「葵きゅんも簡単に夢を諦める悲しい男になっちゃったっすね」

「でも現実的には無理っすよ」

俺は何度もそう答えて反論するが。
潤さんはため息を一つ吐く。

そして真剣な眼差しで俺に説教を始めた。

「いやいや。夢に『現実的』とか理由つけちゃった、何も出来ないに決まってるだろうが。現実から離れて『こうなりたい』と希望を持つことが『夢』という言葉なのに。なんか勘違いしてないっすか?そんなこと考えだしら、どんな簡単な目標でも達成しなくなるよ、葵きゅん」

怒っているのか悲しんでいるのか分からない潤さんの表情。

でも一つ言えることは、潤さんが怖かった。
最後は優しい笑顔を俺に見せてくれるから怖かった。

本当に、この人は何考えているのか分からないっていうか・・・・・。

「すいません」

そして俺は無意識に謝っていた。

多分謝る必要なんてないのに・・・・・・。

「葵きゅんが夢に一歩踏み出せない理由って、昔の出来事が原因なんでしょ?自分で夢をぶち壊したから、クヨクヨした性格になっちゃったんでしょ?」

その潤さんの言葉に、楽しかった頃の昔の記憶が甦る。
茜と遊んだ日々を思い出す・・・・。

同時に脳裏に茜の辛い表情が浮かんだ。

もう見たくない、親友の泣きそうな顔・・・・・・。
『茜をいじめたのはお前だろ』って言われるかもしれないけど、茜をいじめた俺も辛かったのが本音だ。

『どうして大好きな茜にこんな酷いことをしているんだろ』って、自分を殺したいと毎日思っていた。

大好きな女の子を痛め付けて、本当に自分でも意味が分からなかった。

そしてその気持ちは今でも変わらない。
茜をいじめたから、俺はそれを後悔していた。

同時に人という生き物が怖くなった。
怖くなったから、いつの間にか弱気な江島葵になっていた。

「そう、かもしれない・・・・・」

だから俺は潤さんの問い掛けに小さな声で答えた。
楽しく踊る仲間の隅で、まるでお通夜のような暗い空気が流れる。

・・・・・・・・。

でもそんな重たい空気を吹き飛ばすように、潤さんとは別のダンススクールの先生が笑顔で現れる。
烏羽先生じゃなくて、もう一人の男の先生。

本人はダンスの指導はしないけど、代わりに俺達に踊る曲を作ってくれる作曲家。

「やあ潤ちゃん。今日も可愛いね」

「うわっ!嫌いなのが来た」

作曲家さんの笑顔を見た潤さんの表情が歪んだ。
まるで天敵に見つかったように潤さんの表情が凍る。

「なんでそんなに俺の事を嫌がる?俺、嫌われる要素あるかな?」

「嫁がいるのにナンパとか、頭どうかしているからですよ」

「嫁って・・・・・ハルは別にそんな関係じゃないよ。放っておけないただの幼馴染み」

そう言う作曲家の先生の名前は栗原律(クリハラ リツ)。
作曲家であると同時にピアノ教室の講師もしているとか。

俺はまだ見たことないけど、目の見えない凄腕のピアニストと一緒に生徒にピアノを教えているとか。

ちなみに栗原先生の生徒、どうやら桑原茜らしい。
そんな凄い人達教えてもらったピアノだからか、『茜の演奏もかなり凄い』らしい。

俺はアイツの演奏を聞いたことないけど、愛藍が目を輝かせてそう言っていた。

栗原先生は俺に視線を移す。