「そうなんだ。茜ちゃんのお兄ちゃんにも感謝しなきゃね。こんな凄いピアノ少女を育ててくれて」

桔梗さんに今の私の心境が伝わったのか分からない。
でもよりいっそう深い笑みを見せてくれると、私に手を振った。

「んじゃあたしも手伝ってこようかな。父さん達が今試作のメニューを作ってくれているし。樹々もおいで」

桔梗さんの言葉に、まだ無意味な戦いを繰り広げる樹々は驚いた表情で答える。

「えっ?なんであたし?」

「なんでって、アンタが考えたメニューなんだから当たり前じゃないの」

「あたし?はい?」

現状を理解出来ていない樹々は不思議そうな表情と共に桔梗さんと一緒に厨房へ向かう。

代わりに厨房から草太と向日葵が飛び出してきた。
無邪気な笑みを浮かべて、まるで小さなカップルみたい。

昔の私達みたい。
私は周囲を見渡す。

カウンター席で店の書類を書く城崎さんが目に入った。
この店の売り上げを書類に書いたり、仕入れ先の領収書をまとめたりしているみたいだ。

楽しそうな店内の雰囲気とは別で、まるで戦のような真剣な表情を浮かべる城崎さん。

本当に飲食経営って大変そうだ。
昨日まであんなに働いていたのに、休みの日も仕事をしているし。

テーブル席には橙磨さんと瑞季の姿がある。
料理の本を見て何かを語り合っているみたいだ。

難しそうな専門用語にも聞こえるが、料理の練習をしていた今の私なら何となく分かる気がする。

樹々と無駄な一戦を繰り広げていた愛藍は大きなため息を一つ吐くと共に、カウンター席に座った。
直後城崎さんから話し掛けられて、城崎さんと楽しそうに会話する愛藍の姿が確認できた。

彼もすっかりこの店の常連さんなんだろう。

厨房には樹々と桔梗さん、そして若槻家の大黒柱である東雲さんの姿があった。
娘と一緒に料理を作ることが楽しいのか、東雲さんは笑顔で何かを作っていた。

紗季はこの場にはいない。
さっきまで一緒にいたけど、彼女は病院に行ったらしく終わったら合流するらしい。

小緑も今日はダンススクールの日って言っていた。
お姉ちゃん同様に練習が終わったら来てくれるだろう。

一方の私は橙磨さん達がいるテーブルと違うテーブル席に一人で座った。
一息吐くと、首のアザを触りながら窓の外を眺める。

そして昨日と今日の出来事を振り返っていた・・・・。