「吉野さんが言っていました。紅首村で農業ができて村の人たちが生活できるのも、カワオヌ様のお陰なんだって。カワオヌさんが実りの始まりです。収穫を祝うお祭りは、カワオヌさんへの感謝の気持ちなんですよ」
「お、おらがお礼をしたかったのに」
そう呟いたカワオヌの目に光るものがあった。鼻をすすって誤魔化すカワオヌの顔を見ていた萩が、カワオヌの腕を取る。
「収穫祭で、村の皆さんに笑顔が溢れれば、それが村へのお礼になるじゃないですか。それにね。大丈夫、ひとりじゃないですよ」
「萩さん……おら」
「村の歴史を、そしていなくなる人間たちを見送りましょう。僕たち、一緒にいますから」
牡丹も頷いている。
いなくなる人間たち。そうだ。人間と人間でない者たちは一緒に存在できない。ずっとそばで一緒に暮らしたいと思うのは人間のほうだ。
一緒にいられないことをわかっているのは、きっと彼らだけなのだ。
人間の命が限られているからかもしれない。病気になるから。すぐに死んでしまうから。
亡くなった母を思い出して、ぎゅっと胸が苦しくなる乃里だったが、唇を噛んでカワオヌに微笑んだ。
「わ、わたしも一緒だよ、カワオヌさんと一緒にいるから。わたし人間だけど!」
「うん。ありがと、乃里ちゃん」
カワオヌの大きな手が乃里の頭を撫でた。
「それにしてもここ、気持ちが良いですね。風通しもよく絶妙に光が入って、意外と明るいし。カワオヌさんの住処。いいですよね。いまここにシート広げてお弁当でも食べたい気分です」
お腹も空いている。言ってから、乃里は収穫祭に使うレジャーシートはどのくらいの大きさで何枚必要なのかを考えた。すると、牡丹が「それだ」と乃里を指さす。
「収穫祭の料理、お弁当にしよう。お弁当を作ろう」
「お弁当ですか?」
乃里は牡丹と萩を交互に見た。
「たぶん俺たち、お祭りだからって大皿料理を想像している」
「そうですね……なにも皿や鍋でなくてもいいんですよね」
なるほど。弁当か。乃里は様々な紅首村の作物が使われた弁当を想像した。
「ほら、前に仕出し弁当の注文を受けた時に取り過ぎた容器があるじゃないか」
「ああ、牡丹が間違えて発注したやつですね」
その情報はいらないだろうと、牡丹はむくれるがすぐに気を取り直す。
「プラ容器のお弁当に料理を乗せれば、重い食器を持ち運ばなくていい。村は いまは人数も少ないのだから、コンパクトに越したことはない。ゴミもひとつにまとめることができるし境内を汚さなくて済む。火も使わないから安全だし」
「食べきれないひとは持ち帰ってもらえばいいですしね。お弁当が余れば食卓で食べていただいて」
境内で料理をするとなるとそれ相応の設備が必要になると思っていたが、弁当ならは気軽でやりやすい。
「いいですね。ナイスアイディア」
「乃里ちゃんのおかげだよ。いまここでお弁当を食べたいときみが言わなかったらすぐに思いつかなかったかもね」
牡丹に褒められ、乃里は照れ臭かったが、役に立ってよかったと思う。
「よし。じゃあカワオヌさん。次の日曜にまた僕たちは紅首に来ます。ここで収穫祭をしますよ。あなたが守ってきた紅首村の恵みを使って、お弁当を作ります。皆で食べましょう。お祭りです」
「カワオヌ神社祭りだよ」
兄弟が、大きなカワオヌの背中を叩く。
「吉野さんのところに寄って帰りましょう」
萩さんが促し、牡丹と乃里が続く。
「みんな、ありがとう」
カワオヌは体に似合わない小さく優しい声で、ひとつ呟いた。
「じゃあ。またね」
乃里はカワオヌに手を振った。彼も大きな手をひらひらと振る。
静かな境内。村が無くなってもここは残るのだろうか。高い位置にあるから、ダムに水没しないのだろうか。
これからどうするのだろう。カワオヌは、ひとりここに残るのか、それとも別な場所に行くのか。
なにがあっても、生きて行かなくちゃいけない。それは人間も妖怪も一緒だ。
長いか、短いかだけなんだ。
上りは辛かった長い階段も、帰りは回りを見る余裕もあった。
とにかく、そして収穫祭を成功させることだ。村の人たちに喜んでもらうこと。それがカワオヌの願いを叶えることにもなる。
乃里は、まだ料理の修業途中だ。萩と牡丹のようにプロの料理人には程遠いけれど、少しでも役に立てるようがんばろうと、拳をぎゅっと握った。
車に戻った一行は、道すがら吉野の畑に寄る。そこには、痩せて白髪頭の男性が並んでいた。村長だといっていた吉野の夫だった。軍手をして一緒に食材運びをしてくれたらしい。
「すみません、吉野さん」
「近所の人も野菜持って来たから、これどうぞ。持っていって」
「こんなにたくさん。凄いですね」
茶豆、茄子や大根、トマト。ピーマンにじゃがいももある。そして、それぞれの量が多い。収穫量が多いのは、土地が肥沃であり村の人たちの作り方も秀でていることが伺える。
吉野村長が頭を下げた。
「この度はまず、なんだか楽しい企画をしてくれるって聞いて。祭りをするなら、本来なら村議会にかけたりするところですが、もう人もいないでね。ワシの一存で、村に残る五家族みんなに声をかけたから、当日全員来るとして二十人くらい集まると思うよ」
吉野の夫、吉野村長がニコニコとしながらそう伝えてくれる。
「そうですか。じゃあ特製弁当ご準備しますね」
「弁当にするのかい?」
「はい。運搬の都合や、境内で火を扱う危険性などを考えまして」
はぁ、たいしたもんだなと感心した様子で吉野村長が言った。反対されずによかったと乃里は胸を撫で下ろした。
「お、おらがお礼をしたかったのに」
そう呟いたカワオヌの目に光るものがあった。鼻をすすって誤魔化すカワオヌの顔を見ていた萩が、カワオヌの腕を取る。
「収穫祭で、村の皆さんに笑顔が溢れれば、それが村へのお礼になるじゃないですか。それにね。大丈夫、ひとりじゃないですよ」
「萩さん……おら」
「村の歴史を、そしていなくなる人間たちを見送りましょう。僕たち、一緒にいますから」
牡丹も頷いている。
いなくなる人間たち。そうだ。人間と人間でない者たちは一緒に存在できない。ずっとそばで一緒に暮らしたいと思うのは人間のほうだ。
一緒にいられないことをわかっているのは、きっと彼らだけなのだ。
人間の命が限られているからかもしれない。病気になるから。すぐに死んでしまうから。
亡くなった母を思い出して、ぎゅっと胸が苦しくなる乃里だったが、唇を噛んでカワオヌに微笑んだ。
「わ、わたしも一緒だよ、カワオヌさんと一緒にいるから。わたし人間だけど!」
「うん。ありがと、乃里ちゃん」
カワオヌの大きな手が乃里の頭を撫でた。
「それにしてもここ、気持ちが良いですね。風通しもよく絶妙に光が入って、意外と明るいし。カワオヌさんの住処。いいですよね。いまここにシート広げてお弁当でも食べたい気分です」
お腹も空いている。言ってから、乃里は収穫祭に使うレジャーシートはどのくらいの大きさで何枚必要なのかを考えた。すると、牡丹が「それだ」と乃里を指さす。
「収穫祭の料理、お弁当にしよう。お弁当を作ろう」
「お弁当ですか?」
乃里は牡丹と萩を交互に見た。
「たぶん俺たち、お祭りだからって大皿料理を想像している」
「そうですね……なにも皿や鍋でなくてもいいんですよね」
なるほど。弁当か。乃里は様々な紅首村の作物が使われた弁当を想像した。
「ほら、前に仕出し弁当の注文を受けた時に取り過ぎた容器があるじゃないか」
「ああ、牡丹が間違えて発注したやつですね」
その情報はいらないだろうと、牡丹はむくれるがすぐに気を取り直す。
「プラ容器のお弁当に料理を乗せれば、重い食器を持ち運ばなくていい。村は いまは人数も少ないのだから、コンパクトに越したことはない。ゴミもひとつにまとめることができるし境内を汚さなくて済む。火も使わないから安全だし」
「食べきれないひとは持ち帰ってもらえばいいですしね。お弁当が余れば食卓で食べていただいて」
境内で料理をするとなるとそれ相応の設備が必要になると思っていたが、弁当ならは気軽でやりやすい。
「いいですね。ナイスアイディア」
「乃里ちゃんのおかげだよ。いまここでお弁当を食べたいときみが言わなかったらすぐに思いつかなかったかもね」
牡丹に褒められ、乃里は照れ臭かったが、役に立ってよかったと思う。
「よし。じゃあカワオヌさん。次の日曜にまた僕たちは紅首に来ます。ここで収穫祭をしますよ。あなたが守ってきた紅首村の恵みを使って、お弁当を作ります。皆で食べましょう。お祭りです」
「カワオヌ神社祭りだよ」
兄弟が、大きなカワオヌの背中を叩く。
「吉野さんのところに寄って帰りましょう」
萩さんが促し、牡丹と乃里が続く。
「みんな、ありがとう」
カワオヌは体に似合わない小さく優しい声で、ひとつ呟いた。
「じゃあ。またね」
乃里はカワオヌに手を振った。彼も大きな手をひらひらと振る。
静かな境内。村が無くなってもここは残るのだろうか。高い位置にあるから、ダムに水没しないのだろうか。
これからどうするのだろう。カワオヌは、ひとりここに残るのか、それとも別な場所に行くのか。
なにがあっても、生きて行かなくちゃいけない。それは人間も妖怪も一緒だ。
長いか、短いかだけなんだ。
上りは辛かった長い階段も、帰りは回りを見る余裕もあった。
とにかく、そして収穫祭を成功させることだ。村の人たちに喜んでもらうこと。それがカワオヌの願いを叶えることにもなる。
乃里は、まだ料理の修業途中だ。萩と牡丹のようにプロの料理人には程遠いけれど、少しでも役に立てるようがんばろうと、拳をぎゅっと握った。
車に戻った一行は、道すがら吉野の畑に寄る。そこには、痩せて白髪頭の男性が並んでいた。村長だといっていた吉野の夫だった。軍手をして一緒に食材運びをしてくれたらしい。
「すみません、吉野さん」
「近所の人も野菜持って来たから、これどうぞ。持っていって」
「こんなにたくさん。凄いですね」
茶豆、茄子や大根、トマト。ピーマンにじゃがいももある。そして、それぞれの量が多い。収穫量が多いのは、土地が肥沃であり村の人たちの作り方も秀でていることが伺える。
吉野村長が頭を下げた。
「この度はまず、なんだか楽しい企画をしてくれるって聞いて。祭りをするなら、本来なら村議会にかけたりするところですが、もう人もいないでね。ワシの一存で、村に残る五家族みんなに声をかけたから、当日全員来るとして二十人くらい集まると思うよ」
吉野の夫、吉野村長がニコニコとしながらそう伝えてくれる。
「そうですか。じゃあ特製弁当ご準備しますね」
「弁当にするのかい?」
「はい。運搬の都合や、境内で火を扱う危険性などを考えまして」
はぁ、たいしたもんだなと感心した様子で吉野村長が言った。反対されずによかったと乃里は胸を撫で下ろした。