突然、ガクリと膝をついた紗綾樺さんに、僕は驚いて彼女の顔を覗き込んだ。
 さっきまで蒼かった顔は、まるで土色のようで血の気がない。
「紗綾樺さん、大丈夫ですか?」
 声をかけても反応がないので、僕は仕方なく彼女の事を抱き上げた。
 救助訓練で抱いた人形よりも恐ろしく軽い。まるで空気のようだと思うと、訓練用の人形が取れだけ重く作られていたのだろうかなんて、つまらない考えまで次から次へと湧いてくる。
「紗綾樺さん!」
 名前を呼んでも反応しない彼女を抱いたまま、僕は人込みを走り抜けて愛車に急いだ。


 助手席に彼女を座らせ、シートを限界まで倒してみたが、気休めにしかならない。これがワンボックスなら、後部の座席でゆったりと横になれるのだろうが、そう都合よくはいかない。
 ポケットからハンカチを取り出し、車の中に常備している水のボトルを開け、三分の一ほどの水を捨ててからボトルを紗綾樺さんの口にあてた。
 こぼれないように注意しながら、ボトルを傾けて水を口の中に流し込む。
 コクリと小さな音がして、紗綾樺さんが水を飲んでくれているのが分かり、少しだけ僕は安心した。
 貧血だろうか、それとも、彼女のような特殊な力を持った人がこんな人込みの中に連れてきたのが間違いだったのだろうかと、僕は自問自答を繰り返したりした。
「紗綾樺さん」
 何度目かの呼びかけに彼女の瞼がかすかに動き、僕は心から安心した。

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