それならば秋保大滝に送り届ければタキの父親と再会できるのではないか。乃里の思惑とは反対に、タキは首を振った。
「俺たちの住処だったから。ただ、あのへん食べ物に困る様になって。だから移動することになったんだ」
 観光地だからでしょうか、と萩が言う。
「開発が進めば、森にすむ動物も少なくなります。あのあたりに静かに暮らしていたタキさんたちのようなあやかしたちも、出て行きたくなるのかもしれません」
 廃れる観光地ならともかく、観光地は流行らなければ立ち行かなくなるのだから、人をたくさん呼ぶのは当たり前だろう。ならば開発は進んでいくのは必須だ。
「父ちゃんも俺も、人間が嫌いで避けたいわけじゃないよ。なんなら畑からちょっと失敬したりもするし。キョウゾンって大事だから」
 意味がわかって言っているのだろうか。偉そうに鼻をならすタキが可愛い。
「父ちゃんと狩りをしながら、住むところを移動してたんだ」
 秋保大滝へ送り届ける案はナシ。乃里は手掛かりを探すべくタキから情報を引き出さねばと思った。
「じゃあ秋保大滝に行ってもお父さんに会えないね……次に住むところって、決まっていたの?」
 地名を知っていればの話だが、タキは秋保大滝の名前も知らなかったのだから期待は薄いかもしれない。案の定、タキは首を横に振った。
「次は海の近くに住もうってだけ」
 海か。しかし、日本のまわりはぐるりと海だ。
 捜索は山の予定だったが、行先は海に変更だ。
 頭を掻いた乃里は、萩の顔を見た。彼も首を傾げている。海といわれてもこれでは日本海か太平洋かわからない。
「海かぁ、広いなぁ……遠くに行くっていってた?」
「ううん。そんなに遠くないっていってた」
「じゃあ、太平洋ですね。見当違いでなければ県内の沿岸部」
 萩の言葉に乃里は頷いた。
「じゃあ、山じゃなくて海に向かわないとお父さんに会えないね……」
 困ってしまった乃里たちを見て不安になったのか、タキは「えーと、えーと」と考えている、その様子がとても可愛らしい。どうしても助けてあげたくなる。
「あ、船が見えるって言ってた」
「海に船はたくさん走っているからね……」
 せめてタキが船マニアで名前を知っていてくれれば。漁船か客船かだけでも区別が付けば。
「えっとね、あとはね……島がたくさん、船で見るんだって」
 なにかのピースが動いた。しかしはまるにはまだ情報が少ない。
 宮城県内。太平洋側、船。
 島に船で渡るのだろうか。もっと、足りない。おねがいだ、なにか思い出して。
「あとね、赤い橋、長くて赤い橋があるって言っていたよ」
 海。船。島がたくさん。海にかかる長く赤い橋。カチリ、ピースがはまった、気がした。
「……福浦橋だ」
 小さく言うと、乃里は人差し指を立てる。
「ということは」
「松島」
 それだ、と牡丹がパンと手を叩く。
「家族と、行ったことがあるんです」
 乃里の記憶が鮮明に蘇った。
 萩は車を出すのか、部屋を無言で出て行く。牡丹に促され乃里とタキは立ち上がって部屋を出た。
 日本三景のひとつ、松島。風光明媚な景色を望めることで有名な場所だ。大小二六〇の島を望むといわれる松島湾。青い海にかかる赤い橋は福浦橋という名前だ。
 宮城県内、沿岸部。島々を船で見る、そして赤い橋。タキのいう赤い橋は福浦橋だと思う。
 福浦橋を渡るとその先にあるのは福浦島だ。
 山から下りて、次は海の近くに住もう。タキの父親は松島の福浦島ではないのか。
 しろがねを出て、車に乗り込んだ。タキは初めて車に乗るらしく、テンションが上がっている様子だ。
「いまから、赤い橋にいくよ。たぶんそこにお父さんがいるんじゃないかと思う」
 座席に立ち上がろうとするタキを窘めて、牡丹がそう言う。
「ほんと? 父ちゃんに会えるのか?」
 タキは顔を輝かせた。その様子を見て、牡丹がタキの頭を撫でた。
「たぶんね。タキが教えてくれた手掛かりをたよりに、導き出した場所へ行ってみよう」
「動いてみないとわからないもんな。俺、じっとしているのは苦手」
 動いてみないとわからない。そうだなと乃里は思う。立ち止まっていてはなにも変わらない。
「俺は猫だから、じっとしているほうがいいけれどな」
「なんだ。猫は怠け者なのか? 牡丹」
「そうじゃないよ。じっとして待ち伏せ狩りが専門だもん」
 ふうん、と牡丹の言葉を興味深そうに聞いているタキ。可愛いし、本当に里司を思い出す。彼もあんな風に乃里の話を聞く。
 萩は黙って運転をしている。道路はさほど混んではおらず、この様子なら松島には一時間ほどで到着するのではないかと牡丹が言う。
 塩釜を抜け国道を走っていると、急に視界が開ける。生い茂る松の木の合間から、青い海が見える。