何度スマホのアプリを更新しても、さやの居場所は依然、同じ場所を示している。
「ありえない。あのさやに限って!」
 何度も口にした言葉を俺はもう一度叫んだ。
 昨夜のあの警察官という男に何か弱みでも握られたのだろうか? 警察官だって、昨今は清廉潔白とは限らない。痴漢もするし、覗きもする。それこそ、婦女暴行事件も起こすし、恐喝まがいの事もする。もしかしたら、さやが気付いてないだけで、さやのストーカーだったのかもしれない。考えたら、あの好青年に見えた男だって、おっとりとして、世間知らずなさやを脅して無理やりホテルに連れ込むくらいやってやれないことはないだろう。背も高かったし、警察官なら腕力もあるだろう。そうでなければ、不可解な動きをした挙句、さやの居所がいかがわしいラブホテルでかれこれ一時間以上も動きが止まるはずがない。
 昨日の今日だし、心配になって様子を見に行けばさやは仕事を休んでいたし、電話に出た時は、なんだか話しにくそうにしていた。あれは、誰かが近くにいるからだ。それくらいは、さやのような能力のない俺にもわかる。

 確かに、意識を取り戻してすぐのさやは他人のようだった。
 俺の事だけじゃなく、家族の事も分からなかったし、ましてや、自分の事も分からなかったのは、ショックのせいだろう。何しろ、目覚めたら死体の山の上で、棺桶に入れられるところというセンセーショナルな目覚めだったときかされている。れだけでも記憶障害を起こしてもおかしくない年頃だと医師は言っていたし、あの日、家で寝ているはずの俺を探しに行ったさやは、きっと倒壊寸前の家の中を俺を探してまわり、気付いたら津波に飲み込まれ、家財道具や家共々もみくちゃにされ、最終的には海岸に打ち上げられた。何十人もの人々が遺体となって打ち上げられたのに、さやは奇跡的にも生きていた。いや、もしかしたら、俺の事が心配で生き返ったのかもしれない。
 だから、さやがなにも覚えていなくても俺はいい。さやが幸せになれれば。さやが昔のさやでなくなってしまっても、不思議な力を持っていても、俺は気にしない。たとえ、さやが目からレーザービームを出せるサイボーグになっていたとしても、俺はさやを妹として愛し続けられる自信がある。
 実際、さやは何も覚えていないし、俺はさやの高校の入学式の日に家の前で自分のスマホで撮影した家族写真を見せて、入院していたさやに家族であることを証明した。
 あの後、写真館で撮った家族最後の記念写真をデータから起こしてもらっても、さやは俺のスマホにあった隣の犬が映っている写真が良いと、家にもその写真を印刷して飾っている。そう、あの写真の中で生きているのは、今はさやだけだ。
 俺は、さやに今も嘘をついている。本当は、両親が災害よりもずっと前に亡くなっていた事を俺は隠している。だから、さやは両親もあの日に亡くなったと思ったままだ。両親と一緒に津波に飲み込まれ、助かったのはさやだけだと、俺は嘘をついている。
 両親の墓があるお寺は倒壊し、墓地はどれがどの家の墓だかわからないありさまで、俺は敢えて真実を隠したままあの地を離れた。それが、さやにとっていいと思ったからだ。
 なのに、鈍い俺は、さやが警察官に脅されてホテルに連れ込まれるなんて事態に発展した事にも気付かずにいたなんて。さやのことだから、占いの仕事の事を詐欺行為とか、悪い未来を告げたことが脅迫に当たるとか、なんかそんな警察らしいもっともな脅し文句で脅され、素直に従っているのかもしれない。
 さやは、あの日、命を取り留めた代わりに、全ての記憶と人間らしさを失った。何にも固執しない。おしゃれも、化粧もしない。じぶんが年頃の女の子であることすら忘れたように、恥じらいも感じない。
 退院の日、それこそ小学校の時以来、一緒にお風呂にも入ったことのない俺の前でいきなりパジャマを脱いで裸になった時は、俺も度肝を抜かれた。我が妹ながら、良く育っている。これじゃあ、年頃の男が放っておかないだろうと、そこまで考えて、俺は慌ててベッドの周りのカーテンを閉めた。
 いまだに、油断すれば、さやは風呂から出て裸で寝てしまうし、パジャマ代わりの部屋着で外出しようとする。そんなさやが、恋愛して、あの男とホテルに行く関係になったなんて、俺は絶対に信じられない。
 俺は何度もさやのスマホに電話をかけようとしては、その手を止め、再びかけようとしては、また手を止めた。
 相手が誰にしろ、ホテルに連れ込まれているのだとしたら、電話になんて出られる状況にないはずだ。それなのに、出られないのをわかってかけて、さやが出なかったらと思うと、悔しさで腕が振るえる。
 あの日、俺がさやに嘘をついて仕事なんかに行かなければ、さやは今頃、大学を卒業して、就職して、それこそ彼氏の一人や二人、恋愛の一つや二つ経験して、俺を違った意味でヤキモキさせて、幸せな人生を送っていたはずだ。それなのに、あの日、俺が嘘をついたばかりに、さやは全てを失ってしまった。記憶も、自分も・・・・・・。その代わりに身に着けた能力は、さやを苦しめることはあっても、幸せにはしてくれない。
 父さんと母さんに合わせる顔がない。二人に約束したのに。
 俺は握りしめていたスマホを部屋の隅に投げ捨てた。

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