「足、足は大丈夫でしょうか……わ!」
 男の子のズボンを捲り上げた乃里は思わず手を引く。男の子の足が毛むくじゃらだったからだ。しかも、人間の足ではない。これは、獣のそれだ。
 なにこれ、やめてほしい。
「狼男の子供だな」
「お、おおかみ、おとこ……の、こども……?」
 ちょっともう考えが追いつかない。
「うう……ん」
 男の子、牡丹が言う狼男の子供は、呻きながら首を動かし薄っすらと目を開けた。汚れてはいるが可愛らしい顔をしている。
「わ、わかる? 気が付いた?」
 足さえ見なければ、普通の男の子なのに。
 半身が狼の狼男。子供の姿をした狼男。
 乃里は恐怖を抑えようと頭を振った。恐怖よりも目の前の命優先だ。
「乃里ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、たぶん。傷だらけだけど瀕死である可能性はとても低い」
「どうしてそんなことがわかるんですか」
「妖力は弱まっていない。命の強さにも通じるものだから、わかるんだ」
 乃里が振り向くと、いつの間にか牡丹は人間の姿になっている。説得力のある牡丹の言葉に少し安堵した乃里だった。
「おなか……」
 男の子がなにやら言葉を発する。
「え? なに?」
「おなか、すいた」
 乃里は更に体の力が抜けた。ゴミ箱を倒したのは彼で、空腹だったからなのか。
「ね。言ったでしょう」
「はい……」
「外傷もたいしたことないと思います。空腹なだけ。まぁ、人間なら死んでいるかもしれないですが」
 中に運ぼうか、牡丹はそう言って、男の子を抱きかかえしろがねに戻っていく。
「猫又が狼男をお姫様抱っこ」
 彼らの後ろ姿を見ながらついそんなことを口にする。
 どうかしている。このあいだの鬼といい。けれど、もうなにも驚かない。
 乃里は溜息をついた。
「乃里ちゃん、ドアあけてー」
「あ、はいはい!」
 牡丹を追いかけ、乃里もしろがねに戻って行った。
 これからなにが起きるのだろうと、不安が募った。そして乃里の予想は的中する。
「これはまた厄介なのを拾いましたね」
 萩が溜息をついている。
 顔のあちこちと腕に絆創膏を貼った狼男の子供は、山盛りの玉子かけご飯を美味しそうに食べている。
 彼はタキと名乗った。七歳。
 タキははじめ、牡丹に抱えられたまま浴場へ運ばれた。泥と血で汚れていたので、シズさんに洗われることとなる。けっこう乱暴にゴシゴシとこすっていたシズさんだったが、タキは暴れることもせずされるがままだった。そのあとシズさんはテキパキとタキの傷の手当をして、自分の仕事に戻って行った。
汚れと血のわりには傷は浅く、ほとんどが擦り傷で深い傷は見当たらなかった。萩の言う通りである。本人の様子からも、傷よりも空腹の方が耐えかねる様子だった。
 とりあえず空いている部屋にタキを運び、貸出の浴衣に着替えさせた。
下半身が狼のそれで、硬くボサボサの髪から毛の生えた耳が出ている。黒目がちで大きな目は相手をじっと見つめる。威嚇しているようにも、怯えているようにも見える。
 食事を用意したら、よほどの空腹だったらしく一心不乱に食べている。
 萩が、タキを見て厄介だといったのだ。
「厄介だろ? 俺もそう思ったんだけど」
 萩から乃里に視線を移した牡丹は溜息をついた。
「牡丹さんが言うように山に捨ててくるなんて、わたしはできません。こんな小さな子……可哀そう」
「ちょっと待って、俺そんなこと言ってないぞ」
「そうでしたっけ」
 威嚇をしていた牡丹を思い出せば、自分の縄張りであるしろがねに入れたくなかったことは理解できる。
「俺、猫以外の四足歩行毛むくじゃらは認めない」
「牡丹。猫が一番美しく崇高なのは分かっていますが、狼さんを無暗に嫌ってはいけません」
「おふたりとも……」
「どうしましたか、乃里さん」
 なんでもありません、と首を振る。
 なるほど。猫は自分が一番だというけれど、本当にそうなのだ。
 納得しつつ乃里は湯呑に茶を注いでタキに出した。
「タキさん。あまり急いで食べるとお腹を壊しますよ」
「うちの父ちゃんと同じこと言うんだな。萩は」
 タキは萩に人懐っこい笑顔を向ける。
「は、萩さんと言いなさいっ。タキくん」
「タキでいいよ、乃里」
 小さな子で可哀そうと思った気持ちを返せ。