害につながったかもしれないと気付き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの子、何か事件に巻き込まれたの? もう、何日も来ないけど」
「違います。先日、占って戴いたときに小銭入れを落としたようで、ご連絡を戴いたので取りに来たんですが、また、来ることにします」
宮部が何事もなかったようにごまかすと、占い師は宮部の事をじっと見つめた。
「でも、あの子、もう戻ってこないかもしれないわよ。こんなに長い間来ないのは初めてだもの」
そこまで言ったところで、占い師は客に気付き営業スマイルを浮かべて客の方に向き直った。
紗綾樺いない占いの館コーナーを後にすると、宮部は駅へと戻った。そして、電車の待ち時間に『紗綾樺さん、お加減大丈夫ですか? よかったら、お返事お待ちしてます。宮部』とショートメールを送った。
しかし、紗綾樺から返事はなく、宮部は諦めて帰宅の途についた。
☆☆☆
風がうねるような、木々が軋み折れるような轟音ですら、金色の光の前にひれ伏すように音を潜めている。
『それが、そなたの望みか?』
空から響くような声が聞こえる。
『よかろう。そなたの望み叶えてやろう』
それは、まるで高貴な女性のようだった。
『己の命よりも、我が眷属の命を尊ぶとは、人にしておくにはもったいない高貴な魂の持ち主よ』
人の言葉を話す金色の狐は、九本の尻尾を優雅に風にたなびかせ、ゆっくりと紗綾樺の方へと歩み寄ってきた。
紗綾樺の目の前に立ちまっすぐに紗綾樺の瞳を見つめる狐は驚くほど大きかった。
『その命と引き換えに我が眷属を助けようとした尊き魂に礼をしなくばなるまい』
狐は言うと、まっすぐに紗綾樺に向かって歩を進めた。
ぶつかると思ったが、衝撃はなく、金色の光が紗綾樺の体をまるで通り抜けていくようだった。
『今は眠るがよい。いずれ、そなたが目覚める日が来よう』
狐の言葉に促されるように、紗綾樺は金色の光に包まれ、意識は光に飲み込まれるように消えて行った。
☆☆☆
仕事を片付けた宮部は、当番の面々に挨拶をして署を後にした。
本当なら、車を取りに戻りたいところだが、明日からの県警との合同捜査への参加を考えると、今日は食事を一緒にして送って行くのは難しい。そうなると、せめて占いの館で人目だけでも会って、明日からの事を報告したいと、宮部は足早に地下鉄の駅を目指した。
地下鉄とJRを乗り継ぎ、紗綾樺が出店している占いの館の入った建物の前まで来た宮部は、いつもと違う様子に首を傾げた。
今までの経験から言えば、紗綾樺の占い街の列は天候に左右されない不滅の行列のはずなのに、建物の中から続くと思われる人の列と思しきものもない。
便乗値上げならぬ、災害後の節電を電気代の節約という意味で活用している、そんな薄暗さを感じさせる雑居ビルの階段を上り二階に上がると、短い列が幾つかあった。
「すいません、失礼します」
人波に声をかけながら小さく仕切られている占いの館奥へ進んでいくと、紗綾樺がいるはずの定位置には、手書きで『本日、臨時休業』と書かれたボール紙が置いてあった。
「おやすみ?」
思わず声が口をついて出た。
「なに、あんたも天野目さん狙い? もう、何日も来てないよ。あの子は気が向かなくなると来なくなるからね。どうだい、代わりに占ってやろうか?」
親切とも、積極的営業ともいえる、隣の区画に座っている男性だか女性だかわからない、どちらかと言えばニューハーフというのがぴったりのような低い声ながら、身のこなしだけは女らしさを感じさせる占い師の言葉に、宮部は心臓をぎゅっと掴まれたような不安に襲われた。
(・・・・・・・・もしかして、あの捜査のせいで具合が悪くなって、そのままよくなってないとか・・・・・・・・)
「なんだ、あんた占い目的じゃなくて下心があるわけ。ダメだよ、あの子は人とは相容れないからね。のらりくらり、ごまかさせて終わりだよ。恋愛占いなら、あたしのお手のもんだ、どうだい、安くしておくよ」
満面の笑みを浮かべて宮部を見つめる占い師に、宮部は深い失望と軽蔑に似た感情を覚えた。
(・・・・・・・・この偽物、こんな占いでお金をとるなんて、詐欺じゃないか・・・・・・・・)
「お兄さん、安くしとくわよ」
占い師が宮部の腕に手をかけた瞬間、宮部は懐にしまってあった警察手帳を取り出した。
「手を放してください。強引な客引きは、いくら敷地内でも奨励できませんよ」
警察手帳を見るなり、占い師の顔が蒼くなった。
誰であれ、警察手帳を見せられたくらいで蒼くなるなんて、よほど後ろ暗いことがあるとしか思えない。どうせ、適当なことを言って客からお金を巻き上げてるんだろう。
そこまで考えてから、宮部は自分の軽率な行動が紗綾樺の営業妨害につながったかもしれないと気付き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの子、何か事件に巻き込まれたの? もう、何日も来ないけど」
「違います。先日、占って戴いたときに小銭入れを落としたようで、ご連絡を戴いたので取りに来たんですが、また、来ることにします」
宮部が何事もなかったようにごまかすと、占い師は宮部の事をじっと見つめた。
「でも、あの子、もう戻ってこないかもしれないわよ。こんなに長い間来ないのは初めてだもの」
そこまで言ったところで、占い師は客に気付き営業スマイルを浮かべて客の方に向き直った。
紗綾樺いない占いの館コーナーを後にすると、宮部は駅へと戻った。そして、電車の待ち時間に『紗綾樺さん、お加減大丈夫ですか? よかったら、お返事お待ちしてます。宮部』とショートメールを送った。
しかし、紗綾樺から返事はなく、宮部は諦めて帰宅の途についた。
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